めちゃ可愛い手作りクッキ―ご覧ください。

 
 

なんて可愛いのでしょう~友人のお嬢様の手の込んだクッキーです。
このまま額に入れたいと思いましたが記念撮影の後、誘惑に負けて頂きました。
メチャメチャ美味しいです。天才
 
小さなクッキーにこの水玉模様をいくつも入れるなんて、
色も形もラブリーでしょう~
 
下の3枚は今までに頂いたお菓子の一部です。
 

 

 


 
漆器は友人のお土産です。この赤が素晴らしい。
 
扇子は京都府立植物園グッズ、シルクなのに800円だったか、安いでしょう。
 

凄くボケていて、すいません。ティースプーンは別の友人の天草の立派なレトロなホテルのお土産です。
 
右は桂離宮のお土産、香ります。
 

 
 
がまぐちの上のマットは昔母が私の長男のために買ってくれた揺りかごについていた物、カーテンのような飾りも残っています。
 
夢のある、自分ではとても買えない揺りかごで実家に残っていましたが籠自体はゆがんで壊れていたので泣く泣く棄てました。布はまだまだあります。猫が座ったりします(笑)
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BBCが伝える、安倍政権に抗議、新宿駅焼身自殺を図る!

BBCが伝える、安倍政権に抗議、新宿駅焼身自殺を図る!
 
SAIKA様の記事ですがなぜか転載出来ません、こちらにどうぞ。
 
(昨夜の)NHK、19:00のニュースで、一切触れず。
作為的、情報操作はひどいものだ。
報道機関の名に値せず。
 
ただ政府の宣伝機関に堕している。
 
夕方の民放のニュースで観ました。TBS系だったと思います。一瞬亡くなったのかと思いましたが死ぬより辛い、あの男には通じなくても海外で大きなニュースになっているのですね。
 
ベトナム戦争の頃、アメリカに抗議し投身自殺したお坊さんのニュースを観ました。痛ましい

絶対に負けられない戦いがそこにはある

SAIKA様の記事で知りました。転載出来なかったので。
明日6月30日首相官邸前で

 
 
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観客500万人突破ベルばら

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6月は体力不足なのに庭改造や観劇や京都、可睡ゆりの里など行き全然記事も書けませんでした。
 
3月と6月にベルバラを鑑賞しました。
 
もう贔屓の大浦さんはいないし今の宝塚事情に疎くてジェンヌさんの名前と顔も一致しない
 
3月は雪組、早霧せいな・夢乃聖夏による全国ツアー公演「ベルサイユのばら〜オスカルとアンドレ編〜」名古屋公演
 

6月は中日劇場
『ベルサイユのばら―フェルゼンとマリー・アントワネット編―』
 
最近マリーアントワネットの植物誌と言う本があると知りました。
ほしい

二回目のベルサイユ訪問では念願だったアントワネットの田舎屋まで行ったので幸せでした。その時の記事はこちら
 

74年のベルばら初演はのちのテレビ視聴のみ。
 
初演のアントワネットの歌唱力の高さ!
 
のちに琵琶奏者になった方や雪組の杜けあき、一路真輝が主演の時の
仁科有里アントワネットが大好きでした。録画視聴です。
 

「マリーアントワネットはフランスの女王なのですから!」
この台詞は歌舞伎のミエと同じ立派でした。
 
フェルゼン役の紫苑と踊る時の可愛さ、フェルゼンへの愛があふれていました。彼女がトップにならなかったなんて。
久留米じゅんなどエトワールにも好きな方がいました。
 
ベルサイユのばら」は27日の公演で、通算観客数500万人を突破!
今年、創立100周年を迎えた、同劇団の演目の中では断トツの動員数
 
1755年、ヨーロッパの3つのちがった国々に、やがてフランスベルサイユで宿命的なであいを持つことになる3人の人間が生まれた。
1770年春。オーストリア帝国・ハプスブルグ家の皇女マリー・アントワネットは14歳でフランスのブルボン家に嫁いできた。王太子妃を護衛するのは近衛士官オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。彼女は由緒ある将軍家の末娘でありながら、後継ぎとして剣も学問も修め、軍人として育てられた男装の麗人だった。異国の宮廷で孤独をつのらせるアントワネットはパリ・オペラ座の仮面舞踏会でスウェーデンの貴公子フェルゼン伯爵と知り合い恋におちる。3人は共に18歳。運命の出会いの夜だった。
 
原作の働く女性、仕事の出来る女性、主張する女性であるオスカルがかっこいい!
 
彼女は貴族でアントワネット警護の役目だったけれど革命で民衆側についた!
 
フランス革命に女性も参加、
女性の権利拡張のために戦ったテロアーニュなどの活躍!
 
今の日本でも呆れる女性蔑視の議会におけるヤジ、なんという人権感覚の遅れでしょう!
 

 
池田先生がこの漫画を書いてくれたころはウーマンリブの時代?でしたね。
 
原作も泣けます、よくぞこの女性像を作ってくれたと思います。
 
 
新しい歌もありどちらも美形揃で一時のように音程のあやしさがすぐわかる人もいなくて安心しました。
 
ただいつもメルシー伯爵が突然案内もこわずフェルゼン邸を訪れての問答にはいつも違和感があります。
 
メルシー伯爵がアントワネットと別れてくれと言うのは当然ですが
ェルゼンがメルシー伯爵に「あなたは身勝手だ」と責め立てる場面に。
 
原作持っていますが原作にそんな場面ってあったのかしら?
 
どなたか教えてほしいです。
 
 
 
1976年星組『ベルサイユのばらIII』
3月25日 - 5月12日:宝塚大劇場、7月2日 - 8月1日:東京宝塚劇場
初演月組の脚本を元に、花組・雪組の名場面も取り入れた改訂版。初風諄が月組から特別出演。また初日には歴代4人のオスカルが勢ぞろいし、華を添えた。
東京公演中、7月21日、22日に役代わり公演があり、マリー・アントワネットを四季乃花恵、フェルゼンを峰さを理が演じた。
第62期生日向薫夏美よう飛鳥裕ら)の初舞台公演。
宝塚歌劇のベルばら作品ではこの作品において唯一ヴァレンヌ事件が演じられている。(「第2部・7場 ヴァレンヌの森」)[6]
このシーンでは国王一家が乗る馬車を曳く馬に本物の馬が使われた。[7]
 
ヴァレンヌ事件が描かれたことがあるとは!知りませんでした。
 
1990年花組(フェルゼン編)
3月29日 - 5月8日:宝塚大劇場、7月1日 - 29日:東京宝塚劇場
当時の主演コンビ大浦みずきひびき美都がダンスに秀でたコンビだったため、ダンスシーンが加筆される。通称「踊るフェルゼン編」とも
 
ベルばら観ると、大浦さんを思い出し
 
 
あのダントツのダンス力、演技、歌唱はもう望めません。
 
相手役のひびき美都、二番手の朝香じゅんも好きでした。
 

あなたが極度に失敗を恐れる体質になったのは …

あなたが極度に失敗を恐れる体質になったのは、学校が悪い

日本の教育は、あからさまに減点法だ。テストは他人があなたの間違いを見付けるものであり、間違いが多ければ容赦なく減点させられる。

つまり、あなたは「間違えると罰を受ける」という教育を10年以上も延々と強制されてきた人間なのである。

そして、あなたは間違うこと、失敗することを無意識に恐れる人間に育てられた。

間違えると減点され、罰を受け、叱られ、馬鹿だと言われるのだから、誰でも10年以上もそんな気違いじみた環境に放り込まれたら失敗や間違いが怖くなって当然だ。

真面目で、感受性が強く、素直な性格の人ほど、間違えること、失敗することに、必要以上の恐怖を感じるようになっていくだろう。


人間になるように、仕立て上げられてきた
その結果、どうなるのか。その結果、日本人は間違いや失敗を極度に避ける人間だらけになってしまった。

自分が意識していなくても、長い教育の成果で、無意識に間違いと失敗から逃れようと必死になる。そこから逃れられないと、精神的に病んでしまうほどになっていく。

そこで、失敗や間違いをしないで済むように、多くの日本人が無意識に次の10点を人生に取り入れるようになっていった。

(1)自発的な行動をしない。
(2)自分では何も考えない。
(3)自分の意見をあえて持たない。
(4)何も言わない。
(5)新しいことは提案しない。
(6)新しいことをしない。
(7)マニュアル通りにする。
(8)間違っていても上司に従う。
(9)まわりと同じ行動をする。
(10)自分が責任者にならない。

失敗と間違いを恐れる体質を克服すべき時代に


ロボットのようになるように教育されて世の中に出たら、ロボットのような人間は低賃金の単純労働者にしかなれない世の中になっていた。

これは、長い教育を受けても、もう激変する世の中では何の役にも立たなくなったということを意味する。

教育を受けて、社会に出たら、自分が社会に通用しない不良品だったということになるのだから、これは学生たちにとっては衝撃的なことである
 
 
物言わぬ羊になってほしくないです。自由も尊厳も奪われます。
 
学校が悪いと言うより、当時の文部省、日本政府がこういう羊を作ろうとした体制が悪いと思います。
 
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「茶色の朝」を読んで


 
落合恵子さん推薦の本、病院の待ち時間に読みました。
 
私の手術を担当してくれた外科医は他の患者さんも絶賛、でもCTの結果聞くのに、
1時間半待ちました。
予約の時間は10時半からなのですが患者さんの話をちゃんと聞いてくださるためか、遅れます。
 
このは本はフランスの心理学者で人権運動家であるフランク・パヴロフによる著書、
 
フランスで50万部突破のベストセラーです。選挙も動かしました。
 
 「茶色の朝」。 とある国、国家権力の下、犬や猫も「茶色」以外は抹殺されます。
 
さらに「茶色」的 でない人・物・コトは抑圧され、奪われ、排除されていく。
 
それからしばらく経って、今度は『街の日報』がもう発行されないということを私がシャルリーに教える番だった。彼は
びっくり仰天した。『街の日報』はクリーム入りコーヒーを飲みながら、彼が毎朝開いている新聞だったのだ。
― 彼らが潰れたって? ストライキか、倒産か?
― いや、いや、犬の一件の続きのためだ。
 
もっと抵抗すべきだったのだ。だがどうやって? 連中の動きは実に迅速だったし、私には仕事もあれば日々の暮らしの
悩みもある。他の連中だって、少しばかりの静かな暮らしが欲しくて手を拱いていたんじゃないのか?
誰かがドアを叩いている。明け方のこんな早い時間には今までなかったことだ。日はまだ昇っていない。外はまだ茶色だ。
 
思い出すのは
 
彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』は、ドイツルター派牧師であり反ナチス行動で知られるマルティン・ニーメラーによる
たくさんのバージョンが存在するが、その内容は基本的には、迫害ターゲットグループを徐々に拡大していくナチ党に恐怖を感じつつも、「自分には関係ない」と見て見ぬふりをしていたら、自分がいざそのターゲットとなったときには、社会には声を上げることができる人は誰もいなくなっていた、というもの。自分が属するプロテスタント教会に手が伸びる前に次々と迫害されるターゲットグループとしては、共産主義者社会主義者社会民主主義者)、労働組合員、ユダヤ人障害者カトリック教会、などがあげられる。
強いメッセージ性を持つため、政治への無関心層へ政治への呼びかけとして世界の多くの場所で引用されている。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最近の朝日に前にUPしたことがある伊丹万作の『戦争責任者の問題』が載りました。
さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぽつぽつわからなくなってくる。(中略)
日本人全体が夢中になって互いにだましだまされたりしていたのだろうと思う。

このことは、戦争中の末端行政の現れ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。(中略)

少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして、連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、誰の記憶にも直ぐ蘇ってくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といったように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であったということはいったい何を意味するのであろうか。(中略)

だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、いっさいの責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。(中略)

そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己のいっさいをゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかった事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかった事実とまったくその本質を等しくするものである。

そしてこのことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

それは少なくとも個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分達の罪を真剣に反省しなかったならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、いっさいの責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。(後略)映画春秋1946年8月号
 
伊丹 万作(いたみ まんさく、本名:池内義豊1900年1月2日 - 1946年9月21日)は、昭和初期に活躍した映画監督。日本映画の基礎を作った監督の一人である。映画監督、俳優の伊丹十三は実子。小説家大江健三郎は娘婿。
 

 
四海波静    茨木のり子
戦争責任を問われてその人は言った  
そういう言葉のアヤについて  
文学方面はあまり研究していないので  
お答えできかねます
思わず笑いが込上げてどす黒い笑い 吐血のように噴きあげては 止り 
また噴きあげる三才の童子だって笑い出すだろう文学研究果さねば 
あばばばばとも言えないとしたら四つの島笑(えら)ぎに笑(えら)ぎて 
どよもすか三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア
野ざらしのどくろさえかた かた かた と笑ったのに
笑殺どころか頼朝級の野次ひとつ飛ばずどこへ行ったか散じたか
落首狂歌のスピリット四海波静かにて黙々の薄気味わるい群聚と
後白河以来の帝王学無音のままに貼りついてことしも耳すます除夜の鐘   (「ユリイカ・現代詩の実験」1975年12月臨時増刊号より)

 
この詩は尹健次神奈川大学教授の「天皇制と朝鮮」の中で紹介されています。日本人の無責任さを鋭く突いてますね。

 
 
もう一度「茶色の朝」に戻って
強者の論理を振りかざし、外国人や女性や障害者への差別発言を繰り返す政治家
 
が人気を博したりメディアが特定の国への敵意を煽り、その国につながる人々が陰
 
湿な嫌がらせ、暴力、暴言の標的になったり、
 
学校で国旗・国歌への忠誠が強制され反対する先生たちが権力に処分されたり
 
権力による個人情報の一元的管理、盗聴、メディア規制など国民統制を可能とする
 
法律がつぎつぎに成立されたり。
 
「国を守る」戦争のときには国民の人権が制限され一定の犠牲者が出ても
 
という法律が制定されたり…
 
高橋哲哉のメッセージの一部です。
 
アメリカによる名古屋への空襲は60回も有り、軍事産業で働く人々を狙ったものだと、昨日の番組で知りました。
名古屋の道路が広いわけは空襲で中心部が焼かれてしまったからです。

 

 


転載元: 猫と薔薇、演劇、旅ファン

浜岡廃炉に向けて

 
 
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 みなさまへ    西英子です。
 
〇27日の夜は金曜行動です。
 
  中電本店前 18時~19時
  社長室(9階)に向かって
  「すみやかに廃炉を決断して!」と訴えましょう。
 
〇中電は5月から電気料金を値上げしました。
「原発が止まって、化石燃料の輸入が増大して経営が苦しい」
と何度も説明しています。
しかし、前中国大使の丹羽宇一郎さんは、6月15日の講演で
次のように言われました。
「輸入量は1%程度しか増えていない。貿易赤字の最大の要因
は、円安によって輸入金額がふくらんだことによる」と。
 
私は、円安による化石燃料の値上がり分は、「燃料費調整額」と
して電気料金で各家庭から徴収しているので、中電の言い
分は理屈にあわないと怒っています。
再稼働についても、化石燃料費の増加を理由にしていますが、
家庭が負担している分まで電力会社が負担しているかのよう言って
論点をすり替えて、市民をごまかしています。
 
〇安倍さんは、現在も14万人近くの人たちが避難生活をさせ
られている福島のことを忘れてしまったのでしょうか。
 
原発関係の情報は「秘密保護法」で国民に知らせず、再稼働
と原発輸出を強行しようとしています。
トルコは日本と同じ地震大国です。日本のメーカーが輸出し
た原発で、福島のような事故を起こしたらと思うと、私はこ
わいです。もう「原発でもうけたろう」という発想はやめるべきです。
 
〇 1か月に1回以上続けてきた講演会・上映会を、7月と8月
はお休みにします。(中電前の金曜行動は続けます)。
7月に眼科手術で入院することもあって、ボーッとする時間にしたい
です。
「何をすれば効果があるか」を考える時間にします。

首相官邸に抗議に行こう その5

 
「集団的自衛権」行使容認の閣議決定に向け、この間、自民党と公明党間で「安全保障法制の整備に関する与党協議会」が重ねられてきました。24日の会合では、政府から閣議決定の最終案の提示が行われる予定であり、これをもって週内の与党間合意をめざそうとしています。
断じて許すことはできません。緊急に国会前での行動を提起いたしますので、ぜひご参加をお願いします。

与党協議で勝手に決めるな!6.24国会前緊急行動
日時:6月24日(火)10時から13時まで
場所:衆議院第二議員会館前(地下鉄国会議事堂前・永田町下車)
内容:座り込み、抗議のアピール

 
 
 
 
 
昨夜、「戦争をさせない1000人委員会」のホームページが上記のように更新されているのを発見し、今朝7時半に家を出て、参加してきた。
9時30分頃、衆議院第二議員会館前に到着。
8時集合の抗議活動の時を考えると、30分前ならもう誰か来ているかとイメージ 1思ったが、当然のように一番のりだった。しかし、15分前になっても誰も現れず、不安になってホームページの内容を確かめたが、やはり10時からという時間も、この場所も、間違いは無いようだ。
9時50分頃、二人の男性が到着。二人とも誰もいないので「あれっ!」と驚いた様子…。
道の向かい側から、白いシャツの私服の公安警察が3人、こちらを見ている。公安のほうが来るのが早いのは、彼らは仕事だからだと、冗談を言い合う。
 
このところ、抗議行動は連日連夜だ。昨夜も大きな規模の抗議行動が官邸前であり、皆さん、お疲れなのだろうとのこと…。また、平日の昼間は、仕事を持っている人は参加が難しいとのこと…。昨日は仕事で参加できなかった代わりに、私は今日、頑張ろう。
しかし、この間、どんどん人が増える。
 
10時間近になって、拡声器、幟、横断幕などが、車で運ばれてくる。主催者のスピーチの後、シュプレヒコール開始…。何日か休んだからか、声の調子は最高だ。けっこう声が伸びてる。
「集団的自衛権、反対!」
「行使容認を許さないぞ!」
「閣議決定をやめろ!」
「与党協議で勝手に決めるな!」
「解釈改憲、反対!」
「安倍内閣は民衆の声を聞け!」
「平和を求める民衆の声を聞け!」
「公明党は、踏ん張れ!」
「私たちは諦めないぞ!」
「最後まで諦めないぞ!」
「頑張ろう!」「頑張ろう!」 「頑張ろう!」
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シュプレヒコールの合間に、喋りたい人がそれぞれスピーチをした。
「日本弁護士会が無料配布してくれる集団的自衛権についてのパンフレットを、ここにくる電車の中で15部配って、『私は関係ない』と言った一人の人以外は、みんな受け取ってくれた。」
 
「中野の駅前で集団的自衛権反対のチラシを配っているが、最近は受け取ってくれる人が増えた。」
 
「全国の生協の店舗で、反対の声が纏まり高まってきている。地方自治体でも、反対の決議を出すところが増えた。地方では自民党の議員も、その議決に賛成票を投じている。」
 
「国はヘイトスピーチを全く取り締まらない。むしろ、ヘイトスピーチのほうを守っている。そちらの写真を撮らず、反対のために集まった私たちの写真を撮って帰る。」
 
「ネット上の右翼の天皇批判がひどい。21日に田中正造の直訴状を見学した天皇、皇后両陛下を口汚く罵っていた。そんなに人道主義、平和主義の天皇を邪魔に思っているのか。
 
「先日、今まで見たことのないくらい大勢の右翼が集まっていて、外国人労働者を入れるな、日本の労働者を守れと主張していた。右翼が『労働者を守れ』とは、不思議なことがあるものだ。」
 
「砂漠でPKO活動を行うとき、自衛隊は砂の色の迷彩服ではなく、目立つ緑の迷彩服を着る。そして首のところに大きな日の丸を付けている。それは9条の平和憲法を持っている日本の自衛隊であることを強調するためだ。日本は他の国と一緒になって攻撃をしてこないということは、中東の扮装地帯においても、現地の人に認識されている。その状況が集団的自衛権の行使容認で変わってしまうことは、自衛隊員が一番よく分かっているはずだ。」
 
「7月6日にオーストラリアへ外遊するまでの閣議は、1日と4日だ。4日だと何が起こるか分からないので、1日に閣議決定しようとするだろう。閣議当日は抗議活動を行うが、政府の動きによっては、緊急の行動を呼びかけるかもしれない。集合をお願いしたい。」
 
国会見学の中学生、高校生に、「集団的自衛権って知ってますか。それが決まったら、戦争に行かねばならなくなる。戦争に行かねばならないのは、年とった私たちではない。君たちだ。外国の見も知らぬ人を、国の命令で殺さねばならなくなる。その覚悟はありますか?」と、思わず耳を傾けさせる説得力でスピーチした方もいた。
 
最後に、立憲フォーラム代表・民主党の近藤昭一氏が応援のため駆け付けて、スピーチをした。
 
途中、雨がパラパラと落ちてきたが、天気は持ち直す。
12時近くなると陽射しが強くなり、暑くなってきた。残り時間が1時間を切ったこの辺りから、シュプレヒコールはヒートアップ。途切れなく、長時間のアピール。私の大きな声は、絶対、拡声器を通した声に負けてなかったと思う。
 
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「戦争、反対!」
「戦争、反対!」
「頑張ろう!」
「頑張ろう!」
「頑張ろう!」と、こぶしを空に突き上げて、12時55分に散会となった。
 
座り込みと言っても、座らず、3時間ずっと同じ場所に立っていたので、足元が微妙にふらつく。私より年配の方が頑張っておられたから、大変だったのではなかろうか。
隣にいた方は72歳の、元官僚の方。帰路、地下鉄で銀座までご一緒し、車中、いろいろとお話をした。きっと、また、お会いすることがあるでしょうと、握手して別れた。
 
 
 


転載元: 歌舞伎 、創造の翼にのる

菖蒲の時期の京都府立植物園

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桂離宮参観の前に時間があるので途中の府立植物園へ、
いつも駐車場がある南から入るので北東の入口付近は車で通るだけでした。
心残りなので今回は行ってきました。
 
桜やバラの時期には行きましたが花菖蒲の時期は初めてです。
宝塚の「風と共に去りぬ」にマグノリアの歌がありますね。
上のタイサンボクは友人の庭や今回訪問した山科の勧修寺にもありましたが
さすが植物園なので大木です。
 
タイサンボク
 

紫陽花の時期なので様々な紫陽花が展示されていました。
楊貴妃というアジサイもありました。
 

 
2012年6月のバラ園の様子はこちら←比叡山をバックにした西洋庭園
京都とは思えない雄大さ。大阪の中之島のバラ園も好きですがここもいいですよ。
比叡山ガーデンミュージアム←天候の良くない日と上天気で絶景の日と二回行きました。
 

 
ルイ14世
 

 
 

 

 
 この紫の植物、何でしたか?名前が出てきません、好きなのに。
 
追記
お藤様~アリウムでしたね。ありがとうございます♪

 
 

 
カメラマンはこのエリアに集中していました!
 

 
 

 
 

 

 
 

 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
菖蒲園は幽玄な枝垂れ桜の元にあります。右は北東の入り口の十二支のオブジェ 携帯撮影でお粗末、続きます。
 

 
 
 

琉球舞踊と沖縄慰霊の日

 
完璧な美の世界です~
 
21日に南座で、釣簾の戸、黒髪、鐘ケ岬を
 
12日に組踊と琉球舞踊を鑑賞しました。
 
いずれも楽日で三階席最前列は取れませんでした。
 
地唄舞いは補助席が多数、琉球舞踊は追加公演がありました。
 
今日は沖縄慰霊の日ですね。69年前激烈な地上戦で県民の4人に一人が殺された。
 
70年前には沖縄から本土に向かった学童疎開船が撃沈され1500人が犠牲になった。
 
今も米軍の基地として占領されている沖縄、危険と隣り合わせ。
 
追悼式で石垣市の小3の増田健琉(たける)君の平和の詩が読み上げられた。
 
きっと
世界は手をつなぎ合える
青い空の下で話し合える  抜粋
 
昨年の沖縄慰霊の日で反響を呼んだ詩は絵本「へいわってすてきだね」は絵本となりました。
 
作者は当時6歳だった安里有生(ゆうき)君
 
やさしいこころがにじになる。
へいわっていいね。
へいわってうれしいね。
みんなのこころから、へいわがうまれるんだね。抜粋
 

 
 
国立劇場HP、新作組踊『聞得大君誕生(ちふぃじんたんじょう)』
坂東玉三郎
昨年、演劇評論家の大笹吉雄さんから、私たち歌舞伎俳優が沖縄の組踊と一緒に仕事をしてみてはどうかというお話をいただきました。昔から組踊は何度も拝見していますし、そこに自分が入っていけるのなら、是非勉強してみたいと思いお受けしました。昆劇もそうですが、組踊など歌舞伎とは異なる様式を持った芸能に関わることは、私の中で大きな試みのひとつです。
組踊や沖縄舞踊は、舞踊的要素という点では日本舞踊から例をとることができますが、沖縄の言葉を話し、謡うということはとても大変なことです。が、大城先生が書いてくださった台本は、私が演じる上で十分に気持ちを込められるものでした。琉球王国の神事を司る国王の妹、私情を断ち切って国の為に尽くすという女性像は、とてもやりがいのある役だと思いました。
俳優というのは、まずは自分が沖縄の紅型に身を包み「聞得大君」という役を演じたらどうなるだろうというような“想い”から入っていきます。組踊の様式や沖縄の言葉、音楽にどこまで浮遊できるか、漂えるか。「聞得大君」という役に没頭し、沖縄の組踊の基本に即しながら、私自身がどこまで沖縄に歩み寄っていけるのかが課題です。新作ではありますが、古典の様式を大切にして、「本当の古典のようだった」とお客様に思っていただけるような作品にしたいと思います。
今回は新時代を担う国立劇場おきなわの研修生出身の方たちと一緒に舞台に立ちます。歌舞伎はもとより、組踊など新世代が誕生することは本当に素晴らしいことですし、古典を繋いでいくためにも、お客様が劇場に足を運んでくださるような、そんな華やかな古典芸能を目指していきたいです。
 
さて玉三郎さんが短期間で琉球舞踊に挑戦されたこと、また独特な組踊の唱えに挑戦 されたことに敬意を表したい。まさに舞踊歌劇=組踊で歌舞伎調の舞台セットの中で 踊った玉三郎さんのイメージが大きい。彼の踊りはたおやかで、唱えは ...
 
 
国立主催の公演は毎年行っているので、琉球舞踊は見慣れているほうだと思いますが、 この日は特に若手の舞踊家たちの気合の入り方が違ってました。1部では古典舞踊を じっくり見せてもらい2部で玉三郎主演の組踊(くみおどり)という構成 ...
 
昆劇でも難しい古の蘇州語で歌い踊ってくれた玉三郎丈が今度は琉球舞踊。
これも能を思わせる格調高い舞台でした。
 
紅型の豪華な衣装の鮮やかさ。
 
創作舞踊蓬莱島では神々しい玉三郎丈
 
地唄舞いでも完璧な美しさ。
 
息のんで観ました。心のお薬です。
 

 
 この綺麗な方、どなたでしょう。琉球舞踊ご覧になって出てきたらファンの方が待っていたそうです、OSK?宝塚?
 
以前玉三郎の夕鶴の舞台でOSKトップの洋あおいさんが鑑賞しているのに遭遇しました。お勉強になりますね。
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