小出先生のお話(続き)

 
小出先生のお話「原爆、原発と憲法9条」
 
イメージ 4 ヴォーリズの堅田教会、
小出先生のお人柄については
 
 
講演の要約と前半
 
 
(続き)・・・・・
 
日本が取り出したプルトニウムはイギリス、フランスからのもの。日本に戻ったのが青い部分。これで、長崎の原爆を4000発作れる。
日本にはそれだけのプルトニウムがある。
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世界から見れば、使い道のないプルトニウムを持っている日本は怪しい国。
この不要なプルトニウムを燃やさなければ、日本は世界から信用されない。
プルトニウムを燃やすための原発をなぜやり続けるのか
あきらめない理由とは?? 
核兵器だと思う。
プルトニウムも可燃、不可燃がある。7割は核分裂するが、3割は役に立たない。
核兵器を作ろうと思えば、今でも4000発は作れるが、もっと良いものを作るには、高速増殖炉の98%は使用できるプルトニウムが必要。超優秀なプルトニウムを入手するために原発をあきらめないのではないか。
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この言葉の意味を考えると、同じ言葉なので、核開発なのか?平和利用なのかわからない。
核を開発するイランを責める世界だが、では、日本はどうなのか?
イランがすると、核開発で、日本がすると原子力の平和利用なのは変ではないか?
 
日本国憲法ではどうなっているか??
その前に、日本政府の公式見解では、
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はっきり言えば、核兵器を「持っていい。」と言っていることになる
私は昔からこれを知っていた。
 
こちらを見て下さい。
核兵器については、製造能力は常に保持しなければいけない。」
 
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さらに、外務相の談話では、
核の保有能力は持つが、当面、政策としては持たないという形でいく。
そのためにも、プルトニウムの蓄積と、ミサイル転用の技術を開発しておかなければならない。」
 
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核兵器保有という可能性を日本はずっと持ち続けてきた。
 
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この明確な平和条項を、どう解釈すれば、
このような(核を保有しておくという)見解になるのか??
 
下の表は、世界の軍事費トップ10
世界最大の軍事費トップはアメリカだが、それにドイツ、日本と続く。
日本は10指に入る巨大な軍事国家。
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さて、ここは教会。
教会が戦争に対してどんな役割を果たしたか?
反対した教会も、加担した教会もあったと思う。
マルチン・ニーメラーは、初めナチスに加担した。その後、ナチスに反対したが、すでに遅く、1937年、収容所送りとなり、戦争が終わるときに救出され、生きのびた。
 
マルチン・ニーメラーについては、こちらwikiを参考までに・・。
最初は保守派として知られ、アドルフ・ヒトラーの支持者だったが、告白教会の創立者の一人となりドイツプロテスタント教会のナチ化に強く反対するようになる。ナチの教会に対する国家管理への反対行動によって、1937年から1945年までの間ザクセンハウゼン強制収容所ダッハウ強制収容所に収容される。命からがらホロコーストをまぬがれ収容所から生還する。
1950年代から平和主義者、反戦運動家として声をあげるようになる。ベトナム戦争中もホー・チ・ミンと面談し、反核運動でも活動。
 
(「マルチン・ニーメラー牧師」の話をされる小出先生。)
 
「1933~1943の間に、24万人の人が、ナチスの焼却炉で焼かれ、殺された。
それをニーメラー自身は知っていた。
 
(用意された資料を読み上げる先生)
 
(有名な、マルチン・ニーメラー牧師の告白)
資料
「1937年7月から、1945年の半ばまでは私にはアリバイがある。(収容所に入れられていた)。だが、おまえは問われている。
「1933年から、1937年の7月まで、おまえはどこにいたのか?」と。
私は、この問から、逃れることはできませんでした。
1933年には、私は自由な人間だったのです。」
 
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小出先生
「私は今、(ニーメラーと同じく)自由な人間としてここに立っています。
そして、この国(日本)では、原子力が進められている。
原子力の問題も同じ。
歴史はつなげていかないといけない。
日本が核を持ち続けることについて、何もしなければ、私もニーメラーと同じ後悔をすることになる。
それ(原子力の開発)を止めるために私は語っていきたい。
私一人ではできないが、皆さん一人ひとりの力を借りていきたい。
ありがとう。」
         
            ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
講演内容は以上です。
教会で行われ、しかも9条の会主催とあって、
今回の講演は、主催者側の意向に沿った形での内容だったと思います。
政治は嫌いと仰っている小出先生ですが、
9条の会主催の会の講演をお引き受けになったことで、
科学者として、自分の立場や信条を明らかにされた勇気には感服しました。
もう一点、同様に、キリスト教会で行われたことで、
「黙っていてはいけない。
マルチンニーメラーと同じように、きっと後悔することになる。
反対していく勇気と行動を・・・!」・・と、
クリスチャンに、そして聴衆の一人一人にも呼びかけられたことが心に残りました。
 
非常にたくさんの知識と、今回はマルチン・ニーメラーやヴァイツゼッカーの
言葉も登場し、人間への関心と人生への思索の深さにも感嘆しました。
 
質疑応答は 長くなるので次の記事へ           


転載元: mimiの日々是好日

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小出先生「原爆・原発と憲法9条」堅田キリスト教会でのお話//歴史から目をそらすな。/原発は原爆(核兵器)につながる/後悔しないように語っていきたい。皆さんの力も借りたい。ありがとう。

堅田9条の会主催の小出先生の講演要約
演題は「原爆、原発と憲法9条」
初めに・・
「ヴァイツゼッカーの演説」から・・
 
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過去に目を閉ざす者は、結局現在にも盲目になる。
「歴史に目を閉ざさない」
 
原発のもう一つの危険な側面について…
原発を作ることは、原爆、つまり核兵器を持つことにつながる。
我が国の外交政策大綱
 
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日本政府の公式見解
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外務省幹部の談話
 
 
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 ↑
これらは、この憲法9条を、どう解釈すれば、そのようになるのか??
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原発から核兵器へ・・ 
それを止めるためにも語っていきたい。
私一人では無理なので、皆さんの力を借りたい。
・・・・という平和への願いのお話でした。
 
(石原都知事の「日本も核を保有すべき」という説とぴったり符合しました。
原発をどんどん進めてきた自民党の最終目標もそこに??)
 
 
最後に、ナチスに協力した教会があったことにもふれて、
「もし,教会が本当に信仰に生きるキリスト者たちからなりたっていたならば、
ナチスはあれほどの不正を行うことができただろうか?
ナチスに罪を押しつけるだけでは十分でない。
教会も自らの罪を告白しなければいけません」
・・という厳しい一言で終わりました。
 
教会で行われただけに、最後の言葉は、キリスト教会の信仰を持つ人たちに向けての、厳しい問いかけであったようにも感じました。
今の原発の問題も、核兵器を保有する道へと歩むことに近いのです。
色々な意味で、原発が危険なものであることには違いありません。
 
黙っていて何もしないのは、よくない・・・・
きっと、後で、マルチン・ニーメラーのように後悔することになる・・・。
 
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・・私は、後悔しないように・・語っていきたい。・・と結ばれました。
 
 
 
講演の詳細は以下に・・・
司会者
「あるエッセイに”戦争責任を曖昧にすべきではない”と。
日本は今でも大事な問題を曖昧なままにしている。
民主主義を守るため、国民がもっと意見を出していくべきで、
今日の集会がその一歩となるように・・。
40年以上に渡って、「原発は不要」と言ってこられた小出先生のお話を・・。」

小出先生
「今日は、原発の事故のことではなく、原発について語る・・
ヴァイツゼッカーは「歴史から目をそらすな」と言っている。
<悲惨な歴史のあった広島、長崎、東京大空襲・・>
私は東京生まれ,東京育ち。家は上野と浅草の真ん中にあった。
戦後生まれで詳しくは知らないが、大変な目にあった。
逃げろと言われても、そう簡単ではない。子どもを抱いたまま黒焦げになった人が十万人にもなった。それでも、日本は戦争を止めなかった。国威を誇示するために・・。
 
欧米は何とか戦争を止めさせようと原爆を作り、ポツダム会議にあわせて、原爆を作り、日本の広島と長崎に落とした。
・・・・・・・・・・・・
広島はウラン、長崎はプルトニウム。
天然ウランは燃えて使えるウランの部分は0,7%
燃えるウランを集めるためには相当のエネルギーを費やした。
ウランの中性子を反応させてプルトニウム239を作った。
ウランで原爆を作るより、不要だった99,3%でプルトニウムを作る方が簡単なことが分かった。プルトニウムを再処理したものが長崎で落とされた原爆。
原子炉でプルトニウムを作り、再処理して長崎の原爆を作った。
 
原爆を作るには、濃縮と変換と再処理が必要。
燃えない成分を劣化ウラン。燃えにくい成分を減損ウランという。
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<石油石炭は、なくならない>
石油は何年持つか?1930年には、あと18年でなくなると言われた。
石炭石油を確保しなければいけないと、日本は大陸に資源を求め,侵略戦争を起こした。ところが、1940年には、あと23年はある。1950年にはあと20年あると・・。
1960年にはあと30年ある。オイルショックの後でも石油は30~35年はある。
・・と言われ続ける・・要するにこれはインチキである。これに惑わされてはいけない。
多くの日本人は今も、化石燃料はなくなると思っている。だから原子力が必要だと。そのために私が用意した資料がある。
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石炭は地球に存在しているエネルギーだが、金儲けにならないのでつぶされた。
確認埋蔵量は技術が進歩すれば、金儲けになる。
世界で使っているエネルギーは、金儲けができる燃料だけを使ってもまかなえる。
今は,天然ガスが便利で、石炭と同じように使われるようになるだろうし、世界のエネルギーをまかなえる。でも、原子力は自然にある資源より量が少ない。それにかけ 
るなんて馬鹿げている。
私がそう言うと,反対する人たちがいる。「原爆を考えろ。プルトニウムは燃えないウランから作る。効率的ではないか」と。
ウランを取ってきて、濃縮する・・。
広島原爆を作った時と同じことをやって,原子力を作っている
 
<もんじゅの事故と高速増殖炉計画の失敗>
1995年、もんじゅ事故があり、すぐに止まった。
再び稼働しようにもずっとダメだった。高速増殖炉計画はどうダメになったか?
日本の原子力は長期計画により進められている。
 
1967年から1980年には実用化する。しかしダメだった。
次の計画では、1990年前後と書き換えた。これもダメだった。
次は2000年と。これでもダメで、2010年として、それもダメだった。
次は2020年代に技術開発の実用化・・と言葉を変える。
原子力委員会は2050年に技術開発のメドを・・と書き換え。
・・・ついに現在では、具体的数字を示すことができない計画になっている。
すでに1000000000000円(1兆円)を超えるお金を使い、その責任を誰も取らない。
小室哲哉は6億の詐欺をした。1億で1年の刑務所というのが相場らしい。
ならば、1兆円の詐欺の責任は誰が負うのか?
どうしようもない犯罪の責任を誰も取らない原子力村。
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次回に続く・・。


転載元: mimiの日々是好日

注目した原発関係の新聞記事など



 

良い記事だと思っても内容を打ち込む時間がありませんでした。

























この4月からのジャーナリズム列伝も良かった。
旅行中は勿論、その後もなかなか新聞が読めなくて困っています。


コント作家としてデビュー(5月20日)には、こんなのがあります。
「総裁! 党本部の前にかけた千億減税の大看板どうしましょう」
「ナンダ、まだかけておいたのか。選挙がすんだら直ぐ外せと、あれほど言っておいたじゃないか」

打ち切られた「日曜娯楽版」(5月23日)には、こうです。
(54年4月の造船疑獄事件で自由党の佐藤栄作幹事長の逮捕請求に法相が指揮権発動)
「汚職、疑獄から守れ!」
「国民をですか?」
「いや、政府をじゃ」

このコントが放送されてから60年近くになります。今でも使えます。
すると、我々はずっと政治家に手玉に取られていたわけか。
真実は伝えない、政府こそ大事という発想は変わらないのですね。
原発事故の責任は政府も東京電力も取りません。いや、責任は我々が取っています。
責任の取り方は、放射能物質による汚染での緩慢な死。そのうえ、増税と電気料金値上げです。

民主党も、自民党も、政党助成金を貰い続けるんですかね。よく、平気でいられますね。だから、議員していられるんじゃないかって? ウーン。

広瀬隆さんも同様のことをエッセイで。

持ち家信仰でローンや住宅に縛られて逃げられない。
戦前は皆さん貸家住まいが多かったから転居も楽。
夏目漱石などもあちこちに住んだ家が残ってますよね。

それに阪神淡路大震災のとき、一週間も水が支給されなかったそうです!明日のわが身です。

お年寄りを優先的に仮設に住まわせたため、それまで若者たちが年配者を見てあげたのに孤独になって‥
そんな事しなくても空き家など使えば、
日本は土建屋その他の儲けばかり、

莫大な費用かける原発、箱物建設、

地下鉄もそう、路面電車やバスの楽なこと、
借金ばかり増えて、すぐ増税に走る政治屋。

若者がホームレスを襲うなど恐ろしいことも、

あの神戸の少年が子供を殺害してしまった事件頃からか、

そのニュースのときVサインして我がちにテレビに映ろうとするもの、

なぜ人を殺してはいけないかわからないなど言う若者、

あたりかまわず大きな鏡を出して化粧する、海外で見たことがありません。

下品な高校生たちが地下鉄の優先席を占拠して隣のハコを覗きあいつはブス,とか,あれは可愛いとか、ズボンずり下げて、顔は若者ではなく、30ぐらいのやくざに見えます。

給食費を払いたくない親、挨拶できない親、携帯で夢中で幼児をほったらかしの親。

自転車をメチャメチェに止めてほかの住民に整理させる男子高校生、その父は留守の家のPに長期無断駐車して平気。

娘は中学生から毎朝、マンションの階段などでボーイフレンドと抱き合い、(その姿は言えないぐらいです)そこの犬はエレベーターでおしっこ。

母親は男性だけに挨拶、女には不機嫌な顔して挨拶しない。

こんな劣化した、日本人、広瀬さんもあきれています

日本人ほど民主主義が嫌いな国民はいない、上に従うだけと。





@motodamm
朝日新聞の「ジャーナリズム列伝」石原慎太郎が大砲を撃とうとした時に石川文洋が止めた逸話。孫々引用できるブログがあった。掘り起こしたのは本多勝一だけど。 - ベトナム戦争での石原慎太郎 http://ichyamada.jugem.cc/?eid=440

記録作家・林えいだい薔薇または陽だまりの猫さん

石炭が「黒いダイヤ」ともてはやされた往時の筑豊は、わが国最大の炭田として日本の経済を支えた。「筑豊こそ、これからの自分の人生に何かを教えてくれるに違いない」。林はそう信じた。

 あの日から56年。炭鉱員や香春町職員などを経て70年から作家生活。徹底した聞き取り調査で、公害や朝鮮人強制連行など民衆を苦しめた歴史的事実の「影」の部分を明らかにしてきた。

パパとママのセミ争奪戦


ペア猫セミゲット
珍しくパパ猫がママ猫を舐めています。セミゲットにはファミリー4匹がエキサイト。昨日はママ猫が蜘蛛を食べてしまいました。益虫なのに。
 
下は子猫時代のリュウとリボン。猫雑誌に掲載されたもの

 


キャベツバリバリ猫とその子供たち

 
このママ猫は焼きのり、キュウリ、スイカも大好き、娘のダブルもパパイヤ、スイカが好き、でもなぜか最近、焼きのり食べなくなりました。
 


この娘のブランは焼きのり、キュウリ、パ ­パイヤ、スイカ食べませんが実家のねずみを食べてしまいました。
怖い!その記事はこちらhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/32342668.html
 
オノ猫はアメショーにしてはしろっぽい子で母のお気に入りでしたが母に言われてねずみ退治に行き、ゲットしたので「気持ち悪い、疲れる」とお払い箱になりました(((´д`))
 

2008年の父猫リュウ(2005・8・23生まれ)と娘のブラン(2007・2・19生まれ)
1983 年発売のスーパーロングセラー、キャットダンサーで最初はリュウとブランが凄く喜んだのですがすぐ飽きてしまいました。
ユラユラゆれる紙紐を捕まえようとするおもちゃ。
リュウが今も好きなのはねずみのおもちゃ、彼だけがおもちゃを持ってきて遊んでといい投げると又持ってきます。友人宅に行った娘のリンゴ(下右の子猫、可愛がられすぎて太りましたが最近ダイエットに成功。カレンダーでも一番人気でした。これはブックカバーになった元の写真、板東寛治氏撮影)は小屋から長い猫のおもちゃを運んでくるそうです。
 


 

 


 

 
 
 
 
 
 
 シャイだったサクラは写っていません。リボンは4匹の子猫を生みましたが全部メス、リボン自身もメスばかりの兄弟で生まれました。
サクラも別の家で可愛がられています。
 
前列左がブラン、右が男の子のように甘ったれでビビリ屋のダブル。
昨夜寝ている椅子の近くで私がついガサガサしたら飛び上がって驚いていました。
奥が右の写真と同じリンゴ

ママのリボンの写真はカレンダーとカルタになりました。
 

洗濯籠があくと枕にします(笑)猫は携帯やころころ何でも枕にしてしまいます。
このブランはころころを舐めるのが好きです、困りますね。
イビキも凄いブラン。
 

 

船でカルロッタ邸へ



 

エステ荘に泊まった後、大聖堂を見学して船でカルロッタ邸を目指しました。

エステ荘の船着場、ここから乗ればよかったのですが。馬鹿ですね。ホテルからちょっと離れているのでわかりませんでした。

タクシーで大聖堂に行くとき、荷物はこれだけ と言われてしまいました。(苦笑)
お付のものが居るわけでもないし衣装持ちでもありませんから。
それでなくともガイドブックとデジイチが重くて‥ここに泊まる身分ではありません。


 


 


 

船からの風景、次々とビィラが現れました。

コモ湖にはジョージ・クルーニーの別荘 もあるということです。


 

カルロッタ邸の手前のホテルからの風景、ここも湖に面したところにエレベータがあります。


 


トレメッゾ(Tremezzo)にあるカル ロッタ邸(Villa Carlotta)は、ミラ ノの銀行家ジョルジョ・クレリチ によって1690年頃に建設され たものです。この邸のオーナー は歳月を経て代わっていきまし たが、ナッサウのマリーナ王女 (ルッシアのアルベルトの妻)が 所有した後、娘カルロッタのザ クセン・マイニンゲンの王子と の婚姻を機に、カルロッタが後 継者となります。彼女は、当時 美しいイギリス庭園を作り上げ ました。 現在、この邸はイタリア政府の 所有となっており、「ヴィッラ・カ ルロッタ協会」によって運営管 理されています

カルロッタ邸は、春になると咲き乱れ るツツジと石楠花の美しさで名が知ら れ、この美しい庭園に集められた樹 木は500種以上にものぼります。 邸内には、バディーニの「アモーレ とプシュケ」(原作はカノーヴァ作で レニングラード国立博物館所蔵)や、 ハイェツの絵画「ロミオとジュリエット の最後のキス」等が展示されています。 この邸は、春から秋の毎日9時から 18時まで一般公開されています。

カルロッタはなんと23才で亡くなったそうです。昔は乳児死亡率やお産でなくなる人も多かったですね、このような王国貴族でも。

エレベータでもあがれる邸内にはアンティーク家具も。

天使とハープの飾りのついた豪華なベビーベッド、ゆりかご?が目をひきました。

玉三郎がガルボの恋文という番組でニコニコと「家具が好き」と。私もアンティーク家具が好きです、買ったのはほとんどバーゲンですが。

地元のまだ世間的には知られていない筧忠治の絵が好きなのも一緒で驚いたことがあります。



湖に面した細い道を通ってこの彫像を超えて左に行くと



 

突然現れるエンジェルの噴水,右上に猫が歩いています。


 


 


 

ここは今回観た庭園の中で一番華やかでした。


 


 
左に見えているのはエレベータです。斜面に作られた庭です


 


 


 



 

森のような緑に感心しました。まだまだ続きます。

小出先生、とっても素敵な方でした!そして堅田教会は文化遺産。

ブログで、いつも小出先生からの情報を伝えてくださる中川さんから,
教えていただいた 小出裕章(ひろあき)氏 講演会情報
http://healing-goods.info/koide/
 
小出先生の講演会が23日に滋賀県であると知って、堅田教会まで行って来ました。
 
近鉄で京都まで、約1時間。
京都から、JR湖西線・・雄琴温泉を通ってJR堅田まで20分
堅田駅改札前には西友(にしとも)があってびっくり・・・。
琵琶湖のお魚の佃煮さんで、ほるんさんのブログによると有名な老舗だそうです。
さすが湖西線・・琵琶湖のそばであることを実感しました。
 
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そこからさらに徒歩15分…
 
(遠いなぁ・・)と思いつつも、小出先生のお名前に惹かれて、
はるばる奈良から聴きに行ったのでした・・。
堅田教会の場所を調べてみると・・
なんとここは、キリスト教伝道師で、数々の近代建築を手がけたウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築物で、国の文化財にも登録されている教会でした。
 
トンガリ屋根の角塔を設けた個性的な外観が特徴です。

 
文字どおり、♪蔦のからま~るチャペル♪です。 (年代がばれますね!)
 

蔦の映る窓ガラスも素敵

 
画像はネットからお借りしました。
 
 
西近江新聞によると・・
この日本基督教団堅田教会は、ヴォーリス建築事務所が設計し、昭和5年(1930年)に完成。
 
アメリカの青年伝導師・ヴォーリズは、25歳で、明治38年2月に近江八幡にやって来た。
仏教の地でのキリスト教伝道に反発され、,商業学校教師の職を解雇された彼は、建築設計業を始めた。その仕事はヴォーリズ合名会社に引き継がれ、さらに昭和19年に設立の近江兄弟社へと発展する。
 そしてメンソレータムの販売をはじめ幼稚園なども経営ハモンドオルガンを日本に初めて輸入するなど文化面でも貢献した。
 彼の設計した建物は教会だけでなく、大丸百貨店の大阪、京都店や神戸女学院など設計は千有余におよぶ。
宣教師、教育者、建築家、社会事業家と多くの顔を持った彼は、東京五輪の昭和39年、日本名・一柳米来留(ひとつやなぎめれる)として、84歳の生涯を閉じた。
 堅田教会の川端牧師は「文化財登録を記念して、記念講演会や記念展を近く開き、ヴォーリズの偉業をたたえたい」と話している。(1999年2月掲載)

・・というわけで、思わぬ歴史発見がありました。

 
 
さて、今回の小出先生の講演の演題は「原爆,原発と憲法九条」
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福島原発事故の話を期待して行ったのですが、ポスターにあるように
原発と原爆、憲法九条とのつながり・・・
核と原子力はあたかも日本では違うものであるかのように思い込まされてきました。
でも、実はこのふたつは同じものだという話を資料を使って丁寧にお話されました。
 
このお話の内容および質問は明日の記事にまとめます。
 
 
それにしても・・・
小出先生に初めてお会いしましたが、もう存在そのものが神々しい・・・(*^_^*)
 
先生独特の落ち着いた良いお声で,
どなたにも優しく笑顔で語られ,質問にも時間いっぱい丁寧に答えて下さいました・・
 
汗を拭くためにめがねを外された先生の大きな目が優しくて
とっても温かみのあるダンディで素敵な方でした・・。
 
小出先生の雰囲気だけでも・・・
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いつも視線を相手にあわせてお話しされる先生
この温かい笑顔が・・先生の人間性を表しているようです。
 
小出先生は、田中正造を最も尊敬する人として心に留められ・・・、
 
(田中正造・・足尾銅山の鉱毒事件による被害住民を救済するため、
社会や国会に自分の生涯をかけて訴え続けた。)
 
 
5月23日の「参院行政監視委員会」においては、
マハトマ・ガンジーの以下の言葉を紹介されました。
ガンジーの「現代社会の7つの大罪」
①理念なき政治   
 ② 道徳なき商業
   
③ 労働なき富   
④ 人格なき教育 
  ⑤ 人間性なき科学  
   ⑥ 良心なき快楽    
⑦ 献身なき信仰
 
田中正造の生き方やガンジーの考え方に共感される先生・・
二人の生き方と重なって、先生の高潔な人格がうかがわれます。 
先生のご本にサインもいただきました。
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先生の字も披露。
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先日ご紹介させていただいた本も買ってきました。
もちろん小出先生も執筆されています。
先生の原稿のタイトルは「少欲知足のすすめ」
 
福島原発事故から,原発とは膨大な危険を内包している機械であり
事故が起きれば破局的な被害が起こることや、
原発のごみである放射性廃棄物の100万年も保管する問題などに触れて
エネルギー浪費社会を改めようという内容でした
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では、続きまして,先生の講演をどうぞ!
(・・・今からまとめますので、もうしばらくお待ちを・・・(^^ゞ)


転載元: mimiの日々是好日

コモの大聖堂とレストラン





エステ荘内部の写真もまだありますが気分を変えて、

これはコモ湖の南端のコモ市のドゥオーモ広場の旧市庁舎

白、緑、薄桃色の三色の大理石が特色の1200年代の古い市庁舎。

新潟の十日町市はコモの姉妹都市になっています。

コモ(Como、コーモとも)は、人口83,016人のイタリア共和国ロンバルディア州コモ県のコムーネの一つで、コモ県の県都である。 コモ湖を通じてスイスに接している。絹の産地として有名。
プリニウスの出身地として知られ、古代ローマ時代にはコムムと呼ばれていた。




初めてイタリアに行ったときはツアーでした。

ミラノに着いた翌日、コモ湖のオプショナルツアーに行かれた方もいましたが私はミラノ市内や「最後の晩餐」を見学しましたからコモ湖は初めて。

ここは半日ツアーではもったいないところです。

一泊してもエステ荘カルロッタ邸(ここにも猫が庭園を横切る写真を見つけましたので又載せます。)ナポレオンの部下のメルツィ邸しか見学できませんでした。

メルツィ邸の近くのセルベッローニ邸も見学するつもりで行ったのですが、ここは11時と4時のガイドツアのみ、しかも16人限定、観光案内場に一番乗りしてお金も払ったのに、雨が降りだし、係りの女性が無常にも中止宣言!

そんなぁ、(o´_`o)信じられない、広大な庭園ですべると危険?ただ面倒なだけ?


ここで初めて日本人の集団と遭遇、お知り合い同士で湖水地方だけ周遊されるということでした。

いいですねえ。

仕方なくメルツィ邸に向かいましたが近くに5☆ホテルセルベッローニがあったのでちょっとお庭を拝見してきました。その画像は一枚だけ以前載せました。








ドゥオーモ大聖堂の反対側にはこのようなお店やアーケードになっています。
大聖堂隣の観光案内所はしまっていました。

マクドナルドもあります。申し訳ないですがトイレだけ借りました。

外国ではトイレの確保は重要です(*^-^*)













「ロンバルディア様式とルネサンス方式の調和の美しい大聖堂

「彫刻により装飾されたフォサード(↓)内部のタペストリー(上)や彫刻は必見

「地球の歩き方」より




ヨーロッパの人が持って歩く分厚いガイドブック ロンリープラネット にはコモは毎月最終土曜日に大規模な 骨董市 が開かれ通りは一杯になる、そのためには日帰り旅行してもいいと書いてある、それ以外にはめぼしいスポットはないといいながら他のぺージで「コモ湖畔の街へは二日かける価値があると(笑)その通りです。

骨董はもう無理です、たいしたものはありませんが買っていただきたいぐらいです。
書庫アンティークにあります。良かったらご覧くださいね。

スタンダールは「パルムの僧院」でこの青緑の湖と壮大なアルプスの景色は世界で一番美しい と書いてあるそうです。大昔に読んだのですっかり忘れています。

コモのトレメッゾはスターウォーズのロケ に使用されている、カルロッタ邸のことでしょうか、その庭園の画像も沢山あるので又ご覧に入れます。大地震まで間に合いますように。




大聖堂見学の後、カヴール広場にある船着場から遊覧船に乗りました。ここで結構待ち時間がありました。
食堂のある船でしたがホテルで朝食を食べたのでここでは食べず、コモに帰ってきてからレストランで最初で最後のまともな食事をしました。なにせイタリアはレストランがオープンするのは夜7時からで。
ほかの日は庭めぐりで疲れてもうレストランオープンの時間まで待てなかったり、面倒だったり。゚(゚´Д`゚)゚。








ほかにスープもありました。
硬い平うちパスタに、ぷりぷりと美味しいルーム貝。
このスープも美味しいけれどスプーンがない、頼んで持ってきてもらいました。

なぜ日本ではスプーンとフォークでパスタを器用に食べるのでしょうか?




以下は
ロンバルディアの魅力ロンバルディア州政府公式ページより引用。

アルプス山脈全域で、ロンバルディアほど湖が数多く集まっている地域はありません。大昔から氷河の侵食作用でけずられてできた大きな湖と小さな湖水とが、ここではともに空の青をその水面に映しているのです。実際、ロンバルディアの湖の数は100と言われ、湖岸の長さは全長でほぼ400kmにわたります。その中で最大のものはガルダ湖 lago di Garda、マッジョーレ湖lago Maggiore、コモ湖lago di Como、イゼオ湖lago d'Iseoの4つです

コモ市の歴史的中心地「旧市街」は、中世に建設された城壁の内部に多彩な建築物や史跡が集積されています。趣のあるドゥオーモ広場では白、緑、薄桃色の三色の大理石が特色の1200年代の古い市庁舎が目を引きます。湖畔の石切り場から運ばれた石材で建設されています。また瀟洒な柱廊の脇には市庁舎鐘楼が立っています。一方、ドゥオーモは宝石に例えられる見事な建築物です。1300年代末から建設され1700年中頃に現代の形となったため、全体構造は後期ゴシック様式、ファサードはルネッサンス様式、周囲を圧倒させる円蓋はバロック様式と様々な建築様式を併せ持っています。
湖畔かららケーブルカーに乗れば、ブルナーテBrunate(標高716m)からアルプスやブリアンツァ平原など素晴らしいパノラマが楽しめます。

定期船で湖畔周遊Navigazione del lago
コモ市のカヴール広場湖畔から定期船が出発していますので湖畔を船で周遊しませんか。定期船はコモ湖の全域を縦方向に上っていきます。

イタリア庭園めぐりがなかなか進みません。
私でさえ、体が疲れやすくてたまりません。
持病のせいなのか。
帰国してからずっと断捨離というほどではありませんが、テレビのことで家中の整理が始まり、その上、毎朝猫に起こされ4、5時間時間の睡眠で。

恐れている地震が近いと思うと‥

今、広瀬隆著「象の背中で焚き火をすれば」 を読んでいます。

世の中に対する警告が間にあわなかっと思うといたためれない気持ちになる

広瀬さんは80年代から著作で警告しているのに、、

広瀬隆
東京生まれ。早稲田大学理工学部応用化学科卒業。大学卒業後、メーカーの技術者を経て、執筆活動を開始、医学文献等の翻訳に携わる。

スリーマイル島原子力発電所事故を機に、『原子力発電とはなにか……そのわかりやすい説明』(野草社、1981年)を出版。1980年代初期の著作として「安全というならば、長大な送電線建設コストのかかる地方ではなく、電力の大消費地である首都圏に原子力発電所を建設してはどうか」と指摘した『東京に原発を!』(JICC出版局、1981年)や、がんや白血病で死んだハリウッドスターの死因と、ネバダ州で行われていた大気圏内核実験の因果関係を示唆した『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(文藝春秋社、1982年)がある。

続広瀬隆講演会7.17



 

画像はフィレンツェ、パラティーナ絵画館から観た風景

テレビは節電のニュースばかり、本当はもっと大事なことがはあるでしょう。

実は電気使ってもらって儲けたいのに。おんぼろ原発も稼動して大事故に。

40年も使えば設計者も居なくなり、廃止させるのが世界の常識
なのに東電は福島原発を使い続けました。

原発導入へ虚偽報告書「外国みな委員会式」実はアメリカのみ 朝日7.17朝刊
責任をあいまいに。原発導入期からの隠蔽体質。
米国の水爆実験で第五福竜丸が被曝した事件による原子力への世論の逆風を弱める狙い。


三回も被曝し、多くの死者を出したのに、アメリカに抗議もせずに原子力の平和利用などとうそついて54基もの原発作ってしまった自民党政権


総量5000tに及ぶ原子炉部品を、機材の1つ1つをすべて切り刻んで
弱酸性液の水槽に浸して放射性物質をとりのぞくといいます。
解体には7~10年、廃炉には早くても20年後かかるという
気の遠くなるような作業。

総能力142万キロワットの燃料の処理は、
その98%をフランスの再処理施設に移送したといいますが、残りは15トン。
それらも含めて処理費は7280億円かかる見込みですと(以上毎日新聞7/16)

原発を使っているから電気量は安価で済むんだと、電力界はいいますが、
後処理の費用はどう考えられているのでしょうか。
プルサーマル発電は、稼動の見込みはありませんし、
地中の岩盤深く、10万年埋め込むという後処理施設については、
場所さえも全く決まっていません。
震災直前まで、テレビで頻繁に流されていた「後処理施設への理解」を
求めるコマーシャルもピタリと止まりました。




広瀬隆講演会7.17の続きです。

三時間でも一瞬で終わりますから(本当でした)

こういう場に来ない人、知らないことが問題、一緒に殺されるから。

名古屋にこられて良かった。企業の人を動かす

止まっていても危ない浜岡。燃料は入ってるから危ない。

日本全土の原発は一食即発の状態

日本全土に広がる被曝の深刻さ、わらのせいにしているが、みんなもう食べている。


原発を全部止めても危ない。

チェルノブイリの時のソ連よりひどい日本の報道界


原発推進派のド素人が、専門家ということで‥

津波が襲って事故になったのではない、震源地から遠いのにまず地震で壊れた原子炉

3.11のデータがない。国民には知らせない。

フクシマに大量のヒバクシャを出している、どこの原発でも起きる事故。

1991の美浜原発はぎりぎりで助かった。

五重の壁はウソ。続きます。時間と体力、気力無しです。

参考になる記事



春夏秋冬さん
菅直人がはっきりと結果を残した二つの事例
マスゴミが菅をたたく理由

私が総理なら原発推進派の大臣全員更迭して、一般人(小出さんとか)含め広範囲から人選して、「脱原発内閣」作ります

賛成です。

コモ湖のエステ荘内部その2



 

玄関ホールから反対側、湖に出る扉、ここにもエステ家の紋章

エステ家(famiglia d'Este)は、中世以降のイタリアの有力な貴族の家系。学芸の保護者を生んだことでも知られる。


 





 

 


 


 

ヨーロッパ唯一の絵本美術館、トロースドルフ美術館が誇る「赤ずきん」コレクションのなかの絵に似ています。


 

お皿にも紋章、こんなフルーツが山盛りなんて部屋は最初で最後でしょう。

 

朝食時のレストラン、宿泊代と別でショックでした。

夕食は無し、コモ湖に来るときに食堂車でスープとパスタを頂いたので。


 

こんなホテルでコックさんが卵料理など目に前で作ってくれてもスープは無し。ケーキよりスープが欲しかったのですが。

エジプトの(近畿日本ツーリストーの格安)ツアーは9.11後の初めてのツアーで元王宮ホテルやマリオネットでしたが特に後者は何でもあったと思います。


 

この階段の下にあるのは‥


 

パウダールーム、トイレです。


 


 


 

 
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