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蜷川幸雄と橋蔵、大川真理子著「ふたりひとつ」

 

私は全然、「ふたりひとつ」はあり得ませんが苦笑

 

当時購入した本、図書館も閉館していて、又再読していたら最近友人の友人が重い病で。

 

橋蔵さんががんとわかったときは本人には内緒が多く家族もつらい、本人もわかってくるし、

今はバーンとがん宣告突きつけられます。

 

 

橋蔵さんは有名名日本画家の娘の俳優と結婚しようとしたら、真理子さんに子供まであると発覚し、たたきにたたかれました。

 

歌舞伎俳優が芸妓と遊ぶのはお決まり、今でも子供があっても認知しない、結婚しないは当たり前、

 

親がいたら簡単に相手は潰され、マスゴミも手出ししない。

 

橋蔵の養父六代目菊五郎はすでに故人、守ってくれる人はなかったのです。

 

私はこういう不公平が大嫌い。

 

でも最後に橋蔵は妻に「おまえは僕のたった一つの宝だった」といってくれたほど。

 

猛烈サラーリーマンのようなのに、家庭的で自転車で買い物に行ったり、

スーツケースに衣類を入れるときは菊五郎仕込みでしわ一つない、

これからは自分がみんなやってあげると。

 

結婚式が終わるとすぐ全財産を妻に託すなど、几帳面で真摯な生き方がうかがえます。

 

又この本は

 

蜷川幸雄、森茉莉、両氏の寄稿文が素晴らしく橋蔵を描き出しています。

 

蜷川

「大川橋蔵さんは不思議な俳優であった。その演技は平易に見えるけど実は強度の意志とゆるがぬ技術にささえられていて

 

歌舞伎的な伝統というのはこんなにも近代的な演技をも生み出すのだという驚きさえ僕らに抱かせるほど、

 

無駄のない明晰さに満ちていた

 

橋蔵さんの舞台を客席のてっぺんから観たとき、まるで谷底を眺めるような遠い舞台の中の橋蔵さんが、

 

そこだけが日だまりであるかのように暖かく明るかったことを覚えている。(私もスーパー歌舞伎八犬伝でそういう体験あります)

 

橋蔵さんがつけていた仮面はほとんど空気のように透明な明るさであった。

 

その透明な明るさは、日常の貧しさをと屈辱を生きる観客によって、自在な色彩をつけられていく。(うまいなあ)

 

あるいは自分の心の中の何かを仮託させていく。

 

そのとき橋蔵さんのつけている仮面は一挙に実体になってしまう。これこそある演技の極北である。

 

 

あの曇りのない微笑みとそれ以外にはあり得ないと思わせる声の質と、トーンの選び方。

 

つまり肉体をあやつる俳優の内面の取り方の見事さ。これらはすべて完璧であった。


あの凝った着物、羽織に茶の博多帯などを締め、浅黄の股引で一種独特のある歩き方で..

 

全文を読んでいただきたいです。

 

きりりとした銭形平次親分の大川橋蔵は、私生活でも役者としての節制を貫き通し、女性に対しても、「すっぽかす」ことのないこまめな気配りのできる苦労人だった。それが、若手人気芸者の第一人者側からも、初恋として実り、888回ギネス物として続いた銭形平次を陰から支える原動力になっていた。二人の結婚生活と同時に、銭形平次はスタートし、18年続いた。最期は入退院を繰り返す撮影の中で、最終回に、視聴者に感謝の挨拶までして締めている。「おまえはぼくのたったひとつの宝だった」と最期のことばを残して55歳で逝く男は、昭和の熱い奇跡的な高度経済そのものだった。舟木一夫のテレビ主題歌「男だったら一つに賭ける」という台詞そのものだったんだということが、読んでわかり、自分の昭和のサラリーマン時代を思い出すとともに、ここまで幸せに添い遂げられた、一種の羨望の念を禁じえない。芸人同士でも、ここまで純粋に思い思われる仲というものは、涙なしには読み通せなかった。ぜひ、どこかの文庫本に採録され、こんな猛烈サラリーマン以上の役者がいて、それを妻が支えたんだという、昭和の良き記録を残してほしいと切望する。


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猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、動物園巡礼にはまっています。

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