京都の新島襄・八重の旧邸


 今年5月26日に見学しました。
1878年竣工、1985年、調度、家具類を含めて京都市から有形文化財に指定されました。同志社には10棟の文化財建築物があります。
設計は宣教医テーラーの助言のもと、新島自身が行ったそうです。
建物の説明は頂いた立派なパンフからです。
 
新島八重と同志社大学、圧巻の赤レンガ建築群
 
この旧邸の外観はコロニアル様式を取りながら全て真壁造り、和洋折衷というより和に洋を取り入れています。セントラル・ヒーティングを設置!
 
応接間の暖炉の余熱で暖めるというもの。
 

 1,2階の東、南、西の三面に巡らせたバルコニーが特色。窓はガラス戸の外に木製のよろい戸を取り付け、上部に和風の障子欄間がはめてあります。新島が住んでいた頃は東のバルコニーから大文字山がよく見えたといいます。
 
京都のヴォーリズ建築駒井家 http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/33474467.html もそうですね。
 
 
群馬県安中市の新島旧宅は
新島 襄旧宅(にいじまじょうきゅうたく)】 明治の宗教家・教育者として名高い新島 襄の 父母の家で、県内活動の拠点となった旧跡です。氏は江戸時代末期の天保14年(1843 )、安中藩江戸上屋敷で生まれ、名を七五三太(しめた)と称し、数奇な生涯を送った事…
 

京都の新島襄の旧宅はこの同志社英学校があった場所だそうです。
ちなみに今の同志社今出川キャンパスは薩摩藩邸跡です。
新島がこの旧宅に住んだのは、明治11年(1878)から永眠する明治23年(1890)までの約11年間。
木造2階建て、数寄屋根、瓦葺き、外観は洋風建築。でも一歩中に入ると不思議な空間が広がります。
壁は柱を露出させる和風な真壁造り、襖、障子の仕切があるかと思えば、一方、暖炉があったり
テーブルに椅子の応接間があったり、ベットが置かれていたりの和洋折衷です。
建物の周りはバルコニーが囲む洋風スタイルが見て取れ、明治と云う時代の斬新な生活様式だった
に違いないと思います。

現在は昭和60年(1985)に京都市の有形文化財に指定されており、3月~7月、9月~11月の水、
土曜日(祝日は除く)と御所の一般公開日に合わせてこの新島襄旧宅も一般公開されています。http://www.eonet.ne.jp/~koizumi/doshisha.htm
 


応接間 
教室、職員室、会議室、教会の集会室など多目的に利用。
 
八重さん愛用のオルガン撮り忘れました!

 
書斎、同志社の学生は図書室のように自由に利用!
 

 
新島の死後八重は一階洋間を改造して茶室「寂中庵」を作りました。
 
和に洋を取り入れた板張りの腰掛け式トイレがあります。(洋式トイレ)
 

二階の居間
 

 食堂
台所と食堂の間にハッチ式の配膳棚をつけたものも当時としてはモダン、
ワッフルベーカーも残っています。
 

 隣のモダンな建築、これも同志社?緑があるので美しい。
 

 
来年の大河ドラマ「八重の桜」放映に伴い、開館日、見学方法が変更になりますのでご注意ください。
 
この日も結構見学者が多かったので。
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