宮沢賢治の『絶望名言』

昨日、ドラマ「宮沢賢治の食卓」を観ました。

そうしたら今朝4時のラジオ深夜便で宮沢賢治の音楽好きの話をしていました、途中で又寝てしまいましたので

ネット検索したら、これが出てきました。


2019/06/24 ラジオ深夜便「絶望名言 宮沢賢治」文学紹介者・頭木弘樹さん


引用はじめ


罪や悲しみでさえ輝くドリームランド

実は僕は少し前まで、宮沢賢治を読んだことがありませんでした。
以前に小説家のフランツ・カフカの名言集を出したんですけれども、それを読んだ方から、「カフカは宮沢賢治とすごく似てますね」という反響をかなりいただいたんです。実際に読んでみたら、似てるんですね、これが。
例えば、お父さんとの確執です。お父さんの仕事が成功してるんですが、息子であるカフカや宮沢賢治にしてみると、それにちょっと反発を感じていたり。妹をすごく好きってところも、似ています。あと、2人ともベジタリアンなんです。菜食主義。生涯独身で子供がいなかったのも同じ。それから、生前は無名に近くて、サラリーマンもしていた。若くして結核で亡くなったのも同じですし、自分の原稿をすべて処分してくれと遺言したところも同じです。でも、死後に頑張ってくれた人がいて、今ではとっても有名で……、まあ、それも同じなんですね。

宮沢賢治には、8つ下の清六さんという弟さんがいらっしゃったんですけども、その方がお兄さんのことを、「表面陽気に見えながらも、実は何とも言えないほど悲しいものを内に持っていたと思うのである」(『兄のトランク』より)と書いてらっしゃいますが、これは賢治の作品についても言えることじゃないかと思います。
例えば賢治は、「イーハトーブ」を舞台に童話をたくさん書いています。イーハトーブというのは地名で、実際にはないわけですけど、ドリームランドみたいな、賢治の理想の世界です。イーハトーブについて、こんなふうに説明しています。

そこではあらゆることが可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従へて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語る事もできる。罪や悲しみでさえそこでは聖くきれいに輝いている。
『「注文の多い料理店」広告文』より

理想郷、ドリームランドなのに、罪や悲しみがないわけじゃなくて、あるんです。だけどそこでは、罪や悲しみでさえ聖くきれいに輝いていると。これが賢治の作品の特徴なんじゃないでしょうか。イーハトーブが舞台の童話から、一節ご紹介します。

私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。
『グスコーブドリの伝記』より

賢治自身にもいくらかこういう気持ちがあったんじゃないでしょうか。自分は人のようにうまく生きられず、立派でもなく、美しくもなく、仕事もうまくいかず、ちゃんと笑えてなかったんじゃないか。
誰の心にも、こういう気持ちは多少なりともあると思うんです。自分にとって“自分”は特別、かけがえのないものですよね。世の中も自分中心に見るしかないわけで、そういう意味ではもうどうしたって特別視する存在なわけです。落語に「有象無象」っていう言い方があって、僕自身もその1人だと思っています。まして病人になっちゃうと、どうしてもそっちになりますよね。大勢の中の、さらにあんまり陽の当たらないところに行っちゃった感はあります。

■「ぼくは半分同感です」

「お前たちは何をしてゐるか。(略)やめてしまへ。えい。解散を命ずる」
かうして、事務所は廃止になりました。
ぼくは半分獅子に同感です。

『猫の事務所』より

宮沢賢治の寓話(ぐうわ)、『猫の事務所』の最後のシーンです。簡単にあらすじを説明させて頂くと、本当に猫たちが事務所をやっている話です。黒猫の事務長さんがいて、その下に1番から4番まで書記が4人、全部猫ですけど、いるわけです。4番目の書記が「かま猫」。夜はかまどの中に入って寝る癖があるから「かま猫」です。かまどっていうのは、昔台所にあって煮炊きをしたものですけど、夜になってもちょっとあったかいわけです。昼間煮炊きをしているので、ポカポカ眠れるわけです。だけどかまどの中はすすだらけですから、いつも体は黒く汚れてしまう。かま猫は、すすで薄汚れた猫なんですね。

かま猫だって汚れたくはないんです。でも夏に生まれて皮膚が薄くて寒がりなんで、かまどの中で寝るしかなくて、だからいつも汚れてる。薄汚れた猫はふつう書記になれないんです。でも優秀だったのと、事務長さんが黒猫なので、黒く汚れた猫にちょっと寛大だったから第4書記になってるんですけど、これがほかの3匹の書記は気に入らない。ことあるごとにかま猫に冷たくあたって嫌がらせをするわけです。事務長だけはかばってくれて、それで何とか頑張ってやってたんですね。
ところがある日、かま猫はひどい風邪で事務所を休んでしまいます。3匹の書記たちは事務長に、あることないことかま猫の悪口を吹き込みます。事務長の黒猫もそれを信じてしまって、「目をかけてやってたのになんてやつだ」と怒ってしまいます。病み上がりのかま猫がやって来ると、事務長も含め全員がかま猫を無視しちゃうんですね。「おはよう」って言っても返してもらえないし、机の上には仕事に必要なものがない。何もできずぼう然と座ってシクシク泣き出しても、みんな知らん顔で楽しそうに仕事してるわけです。
そこでさっきのシーンです。その様子を、外から獅子が見ていて、「お前たちは何をしているのか」「もうやめてしまえ」と。「解散を命ずる」っていうんで、事務所が廃止になってしまいます。ただ最後に、語り手が急に顔を出すんです。宮沢賢治自身ですね。「ぼくは半分獅子に同感です」と、解散しろといった獅子に半分だけ同感だって言うわけです。“半分”なんですよね。これ、ちょっと不思議じゃないでしょうか。

まさに今の社会でもある、パワハラとか差別とかいじめとか、そのままですよね。そういうのがあった時に、獅子が現れて「解散!」と言ってくれたら、嬉しい気もするんですけど。それなのに、なんで半分しか賛成しないのか。いろんな説があるようです。1つには、解散っていうのは、根本的な解決にならないと。要するに、パワハラとか差別とかいじめが、解散によって“解決”したわけではない。そういうことができる“場”がなくなるだけで。かま猫も、それで職を失うわけじゃないですか。被害者だった人も、加害者と一緒に職を失うわけなんで、それで半分、という説です。でも、それだけかな、と思うんです。

■「みんなみんな哀れです」

『猫の事務所』には、草稿、いわゆる完成原稿の前の下書き的なものがあって、ラストに出てきた作者のコメントが違うんです。こんなふうに書いてあります。『みんなみんな哀れです。かわいそうです。かわいそうかわいそう』
みんなっていうのは、かま猫だけじゃないわけです。ほかの3匹の猫もかわいそう。事務長の黒猫もかわいそう。さらには獅子もかわいそう。みんな、かわいそうだって言うんです。パワハラや差別やいじめの、被害者だけじゃなく、加害者も黙認した人もそれを叱りつけた人も、全員がかわいそうって言うんですね。

賢治らしい視点というか、要するに誰の心の中にも、加害者側の気持ちもあるし、傍観者になってしまう気持ちもあるし、もう全部やめちまえと言いたくなる気持ちもあるし、どこか全部弱さだし、良いことではないし、でも人間は、そういう弱さを持っている。だから、かわいそう。やってしまうほうもやられてしまうほうも、人間ってのはみんな哀れでかわいそうだと、そういうことかなと思うんです。
罪の無いものだけが石を投げろって言われても、やっぱり誰も投げられないわけです。それが哀しいってことじゃないでしょうか。「全面的に賛成です」と賢治は言い切れない。半分石を投げるというか、確かに人間はかわいそうですよね。
パワハラやいじめや差別はもちろんなくさなきゃいけないもので、人間にはその弱さがあるからと言って、それを許容するようなことはもちろんいけないわけです。『猫の事務所』のような物語を読むことが、一番なくすことにつながるんじゃないかなと、そういう気もします。

■『銀河鉄道の夜』「ほんとうのさいわいは一体何だろう」

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。

『銀河鉄道の夜』より

少年ジョバンニが、友人のカムパネルラと一緒に銀河鉄道で旅をする物語です。ジョバンニが持っているのは、どこまででも行ける特別な切符なんですよね。何を探すかっていうと、ここにも出てくる「ほんとうのさいわい」。それは一体何なのか。宮沢賢治作品の全ての根底にあるテーマかもしれません。そのテーマが、銀河鉄道という美しいイメージと一体になって、実にすてきです。「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」のところ、これ、ちょっと意味の分からないところがあると思うんですけど、前にサソリの話があるのです。

サソリはいろんな虫を殺して食べて生きています。ところがある日、自分がイタチに食べられそうになり、必死に逃げて井戸の中に落ちて溺れて死にそうになりながら、最後にこう言うのです。「ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。」

自分はいろんな虫を食べてきた。でも自分が食べられる側になった時に、必死になって逃げて、食べられた側の気持ちがすごく分かった。ここで溺れて死ぬのでは本当にただ死ぬだけだ。イタチに食べられていればイタチがそれで1日でも生き延びられたはずだった。空しく命を捨てるんじゃなく誰かのために生きたい、っていうふうに思っていると、そのあと、サソリの体は真っ赤な美しい火になって燃え始め、気が付くと、夜空にいて闇を照らしているわけです。空の星になれたんですね。
自己犠牲のすばらしさを物語っているわけですが、ジョバンニがカムパネルラに向かって、僕たちもあのサソリのようになろう、みんなの幸せのためなら体なんか百ぺん灼かれてもいいと決意を語る部分です。カムパネルラも、僕だって、と。2人でそう言い合って、本当の幸いはこれだ、みたいになったところで、ジョバンニはもう一回、問うわけです。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」。
するとカムパネルラは、「僕わからない」と、ぼんやり答える――。
この展開、すごいと思うんです。自己犠牲こそが本当の幸いだ、美しいものだって言ったのに、言った途端、でも本当にそうなのかなって、迷いが出てくる。で、カムパネルラも「僕わからない」。

『銀河鉄道の夜』読んでない方もいらっしゃるでしょうからあんまり言っちゃうとあれなんですけれども、カムパネルラ、実はもう自己犠牲をしてるんです。なのに「僕わからない」と言っている。とっても重い返事です。本当の幸いが何なのかは、いくら追い求めても、「やっぱり本当は何だろう」と、もう一回問わずにはいられないし、「僕わからない」って答えるしかない。ここが賢治のすごいところじゃないかなと思うんです。

宮沢賢治は手帳に、こう書いています。

『あらたなるよきみちを得しといふことは ただあらたなる なやみの道を得しといふのみ』
「王冠印手帳」より

新しく良い道を知った、これが真実の道だ、本当の幸いの道だと知る。それはだけど、新たなる悩みの道を知ったってことだという。良いと思っても、本当にそうなのかなって、常に考える。悟りに到達しちゃわないところが、すごいと思うんです。これが本当の幸いですって何かに到達してしまえば、ある種、楽なわけです。これだと決めたほうが楽ですから。でもそうはできない。どうしてもそこで迷う。どこまででも行ける切符を持って、迷い続けるわけです。苦しく求め続ける旅を、やめないわけです。なかなかできることじゃないと思う。

■上のそらでなしに、日常の奇跡を生きていこう

僅かばかりの才能とか、器量とか、身分とか財産とかいふものが何かじぶんのからだについたものででもあるかと思ひ、じぶんの仕事を卑しみ、同輩を嘲り、いまにどこからかじぶんを所謂社会の高みへ引き上げに来るものがあるやうに思ひ、空想をのみ生活して却って完全な現在の生活をば味ふこともせず、幾年かゞ空しく過ぎて漸く自分の築いてゐた蜃気楼の消えるのを見ては、たゞもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ憂悶病を得るといったやうな順序です。
『宮沢賢治作品館・資料篇』収録 「教え子に宛てた手紙」(1933年9月11日)より

これは、今残っている宮沢賢治の最後の手紙で、亡くなる10日前の手紙です。非常に痛切な内容ですよね。才能とか器量とか身分とか財産が自分に備わっているかのように思い、自分の今やっている仕事を自分でバカにし、同僚たちをあざけり、いつかは何か自分がパッと世の中に出ていけるんじゃないかと、そんなふうに空想してるうちに今に至って、自分の人生をちゃんと味わっていなかったと。これでもう目ざましいこともなさそうだと。蜃気楼が消えていくように感じて本当につらいっていう、そういう心情が語られています。こういう気持ちはだけど、みんなどこかにありますよね。
賢治はこの時、結核にかかってしまって、本当につらかったと思うんです。このころに文語詞を書き出していて、冒頭は『いたつきてゆめみなやみし』というもので、「病気になってしまい、夢はみんな終わった」という意味です。僕自身も、20代30代をずっと病気で過ごして、その後、なんとか社会に出られるようになった時には、もうある程度の年齢になってましたから、結構、きついんです、40代の新人、みたいなね。ふとトイレに行って、「自分の人生ってのは、もうこの一回で、こういう人生で、これだけなんだな」と思って、「この年でもう、何にも起きないな」と思うと、ちょっと泣けたりしましたね。賢治の場合は童話を書いたり詩を書いたり、それにかけてきたわけです。この時点ではまだ有名になっていなかったし、あまり認められていませんから、すっぽり何もなかったように感じて、むなしかったのかもしれないですね。手紙は、まだ続きがあります。

風のなかを自由にあるけるとか、はっきりした声で何時間でも話ができるとか、自分の兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうなことはできないものから見れば神の業にも均しいものです。そんなことはもう人間の当然の権利だなどといふやうな考では、本気に観察した世界の実際と余り遠いものです。

この一節、好きなんですよね……。僕みたいな病人にとってはもう、共感しすぎて泣けてくるところです。病気すると、風が吹いている外を自由に歩くとか、はっきりした声で何時間も話すとか、健康な人なら何でもないことが、もう神の業にも等しいことになるわけです。それを人間の当然の権利だなんていう考えでは、実際に観察した世界の実際とは“遠い”と。賢治は弱くなってみて、「日常が実は奇跡だ」みたいなことをしみじみ感じるわけです。そんなの当然と思っているのは間違いで、実は大変貴重な人生、日々を送っていたことに、今ここでしみじみ思いが至るわけです。手紙は更に続きます。

どうか今のご生活を大切にお護り下さい。上のそらでなしに、しっかり落ちついて、一時の感激や興奮を避け、楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きませう。

今の生活を当たり前で平凡でつまらないものと思わずに、奇跡的で貴重なものだと思ってしっかり味わえと。「しっかり生きろ」というところが、普通ならね、「健康なうちに頑張りなさい」とか、「楽しめるうちに楽しんでおきなさいよ」って言うんですけど、「楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きていきましょう」って、これがやっぱり、変わってるというか、さすがというか。自分が苦しんでいる最中ですから、本当は苦しみなんかない方がいいと思ってるはずなんです。最初の方でご紹介した、イーハトーブの説明を思い出してしまいます。賢治は「悲しみでさえそこでは聖くきれいに輝いている」と言ったわけですけど、まさにそういう人生を、最後に生きていかれたんじゃないかなと思います。

賢治が亡くなったのが1933年、黒柳徹子さんがお生まれになった年です。黒柳徹子さんは今もお元気に活動してらっしゃいますから、そのぐらいの年数をかけて、ほとんど無名だった賢治が誰でも知る人になった。賢治自身、本当の幸いを求め続けて、でも決して到達しない、果てしない旅だったわけです。私たちは手近な幸福で手を打って生きていくしかないわけですけれども、それさえなかなか手に入らない。でも賢治は本当の幸いを求め続けて、亡くなった今もあの銀河鉄道に乗って、本当の幸いを探し続けているような気がします。

引用終わり



「表面陽気に見えながらも、実は何とも言えないほど悲しいものを内に持っていたと思うのである」

井上ひさしも言ってました、人間は悲しいものだから演劇など楽しんでいいんだと。

弟さん、貴重な原稿を処分しないでくれて感謝です。これがあるから素晴らしい舞台、映画、ドラマもでき、人類を励ますことになりましたから。


サソリの自己犠牲、「捨身飼虎」を思い出しますね。

 釈迦が前世に飢えた虎の親子と出会い、我が身を投げ出して食わせ、虎の母子(生後間もない子は7頭も)を救う話です。

 『金光明経』などに記載されています。https://ameblo.jp/dior3701/entry-11894899887.html


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「宮沢賢治の食卓」とプラセンタ

テーマ:

原作は読んでませんがWOWOWのドラマ化を鑑賞、最初の2話を見逃しました。

 

本放送も知らなかった。

https://www.wowow.co.jp/dramaw/kenji/caststaff/

 

引用はじめ

『銀河鉄道の夜』『雨ニモマケズ』などで知られる、国民的作家・宮沢賢治。
孤高の存在として語られる印象とは裏腹に、じつはユーモアに溢れた好奇心の人でした。 賢治とは一体どんな人物で、如何なるものを食したのでしょうか!?

賢治の愛した食べ物には、家族や隣人、そしてやがて早逝する最愛の妹への深い愛情が
秘められていました―。

若かりし頃の天真爛漫な宮沢賢治の青春時代を、彼の愛した食やクラシック音楽を通して、家族や親しい人たちとの関わりを描いた感涙必至の物語。
特に傑作詩篇「永訣の朝」にうたわれた最愛の妹・トシとの死別に描かれる兄妹愛の行く末は、涙なくして観られません。今までの映像作品ではなかなか描かれなかった、泣いて笑って躍動する、瑞々しい宮沢賢治 by 鈴木亮平に是非ご期待ください!!👈WOWOWHPより

 

 

宮沢賢治と言えば童話を読み井上ひさしやわらび座の舞台を鑑賞。

 

3月には松田龍平「イーハトーボの劇列車」👈


 

 

子供の頃は賢治の童話を読んでも難解でした。

 

今も井上ひさしの舞台の賢治も観てるだけで理解できてない情けない私。

 

 

 

大人になって買った「猫の事務所」

は悲しくて胸が痛かった。差別が一番私にはこたえます

 

本作は賢治が作った食物、当時は貴重すぎるアイスクリームやシチュウー、焼きリンゴ

私も大好きだったコロッケの回は見逃し。

 

母が作ってくれた手のこんだコロッケが懐かしい。私も子供のために作りました。

今週偶然久しぶりにコロッケ作りました。

時間はかかるし、手はベトベト、

でも市販のコロッケを好まない次男も喜んで食べます。

 

カレーもレトルトではなく家で作ると、好評かな

 

お話に戻って

恋人の家の鳥南蛮蕎麦や持参したお重のご馳走。

朝ドラの「ごちそうさん」の美味しそうな柿の葉寿司や、俵型と三角おにぎり思い出します。

地域により三角と俵型は意味が違うとか。

 

動植物の命をもらって体を作ってる人間。

 

 

 

 

 

そしてやはり悲しすぎる妹の死と、破談

賢治の恋愛関係には疎いのです。

 

裕福な家でも結核に罹る。

 

貧困家庭ならなすすべもない。納屋に押し込まれて死ぬのを待つだけ…

 

宮沢家は宗教にはまらなければ三井三菱そこまで豪商だったのですね。

 

妹がヴァイオリン弾いているだけでもわかりますが。

ミュージカルスターの育三郎君も音楽教師で、登場、あの時代にいつものお洒落な髪型(・・?

 

最初に賢治の才能を発見した人物として演じられました。

 

滝の蛍の場面ではCGではなく手をかけて撮影したと。

鈴木さんのblogに載っています。

 

引用です。

「広く作品世界を覆っているのは、作者自らの裕福な出自と、郷土の農民の悲惨な境遇との対比が生んだ贖罪感や自己犠牲精神である。また幼い頃から親しんだ仏教も強い影響を与えている。

晩年には遺作『銀河鉄道の夜』に見られるようにキリスト教的な救済信仰をも取り上げ、全人類への宗教的寛容に達していたことが垣間見られる。宗教学者からは、賢治のこうした考え方の根本は、法華経に基づくものであると指摘されている[100][101]。この宗教的思想と自然科学の融合した独自の世界観は第二次世界大戦後に日本国外の研究者からも評価され、1996年9月、宮沢賢治生誕100周年を記念して花巻市にて開催された宮沢賢治国際学会では20ヶ国程の研究者、翻訳者が集ったことを歴史家色川大吉は著書で言及している[102]。」

 

 

追記

昨日ドラマ「やすらぎの刻」で産婆さんと産婦とその家の男が胎盤を生姜醤油で食べる場面があり仰天。うちの猫のリボンは出産の時食べなかったらしいが…動物は食べると思ってました。

 

私は昨年秋、乳製品でかつてない腹痛が起きて困ったので、プラセンタ(胎盤)注射するようになりました。弱かった皮膚もましになり、夫は脊柱管狭窄症やひざ痛がよくなりました。彼はコンドロイチンも注射。医師は楊貴妃も胎盤を食べていて、各方面に効くといいます。

夫は耳鳴りに悩みツボ注射していますがまだ上手くいきません。補聴器の治療も始めます。

 

『幻影からの脱出〜原発危機と東大話法を越えて〜』『「学歴エリート」は暴走する』「東大話法」が蝕む日本人の魂

『幻影からの脱出〜原発危機と東大話法を越えて〜』

『「学歴エリート」は暴走する』「東大話法」が蝕む日本人の魂

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東大話法は東大関係者だけではありません。

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規則20 この通りでしょう、あらゆるところで見かけます。

ローマ帝国が作った道路や水道橋が現役なのに、現代作ったものが簡単に崩壊

その言い訳がまともじゃない。

原発、笹子トンネル…

父を始め、筋が通らない御託を並べる人たちもいくらでも見てきました。
素直に謝らない、嘘をつく、表面だけ慇懃。
つくしん坊
ベスト1000レビュアー
2013年7月29日
形式: 新書
本書を読んで、衰退しつつある日本の病根を改めて痛感した。「学歴エリート」がテーマであるが、日本中の官民を問わず、ほとんどの組織が侵されている官僚主義と言い替えてもよいのではないだろうか。人口減少、経済停滞など、日本衰退の現象面を捉えた議論は多いが、本書は、より本質に迫ったものとして評価できる。

日本の相当重い症状を表わす現象には事欠かない。東京電力福島原発事故の原因と事故後のあまりにもお粗末な対応、道路やトンネル・橋梁の劣化が指摘されているにもかかわらず起こった笹子トンネル事故、原因が判明してから60年以上経っても多数の未認定患者が存在する水俣病問題、相変わらず繰り返される薬害事件(最近ではタミフルや子宮頸がんワクチン)など、挙げていけばきりがない。「回答があることが分かっている問題」に対してしか能力を発揮できない「学歴エリート」、いいかえると官僚主義が暴走して引き起こした事件・事故は、日本を窒息させるほど数多い。

福島原発事故は、「学歴エリート」が起こした最悪・最大規模の事故であるが、まだ収束の見通しすら立っていない。それにも拘わらず、原発再稼働や原発輸出の話が持ち上がっている。この問題ほど、日本人の精神面の衰退を痛感させるものはない。本書では、戦後における「学歴エリート」のルーツが、実は戦前の満州や軍部の官僚に遡ることを、多くの実例を挙げて説明している。問題の根深さと大きさに、愕然とする。

それでは、日本にはもはや救いはないのか?著者は、日本を覆い尽くしている「立場主義」(個人の信条を捨てて、組織の役割・使命に自分を一体化させてしまう)からの脱却を奨めている。それには、政治家・官僚・マスコミ・経営者たちが庶民に押し付けようとしている「立場」の嘘を見抜く訓練が重要だろう。本書を読むことはその第一歩になることは間違いない。👈
 
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段差は車椅子の方だけの問題ではありません。

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核兵器は戦争の道具としては無意味。

チェ・ゲバラと、キリストの遺体の写真、絵


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いつも子供第一の安冨さんの後悔

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安冨さんはマイケルを高く評価しています。

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ゴフマンという人

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戦争中の指導者が敗戦後も居座っていては。

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これもドキュメンタリーで観ましたが参謀は処罰されずに
指揮官が責任取るとは。

責任をうやむやにするからこのような犯罪は後を絶たない

岸、瀬島龍三…

731部隊、原発

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ああ、そうなのか、
このこはお国のものでいずれささげる預かりものと、自分に言い聞かせる。

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騙されやすい日本人

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日本社会の中に「戦争」が組み込まれている

何も考えず上官、天皇にひれ伏す。

これでは日本に民主主義が育つわけないですね。

オオアリクイ一家、ハニー&レフ、カピバラ、リアンのボール遊び


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8月17日のマヌルネコのハニー

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揃えたお手々

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お手々が揃えられないレフ君、生まれつきなのか、事故なのか。
2014年5月15日ノボシビルスク動物園生まれ
ハニーだけの東山に突然のように来てくれたレフ君

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真夏は奥にいたリアンに久しぶりに会えました。
ボールで遊んでくれました。
無事に夏を乗り切ってくれたと一安心。

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ボケボケですがめったに出てきてくれないジャングルキャットのメス、
出てきてもすぐ奥へ行ってしまいます。
飼育員さんが猫草を置いてくれたので止まってくれたのに
慌ててピントが合ってません(´;ω;`)
オスの所にも猫草ありました。

ここの飼育員さん、オスのために猫タワーや土管など置いてくれてい亜mす。
結局は飼育員さんお熱意なのでしょうか。メスは姿を現さないとブーイングが来たのでしょうか。
春に来てまだ慣れないメス。

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カピバラさんにも

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オオアリクイの一家
向こうはお父さん(・・?
お母さんの鼻が一番長い。

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ミュージカル星の王子さま


井上芳雄 音楽劇「星の王子さま」
        “大切なものは目には見えない”は名言ではないという
誰が星の王子様を殺したのか👈を読んで録画していた本作を観たくなりました。
☝の本も再読したい。

たった2日間の上演とはもったいない。

又再演されるでしょうが、東京以外に住む者にはテレビ放送はありがたい。

このミュージカルでも最後に何回も「大切なものは目には見えない」と歌っていましたが、何と難解な星の王子さま

星の王子さまは
2015年現在、初版以来、200以上の国と地域の言葉に翻訳され、世界中で総販売部数1億5千万冊を超えたロングベストセラー

日本語の書名である『星の王子さま』は、岩波版の翻訳者であるフランス文学者の内藤濯によるもの(直訳では『小さい王子』あるいは『小さい大公』)であるため、新訳本の出版の際には新訳にふさわしい別の書名をつけるか、本の扉裏やあとがきに内藤濯の考案であることを明示してほしいと、岩波書店などは要望している。

「この物語りを
世界中の子供達に
また自分が子供だった頃を
忘れがちな大人達に
そして
うわべだけでなく
物事の ほんとうの美しさを
見つめる勇気を持った
すべての人々に
心からの友情をこめて
 贈ります。
     サン・テクジュペリ 」


10、20年も前ファンの音楽座の土居裕子や元宝塚の毬谷友子のリトルプリンスを観ました。

夜と星と風の物語 星の王子様より👈

今回の井上さんや木村さん(劇団四季の「夢から覚めた夢」と同じような扮装で笑わせ、高慢なバラ、セクシーな姿も魅せます)たちも皆さん歌、演技がうまく楽しめます。
WOWOW
福田雄一×井上芳雄
「グリーン&ブラックス」
8/28(水)夜11:00放送音譜

オペラ座の怪人/井上芳雄×木村花代

しっかり訓練されたは歌は何と心地よいのでしょうか。

2014年に録画で宝塚版も観ていました。

素敵だなと思ったのは、「星の王子さま」の中で、サン=テグジュペリの妻コンスエロを演じる蘭乃はなさんが、王子さまになって(つまり二役です)、不時着したパイロット(蘭寿さん)と会話を交わすシーン。
「ねぇ、ヒツジの絵をかいて」とおねだりする蘭乃さんの王子さまがあまりにも可愛い。また、ラスト近くの「ぼく、きみのそば、はなれないよ」という台詞の繰り返しでは、周りのお客さんがハンカチで涙をぬぐっていました。蘭乃さん、素晴らしい演技でした。
何故他の娘役なり若手にさせずに、蘭乃さんの二役にしたのかは、そのあとのコンスエロ(実は王子さま)とキツネ(実は壮さん演じるサン=テグジュペリの親友ギヨメ)の会話のシーンが来ることで理由がよくわかります。壮さんのキツネも演技が素晴らしくて流石はえりたん(壮さんの愛称)、とても面白い演出でした。


9/16(月・祝)午前7:45
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ミュージカル界のプリンスとして名高い井上芳雄が七変化で魅せる。サン=テグジュペリの名作「星の王子さま」の新たな世界を芝居と歌、踊りで表現する音楽劇。
サン=テグジュペリの童話「星の王子さま」を原作とする音楽劇。「大切なものは目には見えない」「水は心にもいい」など、珠玉の言葉がちりばめられた不朽の名作「星の王子さま」。原作の世界観はそのままに、3人の俳優がピアノ、バイオリン、チェロの生演奏に乗せて芝居と歌と踊りでステージを展開していく。
【ストーリー】
飛行士(井上芳雄)が操縦する飛行機がサハラ砂漠の真ん中に不時着してしまう。そこで、彼は小さな王子(上白石萌歌)と出会う。飛行士は、孤独で友達を求めていた王子と友達に。そして、王子はここまでの旅について語り始める。
王子は自分の体より少しだけ大きい星にひとりで住んでいたが、育てていたバラ(木村花代)の意地悪に我慢ができなくなり、星から飛び出す。その後、命令をするのが大好きな王様(井上)が住む星や、他人はみんな自分の崇拝者だと思い込んでいるうぬぼれ男(井上)の住む星などを転々。7番目に訪れたのが地球だった。王子は地球に着いてへび(木村)やきつね(木村)に遭遇。やがて、きつねを飼いならしほかのきつねにはない情愛が湧いてくると同時に、世話をし愚痴を聞いてやった自分の星に咲いていたあのバラも唯一無二の大切なものだったのだと気付く。そして、きつねから“大切なものは目には見えない”と教わるのだった。

収録日・収録場所


  • 2017年8月9日/東京 東京芸術劇場 プレイハウス

出演

  • 出演
    井上芳雄
  • 出演
    木村花代
  • 出演
    上白石萌歌,『舞妓はレディ』はお姉さんのほう。

  • ミュージシャン
    大貫祐一郎
  • ミュージシャン
    大河内涼子
  • ミュージシャン
    渡邉雅弦

スタッフ

  • 原作
    サン=テグジュペリ
  • 上演台本・演出
    笹部博司
  • 作曲(歌)
    野瀬珠美
  • 作曲(効果)
    大貫祐一郎
  • 振付・ステージング
    舘形比呂一
  • 舘形比呂さん、熊哲との共演舞台やテレビのダンス教室で観ました、
  • あの頃体操やダンスの番組を録画し、一人でも行っていました。

https://ent.living.jp/review/kaoru/76909/

箱根星の王子さまミュージアム👈園芸家吉谷さん監修

コツメカワウソ、インドサイ、チンパンジー双子

昨日10日ぶりに東山動物園に行ったら、ゾージアムの隣のコツメカワウソ舎に箱があり何やらラブラブの様子。

久しぶりの同居

多摩動物公園うまれで2013年10月22日来園、自然動物館で暮らしていたドン君が動物園正門近くに引越

ヒナタ♀(2010/8/17生)

2017年に開催された第一回カワウソゥ選挙ではニコイチでエントリー(ココ&ヒナタ)し、9位を獲得しました。

2017年11月6日「ココ」が死亡しました。10月に骨折した大腿骨の手術後、肝臓に持病があったこともあり、手術に耐えきれずに亡くなりました。


帰りはそろって外へ
せわしなく泳いだりしていました。



右がヒナタだと思います。


最近飼育員さんが頑張ってジャングルキャットの部屋に猫タワーが増えたり、
ユキヒョウにボールやハンモック、ジャガーの所に水たまりなどができています。
まずは飼育員さんの熱意で動物たちも過ごしやすくなります。

都所込めてるから少しでも退屈させないでほしい。
飼育員さん、動物の安全第一ですね。
今度が多摩動物園で事故が起こりました。

ベテラン飼育員さんだったけれど、動物にまったく悪気はないけどサイは2トン、
遊んでるつもりでも。痛ましい。
獣舎に一人で入るのは禁止。

インドサイのブンタ君、正門はいると一番初めに会えます。


17日のブンタ君




6月21日のチンパンジーの双子カラン・コエ
6月21日のチンパンジーの双子カラン・コエ


ダマイとクンデ・ルナとサン

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    ライトアップのために飾り立てられたゾウさん

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    スマトラトラのクンデ

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    ダマイ、クンデとはどうなんでしょうか。

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    この日はルナの発情で別々の展示

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    綺麗なルナを観ているサン
    ルナが室内でサンが外の時はサンはルナのほうを向いてるのにwww

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    ルナが室内に入りサンが外へ出されました。
    サンは早速ルナの部屋の前へ。
    泣かせますね。8月17日

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    「憎しみは憎しみによって止まず、ただ慈悲によってのみ止む」

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  • 「憎しみは憎しみによって止まず、ただ慈悲によってのみ止む」

    これは、ブッダの言葉だそうです。           
     
    敗戦後の1951年9月、日本の主権回復と国際社会復帰を審議するため、「サンフランシスコ講和会議」が開催されました。
    しかし、ソ連によって、米英中ソの4か国による日本の分割統治や主権の制限、高額な賠償金請求という提案がなされ、自国の利害を最優先させる各国の思惑が交錯して、議場は重たい空気に・・・。

    そんな中、セイロン(スリランカ)の代表として演題に立ったジャヤワルダナ蔵相(のちに大統領)は、被害を受けた国の代表でありながら、その演説の中で、
    このブッダの言葉を引用し日本に対する損害賠償請求権の放棄を主張しました。

    理由は、
    スリランカの人々が仏教徒として、ブッダの言葉を信じていたことで、
    日本人の中にも、仏教徒としての要素が感じられた・・というものでした。
     仏の教えを信じるジャヤワルダナ氏は、同じく仏の教えにふれた人たち(日本人)を信じて、日本を守ろうとされたのです。

    講演では・・「・・、空襲によって主要産物のゴムの残虐な搾取によるダメージもあり、私たちはその損害の回復を求める権利がある。
    しかし、私たちは、アジアの人々を救済した偉大な仏陀の言葉「憎しみは憎しみによって止まず、ただ慈悲によってのみ止む」を信じています。
    この言葉は南アジアを通じてセイロンに人道主義を広め、中国から日本へと広がりました。この思想は何百年もの間共通の文化・財産として私たちを結び付けてくれました。この文化は生きています。…日本は、指導者や大臣一般市民、僧侶たちが仏陀の平和思想の影響を受けているという印象を持ちました。・・」
    「この条約は、敗北した敵国に寛大です。
    私たちは日本に友情の手を差し伸べます。
    そして信じます。
    人類の歴史におけるこの戦争という1章が本日記される最終ページによって終わり、日本国民と私たちが平和と繁栄の中で人類の偉大さ味わうため共に歩む、最初の1ページが始まることを。」(日本語訳は京都佛立ミュージアムによる)

    この演説が戦勝国の心を動かし、日本の自由と独立、国際化社会への復帰への後押しとなりました。

    (「トランクの中の日本、戦争、平和、そして仏教」を参考に)

    でも、今の日本はブッダの心どころか、憎しみの連鎖で、
    政権自らが嫌韓を煽り、憎しみによる制裁を加えています。

    この憎しみの果てに、どんな解決方法があるのでしょうか?

    「憎しみは憎しみによって止まず、ただ慈悲によってのみ止む」
    今の日本も、ジャヤワルダナ氏が語ってくれたこの言葉を、
    冷静になって一度かみしめてみる時ではないかと思います。

    ジャヤワルダナ氏がに日本に寄せてくれた信頼に応えるることこそ、
    氏の望んだ平和への道を歩むことにつながります。

    ジャヤワルダナ氏の思いを無にしないように、心にとめておきたい言葉です。

    転載記事レイプ文化と女性の資質<本澤二郎の「日本の風景」

    レイプ文化と女性の資質<本澤二郎の「日本の風景」(3416)
    レイプ文化と女性の資質<本澤二郎の「日本の風景」 転載元
    <横浜の女性市長の変身と背後の黒幕の影>
     20年の政治記者時代に自民党の女性議員とおしゃべりをしたのは、官房長官をした森山真弓さんただ一人。思い返すと、田中真紀子さんや山口淑子さんと親しくしていれば、いい勉強ができたと反省している。失礼かもしれないが、永田町にいる女性議員は、特に与党議員は、いかがわしいうさんくさい人物ばかりである。時間の浪費ゆえに接触してこなかった。
     案の定、いま横浜市でカジノ導入に踏み切った、名前は知らないが、女性市長が話題になっている。彼女の変質に関与したとされる官房長官の菅の名前が浮上している。さもありなん、である。
     
    <官房機密費の効用か、それとも男前、トランプの指令か?>
     7年近く官房長官をしていると、数えきれないほどの悪事を働くものらしい。これは間違いない。いわんや首相になると、その10倍から100倍にもなる。権力の魔性とはよく言ったものである。
     
     小選挙区制下の長期政権は、人事を壟断して、犯罪をもみ消すことなど平気だから、民衆の悲劇がモリカケ山口強姦魔事件だけとは限らないことがわかる。無数にあるというべきか。それでも権力の乱用で、新聞テレビを御用化することができるため、選挙の不正から、世論調査の不正まで何でもするため、腐敗政権はさらに続くものである。法の支配は空文化、それが今である。
     
     そもそもレイプ文化の日本である。肉体的弱者である女性を屈服させたり、懐柔することなどは、警察力を悪用できるため、実に容易なのだ。
     
    <大阪地検の女特捜部長を思い出せばわかる>
     例のモリカケ事件の捜査を担当した、当時の女性特捜部長に少しだけ期待をかけた。理由は女性は、男性よりも不正に対して強く出る、との思い込みからだった。
     
     対して、官邸や自民党本部に人生をかけて仕事をしてきた人物は、反対の意見だった。まもなくして、彼の判断の正しいことが証明されてしまった。
     彼女は、法務省の上からの指示に従って、その後に出世した。堀川や中村と同じだった。
     信念・信条のなさでは、むしろ男性に劣るのである。
     
     カジノは天下の悪法である。イギリスと中国は過去にアヘン戦争をして、敗れた中国は香港を奪われた。カジノもアヘンに相当する悪辣な、人間を廃人のようにする賭博施設で、アメリカでさえも砂漠地帯に建設、そこへと日本のやくざ代議士とその仲間たちがのめりこんだ。ロッキード事件で発覚した。
     横浜市は、市のシンボルのような場所に建設計画を立てた。するとトランプ側近のスポンサーのカジノ業者が、大阪を捨てて横浜に飛び込んできた。
     
     余談だが、ロ事件で手柄を立てたといわれた堀田という検事は、検事総長候補になったが、突然、辞職した。彼の息子が薬物事件に引っかかっていて、それをチャラにするためだった、と永田町ではいまも語られている。
     息子の事件で、衆院議員を辞任した人物に石原慎太郎がいる。彼の場合は、せがれがオウム事件との関与。これも永田町情報であるが、多分、真実に違いない。麻原彰晃の背後の曼陀羅を描いた人物だったという報道も、記憶に残っている。
     
     筆者が、謝罪も反省もしない東芝病院関係者を、警視庁に刑事告訴しても、東京地検の松本朗が不起訴にした。検察審査会も同じだった。法の支配は、建て前だけだということが実体験できた。
     
     話を元に戻すと、横浜の女性市長を口説くのにそう時間がかからなかったことになる。一人の悪徳為政者が官邸でのさばると、法の支配も関係なくなる。あとは市民が体を張って対抗できるのか。
     
    <男尊女卑・女性蔑視の地・ヨコハマ>
     大英帝国からの武器弾薬購入で首が回らなかった田布施誕生の明治天皇は、三菱の創立者の岩崎弥太郎と組んで、日本郵船を発足させた。その船の荷物は、未婚の女性ばかり。女性を性奴隷として海外に輸送して、維新政府の資金を集めた、という驚愕すべき歴史を知ったばかりのジャーナリストである。
     
     その資料を貼り付けて「天皇の戦争」という記事を発進したら、普段は喜んで掲示板に載せてくれた輩が取り上げなかった。天皇崇拝派かそれとも右翼の恐怖なのか。読者の研究材料である。
     少なくとも「万世一系」などという、大嘘の題目は取り下げるべきだろう。
     
     日本の近代は、女性蔑視・男尊女卑ゆえのレイプ文化が、戦後も存続して女性の精神を羽交い絞めにしている。やくざを退治して、女性を自立させる女性指導者が誕生する今であろう。
    2019年8月26日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

    ヤフーブログ閉鎖のため、ヤフー最後の記事。

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    ついに8月も終わりですね。

    長い間のご支援ありがとうございます!

    これはイギリス、「1000日のアン、エリザベス1世の母」
    ヒーヴァーカースルその5です。

    2006年楽天でバラ苗買ったことで思いがけずブログを始めました。

    楽天ブログではありがたいことにうちの猫でテンプレート
    を作ってくださった方がいました。

    反対に従軍慰安婦のことをUPしたら応援してくれる方と攻撃する人で炎上

    楽天は失礼なコメントも削除できず

    写真容量も異常に少なく引っ越ししました。
    ヤフーブログに慣れるのも大変でした。
    教えてくださる方もあり感謝です。

    引っ越し先

    https://ameblo.jp/moris5235/

    http://riboni5235.hatenablog.com/

    http://hitomi5235.blog.fc2.com/
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    これはイギリス、コッツウォルズのヒドコートマナーガーデン。

    2004年バスでなんとか行けないかと行きましたが
    タクシーもバスもなく途方にくれました。

    まだ携帯はなくもネットで探すということもできませんでした。


    親切な日本人母娘さんに車に乗せてもらい、ヒドコートから、女三代の庭キフツゲートガーデン、ホワイトガーデンで有名なシシンぐハーストガーデンに
    連れて行っていただきました。

    その翌年は自分もレンタカーでコッツウォルズ

    2015年にはイギリス島南部のガーデンを廻りました。
    一人旅で迷ってばかりでしたが。

    キフツゲートコートガーデンの案内猫

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    W・モリスのマナーガーデン


    この頃はデジカメではなく一眼レフ、フイルム買うのは日本が一番でした。

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    猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。

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