他人事とは思えない「天空の蜂」


人気作家・東野圭吾が原子力発電所を題材に1995年に発表した傑作小説を、堤幸彦監­督が映画化した社会派サスペンス。最新鋭の大型ヘリを手に入れたテロリストが、日本全­国の原発の停止を求め稼働中の原発上空でホバリングさせるテロ事件を描く。困難な直面­に立ち向かうヘリコプター設計士を江口洋介、原子力機器の設計士を本木雅弘が演じ、初­めての共演を果たす。東日本大震災による原発事故を経験した日本において、改めて社会­と人間の在り方を問う衝撃作。

西さんからのメールで観たいと思いました。

原発銀座と言われる若狭や世界一危険と言われる浜岡から近い中部地方、とても他人ごとではありません。

日本中逃げる場所もないくらい原発があります。

阿鼻叫喚のシーンがちらつきます。
すでに犠牲になられた作業員の方たちや米国の核事件で被爆した米国民や太平洋の島々の方たち、米国のウラン弾で被爆した子供たちも思い出します。


模型飛機さんの記事
り「草原の実験」(アレクサンドル・コット監督)。

チェルノブイリの事故から地震と原発が怖くてたまりません。



新聞に挟まれていた「奥様ジャーナル」に主演の江口さんの笑顔とインタビューが載ってっいました。

命がけで我が子救う父熱演

「オファーを頂いた時、原作、台本を読ませてもらって技術が生んだ大きな怪物を倒すという社会的なテーマをスピード感あるエンターテイントメントにしたスケールの大きな映画だという印象を受けました。
その通りで、最初から最後までハラハラ、ドキドキ緊張感が途切れません。
泣けてくる場面も


江口さんの役は仕事一筋で妻や息子との関係がうまくいっていなかったのですが、息子を取り戻すために命がけで闘い、家族との絆を勝ち取っていくお父さん。

江口さん「本木さん演じる三島は対照的です。見島の台詞には

“蜂に刺される”など踏み込んだ問題に立ち向かう強さがあります。

僕も考えることを放棄した“沈黙した群衆になってはいけない”
と思いました。

アクションシーンが高いところは苦手なので恐かったそうです。

この映画つっ込み所はありますが今映画化した意味は大きいと思います。

相当変な名古屋弁でしたが。

又自衛隊員が余りにかっこよくて自衛隊賛美のように見えますが。

自衛隊の方には国内外で人命救助のため活躍してほしいです。

自衛隊内のいじめや自殺、女性隊員にたいするセクハラ(以前講演会で伺いました)も覆い隠されることが多いのですが海外でアメリカの下請けになったらもっと悲惨なことになります。

自衛隊員のいじめによる自殺事件では内部告発があり、裁判で証言された隊員があり認められました。
ドキュメント番組で知り記事にしたことがあります。

[ 番組内容 ]
所属する組織の不正を知ってしまった男が、正義の遂行のため立ち上がった。いじめによる隊員の自殺で自衛隊の責任が問われている裁判。かつて訴訟担当者だった現役自衛官が「重要文書を隠蔽している」と、自らの組織の[不正]を暴いた。「自衛隊が、不利な事実を隠したまま『不正な勝利』を得てしまう」今の生活を失ってしまうかもしれない恐怖と闘いながらの苦渋の決断だった。自衛隊は「文書は破棄した」と説明してきたが、一転。その後、200点もの大量の文書が開示された。今、裁判の流れは大きく変わろうとしている。「私は、組織に対してではなく、法の正義と国民に忠誠を尽くしたい」 今なお、組織に留まり一人、正義のために闘い続ける自衛官の姿を取材した。
授賞理由:自衛艦を見学したとき、艦内の食堂に「団結」と大書されてあるのを見て驚かされた。戦闘集団には団結が最大のモラルなのだ。団結は少数意見を排除する。まだ殺し合いの惨劇を体験していない自衛隊が、いまでさえ民間よりもはるかに自殺率の高いのは、密閉集団の中で、異物を排撃し団結を求めるからだ。ミサイル搭載護衛艦「たちかぜ」の21歳の乗組員の自殺は、「いじめ自殺だった」と裁判官が判断できたのは、自衛官の内部告発の証言があったからだ。この番組は組織内にあって、組織の明朗性をもとめて、毅然として証言台に立った自衛官を描いている。秘密保護法実施前の、あるいは自民党の憲法改定案にある「軍隊内審判所〈軍事法廷〉設置」の前に、自衛官の勇気を映像化した意味は大きい。たった一人でもできることがある、という実践が日本全体を密閉集団化させない道を拓く。(鎌田慧選考委員)








●『原発ゼロは、首相が決断すればできる』
西さんからのメールの一部
 
「原発ゼロは首相が決断すればできるんです。彼もわかっていると思う。でも
、原発推進派の影響を受けちゃっている。原発は電力会社だけでなく鉄、セメント、建設・・・、あらゆる業界が多大な資金を投じておしすすめてきた。原発が再稼働したときに立地自治体に配る交付金の2016年度
の概算要求規模が、今年度の2.5倍
にあたる59億円に上ります。
藤野氏は「立地自治体はますます原発に依存していくことになる」
と指摘。
原発の再稼働をやめて、福島の原発事故による放射能で故郷を
追われた避難者のために使うべきだと思います。
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今朝のばらと母猫









眠い母猫がついてまわります
だから変顔です。
私がパソコンの前に座るとやっと安心して横に寝ます。
最後の二枚はちょっと前に入院中のクラスメートに送った画像です。
大きなママのサイズでごめんなさい。

追記
お見苦しいところも映っています。編集するのに時間かかるのですいません。
写真たての中は猫写真家板東さんが撮影してくれたものを年賀状用に
写真屋さんに一枚にして作ってもらったもの。


この写真はカレンダーやブックカバーなどになり販売されました。
耳たこの方、ごめんなさい。

ジャングル・ブックの作者キプリングが暮らした邸宅ベイトマンズ


イングランド南東部に位置するサセックス州にある、Bateman’s ガーデン

偶然見つけて開園まで少し待ちました。ナショナルトラストです。

昨日「天空の蜂」観てきました。つっ込みどころはたくさんありましすが原発を題材に、人間の愚かさを描き、飽きさせません。

でも名古屋弁は酷かった(苦笑)

今朝のBS街歩きアムステルダム観ていてデルフトブルーが出てきました。
私もフェルメールが観たくて英仏の旅に急遽オランダを追加したことがあります。
アムステルダムから列車に乗ってデルフトへ、

女性車掌さんの爪がブルーでした!

デルフト焼がほしくても一人旅で
そのあと英仏庭めぐりしたので何も買えませんでした。
アムステルダムの窓←2009年の記事です



ベイトマンズの入り口です。

ちらっとポタジェ(キッチンガーデン)がのぞいてます。



なぜこんなに高い柵?


バラも一緒に



薔薇のアーチの向こうに見える建物に住んでいたのは




ここはお孫さん連れたご夫婦が来園、
帰える頃には欧米系の団体が来たので有名なのかなと(苦笑)

この数日は東洋人は観ていませんでした。

キプリングが英国人として初めてノーベル文学賞を史上最年少(41歳)で受賞したのは、このベイトマンズで暮らし始めて5年後のことで、邸宅の庭園はノーベル賞受賞で得た賞金から7700ポンドを費やして造ったものだそうです。また、ノーベル賞受賞の年に発表した作品『プークが丘の妖精パック』は、この邸宅から見えるプークが丘(Pook's Hill)をモデルに描かれたとのこと。













バラ園こえるとカフェがありました。






この奥に驚くべきフォーマルなガーデンが隠れてます。

追記
英領インドボンベイに、父ジョン・ロックウッド・キプリング、母アリス・キプリングの間に生まれる[12]。アリス (旧姓マクドナルド、ビクトリア朝時代の有名な「マクドナルド4姉妹英語版」のうちの一人[13]) は快活な人柄で[14]、「同じ部屋にいると決して退屈しない」女性だったという[1]。ロックウッドは彫刻と陶器のデザイナーで、当時ボンベイに設立されたJamsetjee Jeejeebhoy卿の芸術・産業学校において建築彫刻の教授で主任だった[14]

バーニス・M.マーフィーによると、キプリングの両親は彼ら自身をアングロ・インディアン (イギリスで生まれインドで暮らした人々を指す19世紀の用語) と考えており、彼らの息子も同様と考えたが、実際には彼の人生の多くは他の土地で費やされた。そしてアイデンティティと国への忠誠心の複雑な問題が、キプリングの作品を特徴づけるようになる[17]。キプリング自身もこの矛盾について「午睡をとる前に乳母か現地人の使用人が、伝えられている物語やインドの童謡を語ってくれて、正装してダイニングで過ごす時になると「パパとママには英語を話すのよ」と注意されるのだった。つまり、かたや現地語で考え、夢を見て、かたやそこから翻訳しながら英語で話すのだった。」と書いている

母方の叔母ジョージアナは画家のエドワード・バーン=ジョーンズの妻、またその妹のアグネスはやはり画家のエドワード・ポインターの妻だった。

1902年、キプリングは東サセックスの農村バーウォッシュ英語版 にある、1634年に建てられたベイトマンズ屋敷英語版を購入。家は、周りを取り囲む建物や製粉所、33エーカー (130,000 m²)の土地とともに9,300ポンドで購入された。バスルームも、階上への水道も電気も無い家だったが、キプリングはここを愛した。「見よ、灰色の石で覆われた家の所有者、それは1634年への扉であり、梁、羽目板、古いオーク材の階段、すべてが変わっておらず、本物だ。よい、そして平穏な場所だ。」彼は1902年に書いている。「我々がそれを最初に見たときからずっと愛している。」[33][34]
1904年に出た短編集『交通と発見』以降は難解な作品を手がける

「ボーイ・ソプラノただ一つの歌声」と小林一三・岸信介



雑誌ミュージカル9・10月号で萩尾瞳さんが紹介しているので観ました。
素晴らしい
お勧めです。

ウィーン合唱団は有名ですが生で聞いたことがないし、テレビではたまに見ますが

アメリカにこのような素晴らしい少年合唱団があるとは全然知りませんでした。


本作の主人公は問題児といわれても仕方ない厳しい家庭環境で育ちました。

子供同士は残酷ですからね。

でも彼の才能を見抜いて少年合唱団に入れようとする女性教師(デブラ・ウィンガーを探してと言う映画観ました。)のお陰で道が開けます。
ウィンガーも大病克服したのですね。
16歳で単身イスラエルに渡り、数か月の間キブツで過ごす[1][2]。帰国後、ウィンガーは交通事故に遭い、その結果10ヶ月間、脳出血による左半身の麻痺と失明で苦しんだ。当初ウィンガーは二度と回復しないと宣告された。彼女は闘病生活の中で人生について考えるうちに、もしも回復したら、カリフォルニア州に移って女優になろうと決心した[3]


本作に戻ります



主人公は反抗しながらも歌の魅力に気がついて譜読みからはじめその美しいボーイソプラノを開花させていきます。

合唱団でも彼の才能を見抜く教氏がいたのが嬉しいですね。

フォーレの「レクィエム」、ヘンデルの「メサイア」ブリテンの「キャロルの典礼」など素晴らしい。

詳しい音楽的なことわかりませんが聴くと落ち着く名曲です。

バロック音楽好きです。

全く飽きさせない映画です。

飛んでもない嫌がらせをしたそれまでスターだった少年はもっと処罰受けないのか疑問ですが。
嫌われ役上手いですね。

日本ツアー用の曲で「ほたるこい」登場、ギャグもあります。

舞台に立つための訓練も興味深いです。

監督は映画・オペラ、シルクド・ソレイユの演出まで手がけたフランソワ・ジラール

映画終わったら厳しい指導教師ダウティ・ホフマンがアシュケナージに見えてきたという女性がいました。

キャシー・ベイツも出ていて嬉しい。



複雑な家庭環境に育ち、トラブルばかり起こしていた少年ステット。学校でもケンカばかりだった彼は、実はたぐいまれな美声の持ち主だった。そんな彼に名門少年合唱団への入学の話が入る。そこで少年たちの育成を任されているのは、厳しい指導で知られているカーヴェル。彼は若いころに才能を否定され、指導者の道に入った過去があり、才能がありながらも、無駄にしているステットに対して厳しく接する。楽譜も読めず同級生たちからのいじめに遭いながら、次第に"歌う"事に魅了されていくステット。そんな時、由緒正しいコンサートでソロを歌うチャンスが与えられる――。

小林一三のドラマを観ていてロケ地のレトロ建築も気になるのですが、

一三と対立する官僚がのちの戦犯岸だったのですね。

一三の長男役はミュージカル界のプリンス井上芳雄

一三の曾孫にあたるのが元プロテニスプレイヤーの松岡修造

小林 一三(こばやし いちぞう、1873年明治6年)1月3日 - 1957年昭和32年)1月25日)は日本実業家政治家阪急電鉄宝塚歌劇団阪急百貨店東宝をはじめとする阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者。山梨県出身。
また小林は事業に取り組むに当たっては実に細かい点にまで顧客志向の注意と配慮を行っており、商品開発に独特の才覚があったことが著作や評伝から窺われる。

鉄道会社が直営で百貨店を経営するなどといった事例は日本国外にもなく、その前途に疑問を持つものも少なくなかったが、小林は「素人だからこそ玄人では気づかない商機がわかる」、「便利な場所なら、暖簾がなくとも乗客は集まるはず」などと言って事業を推し進め、世界恐慌のさなか多くの客を集めることに成功する。さらに、客のことを考えた事業姿勢があったといわれ、阪急百貨店における「ソーライス」の逸話などが、現在にも伝わっている。



この映画も素晴らしかった、名優が出演、あの少年役は今はどうされてるか、切なく美しい。
CD買って何回聴いたことでしょうか。
この映画評も面白い←
ヤフーさん、エラー出ましたと追記部分消えました。なぜですか。
コメントでもありました。

独演会で高揚する安倍ちん…

独演会で高揚する安倍ちん…

昨日の安倍ちん独演会見た?

俺、安倍ちんの独演会なんか見てもオモロない…というか、不快感しか感じひんから見てへんかったけど

NHKは生中継でやっとったで

(NHKは大事な国会中継や公聴会はなんのかんのと理由をつけて中継せえへんことが多いのに
 安倍ちんの独演会だけは絶対ハズさへんからな…)


で、その第一弾は、自民党総裁に再選されたときの自民党両院議員総会やったわ↓




(う~ん、安倍ちん、握り拳をつくって熱弁のフリ…)


なんかね、安倍ちんって、握り拳を振り上げながら演説すると、

「力強く」「自信があるように」見えると思ってるみたいやけど

違憲の戦争法を力ずくで成立させた主犯格が、こんな握り拳つくってしゃべってたら

俺、マジで怖いやんけ…

(このオッサン、もしかして、誰かを殴りたくてウズウズしてんのとちゃうか…?)


で、第二弾はNHKが生中継してた安倍ちんの記者会見やったわ…










(う~ん、これも、手広げたり、人差し指立てたりして、しゃべるよりも動くことに忙しい安倍ちん…)


なんか、安倍ちんの忙しいしぐさを見てると、あの人は演説を聴かせたいのか

それとも、ゼスチャーを見せたいのか、いったいどっちやねん…と思うねんけど

俺の推測では、安倍ちんは演説を聴いてる人はその内容よりもしぐさに関心が向くと思ってるから

あんな派手なしぐさばっかり繰り出してきてるんやろな


その昔、確か、中曽根が総理大臣やってるとき、

「女性は私のネクタイの色や服はよく見ているが、何を言ったかは覚えていない」…

と、思いっきり女性をナメたこと言うたことがあんねんけど

「演説の内容よりも(力強く見える)しぐさで勝負」してる安倍ちんも、中曽根に負けへんくらい

有権者をナメとるんやないか

(俺、安倍ちんのこういう派手なジェスチャー見せられるのは、なんかバカにされてる気ーして
 めっちゃ不愉快やで)


ところで、安倍ちん、内輪の自民党両院議員総会でこんなこと言うとってんけど…↓




(出た~! 安倍ちんお得意の「誇り」…)


そんでもさぁ、「誇りある日本」って言うても、それは具体的にどういう国のことを言うてんのか

そこが一番気になんねんけど、例えばこんな意見もあって…↓
「難民受け入れは積極的平和主義の一部」 緒方貞子氏(朝日 9/24)
http://digital.asahi.com/articles/ASH9P2VWLH9PUHBI00H.html
「難民の受け入れくらいは積極性を見いださなければ、積極的平和主義というものがあるとは思えない」

(↑ひとさまのtweetより)

上記リンク先の記事のなかで、1991年から00年まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のトップとして

世界の難民問題に対処した緒方貞子氏が

「当時から日本に難民を受け入れてもらうのに苦労した。変わっていないのは情けない話だ」

って言うてはるんやけど、これは「難民の受け入れを事実上拒絶してる日本は

「情けない」国」だ…って言うてんのといっしょとちゃうんかな

(※言うときますけど、日本の去年1年間の難民認定数が11人ってのは、難民を受け入れてる…のではなくて
  難民を拒絶してるってことでっせ…)


そやから、俺、安倍ちんが「誇りある日本」とやらにしたいんやったら

まず、難民の受け入れからはじめたらええやん…と思うねんけど

まぁ、安倍ちんの考える「誇りある日本」のなかには「難民に優しい国」という内容が入ってないのは確実やろな…



そうそう、安倍ちんが記者会見でブチ挙げた「新しい三本の矢」って、こんなんやねんけど↓




何の具体策もなく、いきなり「GDP600兆円」を「目指す」とか言われても、

それは「掛け声」…というか、「気合い」で解決する問題なんか…?

(そんでもって、沖縄に米軍のために巨大な新基地を建設することも、地方創生の一環ですか?)


そんで、第二の矢はこれ…↓




「希望出生率」って何やねん、それ?…と思って調べてみたら、
希望出生率= 既婚者割合×夫婦の予定子ども数+未婚者割合×未婚結婚希望割合×理想子ども数 ×離別等効果
…って言われても、なんかピンとけえへんやんけ…


これは要するに、何人の子どもを持ちたいか…という「希望」がそのまま叶ったら実現する出生率ってことみたいやけど

これは市民(特に女性)に対して「そういう出産希望をもってくれ」と国が希望してるってことで

なんか、国(政府)の希望を市民(特に女性)の希望とごっちゃにして誤魔化してるんとちゃうか?

(でもまぁ、子どもを生んで育てたい…という市民の希望を阻む様々な事情を国が除去するのは、
 市民の幸福追求権を叶えることでもあり、それは国の義務と言えるから
 子育て(出産)を困難にする様々な事情(→伝統や慣習を含む)をなくしていくのはええことやとは思うで)


で、これまた安倍ちんたちお得意の「子どもの個性」を伸ばす…って話やけど

個性ってのは、批判精神と想像力から生まれてくるもんでありまして

安倍ちんたちが進める管理教育や画一的な(…というか、歴史塗りつぶし)教育の押しつけでは育たへんで

(安倍ちんたちは「お金儲けができるという意味での子どもの(実業的)個性」を伸ばしたいみたいやけど
 それは子どもを「お金をかせぐ道具」として見てない証拠とちゃうんかな)


で、三本目の矢はこれ…↓




う~ん、これまた「言うてみただけ」感が強いよなぁ…

(そやかて、自民党は介護報酬を引き下げて介護職の待遇悪化に拍車をかけとるし
 女性の活躍を謳いながら「施設介護から在宅介護へ」という方針転換して、介護を女性に押しつけようとしとるし
 言うてることとやってることが真逆やんけ!)


安倍ちんは、この「言うてみただけ三本の矢」で、「一億総活躍社会」を目指すと言うとるけど

派遣法を改悪して「生涯派遣でも我慢せい、仕事があるだけで満足せい」と言わんばかりの政策のいったいどこが

「一億総活躍」ってことになんのか、俺にはさっぱりわからんわ…

(「一億総懺悔」もそうやったけど、政治家が「一億総…」って言葉をつこたら、ロクなことないねん…)





※今、違憲の戦争法を成立させ、自分の思うことはなんだってできる、やれる…と、思いっきり高揚し

全能感に浸りきって得意の絶頂にいるであろう安倍ちんでありますが

人間、得意の絶頂を迎えれば、その後はもう「落ちるしかない」のでありまして

ぼくたちは、そんな安倍ちんに「世の中は、オマエが考えてるほど甘くない」ってことを

しっかりわからせてあげなけばならないと、強く思っている次第であります…





※「三本の矢」…とか、「アベノミクス」とか言うてたら

なんだかそれだけで経済はよくなる…なんてことはありません

参考に、経済をはじめ、安倍ちんたち自民党の「失敗の数々」を紹介しておきましょう…

(ひとさまのtweetより…↓)
不支持60%近い安保法案を強行採決しても安倍政権の支持が依然4割近いのは「そうは言っても政権担当能力は自民党だし」という幻想を国民がなんとなく持ってるからだが、これ見たら政権担当能力なんてとんでもなくて、ただマスコミが仕事してないだけ

自民党が前回衆院選で掲げた公約と現状



多くの有権者はなぜに「自民党の失敗」には寛大なのか…

それはぼくが子どもの頃から感じてた不思議です


これだけ定期的に汚職事件を起こし、これだけ定期的にお金の問題を起こし

これだけ定期的に失政をし、これだけ定期的に市民に不利益を与える政党を

なぜ有権者の半数近くが支持してるのか…

それは「世界の七不思議の一つ」と言うても過言ではないと思います…

アンさん
2015/09/25 17:30 まず私が強く思っているのが、「アベノミクスはいよいよ第2ステージです」などと言っているが、第1ステージの三本目の矢はどうなったんだ!?ってことです。何も無かったと記憶しております。勝手に”1面クリア”みたいな話にしないでもらいたい。
また、ポン太さんも突っ込んでおられる『子どもの個性を伸ばす教育再生』これは無いですわ!ついこの間まで教育勅語を再利用しようとしてた政権がよく言いますわ!子どもの個性って、安倍ちゃんが施行する全体主義と真逆ですね。
あと、安倍ちゃんの話し方、身振り手振り、表情見てると寒気がします。

mzponta
2015/09/25 18:13 安倍ちんの演説スタイルとしゃべり方は「電通か博報堂」のスタッフが指導してるんとちゃうか…と、ぼくは真剣に疑ってますねん。(そんな「見栄え」の改善やのうて、中身を改善してほしいねん…)

おっしゃる通り、「アベノミクス第一ステージ」は、何の効果もなかったことが明らかになってるのに、なんで「なかった第一ステージ」を通り越して勝手に「第二ステージ」って言うてんのか、ホンマに呆気にとられますね。(ちなみに、今日のニュースで2年4ヶ月ぶりに消費者物価が下落した…ってニュースがありましたがな…)

ちなみに、自民党(と公明党)には「違憲法案を違憲だ!」という「個性?」ある議員すらいなかったわけですから、そんな人たちに「個性」を説かれてもなぁ…と思います。(アイツらは、「没個性集団」(=全体主義)や!)

松任谷豊
2015/09/25 22:27 異次元の金融緩和で時間を稼ぎ、大胆な財政出動で経済を刺激する、そして民間の投資を喚起する成長戦略。
まず政府ではなく日銀が行っただけの金融政策。さらに歯止めをかけず無秩序におこなった財政出動(結果、被災地の復興を妨げた)
そして、過去に出された成長戦略の焼き直し。実際政府としては、何もしていない。「羊頭狗肉」だと思ってます。
今回も看板を立派にするためのパフォーマンスだと思いますが、「集団的自衛権」の時と一緒で「欺瞞」に満ちた内容だったのではないでしょうか。

mzponta
2015/09/25 23:19 なんか最近、「キャッチフレーズ政治」が横行してるみたいですが、こういう「中身のない掛け声だけのまやかし政治」が続く限り、まともな成果は出ないと思います。(アベノミクスの失敗は明らかなのに、それをまだ続けるというてるんですから…)


転載元: mimiの日々是好日

安保法成立の後

今朝はいい天気で、最後の連休も行楽日和ですね。
皆様もいかがお過ごしでしょうか。
私も孫のところに行って、遊んできました。
ますます元気で大きくなった孫の相手をするのが大変でしたが、そんなことができる幸せを感じてきました。
この子供たちが、幸せで、放射能も戦争もない日本ですくすくと育ってほしいと、ただそれだけを願います。
皆様も今日もお元気でお過ごしください。

21日の朝、須走登山口で撮影しました。
登山シーズンも終わり、静かな富士山でした。

道路端の我が家の白萩も満開です。

つぶやき(安保法成立の後)
10法案をたった100時間で、しかも暴力まで使って強行採決した政府。
世論調査では審議は尽くされていない!
成立させるべきではない!
が圧倒的な声でした。

国民大多数、天の声に逆らって、強行採決をした政府。
彼らに正義も大義も道理もありません。
天に逆らい、憲法を犯し、国家最高の府の国会さえ暴力で蹂躙したのです。
これ以上の国家犯罪はありません。

机上の空論、根も葉もない根拠、嘘と隠ぺいで押し通した安保法は、成立はしましたが、施行、派兵戦闘命令、戦闘実施はこれからです。
是が非でも70年間守られた、日本は戦争で人を殺さない!という実績を壊させてはいけないと思います。

70年前日本が起こした戦争は、2000万人という犠牲者を出し、いまだその苦しみ悲しみ、恨みを人々に背負わせています。
70年たったからいいだろう、忘れるだろうでは決してありません。

逆に70年たったから、言わなくては、風化させてはいけない、忘れてはいけないと
経験者は語り、それを引き継ごうと若者も真剣に対面しています。
これこそ、人間のすることです。

自らの犯した間違いを見つめ、反省し、どうしたら2度としないようになるのか。
その体験をしっかり引き継ぎ、苦しみを与えた人々に謝罪し、補償する。
これこそ、多大な戦争犯罪を起こしてしまった国と、国民がすべきことなのです。

過去の過ちを認めず、逆にごまかし、言いつくろうものに、真の反省も真心もありません。
また再び同じ間違いを必ず犯します。
これは、世の真理です。
今安倍政権は、この道を踏み込みました。

彼らは、70年前の戦争も、米国が犯した間違った戦争も全く批判もしないし、認めもしません。
70年前の戦争は、日本だけが悪くない、アジアの解放、平和のため自衛のためだったと言い訳します。
嘘で始めたイラク戦争では米国を全く批判しないし、それどころか米国の危機は日本の危機と言って、盲従しています。

これではどんな言い訳、御託を並べても、その基準、価値観、判断は誤ったものにならざるを得ません。
再び正義も道理もない戦争に国民を巻き込み、全てを犠牲にするだけなのです。
最初のボタンを掛け違えたら、最初の道を間違えたら、また再び犯罪の道に走るしかないのです。

今政府がやろうとしえいることは、米国のだれも買わないオスプレイを来年度から3600億円かけて買うこと、紛争が続く南スーダンに、武器をもって治安維持活動に自衛隊を参加させることです。

我々の血税を、米国の高価な武器購入に湯水のごとく費やし、紛争絶えない南スーダンに自衛隊を送り、武器をもって戦わすことなのです。
これが彼らが言う、憲法に触れない、日本存亡の危機存続にかかわる、最小限の武力行使なのです。

オスプレイは1機200億円もする、世界で誰も買わない殴り込み航空機です。
豪雨災害でも活躍したように、災害では1機3億円の50人乗りの大型ヘリがあれば、たくさんの命が救えます。

スピードはあるが、離着陸が危険で、2,30人しか運べないオスプレイは何の役に立つと言うのでしょうか。
ただただ米国の軍需企業のために買うだけです。
何にも国民の命を守る為ではありません。

南スーダンでは、豊富な石油資源をめぐって対立する政府と反政府組織が、血みどろの対立を繰り返して、いまだ治安は一向に回復していません。
そこに自衛隊員が治安維持活動に行くというのですから、どちらかに味方し、その相手の者を武力で制圧、殺すと言うことなのです。

殺される前に殺す戦場で、果たして自衛隊員が一般人を殺したり、間違いを犯さないでしょうか。
また殺されないでしょうか。
そしてこれが日本の存立を守ることなのでしょうか。

これまでのように、紛争地でないところでの人道支援では、なぜいけないのでしょうか。
どちらが日本の自衛隊員が世界で貢献し、国家予算を費やして行うことなのでしょうか。

米国のため、戦争ができる国家になるため、安倍政権はひた走っています。
これを止めるのは、世論の力と、選挙での統一戦線の勝利しかありません。
そして、圧倒的多数の国民の望む、憲法尊重、武力行使否定、人道支援の世界貢献を目指す連合政府を作るしかありません。

しかもそれは現実的で、やる気さえあればすぐできることなのです。
未来と希望、平和な日本は、すぐ目の前にあると思います。


転載元: 日々の感想、出来事など

山本太郎議員へのバッシングが効かない。byチダイ

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皆さんは、普段、政治の話をしますか?

キャバクラでは、「三大タブー」というものが
あるそうで、「政治、宗教、野球の話をしては
いけませんよ!」と言われているそうです。

例えば、阪神ファンの男性客に巨人の強さを
語った日には、「カーネルサンダースのように
道頓堀に投げてやろうか!」という話になるし、
僕もガールズバーで、坂本選手のカッコ良さを
延々と語られたあげく、「1杯飲んでいい?」
言われた時には、「坂本のファールボールを
顔面で受け止めてこいよ!と思いました。

宗教の話も同様で、キリストの霊を降臨させ、
「アイム・ジーザス・クラーイス!」と絶叫する
教祖様を見ていると、とっても和むんですけど、
「和む」の境地に達したのは、僕がこのネタを
100周ぐらいしているからで、普通の女の子の
感性だったら、「マジヤバーい!」だと思うので、
うっかりしたリアクションを取ってしまう危険性を
考えると、避けて通りたいところかもしれません。

だけど、政治の話は、意外とタブーではない!

僕はガールズバーで、よく政治の話をします。
正味な話、キャバクラやガールズバーで働く
女性で政治に詳しい人なんて1人もいないし、
政治の話は、女の子の食いつきが半端ない!

「集団的自衛権って何?」という話に始まり、
「どうして株は上がっているのに景気が良く
ならないの?」という話や、「マイナンバーって
私たちにも関係あるの?」など、女の子たちの
素朴な疑問に答えるだけで、他の席からも話を
聞きに来るぐらいの盛り上がりを見せるのです。

ちなみに、こんなことをわかりやすく説明すると、
必ず「池上彰みたーい!」と言われるのですが、
このタイミングで、「でしょ? それじゃ、LINEを
交換してくれる?」と切り出したら、女の子から
「それ、悪いしつもーん!」と言われ、泣きました。

その場で盛り上がるのと、モテるのは違う。
改めて痛感しましたが、「政治はタブー」は、
あくまで僕たちの先入観で、女の子と政治の
話をするのは楽しいです。今度、キャバクラや
ガールズバーに行く機会があったら、試しては
いかがでしょうか。



最近、自民党のネットサポーターの皆さんが、
山本太郎議員の「ひとり牛歩」「お葬式」は、
国会議員の品格を落とす行為であったとして、
除名運動を始めました。

自民党も自民党なら、サポートしている奴も
サポートしている奴だということがよくわかり、
もはやギャグでしかありません。

浅はかすぎる。

一人で牛歩することが問題なのだとしたら、
オマエの所の武藤貴也議員が、議員宿舎に
未成年の男の子を連れ込んで、2万円払って
アナルを掘らせてもらっていたのは何なんだ!

「そっちは、お咎めなしかよ!」

もうツッコまずにはいられません。
えぇ、アナルの方にではなく・・・。

しかも、牛歩は国民が望んでいたことなので、
「よくやってくれた!」という人も多いわけです。
これで国会議員を辞めさせられることがあれば、
いよいよ国民単位での大反対運動が起こります。
かなり大きなうねりになることは間違いないです。

もう既に、自民党のネットサポーターが始めた
「山本太郎を除名しよう」という署名に対抗して、
「山本太郎の除名を阻止しよう」という署名ができ、
除名する派の数を、短時間で除名を阻止する派が
上回ってしまうという現象まで起こっています。

やればやるほど山本太郎の存在感が
大きくなってしまう現象が起こっている。

「安保法案は十分に議論ができたのか?」という
世論調査では、約80%の人が「できていない」
答えていましたし、半数以上の人は「反対」でした。

それなのに、国民の意見も、憲法さえも無視して
安保法案を可決してしまったので、世の中的には、
「山本太郎以前に、オマエはどうなんだ!」という
ブーメランが返ってきてしまう。

自分たちのことを棚に上げて、山本太郎批判。

公職選挙法に堂々と違反した小渕ドリル優子も
辞職させられない政党が、山本太郎を批判して、
国会議員を辞めさせようなんて、動けば動くほど、
ジワジワとした茶番感が広がってしまうわけです。

だから、僕は自民党のネットサポーターと呼ばれる
単なる「ネトウヨ」の皆さんに一言言いたい。

「いいぞ、もっとやれ!」

やればやるほど政治に関心を持つ人が増えて、
どれだけ自民党が一部の利益を得る人のために
動いてきたのか。そのせいで、どれだけの国民を
犠牲にしてきたのかが、つまびらかになるでしょう。


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手塚治虫さんが、危惧した我が国の政治

無関心は、ご自分に


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再転載、反骨の報道写真家・福島菊次郎さん(90歳)のことby山本宗補氏

 


 今日は上関町の町長選挙投票日。原発推進派が1982年から8期連続で当選していながら、中国電力が30年前から原子力発電所を建設しようとしているが、原発予定地対岸にある祝島島民の根気強い建設反対運動によって、建設できないでいることで知られる。写真は2010年3月に、中国電力が反対島民に対して「説明会」をしたいと初めて島にやってきたところを祝島島民が追い返した時のもの。2010年3月の雑記帳に写真も多数載せて詳細を書いてあります。
(速報によると、選挙結果は原発推進派の柏原氏が3選されてしまった。柏原氏が1868票、祝島の山戸氏が905票だった。当日有権者数は3206人。投票率は87.55%(前回88.08%)。
 私が祝島の原発反対運動や上関原発の建設問題を知るようになったのも、今日紹介する報道写真家・福島菊次郎さん(90歳と6ヶ月)とのご縁からだ。現在は山口県柳井市のアパートで、愛犬ロクとの独居生活の菊次郎さんは心から畏敬する報道写真家だ。菊次郎さんの生き様と原発反対運動は直結し、菊次郎さんが取材し報道してきたものから学ぶことばかりだからだ。


 先日19日の「さようなら原発」集会・デモの写真の中で、菊次郎さんが集会場で撮影している写真をtwitterに載せたら、アクセスが15000人ほどにのびたが、誰でも存在感を感じる人だとわかるだろう。その菊次郎さんを17日と18日の二日間、原発事故による放射能汚染の影響が深刻な福島県内各地を案内したので、写真で紹介したい。
 その前に、菊次郎さんのことを簡単に知ってもらおう。亡くなった作家の井上ひさしさんが、東京時代の福島さんの人物ルポを雑誌に書いている。
「福島氏が豪(えら)いのは、外出すると尾行がつくことである。つまり家庭では優しい父親である氏が、いったん玄関の戸をあけて足を一歩外に踏み出すと、体制側の要注意人物になってしまうわけだ」
 菊次郎さんは広島の被爆者を撮り続けた写真集『ピカドン ある原爆被災者の記録』によって、「原爆写真家」として知られるようになり、国の権力と一貫して対峙してきたことから「反骨」の報道写真家として知られる。菊次郎さんは1921年、山口県下松市生まれ。60年代初頭から20年間、フォトジャーナリズムの第一線で活躍し、「文芸春秋」などの月刊誌や週刊誌などを中心に、一時は年間150ページ以上発表した。刊行した写真集は12冊、2003年 からは写真に『写らなかった戦後』シリーズの活字だけの著書を執筆。いまはシリーズ4冊目に取りかかっている。原発事故関連の取材はその冒頭にくる予定だという。
 ベトナム反戦運動、三里塚闘争、学生運動が高揚した戦後日本の激動期。機動隊に立ち向かう若者たちに、福島さんは共感以上のあこがれを感じ、夢中でカメラを向けるようになる。「若い頃、国のいうことを鵜呑みにしていた自分がどれだけ阿呆だったかを思い知らされた」「学生運動は国家権力に対する反乱であり、市民運動は海をこえた反戦運動」だと。もっと詳しく菊次郎さんの生き様を知りたい方は、私が信濃毎日新聞に書いた連載記事がホームページにあるので読んでください。
(ちなみに、私が菊次郎さんに初めてお会いしたのは86年。周防大島の南端にある沖家室島の元気なお年寄りを取材に行ったときで、福島さんは当時は周防大島で自給自足の生活を実践していた。そのとき以来のご縁で、最近は菊次郎さんの講演会や写真展を企画したりしてきた)

福島市渡利地区の七社宮児童遊園で撮影する菊次郎さん。(9月17日)8月末に実験的な除染がされ、線量が半減したといわれるが、地表1mで毎時1.3マイクロシーベルト前後あった。

南相馬市の国道6号線20㌔検問所手前の駐車場で。(9月17日)

検問所手前の国道沿線に、東京のボランティアが植えたひまわりがピークを過ぎて枯れていた。下は20㌔検問所で撮影する菊次郎さん。二枚とも9月17日撮影。



南相馬市原町区の海岸に近い大津波被災地にある瓦礫の山で。下は同鹿島区の国道6号線脇に流された漁船が残る現場で。共に9月17日撮影。


南相馬市馬場の生乳を出荷している酪農家・瀧澤さんを取材。牛舎の脇には立派な牛魂碑が建ち、瀧澤さんは3代目の酪農家だと知った。下の写真は牛舎で乳牛の撮影中の菊次郎さん。9月18日撮影。

 酪農家の取材は順調だった。が、隣りの家のご主人に呼び止められ、枯葉や枝などを焼いた灰の上で放射線量を計って驚いた。毎時20マイクロシーベルトを超えていたのだ。放射性物質が焼却によって濃縮されたためだ。話を伺うと、この家のご主人は原発作業員を20年やってきた人で、3月11日まで福島第一原発で働いていた人だった。菊次郎さんがこの時とばかりに、いろいろとご主人に訊ねたのはいうまでもない。

大津波によって大きな被害の出た相馬市磯部の海岸で太平洋見つめた菊次郎さん。9月18日撮影 菊次郎さんの生まれ育った瀬戸内海の海と大きく異なることを実感したようだった。

飯舘村の酪農家・長谷川健一さんの空っぽになった牛舎で。菊次郎さんは、広島の被爆者の取材や、戦後の広島が平和都市であるのは「嘘」であること、戦後日本が侵略戦争をあいまいにしたツケなど、よどみなく話続けた。自分の子どもの年齢と同じような長谷川さんを前にして、菊次郎さんの取材の意気込みはスゴイものだった。それをガッチリと聞いて受け止め、原発事故によって全てを失おうとしている飯舘村村民の怒りや悲しみをしっかりと話すことのできる長谷川さんもスゴイ人だった。


駆け足の取材のラストは、飯舘村で最も放射能に深く汚染されている長泥地区を案内した。文科省が毎日測定するスポットで、この日の線量は毎時15.6マイクロシーベルト。ここを案内したのは、福島県といっても、原発からの距離とあまり関係なく、放射線量が場所によって大きく異なることを実感してもらうためだった。その典型的な例が福島市内の線量が、原発から20㌔の南相馬市海側一帯よりも3~4倍高い事実であり、30㌔以遠に位置する飯舘村の汚染度の異常な高さだ。9月18日撮影
そして、翌日が「さようなら原発」の取材となったのだ。
さいごに、私が好きでよく引用する菊次郎さんのことばがあるので知ってほしい。
「現代の市民運動に問われているのは、勝てなくても抵抗して未来のために一粒の種でもいいから蒔こうとするのか、逃げて再び同じ過ちを繰り返すのかの二者択一だけである」
 菊次郎さんは上関原発の反対運動を最初から取材してきたが、この20年間、ずっと祝島島民の反対運動に密着して写真集として出版した那須圭子さんは、菊次郎さんの弟子のような存在。その那須さんの写真集『中電さん、さようなら 山口県祝島原発とたたかう島人の記録』は必見だ。
PS:fotgazetVol.3では、菊次郎さんの広島の被爆者を撮影した写真を16ページにわたって大特集しています。
大特集は「時代の証言者たち」広島・長崎・水俣・福島とつづきます。詳細はこちらをクリック。fotgazetはフリーランスのジャーナリスト10数名でつくるJVJA(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)が独自に編集して発行する年4回発行の有料購読オンラインマガジン。フリーランスの活動を購読もしくは寄付で支えてください。

 


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『ニッポンの嘘~報道写真家 福島菊次郎90歳~』と武田先生講演会

昨日はちょっと無理して『ニッポンの嘘~報道写真家 福島菊次郎90歳~』と名古屋市議主催の武田教授講演会(河村市長、初めて生でみました、愚痴ってました。)へ。
実は今日も武田教授の講演会があるのですが明日から旅するのでとても行けません、今日の暑さは格別で、どうにも体が動かない、クラクラしています。
 
 
 
福島さんのような方が日本にいらしたのですね、お子さん三人を一人で引取り取り、嘘ばかりの政府の年金はもらえないと年金拒否、なかなかできないことです。
 
天皇の戦争責任にもバシっと!
 
お若い時のハンサムなこと、ワンちゃんも飼い主に似てユーモア一杯、可愛い!
 
広島の被爆者の男性に寄り添い写真撮り、福島さんまで三ヶ月精神病院に入院したのです。それぐらい苦しい撮影でした。
 
この男性は漁師で妻を原爆でなくしやはり残された子供を一人で育てたのです。体調がひどく悪く、苦しくて内股を自分で傷つけるほど、その傷が何筋も。
 
アメリカが設置したABCCは検査だけして治療せず、遺体も奪うようにして、彼も妻の遺体を葬式代のために提供せざるを得ませんでした。
 
原爆投下して人体実験、検査結果だけ奪い治療しない。今にも通じます。
 
漫画ハダシのゲンにも出てきますよね。舞台版見たことがあります。
 
生活保護を受ける時、正直にも漁の稼ぎ6000円申告して、もらったのは1000円ちょっと!かくも政府は酷いです。
 
ハダシのゲンはアメリカでも公演されました。
 
三里塚闘争、ひどかったですね、あんなに遠い空港、農民から土地を取り上げて。
福岡は感激するほど空港が近いですね!中部国際空港も遠いし冬は風が強い。
ウーマンリブの写真もあります。
 
朝早い出発はバスもギリギリ。間に合うのか。
 
病み上がりで家族には後ろめたいのですが、友人も病後を物とせず、旅へ。
私の行き先はスイスです。
 
パリへ留学していた友人が血の涙が出るくらい辛かったのに、スイス1ヶ月滞在して癒されたというのです。
私は勿論そんなに長くは行けません。来週帰ります。
 
今までドイツやイタリアからちょっと垣間見たことがありますが本格的には初めてです、無事帰国したら又お付き合いくださいませ。
 
 
 
 
解説: 戦後日本のあり方を問い続け、メディアが報じない真実や国家のうそを暴いてきた反骨の報道写真家・福島菊次郎に密着したドキュメンタリー。敗戦直後の広島で被爆者や家族の苦悩を撮影し、隠ぺいされた広島の実態を暴き出して以来、確固たる信念で真実を伝えようとしてきた彼の生きざまや、カメラマン人生最後の取材場所として原発事故の起きた福島へと向かう姿を映し出す。監督は、数々のテレビドキュメンタリーを手掛けてきた長谷川三郎。朗読をベテラン俳優の大杉漣が務める。シネマトゥデイ(外部リンク)
あらすじ: 終戦直後の広島で被爆者家族の苦悩を克明に撮り続けた報道写真家・福島菊次郎は、それ以降も三里塚闘争、安保闘争、公害問題などを取材し戦後日本のあり方を問い続けてきた。しかし保守化が進む日本社会やメディアと決別した後、無人島での自給自足生活を経て愛犬と暮らす穏やかな日々を送る。自身の最期を意識し始めた頃、東日本大震災が発生し、彼は原発事故が起きた福島へと足を向ける。
 

 
オーガニックレストラン空色勾玉で福島さんの写真展開催中
 
久しぶりに行ってきました。
 

 玄米ご飯と美味しい味噌汁付き、映画館で頂いた割引券で50円引き、1000円。
カレーや玄米コーヒーもあります。
 
天井が高く、写真のある二階には手すりもない階段でふらっとしました。
 
写真は一回にも展示。トイレがすごく凝っていて可愛いです。
 
 
以下はWIKIより
 
福島 菊次郎(ふくしま きくじろう、1921年3月15日 - )は、日本の、写真家ジャーナリストノンフィクション作家
山口県下松市生まれ。戦後民生委員などの社会事業を通じて作家活動をはじめ、広島市に投下された原爆の被災者の10年におよぶ困窮生活を活写した作品『ピカドン ある原爆被災者の記録』が、日本写真評論家賞特別賞を受賞(1960年)。この年、離婚して子どもを連れ上京しプロ写真家となる。土門拳木村伊兵衛が審査員を務める「カメラ(CAMERA)」の月例コンテストに応募していたこともある。
原爆政治軍事問題、学生運動公害福祉問題などをライフワークとし、「ピカドン」など17回の個展を開き12冊の写真集がある。中近東アラブソビエト連邦などに長期にわたる取材もこなした。
作品は、『中央公論』、『文藝春秋』、『朝日ジャーナル』などの総合雑誌グラビアで約3300点が発表されている。また、「写真で見る戦争責任展」などの写真展を全国510会場で開催した。
1982年自給自足の生活を目指し瀬戸内海の無人島に入植したが、高齢に伴う病気のため、現在、山口県柳井市在住。信条は「余命はあと1年 生きたらあともう1年」。
 
 


転載元: 猫と薔薇、演劇、旅ファン

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