今、高らかにNOと言おう

 
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NOと言うべきであることさえ、知らなかった。
NOと言わないことが人として真っ当なのだと、幼い頃から教え込まれていた。
戦いなどしたくない、殺したくない、殺されたくない。
そんな人としての自然な感情は、不自然な感情であるかのごとく、抑圧されていた。
そうか、NOと言うべきなんだ…その思いつきは、生まれてくる余地を持たなかった。
そうやって、国家によって掠め取られていたNOの代わりに、今、高らかにNOと言おう。
 
NOと言うどころではなかった。煽られ、動かされた末に、熱狂の中に没してしまっていた。
物語が周到に用意されていた。
大東亜共栄圏…、我らは他の亜細亜の国とは違う…、そんな偽りの物語だ。
大きな物語に自分を委ねることで、日々の不安から逃れようとした。
ささやかではあるが、何より大切な、嘘が混じらない自分の物語は、顧みられることがなかった。
物語に絡め取られ、思考は停止していた。その大きな物語にのめり込んだ人々は、YESと言っていたのではなく、本当はYESNOも言うことができなくなっていたのだ。
そうやって、物語が呑み込んでしまっていたNOの代わりに、今、高らかにNOと言おう。
 
NOと言えなかった。言えば生きていくことができなかった。
言えば、投獄され、残忍な取調べを受けることが分かっていた。
言えば、家族を守れなかった。
そうやって、命と引き替えに、国家に手渡してしまったNOの代わりに、今、高らかにNOと言おう。
 
NOと言った。しかし、本来の誇りを輝かせて、NOと言うことができなかった。
本当であれば、多くの共感が寄せられて、正しさで輝くべきそのNOは、苦渋に満ちた声で、発せられざるを得なかった。
血まみれで発せられたNOだった。
刺し違えるようにして発せられたNOだった。
それが分かっていて、それでもNOと言った魂の気高さは、官憲によって踏みにじられた。
そうやって、不当に貶められたNOの代わりに、今、高らかにNOと言おう。
 
言わなかったNO、言えなかったNOも、
私たちが今、言おうとしているNOも、
それは否定のNOではない。
人間を肯定するNOであり、
この世の素晴らしさを肯定するNOでもある。
 
なぜ今、高らかにNOと言わないのかを、
戦争で死んだ多くの魂は訝しく思っているに違いない。
曽祖父なのかもしれない、曽祖母なのかもしれない。
若くして死んだ祖父や、若くして死んだ祖母に当たる人かもしれない。
戦争で死んでいった多くの魂は、自分たちの子孫である私たちを、優しく見守ってくれているはずだ。信じていてくれるはずだ。
 
言わなかったNO、言えなかったNO
私の口吻を借りて、迸り出でよ。
声を合わせよう。
それが決然として唇から発せられるときの、思わず拳を握り締め、頬は紅潮し、
正義がどこまでも闇を縫って届いていく高揚感を、私たちと共にしようではないか。
言わなかったNO、言えなかったNO
そのNOは、昔であれば信じられぬような正統な地位を得て、発せられた後に言葉が響き渡っていくことの期待感に耐えられず身を震わせるようにして、ただ発せられることを待っている。
その透き通った声は千里を駆けて、邪悪な為政者の胸に突き刺さるだろう。
 
さあ、今、高らかにNOと言おう。
戦争を引き寄せようとする安倍政権に、さあ、今、高らかにNOと言おう。
 
 


転載元: 歌舞伎 、創造の翼にのる

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閣僚は「卒業旅行」 議員140人以上が外遊三昧でGW満喫

http://gendai.net/articles/view/news/149825


安倍首相は6カ国、岸田外相は3カ国へ/(C)日刊ゲンダイ
大型連休のスタートと同時に、今年も国会議員の外遊ラッシュが始まった。140人以上がゾロゾロと連れ立って“物見遊山”で海外に行くというから、まったくフザケた話だ。もちろん、“旅費”は全額、国民の税金である。

夏に参院選があった昨年と比べ、今年は外遊に出かける議員が大幅に増えた。昨年、行けなかった分、取り返すつもりらしい。円安と消費増税で今年の海外旅行者は昨年比11.4%も減った(JTB推計)のに、自分の懐が痛まないからと、いい気なものである。

しかも、スケジュールまでお手盛りだ。

「衆参両院とも5月6日まで本会議と委員会を開かず、国会議員は11日間の超大型連休です。与野党が“あうんの呼吸”で政治休戦を決めました」(永田町関係者)

おまけに、国会議員の給料は来月から2割も上がる。103万円から129万円に、26万円増だ。給料が上がった分、国民に負担をかけて申し訳ないと、外遊を自粛するならまだしも、大した用もないのに出かけるのだからとんでもない。一体、どれだけいい思いをすれば気が済むのか。
■安倍首相を筆頭に18閣僚中15人が外遊へ

もっとヒドイのが安倍内閣だ。首相を筆頭に閣僚18人中15人が海外を訪問する。国内にとどまるのは菅官房長官と谷垣法相、古屋国家公安委員長の3人だけ。昨年も閣僚11人が海外に出かけ、「多すぎる」と批判を浴びたのに、馬耳東風もいいところだ。

「安倍首相はドイツなど6カ国、岸田外相はフランスなど3カ国と、訪問先は26カ国に上ります。ところが、尖閣でこじれている中国を訪れる閣僚はひとりもいません。誰かひとりくらい訪中すべきでしょう」(外交関係者)

政治評論家の伊藤達美氏がこう言う。

「大型連休に国会議員が視察などの名目で海外に向かうのは恒例行事になっている。必ずしも必要だから行っているわけではありません。一応、衆参両議長に“報告書”を提出する義務がありますが、随行した議院職員が“代筆”するから、負担は少ない。閣僚の外遊は、7月上旬にも行われる内閣改造と無関係ではない。国務大臣として訪問国でチヤホヤされるうちに出かけたかったのでしょう」

今国会閉会後、内閣改造が予定されている。“卒業旅行”気分の外遊だとしたら、これまたフザケている。


転載元: ニュース、からみ隊

「どこでも派兵ドア」開くな アーサービナードさん



転載元: 幸せの青い鳥

仙洞御所と今年のバラの記事が…

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たあちゃんのコメントで新着記事がマイページに載らないと知りました。みな様GWでお忙しいのかと思ったら…
 

 
 
 

 ブルームーンの最初の花とクレマチス、

 
スーパーの前はレストランやウェデイング会場で京都在住の友人によれば重厚でランプも素敵だったそうです。
フィットネスクラブの内装はどうなのでしょうか。
御存じの方教えてくださいませ。

 
 

 
京都の植物園のチューリップはバラ園にも沢山植えてあり綺麗だったので又載せますね。

京都のモダンな逓信建築がスーパーに!

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今回の京都の旅で前から気になっていた鴨川沿いのモダンな建築にやっと入ることが出来ました!このてっぺんの屋根飾りがたまらない。
「北ドイツ風。装飾は少なく縦のラインが強調されている」
井上省一著京都洋館ウォッチングより
 

鴨川沿いではお花見客
 

 

旧京都中央電話局京都市中京区現 新風館

は入ったことがあるのですがここは初めてです。
細長いスーパーで奥はフィットネスクラブ、スーパーのPと思ったらフィットネスクラブの駐車場でした。
新風館や東京・大阪の中央郵便局よりモダンで素敵。
 
全部吉田 鉄郎の作品
ブルーノ・タルト(熱海で見学した竹などを使用した旧日向邸はこちら)を桂離宮に案内した方。
 

1924年旧京都中央電話局上京分局京都市上京区現 フレスコ河原町丸太町店
1926年旧京都中央電話局京都市中京区
現 新風館

 

仁和寺妙心寺見学の後だったので北側のカフェで一服。
鴨川沿いにも園芸とカフェのお店がありましたが空いてるこのお店の二階で珍しく甘いものを、京都にしてはお値打ち。
家具はアンティーク
手前はコーヒーゼリー、奥はキャラメルとチョコ?アイス
 

 
 

 
夫が気に入ったらしい頑丈そうな家具、入ったカフェの近所のお店
 

 
窓の丸い曲線も素敵
 
吉田 鉄郎(よしだ てつろう 1894年5月18日 - 1956年9月8日)は日本建築家。庭園研究家としても知られる。逓信建築の先駆者のひとり、多くのモダニズム建築を設計した

来歴[編集]

富山県東砺波郡福野町に郵便局長を務める五島寛平の3男として生まれる。中学卒業後は美術学校への進学を志望したが、兄の反対に遭い断念。旧制四高を経て、1919年東京帝国大学建築学科を卒業。逓信省営繕課に入った。同年吉田芳枝と結婚。以後吉田姓となる。逓信省には同時期に山田守らの俊英が在籍していた。初期はドイツ表現主義エストベリなど北欧建築の影響を受け、後にモダニズム建築の傑作を生み出した。ブルーノ・タウトが来日した際は桂離宮など各地を案内した。タウトは吉田の設計した東京中央郵便局を、モダニズムの傑作と讃えた。
第二次世界大戦中は、逓信省を辞して一時故郷に戻ったが、終戦後に上京。1946年、日本大学教授に就任した。1949年、病気のため、辞任。脳腫瘍に侵され寝たきり状態の中、『Der japanische Garten』『スウェーデンの建築家』などを口述で著した。1953年、著書「日本の建築」で日本建築学会賞を受賞。これらの吉田の著作はドイツで出版され、日本の建築を欧米諸国に伝える一助となった。
ドアノブに触れないほど神経質であり、常に消毒液を持ち歩いていたという。

今年のばら・・カラー・八重桜・藤

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毎年見事なスパニッシュビューティ、一季咲きがおしいのですが美しいピンクにフリルがたまらない友人のバラ。
友人がこのバラをプレゼントしてくれたので私も今年初めてカットしたバラをおかえしにしました。ERセントオルバンとピエール・ドゥ・ロンサール。

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
携帯撮影ですがあまりの見事な藤に感動しました。
左東郷あたりの山の様な藤、辺り一面良い香りにうっとり、
藤は大好きな香りで藤だけの香水持っています。
特に白い藤のあたりは大きな蜂がブンブン
 
 
右は京都御苑の南の八重桜の園、お花見の方が一杯
名古屋城の藤も種類が多くて見事ですが日本では富士棚に仕立てるのが普通ですがこんな自由な藤も大好きです。
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
早速バラの葉をバリバリスルブラン


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上右、ブルームーンの今年最初の花

 
友人に頂いた砂糖やバターを使わないヘルシーなジンジャ―のお菓子とカラー、珍しい緑の筋がはいってます。
ひとりばえの立派なカラ―、友人も私も買ったカラーは消滅したのに。
 
カラーの栽培は難しいらしいです。
 
 
 

初めての仙洞御所訪問

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上は仙洞御所の入り口ではありません。入り口はこれより北でした。
京都御所の南東にある仙洞御所、初めて訪問しました。
仙洞御所(せんとうごしょ)は、退位した天皇上皇法皇)の御所。仙洞とは本来仙人の住み処をいう。そこから転じて退位した天皇(上皇・法皇)の御所をいい、さらに転じて上皇・法皇の異称としても使われた。

 
 大宮御所 別名女人御所と言われ皇太后の御所
 
桂離宮を再訪したかったのですが真冬でもネットの予約取れません。
前日予約に京都御苑のなかにある宮内庁事務所に行きましたが2,3週間後ならと言われました。
予約できたのは仙洞御所一枚のみ。
身分証が必要なので申し訳ないけど私のみ翌日参観させてもらいました。(連れ合いは車で待っていてくれたので)
 
やはり昔ながらのハガキが良いのでしょうか。
修学院離宮はネット予約出来たのですが。その時に様子は↓
 
 

 
大宮御所の御常御殿 松竹梅の庭
このレースのカーテンの中はなんと洋室で天皇皇后さんがお泊りに
なるところだったそうですが耐震に問題があり今は京都迎賓館に宿泊されるそうです。
 
お正月にテレビで迎賓館の特番観ました。
 

 
 説明なければ15分で終わるというお庭、一時間かけて説明していただきました。
 
紀貫之の邸宅後だった場所に、石碑があったのに撮り忘れました。
 
詳しい仙洞御所訪問記←園芸おじいちゃんの仙洞御所訪問記
 

 
 

 
 

 
 

 

 
 

 
右のほうに藤棚が見えてきました。まだ咲き始めでした。
ここは紅葉の時期が良いそうです。
 


ペアの様な鴨が泳いでいきました。鷺もいました。
 
 
 南池を囲む石浜は、小田原藩主大久保忠真が、米一升で一個の石を集めさせたという。
天皇さんはボートがお得意でここでも舟遊び
 

写真なんかと比べ物にならないほど静寂で気持ちのよくなるお庭です。
 

 
こんなところに切支丹灯篭?
 

 
 
現在、京都市にある京都御苑内には京都御所の南東に仙洞御所が位置している。これは1627年寛永4年)に後水尾上皇のために造営されたもので、正式名称は桜町殿という。東部には広い池を中心に庭園が広がっている。初め小堀遠州によって築庭されたが、のちに後水尾上皇の意向により大きく改造されている。
仙洞御所の建築群は1854年安政元年)の火災後再建されず、現在では庭園のみが残っており、1867年(慶応三年)以降には隣りの御常御殿が残る大宮御所に組みいれられ、皇室の京都における邸宅として整備された。庭園の周辺が空地であったため京都迎賓館建設の声が上がった際には、その候補地のひとつにも挙がったが、結局別の場所に建設された。
なお、仙洞御所東北に隣接する京都大宮御所は後水尾天皇の中宮であった東福門院の女院御所として造営されたものが元となっている。前述のとおり京都大宮御所は御常御殿を改修を行いそれに伴い仙洞御所との塀を除きこれを組み入れた。大正時代には大宮御所の御常御殿が内装などが洋室に改装されるなど住居としての実用性が向上し、仙洞御所の庭園を合わせた邸宅としての装いが整った。現在では大宮御所と仙洞御所を合わせた邸宅を単に「大宮御所」と呼び天皇皇后皇太子及び皇太子妃京都府への行幸啓(帰京)の際の滞在施設として使用されている。
 
 

松の剪定も独特だそうですが…詳しい話は他の方に話しかけられし話が弾みよく覚えていません。

 

 

 
仙洞御所の産官終わり南へ歩いていくと八重桜が一杯、お花見客もにぎやか、またここの桜の画像は後日にご覧くださいませ。

海老蔵の斬新な源氏物語

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思いがけなくこの源氏物語を観ることが出来ました。私は新しい試みが好きなので玉三郎が昆劇を演じた時も初日を鑑賞しました。
 
 
玉三郎・海老蔵の源氏物語も観ましたが今度は能役者とカウンターテナーアンソニー・ロス・コスタンツォとの競演なので嬉しい♪。
もう生のオペラは諦めています。
 
 

米良美一のクラシックも大好きですが、この華奢でハンサムなアンソニーの声も♪
 
狩衣姿の惟光を演じたアンソニー
私には何の違和感もありませんでした。
 
プログラムを購入しなかったのが残念、字幕もありません。
CDは買ってカウンタテナーが好きですと言ったらアンソニーは喜んでくれました。
チェンバロ 長久真実子
家元池坊 江木淳人  山口訓史
 
勿論海老蔵は光源氏にぴったりの美しさ
海老蔵「光源氏の本質的なところをもっと掘り下げた作品を…。…歌舞伎でもできると思うけれど、何となく隠微なものになってしまうし、…限界があると…。能楽師の方々の力をお借りして、…幻想的な六条御息所をメインに…」
 
紫式部(片岡孝太郎)が語り出します。
 
能面をつけた桐壷帝と頭中将
 
企画・海老蔵 振付・演出の藤間勘十郎、歌舞伎囃子方の田中傳次郎
 
海老蔵の妹さん、ぼたんさんも登場。
 
春宮の坂東亀三郎、夕顔の君の尾上右近、王 命婦の大谷廣松、藤壺の女御の市川ぼたん
 
短い時間でしたが斬新で上手くまとまっています。
ちょうど
佐渡裕司会「題名のない音楽会」で歌舞伎の黒御簾を紹介してくれました。
 
 
 
海老蔵は自主公演の「古典への誘い」で能との共演を果たしていますが、今回は、「六条御息所を歌舞伎で表現すると説明的になってしまうので、幽玄という共通点でお能の方に演じていただきたい」、そして、物語の書き手として紫式部を登場させて「具体的に表現するのが難しい心情を語っていただく」と構想を話しました。演じるのは孝太郎です。
 さらに、今回はニューヨークのメトロポリタン
市川海老蔵
アンソニー・ロス・コスタンツォ(カウンター・テナー)
片山九郎右衛門 梅若紀彰 観世喜正
片岡孝太郎
坂東亀三郎 片岡市蔵
尾上右近 市川ぼたん 大谷廣松

妙心寺退蔵院の庭と足立美術館の庭は同じ作者

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仁和寺も妙心寺も学生時代に行ったきり(多分)
 
日記には書いてあるかもしれないけど歩いてた記憶しかありません。
 
今回一番驚き感激したのが妙心寺退蔵院の庭です。
 
有名な紅枝垂れ桜も突然現れるので感激しますがその庭を通りすぎると
 
三段の滝のこの池、ちょっと現代的と思ったら
 
中根金作氏作庭の昭和の名庭「余香苑」
なかね きんさく、1917年8月28日 - 1995年3月1日)は、「昭和小堀遠州」と称えられた日本の造園家作庭家
足立美術館庭園、大仙公園日本庭園、退蔵院余香苑、城南宮楽水苑など、日本国内と海外で300近い庭園を作庭している。受賞多数
 

 
これは退蔵院入口のポスター、私たちが観たのは下のピンクに色が抜けた桜
 

 

ツツジも咲いています。
 
 

 

 
 

 
 

 
むこうに藤棚が見えます。ちょっとだけ咲いていました。
 

 
東屋にも紫陽花の鉢植えを飾ってくれてます。
この向こうが最初の画像の池です。
 

食べ応えのある美味しい瓢鮎図の和菓子♪
 

 
 
 

 
この桜を観ながらお抹茶を頂きました。
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
特別公開の元信の庭
狩野元信の作と伝わる枯山水の優美な庭園で、枯滝・蓬莱山・亀島と石橋など多数の庭石が豪快に組まれている
 

お寺に招き猫
 
妙心寺と言えば教科書でも御馴染の如拙の傑作国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」初期の水墨画の代表、お寺にあるのは模写で本物は京都博物館に寄託
 
妙心寺は日本最大の禅寺
日本にある臨済宗寺院約6,000か寺のうち、約3,500か寺を妙心寺派で占める
 
 
京都洛西に位置し、大本山妙心寺の塔頭として600年の時を経て人々に愛され続ける退蔵院。その魅力は退蔵院が持つ一つ一つの宝が生み出しています。狩野元信作庭の枯山水庭園、透き通った響きをなす水琴窟(すいきんくつ)、如拙の傑作国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」、中根金作氏作庭で昭和の名庭「余香苑」など、由緒ある宝物たちが、きらっと光る独自の個性で訪れる者の心を魅了し続けてきました。
その宝物を包み込むようにして、優雅な趣で整えられた庭にも大きな魅力があります。一年を通して花々に囲まれ、なだらかな坂と穏やかな池を有し、水琴窟からは古代からのわび・さびの音色が響きます。力強く室町時代から生きる退蔵院で、穏やかなひとときをお過ごしください

京都の八重桜、御衣黄などと南座源氏物語

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仁和寺、三つ葉ツツジなどとともにシャクナゲが咲いてるのに、
シャクナゲに気が付く人は少なかったです。
 
今年は春の京都は諦めていましたが、連日のかたずけ仕事もひと段落したので気分転換に行ってきました。
 
直前にホテルも、南座海老蔵の源氏物語も取れてしまったのです。
観る予定なかったので源氏物語もう残り僅かでした。
能役者・カウンタテナーとの共演に惹かれて♪
 
 
 

 
仁和寺の八重桜はもう終わりでしたが予想外に美しかったのは
 
御所や妙心寺の八重桜や庭!
 
御衣黄、牡丹、藤、シャクナゲ、芝桜、ヒメシャガなども咲いてました。
 
仁和寺(世界遺産)妙心寺 仙洞御所、植物園、閻魔堂(紫式部供養塔や八重桜と黄モッコウばら)閑院宮邸後、拾翠亭(しゅうすいてい)を鴨川レトロ建築と八重桜など見学しました。
詳しくは又。
 
 

 
仁和寺の御衣黄
 


仁和寺宸殿では白川砂を敷き詰めた南庭から
突然現れる池を配した晴れやかな北庭の対比が見事です。


 
 
 妙心寺退蔵院の庭がこんなに素晴らしいとは、続きます。
 

 
名古屋城の御衣黄
江戸時代に、京都の仁和寺で栽培されたのがはじまりと言われている[要出典]。「御衣黄」という名前は江戸時代中期から見られ[1]、その由来は貴族の衣服の萌黄色に近いため。古くは「黄桜」「浅葱桜(浅黄桜)」などとも呼ばれていたが、それがギョイコウなのかそれともウコンを指すものなのかはっきりしない。江戸時代にシーボルトが持ち帰った標本が現存している[5]
珍しいサクラではあるが、沖縄県を除く日本各地の100ヶ所以上で見ることができる。また、現在は合併してなくなったが、かつては秋田県東由利町の町花であった。
理化学研究所では、2007年にギョイコウに重イオンビームを照射し、開花頃には淡黄緑白色、終わりの頃に淡黄ピンク色の新品種「仁科蔵王」を開発した[6]
 
 
名古屋もハナミズキの街路樹が多いのですが京都もでした。
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