四間道しけみち散策



円頓寺(商店街)は名古屋駅と名古屋城のほぼ中間に位置しています。円頓寺は、大須などとともに昔は繁華街で、信長が清洲から名古屋に移ってきたときに、ついてきた商人の町で、今も名古屋の下町の雰囲気が残っています。円頓寺商店街には、今も飲食店、日用品等のお店が立ち並んでいます。毎年7月に円頓寺本町商店街と共同で開催される円頓寺七夕まつりは商店街と地域の住民による手作りのお祭りです。また、近くには古い蔵や尾根神様の残る保存地区「四間道」があります。

 

 

四間道の町並み

名古屋の城下を流れる堀川の西側にあって、江戸時代の初め慶長15年(1610年)名古屋城築城とともに始まった清須越にともなってつくられた商人町です。四間道は、元禄13年(1700年)の大火の後、防火の目的と旧大船町商人の商業活動のため、道路幅を四間(約7メートル)に広げたので、その名前がついたといわれています。石垣の上に建つ土蔵群と軒を連ねる町家が通りに面して建ち並んでいる現在の四間道の景観は、元文年間(1740年頃)に形成されました。

 









四間道散策←その他の画像はこちらです
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

東大卒の官僚思考停止倭国

杉原千畝も上級国民の家で育ったはずです。
母親が「今までこんな生活をしたことはない。」なんて杉原がどん底の時嘆いたそうですね。
でも彼には良心があったのでしょうね。
自分ができることを精一杯やったようですね。
もっとも映画などの受け売りですけれど。
今の現役の頭が良い官僚???ども、頭が悪い安倍のご機嫌を伺って、思考停止をしています。
元伍長のHitler様も上級国民を使い尽くしました。
そして下級国民は不幸のどん底に落ちました。
まさに今の倭国はその道をたどっています。

Re: 東大卒の官僚思考停止倭国

下級国民は不幸のどん底に,狂います。
心も財布もすっからかん、デパートで一度に何でも買っていた母とは大違いです。
昨日BSのニュース番組に、前川さん、望月さんが出ていてほっとしました。i新聞記者早く観たいです。
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

acaluliaのブログ

鳥待ちdiary

『男の隠家』 Bohken-Dankichi 天邪鬼&極楽蜻蛉

アマルフィに憧れて

しあわせの青い鳥

東京にしがわ散歩

不思議な瑞(水)で元気に

心の隙間

リベラルブログ・生活保護者の色々な記事
プロフィール

hitomi5235

Author:hitomi5235
猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR