八千代座「京鹿子娘道成寺」千穐楽その2



この「京鹿子娘道成寺」は八千代座公演ではありませんが。

桜満開の中,美女が現れ能から影響受けた格調高い踊りから 扇を持っての踊り、恋の切なさを娘姿で踊る手踊り、鞠つきの踊り、花笠踊り、手ぬぐいの踊り、鞨鼓の踊り、鈴太鼓の踊り、が次々に展開。
引き抜きなどの鮮やかな一瞬の衣装替えなど、見所いっぱいの舞台です。観ている方も全く目が離せません。

実はもともと私は娘道成寺がそんなに好きではありませんでした。外国で受けない道成寺、私もそれと同じでした。

でも玉様は、、、ふっと鐘を見上げる時や、最後に大蛇となって鐘に上りまきついての怖~い御顔がたまりません。

私は子供の時に親に連れられて歌舞伎を見ていたといいますが知識はないので間違いも多いともいますが御容赦を。
最近は解説のイヤホーンガイドも借りず全然勉強もしていません、役者の声が直に聞きたいから。
本当は色々わかりやすく教えてくれて楽しいのですが。

パンフレットも買わないことが多いです。歌舞伎座・南座の筋書き、(こちらでは番付と言っていました)で写真がたくさんのっている場合除いて。家に古い番付が沢山あったのを覚えています。





玉三郎丈も、もう歌舞伎座での一ヶ月公演では「京鹿子娘道成寺」を踊るのは難しいと言われています。
女形舞踊の最高曲大変な技量と体力、心が必要です。あの重い衣装、かつらで長時間の様々な踊りを披露しなくてはなりませんから。
京鹿子娘道成寺

以前、タケシの「誰でもピカソ」でおもりのようなベスト付けて練習される様子を披露されました。

幕が開くと「聞いたか、聞いたか」「聞いたぞ、聞いたぞ」のセリフを言いながら大勢の所化(坊主)笑わせてくれます。




二階席から外を見たら赤い鳥居が、玉三郎の名前があるので寄贈されたのでしょう。テレビでみましたが歌舞伎座の楽屋に入る時、皆さん、神棚に手を合わせています。

助六の花魁、揚巻の出の前にお清めの塩を口に入れてみえました。

歌舞伎美人よりの引用
坂東玉三郎
 八千代座百周年の記念公演で『京鹿子娘道成寺』を踊らせていただきます。初めはこれほど長く八千代座での公演が続くとは思っておりませんでしたが、初めて八千代座で公演させていただいたときに感じた木肌の劇場に響く邦楽の素晴らしさ、そして自分たちの演技、舞踊が受け入れていただけることに感激し、毎年毎年町の方々と一緒に何を上演したら皆様に喜んでいただけるかを考えながら公演を続けております。

 都心ではない場所でお仕事をさせていただくことによって、東京などの大きな劇場で仕事をするときに、自分の気持ちが新鮮になって帰っていける気がしています。美しい自然の中で、自分の舞台の生活というものをしみじみ考える事ができるというのは、八千代座にうかがって経験するようになった事です。
 『京鹿子娘道成寺』をこの記念公演で踊らせていただくことは、幸せな事だと思っています。八千代座という劇場の特色をどう生かすかは舞台稽古を通じて出していきたいと思っておりますが、以前花道で拍手が鳴りやまなくて長唄が聞こえなかったというようなこともある小さな空間、近親感のある空間で上演するということが、やはり大きな魅力になると思っていす。

 また、昨年に続き『口上』を付けさせていただきました。襲名や追善での『口上』は肩の張る事もありますが、ここでは、結構言い間違えても大丈夫な感じです(笑)。最初は5分、10分といっていながら17分ほど話してしまったり、大変皆さんと楽しくお話をさせていただいています。

 地方都市の素晴らしさ、私たちが若い頃の雰囲気というものが山鹿にはたくさん残っております。都会にない食べ物の新鮮さを味わい、心身を回復できる場所でもあります。将来、多くの舞台に上がる方々がこの八千代座に来ていただけるように、そして八千代座がますます皆さんに楽しんでいただけるような劇場になることを祈りながら、記念の公演を勤めさせていただきたいと思っています。


 12日が八千代座での200回目の公演となる坂東さんは「八千代座では芝居の精神を学んだ」と感慨深げ。来年が八千代座完成100周年と自身の八千代座公演20周年の節目に当たることに「不思議な縁を感じる」と笑顔を見せた。

 今回演じるのは、女形舞踊の最高峰とされる「京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)」で、口上で八千代座への思いを述べるという。坂東さんは「芝居と八千代座を愛してくれる人が増えるように一生懸命やりたいと思います」と語った。

翌日偶然お会いした品のいい女性が玉三郎を八千代座に招へいされた方でした。もっとお話し伺いたかったのですが古墳見学の時間が決まっていたので時間がなくて残念でした。
元カメラマンの古閑直子さん でした。





天井画は当時の宣伝です。修復されて綺麗です。上村松園 の有名な絵の模写もあります。
トイレ、床暖、冷房なども整備されてきたそうです。これも地元の皆さんのおかげですね。
予約する直前、ミュージカルや松平健さんのサンバで有名な真島茂樹さん がこの小屋を訪れて舞台で踊って見せてくれたのを観てしまったのです。

  

川本喜八郎アニメ道成寺も傑作です。
この道成寺、海外では不評と聞いていたのですが面白いサイトがありました。
変容する道成寺伝説
最近は海外でも歌舞伎は評価が高いようですが、海外で歌舞伎を公演して一番受けない演目は何と「京鹿子娘道成寺」だそうです。女形舞踊の最高曲と言われている舞踊なのに、踊り手はこれまた最高の踊り手歌右衛門あるいは梅幸なのに、幕が開いてしばらくするとプログラムをパラパラめくり始めて、おしゃべりや居眠りが多くなるのだそうです。これはいったいどういうことかと言うと、どうやら事前の解説に問題があるようです。芝居の筋書を見ると(日本人向けでも同じですが)「道成寺の鐘供養の日にひとりの美しい白拍子が現れ、鐘を拝みたいと言う。踊って見せるからと言うので僧たちは白拍子を寺のなかへ入れるが、踊っているうちに白拍子は次第にその本性を現わし・・・」というような話が載っていますが、これがどうもいけないようなのです。

「この踊りは見たところ恐ろしげにも見えないし、この白拍子は衣装を変える度にどのくらい蛇の本性に近づいていくのか」と聞かれるのだそうです。なるほどこの踊りから「ドラマ」というか「流れ」を見出そうとするとそういう見方になるのか、と気付かされます。私らはこんなものは理屈で見るもんじゃない、と初めから思って見てるせいか、こういうことに余り気が付かないのです。

『「娘道成寺」という踊りは特に筋はなくて実は「レビュー」なのです、「女心」をテーマにした変奏曲(バリエーション)で、それに能「道成寺」の枠にはめて発端と幕切れをつけて形をつけた踊りに過ぎないのです』、そう説明した方が外人さんはこの踊りを安心して楽しめると思います。実際、この踊りは「クドキ」として有名な「恋の手習い」や、遊郭つくし・山尽くしなど、江戸時代の日常生活や風俗があちこちに詠みこまれていて、それが彩りを変えて次々と繰り出されるのが面白いのでして、それ自体は「道成寺」には関係ないものです。

「あの『道成寺』の舞台をつくり出した江戸時代の劇場と観客の雰囲気は、桜の花のいっぱい咲いた中にやたらに美しい娘姿を踊らせて恍惚としていたので、日高川を泳ぎ渡って、鐘の中の男を焼き殺してしまう女の凄まじい執念などはどうでも良かったのである。そういう理屈のない世界の馬鹿々々しい美しさ、気味の悪い美しさを菊五郎の白拍子はふんだんに持っていた。菊五郎の『道成寺』を見ていてある老婦人が『こんなにも面白くていいものでしょうか、そら恐ろしい』という言葉のせっぱつまった実感は私にもうなづける。菊五郎の『道成寺』はそういうものであった。」(円地文子「京鹿子娘道成寺」)

この円地文子の文章での「菊五郎」とは六代目菊五郎のことです。おそらく昭和初期ごろの舞台のことと思われますが、この文章だけでも六代目の「道成寺」の面白さは彷彿としてくるようです。「こんなにも面白くていいものでしょうか、そら恐ろしい」と言わせた菊五郎の踊りは、恐らくリズミカルで躍動的で、そして満場をパッと明るくするような華やかさがあったのではないでしょうか。と同時に、このような馬鹿々々しさ、ただただ華やかな美しさこそが「娘道成寺」の本来の魅力であると思います。
菊五郎の道成寺を想像する
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

acaluliaのブログ

鳥待ちdiary

『男の隠家』 Bohken-Dankichi 天邪鬼&極楽蜻蛉

アマルフィに憧れて

しあわせの青い鳥

東京にしがわ散歩

心の隙間

リベラルブログ・生活保護者の色々な記事
プロフィール

hitomi5235

Author:hitomi5235
猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR