内側から見た「れいわ新選組」

  
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安冨歩(東京大学 東洋文化研究所 教授)
投票率が五割を切った参院選は、日本という国民国家の構造的劣化のひとつの表現であった。そのなかでその構造的危機からの離脱の方向性を示したのが、「れいわ新選組」という現象であった。
 この現象は、いったいなんなのか、これからどうなるか、に多くの人が関心を示しており、メディアにも、さまざまな論評が出始めている。私にはそれは概ね、的外れと思えるので、この現象に参加した私の見解を提示しておきたい。
 もちろん、これは私自身の見解であり、山本太郎氏の見解とも異なっているはずであり、ましてや、れいわ新選組を代表するものでは決してない。そもそも、この文書は、れいわ新選組関係者の誰にも見せずに、公開している。
 まず、私がなぜ今回の参院選の候補者となったのか、を記しておきたい。もともと私は、原発危機以降の山本太郎氏の行動に深い関心を示し、その政治行動に注目していたが、とはいえ、彼の支持者というわけでもなかった。三年前、2016年の参院選で、三宅洋平氏の「選挙フェス」が行われ、どういう経緯でそうなったのか覚えていないのだが、応援演説をすることになった。そのときに、山本太郎氏も来られて、ご挨拶して握手した覚えがあるが、会ったのはこれっきりだし、それ以外でコンタクトしたこともなかった。
 東松山市長選挙のときに、阿部ともこ議員に応援していただくことになり、ご挨拶がてら衆議院議員会館で行われた会合に参加したところ、山本太郎事務所の方とお会いして、選挙の応援に来てくださるかも、という話になり、「芸能活動みたいな選挙をやるので、芸能人として来てくださったら嬉しいなぁ」と申し上げたのだが、それはさすがに意味不明だったらしく、お越しにならなかった。どうせこういうことになるなら、政治家としてでいいから、来てもらえばよかった、と後悔している。
 さて、2019年の6月14日になって、突然、山本氏からメールが来て、「政策について意見を聞きたい」というお話であった。私は、東松山の家を引き払って、長野県の山奥に引っ越すことにしていて、その作業の最中であったが、氏が新しい政治集団を立ち上げることは知っていたので、それはぜひお会いしましょう、とお返事して、可能な日程をお送りした。
 そうしたら、16日になって、どうしても日程調整がつかない、というお返事があり、その電子メールに「実は」ということで、夏の選挙、候補者として擁立させてもらえないか、という趣旨のことが書かれていた。
 その段階では私は、そもそも参院選がいつあるか、さえ知らなかったので、それが7月4日になりそうだと聞いてびっくりするとともに、とりあえず話を聞かないとどうしようもないので、18日に時間を作って、山本氏とお会いした。
 そこで、私の基本的な考えをお話した。私は、現代という時代を、明治維新によって成立した日本の「国民国家」システムの緩慢な解体期として理解している。このシステムは、イギリスで生まれた資本制生産システムと、フランスで生まれた国民軍が中心となっており、その両者を統合しつつ機能させるために、学校教育、市民的自由、議会制民主主義などが成立した、と考えている。この国民国家の政治的指導原理はそれゆえ、「富国強兵」ということになる。この原理は「経済成長」というように言い換えられて今も生きており、安倍政権は「富国強兵」を露骨に再生しようとしている。
 しかしこのシステムは色々な意味で機能しなくなっており、現代の諸問題、たとえば累積する国債、中央銀行の膨張、年金・医療制度の破綻、学校の機能不全、政治不信と投票率の低下、経済の不振、少子化などなど、というものは、この国民国家システムそのものの衰退の表現として統一的に理解せねばならない。
 とはいえ、それらを人間の理性によって、合理的計画的に運営する、という方策は、二十世紀の社会主義という悲惨な実験によって、機能しないことが証明されてしまった。それゆえ、いったいどうしたらいいかわからない、というのが現在の状況だ、と見ている。
 これに対する私の回答は、「子どもを守る」である。アリの社会でも、ハチの社会でも、その目標というか、その運営の原理は、子どもを守る、ということであって、そうでなければ彼らはとっくに滅んでいたはずである。それは人類も同じであり、人類社会の目標にして原理は、子どもを守る、であったはずなのだ。そのことを忘れ、大人が、大人による、大人のための、大人の政治を行い、大人の間の利益配分を争っていることが、そもそもの間違いなのだ、と私は考えている。
 それゆえ、「富国強兵から、子どもを守る、へ」ということが、その回答となる。具体的な政策や制度の問題は、この原理の転換を行わない限り、さほど意味はない、と私は考えている。すべての子どもにお腹いっぱいご飯を食べさせ、安心して寝るところを用意し、親からも教師からも誰からも脅かされない状態を何としても作らねばならない。すべての話はその後にすべきである。
 それゆえ、私は、れいわ新選組が考えている政策にも、特に反対はしない。まぁ、政策なんかどっちでもいい、と思うからだ。とはいえ、全体の方向性として、安倍政権・自民党の目指す富国強兵路線には完全に反対であり、既存の政党よりも、れいわ新選組が、「子どもを守る」という方向性に近いと考える。
 だいたい、このようなことをお話しした。そのうえで、こんな考えの者を候補者として擁立していいのか、と山本氏に聞いたのである。氏はこの政治原理の転換の必要性に共鳴してくださった。少なくともそのように私には思えた。そして氏は、もし私が個々の政策に反対であれば、反対だと言ってくれて構わない、とまで仰った。
 また、なぜ一度しか会ったことのない私を擁立したい、と思ったのかを伺った。氏は、この選挙の候補者には、さまざまな問題の当事者に出てほしい、と考えており、私は異性装の当事者であるからだ、ということが第一の理由であった。そして更に、私の著作やインターネットの記事を見ていて、大いに参考にしている、というのが第二の理由であった。また、私の「子どもを守る」という理念を聞いて、ますます出てほしい、と考えている、とのことであった。
 それを聞いて私は、真剣に立候補を考えることにした。そして、更に、東松山市長選挙で行った、馬と音楽とを中心とした選挙運動の話をして、そういう選挙らしくない選挙をやるけど、それでもいいのか、と申し上げた。これについてはその後、具体的に、何がいくらくらい掛かって、何が公職選挙法に触れないでできるか、ということを事務方を含めて折衝した。更に、世界的ドキュメンタリー映画監督である原一男氏が、安冨がもう一度、選挙に出るなら、映画を撮りたい、とおっしゃっていたので、その件も確認した。
 また、私は会議が非常に苦手で、教授会ですら辛いのに、「国会」などという会議だけでできているところで働けるか、疑問であったので、そのことも聞いてみた。すると、24時間看護を必要とする方を擁立するつもりで(それは後に木村英子氏のことだとわかった)で、そういう方が働ける環境をれいわ新選組は用意するので、会議アレルギーも何とかする、とのことであった。
 こうしてすべての折衝が済んで、私が出馬することになったのは、6月25日であった。そして27日に記者会見することになった。選挙はもう目の前である。
 以上のやり取りから私は、山本太郎のれいわ新選組は、いわゆる「政党」ではない、と結論した。ここで言う「政党」というのは、その目的を「綱領」という形で明文化し、何らかの「政策」を掲げて選挙を戦い、議席を獲得して綱領の実現を目指す、という共通の目的を持った集団のことである。
 実のところ、この定義にきちんと当てはまる政党は、日本共産党、しかないであろう。ほかの政党は、「選挙に当選して議員になりたい」と思う人が集まって、票を得られる方法をいろいろ考え、それを綱領や政策として出し、「政党」のフリをしている集団に過ぎない。それでも、フリをしないといけないので、候補者が党の掲げる政策に反対だと公言するわけにはいかないし、綱領と関係のない政治理念を掲げることにも大きな問題が生じる。その上、往々にして選挙のやり方も、支持母体となる組織が主導権を握り、候補者はそれに従って運動することになりがちである。
 しかし、れいわ新選組は、「子どもを守る」という政治理念を勝手に私が掲げても構わないし、政策に反対だと言ってもいい、というわけである。しかも、選挙そのものも、私がどういう選挙をするか、勝手にしていい、ということであった。
 これは、もはや、政党の態を成していない。なぜそうなるのかというと、一つの理由は、4月1日から、山本太郎事務所の少人数のスタッフが、突貫工事で政党を作ってみせるという、そもそも無理なことをやってのけている、という事情がある。確認団体としての資格を獲得するために十人の候補者を揃えねばならず、そのための膨大な書類手続と資金集めとに忙殺されており、綱領とか政策とか選挙のやり方とかに、構っていらないのである。
 しかし私は、それ以上に、山本太郎氏の独自の組織運営理念が反映されている、と感じた。ものごとを、カチカチと固めていく、手続き重視の姿勢そのものが、暴力性を帯びる。なぜなら、たとえ実質的に意味があるものでも、この手続の都合に合わないものであれば、排除してしまうからだ。そうして、意味のあるものが排除され、無意味な書類だけが蓄積されていくのが、現代社会の病理であると、私は認識している。山本太郎氏もまた、その病理を心底嫌っているのだと、感じた。
 選挙が始まる前日くらいに、山本太郎氏から呼び出しがあった。それは、私が大学院生のときに、学生にハラスメントをした、というタレコミがどこかの雑誌にあって、誰かが動いている、という情報があり、その確認であった。私は、腹を抱えて笑った。というのも、そもそも大学院生は学生に対してなんの権限もないし、しかも私が院生をやっていた二年間は、必死に本と論文と資料とを読み、論文を書き、その上、厄介な恋愛遍歴にのたうち回っていたので、到底、学生にハラスメントしているような余裕がなかったからである。しかも30年以上も前のことだ。
 その話のあとに、公示日の第一声は、新宿ですか、と聴いたら、山本太郎氏は「まだ決まってないんです。話そこまで行ってないんですわ。ウチ、いっつもこんな感じで。」と言って笑った。私は「それは素晴らしいですね。『孫子』の兵法に、「無形」という概念があるんです。それは「何も決めていない」という状態のことで、何をどうするか決めていなければ、敵は、どんな優れた司令官でも、どんな手練のスパイでも、こちらの意図を読み取ることはできない、と孫子は言っています。無形が一番強いんです。」と言った。氏は「それはすごいなぁ。無形で行きますわ。」と言って、更に笑った。
 日本中世史の大家であった網野善彦は、日本社会における自由の根源を探し求め、「無縁」という概念に到達し、「無縁の原理」が人間社会には作動しているのだと主張した。私の考えでは「無縁の原理」とは、人間同士の関係、すなわち「縁」が腐れ縁になってしまったとき、その縁を断ち切って離れるのは当然だ、という人類普遍の感覚のことである。この無縁の原理が作動することにより、人間の自由が確保され、人々の関係の質的劣化を防ぐことができる。
 この無縁の原理は、「縁」が流動的であるなら見えにくくなり、それが固定化されるに従ってその作動も可視化され、「無縁所」といった具体的な空間を占めるようになる。その一例を網野は、そこに女性が駆け込むと婚姻関係が消滅する「縁切寺」などに求めている。
 そして更に、この無縁の原理を身に帯びた人間を「無縁者」と呼ぶ。無縁者とは、普通の人間には適用される規則が、適用されない者である。網野が挙げるのは、たとえば、天皇や上皇といった、極めて身分の高い人物に直接に交遊する白拍子、僧侶、歌人といった人々である。彼らは、無縁者であるがゆえに、高い身分の人と直接に口をきくという、有縁の人であれば決して許されないはずのことが許される。
 この無縁の原理は、近代国家では認められない。法律は如何なる場所であっても、誰であっても、等しく適用される建前である。無縁の原理はもはや、息を止められたかのように見える。しかし、それは無縁の原理が、「原理」である以上、ありえない。均一に加えられる抑圧に息苦しくなった人々は、無縁者の存在を求める。たとえば、「フーテンの寅さん」や「釣りバカ日誌」が多くのサラリーマンの心を捉えたのは、こういう映画の主人公が現代の「無縁者」だからである。あるいは、長期に渡って日本のテレビ業界のトップを占める女装家マツコ・デラックス氏は、その異形と相まって、無縁のパワーを発揮している。
 私は、この無縁の原理の信奉者である。その厳密な理論的背景については私の著作を見てほしい。この無縁の原理こそが、現代社会の抑圧を打ち破る力を我々に与える、と私は考える。山本太郎氏は、自らを「野良犬」「永田町のはぐれ者」といったように表現することがあるが、これは自らの無縁性を自覚しているからだと考える。
 さて、私が擁立を受諾した段階で候補者は、山本太郎氏と蓮池透氏だけであった。あと七人、どうするんだろうと思っていたが、なかなか埋まらず、ハラハラしたが、公示日の直前にバタバタと決まっていった。その一人ひとりが、まったく異なった色彩をもっており、そのラインナップに、私は舌を巻いた。これは明らかに「無縁者」の集まりであった。
 山本太郎氏は、その演説でいつも「生きづらさ」に触れ、「誰でも生きていればそれでいいんだ」と言い続けてきた。この現代の閉塞感を打ち破るには、無縁の原理が必要なのだ。そして、「れいわ新選組」は、この無縁の原理を体現しており、山本太郎氏や私を含めた候補者は、無縁者の集まりであった。私は、これが、れいわ新選組の躍進の基本的な原動力であった、と考えている。
れいわ新選組は、左派ポピュリスト政党、などではない。それはそもそも「政党」ではなく、「左派」でもなく、「ポピュリスト」でもない。れいわ新選組は、無縁者の集まりであり、その無縁のエネルギーが、ガチガチに固まって人間を閉塞させている有縁の世界に、風穴を開けつつある。人々の支持を集めているのは、その風穴から、空気が吹き込んでおり、息ができるようになったからだ、と私は考えている。

転載元転載元: 情報収集中&放電中

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    やすとみあゆみさん、週刊金曜日でお見掛けします。よくわかるお話です。網野善彦さんは懐かしい歴史家です。
    どんな動物も子供を守るというのが大前提なのに、今の安倍政権はま真逆です、それだけでもアウトです。転載いただきました。 削除

男性社員だけ放射能から守られた!フランケンシュタインの誘惑E+・選 #9「放射能 マリーが愛した光線」

フランケンシュタインの誘惑E+・選 #9「放射能 マリーが愛した光線」
キュリー夫人として知られる物理学者マリーキュリー。夫ピエールと二人三脚で放射能を発見し、女性初のノーベル賞を受賞。何ものにもよらずエネルギーを発する放射能の発見は、「原子は分割不可能で不変の、物質の最小単位」という、それまでの常識を ...

マリーは自分で発見した放射能は溺愛したが、自らも手の指はただれたのに
ほかの科学者たちもそれを勲章のように自慢!

なんと厄介なものを発見してくれたものか。

骨のがんにかかったりあごが落ちてしまった10代の女性たち

女性には危険性も知らされず、鉛のエプロンも渡されなかった、許せません。

黒柳徹子さんの舞台のマリーも観ましたが。

 マリーたちはラジウムの発する放射線が細胞を破壊する、という事に気が付いていたが、それは「ガン細胞を殺すために使える」という様にポジティブに考えていた。実際、ラジウムはガン治療の手段となって多大な成果を挙げ、ラジウムは夢の物質となった。1920年代頃には、ラジウム入り化粧品、ラジウムの入った水の容器、ラジウムパン、ラジウム入り入浴剤、等が発売されていた(!)。

 そんな商品の一つが「ラジウム時計」。ラジウムは暗闇で発光するため、文字盤にラジウムを塗った時計である。文字盤にラジウムを塗る作業を行なったのは若い女性たちで、彼女はラジウムの筆を舐めて尖らしながら作業した。数年後、彼女たちはあごの部分に腫瘍が出来、最後にはあごが腐って落ちる、という病気に見舞われた。彼女たち「ラジウム・ガール」を調べた結果、学者たちはこの病気はラジウムのせいだと認めざるを得なかった。それまで科学者たちは、少量のラジウムなら無害だと考えていたのである。

 マリーもラジウムの危険性には気がついていたが、対策を取った気配が無い。自分の発見したラジウムを愛しすぎて、危険が目に入らなかったらしい。研究所の同僚研究者たちは、放射線で指を火傷しているのが当たり前だった。研究者の一人、モーリス・ドムニトローは体調不良で倒れた後、あっという間に死に、その間際に「放射性のガスに殺された」と言い残したという。http://perry-r.hatenablog.com/entry/20151127/p2

科学史の闇に迫る知的エンターテインメント、3週連続特集シリーズの最終回!今回は「生命」をコピーし大量に作ることを可能にしたクローン研究に焦点を当てる!不可能とされたほ乳類のクローンにとりつかれた科学者たち。「黄金の手を持つ」スター科学者が作り出した世界初のクローンマウスはねつ造?真実?クローン羊ドリー誕生の衝撃!最新のクローンビジネスも登場!クローン技術が生み出す「バラ色と恐怖の未来」に迫る!

この番組、もっと早く知っていたら(´;ω;`)

のんほいパークのトラ、ライオン、サーバル

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    トラが恐がり( ´艸`)
    戦争中、空襲で猛獣逃げ出したら危険と動物を射殺、飢え死に、毒で殺しましたが。クロヒョウが逃げたときも隠れていましたし…
    むごいことしたものです。
    今のままでは又同じ間違いしそうな日本政府…
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    蒲郡に一泊し豊橋のんほいパークまで車で平日なのに1時間もかかりました。
    蒲郡も豊橋のんほいも電車で行くのが賢明です。

    マリンちゃん、もう14歳なのですね、あの日本平動物園生まれ
    あの高齢のママ、ナナさんの子供かな。
    ずっと1頭だけ(・・?

    アムールトラは国内はもちろん、世界の動物園で血統が管理されています。

    猛獣舎は一番奥にあるので行きつくまでに時間かかっていましたがこの日は車だったので着いたら奥のPでした。

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    アムールトラは温厚で飼育員に鼻を鳴らして近寄ってくるとか。

    ライオン、ピーュマ、ジャガーは人間に無関心だといのに。

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    ハヤテがなくなりライオンもメスのオトだけ。

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    自殺予防になったポスター、販売中。
    私がこのような場面観ていません。残念。
    東山のサンも18歳になりましたが仲むつまじい光景は見たことありません、
    仲がいいのに。

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    ステル
    2016年11月13日生まれ

    2017年3月21日来園

    南アフリカの動物園からやって来ました。好奇心旺盛で活発な女の子です。真っ黒な鼻が特徴です。公式サイトより

    のんほいパークに来たのはサーバルちゃんがここに来園したから。

    はじめはペットショップの猫のようにお尻向けていましたが
    ガラスの前面に出てくるようになっていました
    レディになっていました。
    何しろ薄暗く、人工的な獣舎なのでブレブレです。

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    マンドリルが何頭もいて赤ちゃんも生まれています。
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    豊橋のんほいパークはっ植物園や博物館もあるので広大。
    回り切れません。

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    前回この上まで行きました。

    東山はシマウマは1頭しかいないのでさみしい。

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    蒲郡クラッシックホテルの和朝食

      
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    ホテルの部屋から見た竹島。
    7月8日から9日の事です。

    上の和風の建物で和食がいただけます。うちは無理(;´д`)トホホ
    ランチならまだしも。

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    二人とも高くてボリュームがある夕食は無理。

    六角堂での夕食
    ミニステーキ丼やガーロックご飯だけでは足らず、サザエ焼いてもらいました。

    一人旅の女性がワインやステーキを注文、元気で羨ましい。

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    レストランの天井、六角堂ではなく本館

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    エレベータの中

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    敷いてあったお皿は昔の竹島風景の物でした。すぐ下げられてしまい写せなくて
    残念でした。

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    前日に予約する和朝食、私はお粥にしました。
    👈はじの丸いものがおいしい。、湯葉団子だったか。
    個々の朝食が一番、帝国ホテルや鴎外荘より好みです。

    うちの夏休みはこれで終わり。高くなリ、混雑するとといけません。

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    「美の壺」に登場した軽井沢のヴォーリズ設計の別荘に2009年招き入れてくださいました(^^♪

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    先日、ここのポストカードは御紹介しました。

    そのカードは今のオーナーが文化財の指定受けた記念 に作られたものです。

    本で読んでいても個人別荘の位置はなかなか分かりません。

    ヴォーリズ自身の別荘もありますが今は違う方の所有です。

    格安ホテルの立派なコンスィエルジュ?はヴォーリズの名前すら知らなかった!
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    温泉付きでこんな気持ちいい中庭がありました。

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    白駒池などで2時間近く歩き回り疲れて早寝したためと
    寒くて夜中に何回も起きてしまいました。

    朝一番に訪れた軽井沢タリセアンの旧朝吹邸 で聞いてもヴォーリズの別荘はわからず、旧軽井沢ロータリーの臨時観光案内所に行きました。

    そのおじ様が始めはなかなか教えてくれないのですが、色々聞いていくとだんだんと教えてくれました!時間はかかるけれど、聞いてみるものですね。

    今は雑踏の中にある有名な教会やテニスコートは前に見学したことがあります。

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    ここは旧鈴木歯科診療所 の内部です。今は違う方が住んでいらしゃるので庭には入らないでそっと写真撮っているつもりが…

    なんと今の御主人が出ていらしゃってちょっとお話しするうちに中に招き入れてくださいました。なんてラッキーだったのでしょう。

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    歯科医の鈴木氏がヴォーリズに依頼して建てられた夏だけの診療所。

    質素とはおしゃいますが夏はここで診療されるとはなんて優雅。

    いかにもヴォーリズの出窓や作りつけの椅子は大勢のお客様をもてなすことができます。大きな収納戸棚などもあり暮らしやすそう。

    暖炉もさすが実用品でお飾りではありません。

    朝は火を入れていたそうです。私が朝吹登水子 さんの本(といっても私の事ですから朝吹さんが訳されたボーヴォワールやサガンは学生時代にちょっと読んだだけで主に彼女自身の人生についての著作を夢中になって読んだだけなのですが。)を読んだというと喜んでくださって客用寝室、食堂、キッチン、リビング等案内して説明してくださいました!

    感謝です。

    壁は本壁ではないのでどんどん足先が冷えてくるのがわかりました。

    奥様が帰宅されお茶やお菓子まで頂きました。

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    このドアや窓、机もアールデコです。好きです。

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    今のオーナーは学生時代に避暑に来られていて!(私のような庶民とは次元が違います。)この別荘を入手されたいきさつ伺っているうちにおじい様の出身地と私の母の出身地がそう遠くないことが分かりました。

    一緒に避暑に来られた御友人は吉田茂につながります!



    ありがとうございました。

    ヴォーリズ自身の別荘は今は画家の所有だそうです。

    昔はこの別荘から駅が見えたそうです!

    今はここも木が茂りちょっと寒いぐらい。
    今出来の軽井沢の家はエアコンがいりますがこのお宅は不要です。

    蒲郡クラッシックホテルの夜景

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    エレベータも古めかしくていいです。
    昔のデパートもそうでした。


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    ランプもアールデコ

    ☟六角堂、魚や肉を目の前で焼いてくれます。



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    蓮の花と薔薇館のデザート、すしランチ

      
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    毎日はっきりしない梅雨らしい天気でした。
    昨日は夜警報まで出るほどの雨降りでしたが
    今日はカラット暑くなりました。
    梅雨明け寸前かな、今年は梅雨が長かったですね。

    皆様の地域は大丈夫でしたか。

    夏休みはあまり出かけない我が家。
    梅雨なのに私は京都、神戸、那須、東京などあちこち出かけましたが雨にもほとんど降られず感謝です。

    今日は近場の平針温泉の後に薔薇館へ。
    デザート、
    禁断のチーズケーキ、もう腹痛も起こりません、二人でシェアー
    薔薇の形のシャーベット付き。

    平針温泉は以前は大衆演劇込みで高かった温泉ですが、

    最近は露天風呂も減らし、演芸見なければ650円と安くなりました。
    脱衣場のテレビまで撤収されてました!

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    今日のランチはビーフシチュー。
    これに小さなサラダと野菜スープが付きました。

    今日の薔薇館のギャラリーはステンドグラス、綺麗ではありますが
    西欧の教会などのステンドを観てしまったので。

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    近くの農業センターの蓮の花
    春は枝垂れ梅で激混みですが今日はガラガラ。
    牛や山羊、珍しい鶏もいます。


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    下は末森通りの月見寿司
    ガラスのお皿が涼しげです。

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    コーヒーやジュースが付きますが、幸寿司さんのように味噌汁のほうがありがたい。

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    やはりお城近く、幅下の幸寿司さんが好みです。

    マンドリルと京都のレトロ喫茶、フランソア・コマヌル動画

    https://www.youtube.com/watch?v=m4WH6VNdCCs


    https://www.youtube.com/watch?v=xhGirnMX4lE



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    マンドリルのママですね。東山動物園には立派な雄1頭しかいません。
    先日豊橋の動物園で何頭もののマンドリルとその赤ちゃんに会えました。
    どんな写真が撮れているのか。

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    不思議なお尻

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    京都市動物園の後は南座の玉三郎コンサートへ。

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    コンサートの後は友人とお茶、築地のように追い出されることもなく紅茶1杯で長話。チーズケーキ食べたかったのですが、友人も健康上食べないし、私もこの日、葛切りを鍵膳でいただいたので止めておきました。

    フランソワ喫茶室。奥にも沢山の席があるとは。何回か行ってるのに知らなかった。

    京都の喫茶店を巡ろう👈



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    大きな猫さん

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    新種のユリ(・・?
    改装し一段と綺麗でした。

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    ここでもトワルドジュイの壁紙、好きでパリのジュイ美術館も訪問しました。
    貴族の館でした。

    マリーアントワネットや藤田嗣治のお気に入りのジュイ布。
    私もバックやカーテンにするため大塚やで!布買いました。

    ベルサイユからバスでジュイ美術館に行こうとしたらわからず、タクシーで、
    運転手に美術館で待ってもらって藤田のアトリエにも行けました。
    帰りは学芸員さんが駅まで送ってくれて、ラッキーでした



    バラも咲くフジタのパリ郊外のアトリエ訪問 06 /25 2010
    http://hitomi5235.blog.fc2.com/blog-entry-4000.html👈

    心残りのトワルドジュイ美術館見学 06 /20 2010
    http://hitomi5235.blog.fc2.com/blog-entry-4005.html👈

    ロングラン中「主戦場」

    https://www.youtube.com/watch?v=tTqO4AXVHls


    できれば選挙前に観てほしい映画でした。


    大阪では十三の第七芸術劇場、シアターセブンが8月2日までロングラン上映。
    さらに評判が高ければ、もっと続映するとのことです。
    たくさんの方に観ていただけますように・・。

    平日の午前中でも小さい劇場はほぼ満席。
    観終わった後、デザキ監督のこの労作に思わず拍手したくなりました。

    「主戦場」は、慰安婦問題についてのドキュメンタリー映画です。

    「慰安婦はいなかった」と主張する右派の論客に
    思う存分、主張を述べてもらった上で、
    その反対の立場の研究者や 歴史学者にも思いを語らせる…
    という両論併記という手法、その両方を見ながら比較して、事実を検証をします。

    映画なので、視覚にも訴えることができます。
    これからご覧になる方は、右派の人達の表情もぜひご覧ください。
    表情から伝わるものもきっとあります。


    「主戦場」


    登場された右派の人たちの意見を少しご紹介

    ・「慰安婦像を見に行く時は紙袋を持っていくんです。ブサイクな顔を見なくて済むようにね」と言えば、彼のマネージャーは
    「フェミニズムを始めたのはブサイクな人たちなんですよ。誰にも相手にされない見た目も汚い。こういう人たちなんです。」と
    ……女性蔑視でしかないようなセリフに怒り
     
    ・全く慰安婦問題についての本を読んでいないという「慰安婦否定論者」
     …… 不勉強で本も読まずに、慰安婦否定論者とは・・

    ・「国家は謝罪してはいけないんですよ、国家は謝罪しないって基本命題、謝罪したらその時点で終わり」と述べる新しい歴史教科書をつくる会の重鎮
    ……国家も人間集団で、過ちは数知れず。
    過ちを認めず、謝罪もしないなら、どうやって良い関係を築けるでしょうか?

    右派とは、このような人たちなのか…????

    不勉強な差別主義者が、自分を優位において人を嘲笑したり、馬鹿にしたりする…
    そんな姿が見てとれました。

    …にもかかわらず、日本では右派が優勢なのはなぜ??
    それは安倍政権だからでしょう。

    彼らが安倍政権を支えていることで、日本がどこに向かっているのかもわかる映画
    だと思いました。

    最後に、巣鴨プリズンにいた戦争犯罪人岸が、なぜ釈放になったのかについても言及されていました。こんな人を理想化して、戦前と同じ国にしたい安倍がどれほど危険かも知らないといけないですね。
    …日本の再軍備についての危惧、
    「日本はアメリカのために戦って死んでもいいのか?」という問いかけも‼

    映画の会の友人たちは、
    「もう一度観たい。もう一度…と思いながら3回観た。」
    「観る度に新しい発見がある」と言われて絶賛!
      私ももう一度観にいく予定でいます。


    以下、リテラから…
     
    本作が映画デビュー作となるミキ・デザキ監督は、1983年生まれの日系アメリカ人2世。日本での英語教師やYouTuber、タイでの僧侶経験もあるという異色の映像作家だ。2013年にYouTubeで日本社会のなかのレイシズムの存在を指摘したところ、ネトウヨに炎上させられた。そうしたなかで、朝日新聞の植村隆・元記者に対するバッシングを目の当たりし、慰安婦問題への関心を高めたという。両陣営から介入されないため、クラウドファウンディングで資金を集めて『主戦場』を製作した。
     デザキ氏は本サイトの取材に対し、「両方の主張のどちらがより筋が通っているかを比較するべき」と語る。
    「論点を並べて“どっちもどっちだ”というやり方は、実のところ政治的なスタンスの表明に他なりません。慰安婦問題に関しては、いま日本では右派の主張がメインストリームになっている。そこに挑戦を示さないことは、彼らの言いなりになるということであり、その現状を容認することに他なりませんから。日本のメディアの多くは両論併記を落としどころにしていますが、それは、客観主義を装うことで、語るべきことにライトを当てていないということ。単に並べるだけでなく、比較することで生まれる結論があります」
     従軍慰安婦をめぐる否定派/肯定派の「論争」にスポットライトを当てながらも、決して“どっちもどっち”にならない映画『主戦場』。終盤では、日本の歴史修正主義の背景にある極右団体「日本会議」や安倍晋三首相に連なる戦後日本政治の流れもフォーカスされる。



    転載元転載元: mimiの日々是好日


    良くできた映画です。桜井の目が泳いでいます。

     

    安部政権は危険極まりないです。

    偶然ランチした友人が私も観ると言ってくれました。

    彼女はアメリカに住む孫を広島原爆資料館に連れて行きました。

    京都市動物園のゴリラ、チンパンジー、マンドリルの赤ちゃんなど

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    京都市動物園7月3日、チンパンジーの赤ちゃん
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    ゴリラのパパ、上野動物園生まれのモモタロウ(11歳)、
    この四角い箱をベッドにしていましたが起き上がりました。

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    春に見た時と同じく大事に赤ちゃんを抱いている「ゲンキ」、
    パパのモモタロウの二倍の年齢、2頭とも日本生まれのゴリラはほかにいないとか。

    春見た時はお兄ちゃんゴリラの好奇心から逃れて上にいました。

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    京都市動物園園長さんが東山動物園にゾウ列車70周年講演会の時に
    子供のゾウの関係が面白いとおしゃったので期待しました。

     ゾウの繁殖プロジェクトは,「京都市動物園開園110周年」(平成25年)と「日本・ラオス」外交関係樹立60周年」(平成27年)を契機に,両国友好のシンボルとして行われています。
     平成22年に在京都ラオス人民民主共和国名誉領事館が開設され,翌平成23年に関西ラオス友好協会が発足していたことも本プロジェクトの大きな後押しになりました。
     平成25年7月12日にラオス人民民主共和国天然資源・環境省において,「京都市動物園におけるゾウの繁殖プロジェクト」に関する覚書が調印されました。プロジェクトの内容は,
    1)ラオスからアジアゾウ4頭(オス1頭,メス3頭)の寄贈,
    2)そのゾウを京都市動物園で飼育し,2国が協力して繁殖に取り組むというもので,ゾウの飼育・健康管理・繁殖技術の向上を図るため,ゾウたちの発達,行動や生理指標など,繁殖に関連する基礎データを収集する等の共同研究を実施しています。



    果たして本当でした。先住のメスとはなかなか仲良しになれませんが、ちょっと年上のメスが年下の子の面倒を見ているようでした。

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    多頭飼い、楽しそう。

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    ちょこちょこ歩き回るヤブイヌさんが可愛い。

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    2匹います。東山にもキナコとアンコ姉妹がいます。

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    国内最高齢のライオンナイルさんにそっくり、さすが。
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    動物園の自然食レストラン、もくもくレストランにはかなわない…

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