アンドリュー・ワイエス展



 


チラシ左の写真は上に緻密に描いた籠が全然写っていません。
私が好きな室内の絵はたあちゃんがアップされています。


 


随分前に新聞で紹介された「クリスティーナの世界」が印象強く残っていました。

ロマンチックに思えたこの絵は、実はそんな甘いものではなかったのですが。

この絵を描いた米国を代表する画家、アンドリュー・ワイエスの展覧開催中、16日に91才で見事な人生に幕を閉じられました。

70年も故郷のペンシルベニア州フィラデルフィア郊外と別荘のあったメイン州の風景や人々だけ描き続けて…

心身ともに病弱で学校にも行かないで家庭で教育受けた方とは…

だから深くて悪影響受けていないのでしょうね。

絵は挿絵画家であった父から手ほどき受けたワイエス。反発もあったでしょう。

ニューヨーク近代美術館の「クリスティーナの世界」は貸し出しを許されていません。

まずは俳優のようにかっこいい「幻影」のデッサン、水彩、テンペラ。

子供時代の巻き毛のワイエスの可愛いこと。

日曜美術館や会場でも流していたビデオでうれしそうにインタビュー受けているワイエスの姿を観ました。お相手は孫娘さんだから。来日されたようです。

テンペラというと私はすぐ帝銀事件の平沢貞通




ワイエスの水彩画の緻密で深いこと。これが水彩画!

ブルーベリー栽培してクリスティーナとの生活を支えた弟アルヴァロとランプの絵。

東京の美術館隣のレストランではチキンにブルーベリーソースの料理だったそうです。

こちらではブルーベリーはデザートに使われていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/folder/897272.html

女性像(誰のでしたか)に色はつけなかった、もうその本質を描いているからと。

女性のやさしげな刺繍と共にある肖像画。

「アルヴァロとクリスティーナ」姉弟とその家。

あるじがなくなって崩れていくことを予感するオルソン家の絵。

使った人はいなくなり火かき棒だけを描いて…

非常に金髪が美しく描いてあるヌードは秘蔵さていたとか。

「ヘルガ」シリーズ。

1970年から1985年までの15年間、ヘルガという女性を240枚もの絵を描いた。ワイエスはそれらを長い間誰にも見せず、ワイエスの妻もその存在を知らないほどだった。妻はペンシルバニアの家にはいかなかったとかネット上には様々書いてあります。
異性のヌード描く時は妻ベッツィが「次は私に見えないところでやって」と言ったためだと、ワイエスはしているなど。

「ガニングス・ロックス」横顔の皮膚の描写!

一人ひとりの人生の重さ、哀しさが伝わってくる。

漫画家のやなせたかしさんも人は必ず終りが来るのだから悲しいにきまってるから楽しくしたいというような事を言われていました。

親子3代、画家。学ぶことが多いのでしょう。

CNNより「歴代の米大統領も同氏の作品を高く評価。1963年にはケネディ大統領が自由勲章を授章。ニクソン大統領はホワイトハウスでの個展開催を後押しした。

2007年にはブッシュ大統領から芸術勲章を贈られた。同氏の訃報を受け、ブッシュ大統領はローラ夫人と連名で、「ワイエス氏は故郷のペンシルベニア州やメーン州など、米国の風景を切り取ってすばらしい作品に仕上げた。米国民を代表し、心からお悔やみ申し上げます」と、はかなさに秘められた情念…」

NHK新日曜美術館
「ワイエスは、1枚の作品を完成させるまでに、数々のデッサンや水彩画の習作を作る。見ると最初は、人物や風景に抱いた驚きや畏敬(いけい)の念など、生々しい感情を描いていることが分かる。その後、余分なものを消し、背景など細かいところをていねいに加え、仕上げていく。一連の変化を追うと、その人物の人生や、風景に隠された出来事の積み重ねといった時間と物語を、押さえた色調で、ち密に描き込もうと格闘していることが見えてくる。そして、アメリカの見捨てられがちな風景、アメリカの片隅に生きる人々を、共感とともに表現していワイエスは鉛筆やペンなどで素描を描き、そして次に水彩を描きます。さらにドライブラッシュ(水気をしぼった筆で描く水彩画の技法)でより詳細に描き、最後にテンペラに取りかかります。一方、テンペラに至らず水彩やドライブラッシュで終えた作品の中にも、注目すべきものが多数あります。これらの素描や水彩には、完成されたテンペラに比べ、画家の激しい感情のほとばしりや、対象に対する関心の有り様や意識の動きが直接反映されているのです。」


http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/wyeth.html
「ワイエスが同一の対象を繰り返し描く理由は、どうすれば作品に精神的な深さを盛り込むことができるか模索を続けていたからだ。彼が描こうとしているのは芸術的な作品というよりも、魂の救済をもたらすような作品なのである。そのために彼は、角度をずらし、構図を変え、背景を入れ替えるなど、あらゆる努力をしている。そしているうちに、構図は次第に単純明快になり、背景からはよけいな付加物が削り落とされて、画面は世界の素形を示すように純化されて行く。

彼が「狂ったように」絵を描き続けるのは、そうしなければ内部の虚無感に押しつぶされてしまうという事情もあった。彼は書いている。


「私は静かに瞑想しながら考える。人は皆孤独だと。人がいつも感じるのは哀しみだと」

「人はよく私の絵にはメランコリーが漂っているという。たしかに私には強い無常感があり、なにかをしっかり捕まえていたいという憧れがある」

ワイエスは自らのメランコリックな気分に対抗するために、内部に物語の世界を育てはじめた。彼は述懐する。

「私はものごとに対してロマンティックな空想を抱いている。それを私は絵に描くのだが、リアリズムによってそこに到るのだ」
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

acaluliaのブログ

鳥待ちdiary

『男の隠家』 Bohken-Dankichi 天邪鬼&極楽蜻蛉

アマルフィに憧れて

しあわせの青い鳥

東京にしがわ散歩

心の隙間

リベラルブログ・生活保護者の色々な記事
プロフィール

hitomi5235

Author:hitomi5235
猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR