脱力系反原発アニメーション 源八おじさんとタマ

04 /30 2011
paruさんに教えてもらいましたhttp://blog.goo.ne.jp/paru_nekogundan/
 
paruさんは去年たけさんのブログで知りましたと。http://blog.goo.ne.jp/tembo619/e/77828b5d3a8a1c448a2b8369bfd7005d
 
001「原発がなくても 電気は大丈夫。」
http://www.youtube.com/watch?v=OzGnBFNU1bI

002「原発は、発電量の2倍の熱量で 海を加熱している。」
http://www.youtube.com/watch?v=RBw_nfQ_glQ

003「無責任に ゴミを出すのは やめましょう。」
http://www.youtube.com/watch?v=pFUKKLkN1nE

004「浜岡原子力発電所は 活断層の上に 建っている。」
http://www.youtube.com/watch?v=QpLPFXG1bLg
⑤『源八おじさんとタマ005』:「原子力発電所は津波がきても安全です」のうそ 

http://koyuki23.blog101.fc2.com/blog-entry-264.html
 
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福島原発事故の現状■石棺は無駄!?

04 /30 2011
 
福島原発事故の現状:アーニー・ガンダーセンがロシア報道番組で語る
 
 
現在の日本では今回の福島原発での事故が正しく伝えられていないと思います。
元原子力技術者で現在はフェアーウインズ・アソシエイトのメンバーで
原子力反対運動を進めるア ­ーニー・ガンダーセンが
ロシアのニュース番組で今の福島原発の深刻さを語っています。


転載元: 原発情報

動植物園で白熊が首振り

04 /30 2011
 
 

象さんの輪投げやハーモニカの動画http://plaza.rakuten.co.jp/ribon5235/diary/200901310001/
何か白熊さんが折の中をのぞいてるので反対側に回ってみた状態が動画です。
 

 
これは隣の部屋の住人、オスだったかな?肉球、可愛いでしょう。
 
先日テレビで肉球、を失った猫ちゃんと闘病記が紹介されました。義足を作ってもらい元気になりました。
 

 
昨年出来た植物園内の桜の回廊を再訪、これは入り口近くの枝垂れ桜
 
4月12日のことです。
 

 
武家屋敷門、水車、万葉の道、薬草園などもあります。
 

 

 
バラ園も今頃はモッコウバラなどが咲いてきているでしょう。
 

 

 
 
 

 

 
子供の時からあった温室、イギリスのキューガーデンの温室に倣っています。
 
キューガーデンも広大ですがここの動植物園、遊園地も広くて一日中遊んだら疲れます。
 

 

 
続きます。

原発完全停止でも停電なし(「週刊ポスト」4月29日号)

04 /30 2011

 

本当は原発を完全停止しても夏に停電なんかせずにすむことぐらいわかりきった事だった。

2002年にデータ捏造がばれたときに東電は原発すべての稼動を止めて点検を命じられた。

だが、2003年夏には停電せずに乗り切ったのだ。

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原発完全停止でも停電なし(「週刊ポスト」4月29日号)

 

国民生活と産業界を混乱に陥れる「真夏の大停電」危機を、菅政権と東京電力が煽っている。だが、このキャンベーンは、国民に渦巻く原発不信を逸らし、なおも原子力政策を推進するための謀略、情報操作にはかならない。その欺瞞を暴く政府作成の極秘資料を本誌は入手した。

(下のPDFファイルをダウンロードするか、下の画像をクリックして拡大すれば続き読める。)
 
 
 
 
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週刊ポスト前号(4月29日号)
「『原発完全停止』でも『停電』なし」が、政府と東電を大慌てさせた。
 
震災対応そっちのけの大騒ぎは呆れるしかないが、彼らにはそれほど
「痛いところを突かれた報道」だったのだろう。
本誌がスクープしたのは資源エネルギー庁作成の「東京電力の設備出力の復旧動向一覧表」という極秘資料だ。これには7月末の東京電力の供給能力が「4650万kW」と記され、これが「真夏の大停電が起きる」という政府の“脅し”の根拠にされた。
ところが資料を子細に検証すると、ここには東電管内全体で1050万kWの発電力を持つ揚水発電(※1)が全く含まれず、停止中の火力発電所も加えられていなかった。これらを含めれば、企業や一般家庭に使用制限を設けずとも「真夏の大停電」は回避できる。それをしない背景には、与野党政治家の「原発利権死守」の思惑があった、というのが前号の概要である。
その締め切り日だった4月14日、揚水発電についてエネ庁を直撃すると、狼狽した様子で極秘資料の存在を認め、「確実に発電できるものしか供給力には含めない」(電力基盤整備課)と苦しい回答に終始した。
が、同庁は本誌取材の直後、舌の根も乾かぬうちに、「全く別の指示」を東電に出した。翌15日夕方、東電は「揚水発電の400万kW、震災で停止中の共同火力発電所(※2)の再稼働110万kWなどで550万kWの上乗せが可能になったため、7月末の供給力は5200万kWになった」と発表したのである。
経緯を知る経産省幹部が明かす。
「『ポスト』が取材をかけたあと、エネ庁から東電に揚水の一部を供給力に含めろと指示が下った。記事が指摘していた通り、これまでエネ庁は東電に“原発の必要性がわかる資料”を要求してきたから、彼らも突然の方向転換に面食らったようだ」
要は「電力隠し」を見抜かれたエネ庁と東電が、本誌スクープで国民裏切りの大嘘がバレるのを恐れ、発売前に大慌てで供給力の水増し調整を行なったというわけである。
それでも枝野幸男・官房長官は4月15日の会見で、「これで需給ギャップが埋められるものではない」と強調した。まだ“原発は必要”といううそにしがみつく醜いあがきだったが、弥縫策(びぼうさく)はまた綻ぶものだ。
(※1)揚水発電/水力発電所を挟んで上貯水池と下貯水池を作り、夜間などの余剰電力を利用してポンプで水を汲み上げ(この作業を「揚水」と呼ぶ)、昼間の電力使用ピークの時間帯に水を流下させて発電する仕組み。
(※2)共同火力発電所/東電が他社と共同で出資・運営し、電力供給を受ける火力発電所のこと。4月15日に発表された見通しでは、鹿島共同火力(出資は東電50%、住友金属工業50%)の1、3、4号機と、常磐共同火力(出資は東電49%、東北電力49%など)の8、9号機が今夏までに再稼働するとされた。
 
※週刊ポスト2011年5月6日・13日号
 

日本、原子力発電不足分補う石油火力発電の余剰ある=
EA 
[ロンドン 15日 ロイター] 東日本大震災に伴う原発事故を受けて、国際エネルギー機関(IEA)は15日、日本は原子力発電の不足分を補うだけの十分な石油火力発電による余剰能力を有している、との見解を示した。
 IEAは月次報告書で「実際には、液化天然ガス(LNG)および石炭も使用することで需要に対応できる可能性が高いが、LNG、石炭の両セクターにおいては余剰発電能力がより限定的であるようだ」と指摘している。
 IEAの推計によると、日本は2009年に石油火力発電能力の30%しか使用しておらず、平均で日量36万バレルの原油・燃料油を使用し、100テラワット時余りの電力を生産した。
 IEAはまた「60テラワット時の不足分すべてを石油火力発電で補った場合、石油消費量は年間ベースで日量約20万バレル増加する見通し」としている。
 


転載元: †Meteora†

94歳の被爆医師:肥田舜太郎

04 /30 2011
 
 
 
 
 


 ■ 肥田先生の講演会の話
 
肥田先生は、28歳のときに、広島に原爆が投下された直後から、
数え切れないほどの被ばく者を診てきました。
 
ピカに遭い、体中焼け爛れたおばあさんがこう話しかけてきたそうです。
「私は何で、こんなことになったんでしょうか?」
 
そのおばあさんは、庭で赤ん坊のおむつを干していたところ、爆風に遭い、飛ばされ、気絶し、
目を覚ましたらこんなことになっていたそうです。

このおばあさんのように、原爆が落とされたということも、自分に何が起こったのかかも分からないままに死んでいった人たちがいるのです。
先生は、死んでいった被爆者たちのことを想いながら命がけで行動してきたのです。

先生自らも、直接ピカには遭わなかったものの、内部被曝をしている被ばく者の一人です。

ピカに遭って死んでいく人には、皮膚に出る紫斑、口や鼻、目からの出欠、脱毛という症状が見られました。こういった症状が出た人たちは皆、死んで行ったそうです。
ところが、ピカに遭ってなくて後から市内に入った人の中にも同様の症状がみられました。
後になって解ったことは、これが、内部被曝によるものだったということです。
内部被爆とは気中に舞う放射能を吸い込んだり、放射能で汚染された水を飲んだりして身体の内側から被ばくすることをいいます。

肥田先生は現在94歳ですが、驚くほど生命力にあふれ、力強く心に訴えるお話をしてくださいます。
これほどまでに揺るぎの無い信念をもって被爆医療を続けてきた医師はほかにはいません。
 


■ 医師肥田舜太郎さん講演「58年間ヒバクシャを診てきた」
(原子爆弾の)爆発のときに上から降ってきた放射線に直接貫かれたのを、これは「直爆」と言いますね、
直接ヒバク。これだけは政府もちゃんと認めてます。

ところが、あとから街へ入った人、つまりその日の午後ね、遠くにいた周りの部隊から兵隊がいっぱい来た。
部隊の命令で救援に入ってるんですね。消防夫も来ます。
これがみんな焼け跡で大騒ぎして、どんどん死にました。
それから警察官も死んだ。援助に入った人がだいぶ死んだんですね。死なないまでも、みんな病気になります。で、それが一月越しの、三月越しの、半年越しの、みんな死んでいくわけですね。

つまり、あとに入って、空中やそこら辺に残っていた放射性物質のついた埃を吸い込むんです。
それが体内に入って、何十年もかかって人を殺していく。これが低線量ヒバク、体内ヒバクの恐ろしさなんです。原子力発電所で漏れてくる放射線にやられるのはみんなこれです。それから今アメリカに260万とか300万と言われるヒバクシャがいます。
これは原発の事故とか、あるいは原子力発電所でウランを吸い込んだとか、プルトニウムを吸い込んだ。
あるいはチェルノブイリの灰が降って、欧州全体でたくさんの人が死んでます。

つまり、本当の核兵器の恐ろしさ、あるいは核の恐ろしさは、直接ガイガーカウンター持っていってこうやってさわって、ああ、どうとかこうとかいうのはあんまり怖くないんです。
怖いけども、それは死んでも、「ああ、これは放射線で死んだ」って分かる。
ところが、何で殺されたっていうのが分からずにたくさんの人が殺されてるわけです。
私はこのことをみんなに知らせたい。だから、核兵器もなくさなくちゃいけないし、原発も止めなきゃいけない。

で、この被害がアメリカの政策と日本の政府の政策で隠されてるんです。つまり、「原子力発電所は安全だ」とか、それから「あとから入って少々の空気吸ったりしたのは、微量の放射線だから心配ない」。これがアメリカが戦後ずーっと世界に宣伝し、国連を動かし、国連に嘘の報告をし、国連の国はみんな放射線被害、原爆被害ってのは直接ピカッてやられたのが怖いんだ、そうでないのは心配ないって思ってるんです。
 
私は30年間外国を歩いて、もう3千回か4千回公演して歩きました。テレビで放送もしました。そこで、ピカも浴びてない、2週間後に入ってきた全く関係のない人がこういうふうに死んでるということを話してきました。

で、これはこの人は1週間後だからまだ何とか僕らは見当つけるけれども、半年後、1年後、5年後、10年後、20年後、30年後に死んだら全く関係ないことになっちゃう。こういうかたちで人を殺すのが核兵器だし、放射能なんです。このことをしゃべれる人が日本にいない。

日本の医者で放射線に関心を持ってる医者はたくさんいますよ。だけど残念だけど証明する方法がないんですよ。私はこの癌は広島でヒバクした癌だよって僕は思ってる。で、これはほかの先生が見てもそうは言えないんです。今の医学には証明の方法がない。つまり医学で分かる前に人を殺すことだけやっちゃったわけです。いまだにそれを明らかにする医学はできてない。

今の医学の「細胞単位」ではなしに、その60億分の1の「分子の段階」、酸素分子とか炭素分子とか、そういうものと同じように放射性分子がそこで仕事をして人間を殺していくということが明らかになるには、私はあと30年ぐらい必要だろうと思う。これ、研究する医者がいないんです。金がかかるし、こんなことは誰もやらない。だから今放射線については世界中の人間が全部無力です。医者も無力です。
情報元:ねこねこブログ


 医師で広島で自らも被爆しながら、その半生を被爆者を支援に捧げた
全日本民医連理事、埼玉県民医連会長などを歴任。
現在、全日本民医連顧問、日本被団協原爆被害者中央相談所理事長。
 
1917年 年広島生まれ
1994年 陸軍軍医学校を卒業、軍医少尉として広島陸軍病院に赴任
1945年 診察中、広島にて被爆。被爆者救援にあたる。
 
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 肥田先生は広島の生き証人です。
福島原発をきっかけに私は色々調べるようになりましたが
日本だけの問題を今調べてましたが、辿り着いたのは、広島、長崎の話でした。
多くの経験から得た言葉は重く響きます。
まだ調べないとわかりませんが、アメリカの圧力と影響・・・それを強く感じます。
 


転載元: †Meteora†

福島第1原発:内閣官房参与、抗議の辞任

04 /30 2011

福島第1原発:内閣官房参与、抗議の辞任

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内閣官房参与の小佐古敏荘(こさこ・としそう)・東京大教授(61)=放射線安全学=は29日、 
辞任会見で、涙ぐみ絶句する小佐古敏荘氏=衆院第1議員会館で
 
菅直人首相あての辞表を首相官邸に出した。小佐古氏は国会内で記者会見し、東京電力福島第1原発事故の政府対応を「場当たり的」と批判。特に小中学校の屋外活動を制限する限界放射線量を年間20ミリシーベルトを基準に決めたことに「容認すれば私の学者生命は終わり。自分の子どもをそういう目に遭わせたくない」と異論を唱えた。同氏は東日本大震災発生後の3月16日に任命された。
 小佐古氏は、学校の放射線基準を年間1ミリシーベルトとするよう主張したのに採用されなかったことを明かし「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所の放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と主張した。
 小佐古氏はまた、政府の原子力防災指針で「緊急事態の発生直後から速やかに開始されるべきもの」とされた「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」による影響予測がすぐに運用・公表されなかったことなどを指摘。「法律を軽視してその場限りの対応を行い、事態収束を遅らせている」と述べた。
 記者会見には民主党の空本誠喜衆院議員が同席、「同僚議員に20ミリシーベルトは間違いと伝えて輪を広げ、正しい方向に持っていきたい」と語った。空本氏は小沢一郎元代表のグループに所属する一方、大震災発生後は小佐古氏と協力して原発対応の提言を首相官邸に行ってきた。菅首相は大震災発生後、原子力の専門家を中心に内閣官房参与を6人増やしている。【吉永康朗】

 ◇「子ども20ミリシーベルト」専門家も賛否

 政府は国際放射線防護委員会(ICRP)が原子力事故の収束段階で適用すべきだとして勧告した年間許容量1~20ミリシーベルトの上限を根拠に採用。1日8時間を屋外で過ごすとして子どもの行動を仮定した上で、放射線量が年20ミリシーベルトを超えないよう、毎時3.8マイクロシーベルト以上の学校などで屋外活動を1日1時間に制限する通知を文部科学省が19日に出した。
 文科省は「余裕を持って決めた基準で、実際に年間20ミリシーベルトを被ばくすることはない」と説明するが「子どもを大人と同様に扱うべきでない」として他の放射線の専門家からも異論が出ているほか、日本弁護士連合会も反対声明を出している。
 ICRP主委員会委員の経験がある佐々木康人・日本アイソトープ協会常務理事は「政府は厳しい側の対応をとっており、影響が出ることはない」と理解を示す一方、「被ばくを減らす努力は必要だ」と指摘する。
【西川拓、永山悦子】
 
 
 


転載元: †Meteora†

転載をお願い致します。今こそ反原発を。

04 /29 2011
 


 

東日本大震災で亡くなられた1万名余の方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。
被災者の方々も、家族や知人を失った悲しみの中で、大変な毎日を送っておられるかと思います。
どうか頑張り抜いてほしいと切に願っております。
福島原発では危機的な事態が続いています。
丸木美術館では「浜岡原発の即時停止を求めます そして日本のエネルギー政策の見直しを求めます」 という署名を始めました。提出先は「内閣総理大臣 菅直人様」です。
  署名用紙PDFファイル
上記PDFファイルをご覧の上、要請の趣旨に賛同していただける個人・団体の皆さま、ぜひご協力ください。
お手元で印刷していただくほか、用紙をお送りすることもできますので、ご希望の方はご連絡ください。
お問い合わせ・用紙請求は電話(0493-22-3266)、FAX(0493-24-8371)、メール(marukimsn[at]aya.or.jp)でお寄せください。
どうぞよろしくお願いいたします。

5月5日は開館記念日です


今年の開館記念日には26年ぶりに小室等さんが出演、東日本大震災の復興に向けたコンサートをしてくださいます。
丸木夫妻と親しく交際のあった小室さん、どんなお話や歌を聴かせてくださるか、とても楽しみです。
また、目黒区美術館学芸員の正木基さんによる講演「『原爆を視る』展を考える」もぜひ多くの方にお聴きいただきたいと 思います。
詳細は上記リンクでご覧ください。
【被災者支援チャリティバザール in 丸木】開催!
とてつもなく大きな震災に日本中の人々が心をいためています。
みんなのやさしさを出し合い元気な風を現地におくろうではありませんか。
お手元の品や自作の作品でも何でもけっこうです。持ちよってみんなで楽しいバザールにしましょう。
さあ、5月5日の開館記念日からはじめます。
 


私共の呼び掛け人代表です。是非、お越し下さい。
反原発の署名も宜しくお願い致します。

 

4月30日まで延長「第五福竜丸事件 ベン・シャーンと丸木夫妻」




※画像をクリックすると展覧会のページに移動します。
4月16日に終了予定でしたが、4月30日まで会期を延長いたします。
丸木夫妻の共同制作《焼津》、《署名》に加え、ベン・シャーンの“ラッキードラゴン・シリーズ”の 水彩・素描20点を紹介。第五福竜丸展示館の協力を得て、事件の経緯から現在にいたるまでの状況を 展示パネルで解説します。
詳細は展覧会ページをご覧ください。
また、群馬県桐生市の大川美術館にご協力いただき、「大川美術館所蔵作品によるベン・シャーンの世界展」 を同時開催いたします。この機会にぜひご覧ください。



次回企画展「チェルノブイリから見えるもの」展




貝原 浩『風しもの村 チェルノブイリ・スケッチ』を中心に、本橋成一のチェルノブイリ写真、広河隆一の チェルノブイリ・福島原発事故写真などを展示します。
詳細は展覧会ページをご覧ください。

本橋成一トークイベント

5月15日(日)午後2時
写真集『ふたりの画家』で丸木夫妻を撮った写真家であり、「ナージャの村」「アレクセイの泉」などの映画監督でもある 本橋成一さんをお招きして、貝原浩さんと共に訪れた〈風下の村〉のことなどを語っていただきます。
入館者・友の会会員は参加無料です。

豊田直巳スライド&トーク 福島原発事故緊急報告

5月21日(土)午後2時
福島原発の事故直後から現地に取材に入り、テレビや雑誌で報告をしている豊田直巳さんをお招きします。
(福島原発の取材状況によっては?
 
 


転載元: 支離滅裂でも、真実を?

1933年の教員赤化事件とは

04 /29 2011
いま東京電力の福島原発再起動や、中部電力の浜岡原発3号機再起動へ向けて、国策として、菅直人内閣が原子力推進政策を押し進めている中で、呼応するが如く、御用学者による放射能無害論の大合唱が始まっている。
広島・長崎の原爆被害、ビキニ環礁における福竜丸事件、ソビエト・ロシアのチェルノブイリ原発爆発事件などを通して、理屈抜きに放射能の怖さを体で知っている日本国民に向けて、無駄な作業だと思う。
そして歴史は繰り返すと言う。
軍国日本へ向けて、やはりメディアの大合唱があったそうな。
「教員赤化事件」というネーミングで、日本の教育を軍国主義・戦争推進一色に染め上げた弾圧事件があった。
ドキュメンタリー映画「草の実」を打ち上げ、日本国民に警鐘を鳴らす監督の一文を入手した。全文を紹介したい。
2011年4月29日    仲村 あきら


(転載開始)
2011年1月30日(日曜日)発行の婦民新聞第1354号より転載。

教育を戦争遂行の手段とした「2・4事件」1933年「教員赤化事件」とは

今から78年前の1933(昭和8)年のことです。日本の教育は当時国が積極的に進めていた戦争への歩みに歩調をあわせるものに変えられました。
教科書は、この年から「ススメ ススメ ヘイタイサン ススメ」といった戦争色の濃いものになっていましたが、教える先生の心までも変えることは出来ないでいました。そこ
で、仕立てあげられたのが「2・4事件(教員赤化事件)」だったのです。
当時の日本は、現在と同じような不況・恐慌の風が猛威をふるっていました。輸出産業だった絹糸の値段はニューヨークで大幅に暴落し、まゆ生産の比重が高かった農家をはじめ深刻な状況に追い込まれたのです。身売りや夜逃げ、一家心中が多発しました。
そこまで至らなくとも弁当を持参できない子どもは大勢いました、特に長野では、教師たちが子どもの現状に心を痛め、食べるものを工面して手渡すなど様々な形で手を差し伸べるとともに、どのような状況になっても強く生きられるように子どもを育てようと、「生活
綴り方教育」や「自由画教育」に熱心に取り組んでいました。
1933年の2月4日から始まった治安維持法による弾圧は、最初から教師だけを対象にしていたわけではありません。繊維や交通の労働者の方がむしろ多かったのですが、途中から教師に対して的が絞られるようになります。
ファッショ政党の「国民同盟」に所属する国会議員が、進行中の弾圧事件を長野県内にとどめず、「全国的なものにすること」 「(国際連盟脱退などの)国難解決のための材料にせよ」といった内容の質問趣意書を国会に提出しました。当時文部大臣だった鳩山一郎氏などがこれに応え、教師をターゲットにした弾圧として拡大していきます。
自由教育に熱心に取り組んでいた長野の教師だけでなく、「全国的なものにする」ために、一都一道二府三十八県と樺太、朝鮮、中国で教壇に立っていた教師およそ七百名に弾圧の嵐が襲いかかりました。治安維持法の二つの柱である「私有財産」と「国体」つまり天皇制批判の事実がなくとも治安維持法違反として逮捕されました。長野県では若い教師二百三十名が一斉に検挙されました。当時のマスコミはこうした動きに迎合的でした。二月十九日付の「信濃毎日新聞」などは「冤罪」をも容認する社説を掲げて無差別逮捕をけしかけ、事件を「赤化事件」「偏向教育」として攻撃を加えました。裁判にかけられた教師たちは上告審で全員有罪判決を受けました。
この結果を受けて、教育界は事件を「汚名」ととらえ、教師は「汚名返上」のために「戦争協力」の行動をするよう求められました。国策である「満蒙開拓青少年義勇軍」の送り出しなどに全力をあげ、戦争遂行の役目を教師は担うことになったのです。
長野県は多くの子どもたちを「義勇軍」として送り出した結果、全国でもっとも多くの「残留孤児」を生み出しました。  (信州の教育と自治研究所 所長 野口清人 執筆)

(転載終わり)

(2・4事件を描く)
ドキュメンタリー映画「草の実」 (監督・脚本 野口清人)

(反戦精神みなぎる作曲家を示す)
音楽ドキュメント ララ、歌は流れる――中山晋平物語――(原作・脚本 和田登)
                           (監督・脚本 野口清人)


転載元: 方向を変えます

江姫・清洲城・名古屋城の桜

04 /29 2011


 

今年はお城の桜を見逃してしまいました。


 


 



 
清洲には昔、清洲貝殻山貝塚資料館に見学に行きました。


 


天正10年(1582年)の本能寺の変で信長がたおれると、清洲城にて清洲会議が行われ、城は次男・織田信雄が相続。

慶長18年(1613年)名古屋城の完成と城下町の移転が完了したことにより廃城となる。


現在、城跡は開発によって大部分は消失し、さらに東海道本線と東海道新幹線に分断されており、現在は本丸土塁の一部が残るのみである。東海道本線以南の城跡(清洲公園)に信長の銅像が、以北の城跡(清洲古城跡公園)に清洲城跡顕彰碑がある。なお、現在城址のすぐ横を流れる五条川の護岸工事の際に発掘された石垣の一部が、公園内に復元されている。

現在の天守は、平成元年(1989年)に旧・清洲町の町制100周年を記念して、清洲城跡に隣接する清須市清洲地域文化広場内にRC造によって建設された模擬天守である。外観や規模は、実在した当時を想像して建てられた。

2010年1月に清須市の「清須越四百年事業」のPR役としてフィギュアスケート選手の織田信成が清洲城の名誉城主に就任している(任期は1年間)





 


 

大河ドラマの江は私には漫画のように見えます。篤姫と同じ脚本家とは思えない。


 

子供たちには鎧兜を着せてくれます。次男も昔名古屋城でやってもらいました。


 

可愛いお姫様ですが江ではなく清洲の方だそうです。NHKに遠慮。

ドラマ館では今の大河ドラマの衣装などの展示があります。

以前の大河ドラマ大地真央さんの衣装は天守閣に。

その衣装はドラマ用なのでやはり骨董のような繊細という感じではありません。

大河ドラマの江は私には漫画のように見えます。
篤姫と同じ脚本家とは思えない。

ファンの方、ごめんなさい。


 

有名な信長の銅像、ここにあったのですね。鉄道高架をくぐった先にあります。


 


 




 

お城内の日本庭園、枯山水、水琴窟、外の公園も綺麗でした。




五条川の桜は有名です。

天守閣からこいのぼりや力強く貨物を引く機関車が見えます。




 

原発震災 マスメディアの報道を問う

04 /29 2011


 

今日は二つのお城に行ってきました。空襲で焼けたりしてレプリカで残念です。





福島原発事故は日本人が自ら落とした原爆


チェルノブイリでは、134名の急性放射線障害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。
福島では、原発作業者に急性放射線障害はゼロ


事故後、清掃作業に従事した方
*チェルノブイリでは、24万人の被ばく線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。
福島では、この部分はまだ該当者なし。

もう大嘘ばかりですね。それならゆっくり福島原発で陣頭指揮とったらいい。作業服着てるんでしょう。
電話で抗議したらいいのでしょうか。


 

以下は西さんからのメールです。

みなさまへ         西英子です。

伊藤千尋さんの講演会にご参加いただきありごとうございました。
5月の行事案内をいたします。原発震災がありましたので、3回
行うことにしました。


(1)   【 7日 午後の講演会 】

講 演  『 原発震災 マスメディアの報道を問う 

日 時: 5月7日(日) 午後1時30分~4時30分

会 場: 伏見ライフプラザ 12階 第1研修室

講 師: 「週刊金曜日」発行人  北村肇さん
      最新著書 『 新聞新生~ネットメディア時代のナビゲーター 』
             (当日、会場で販売します)
参加費: 800円

主 催: 国民保護法制を考える会
協 賛: 「週刊金曜日」

「節電は御用学者が出たら切る」という川柳が朝日新聞に掲載されました。

福島原発の危機的な状況とその甚大な放射能被曝について、日本原子力
学会の有力会員である学者たちの「解説」を聞くと、「本当のことを教えてく
れよ」といいたくなります。

一方、
ネット上で真実を語る研究者はテレビに出演しません。東京地域で
は東京電力は3大スポンサーの一つだそうですから、テレビ局は「自主規制」
しているのではないでしょうか。マスメディアに流れる情報の出どころは、
すべて東京電力なのでしょう。
北村さんは元毎日新聞の記者だったので、マスメディアの「ウラ」をたくさん
語ってくださいます。

 
  【 7日 午前の上映会 】 

ドキュメンタリー映画 
『 ヒバクシャー世界の終わりに 』
   
     鎌仲ひとみ監督 平和・共同ジャーナリスト基金賞 受賞
              文化庁 映画賞文化記録映画優秀賞
 受賞

日 時: 5月7日(土) 午前10時30分~12時30分

会 場: 伏見ライフプラザ 12階 第1研修室

資料代: 500円
主 催: 国民保護法制を考える会

 内部被曝は原爆・原発・劣化ウラン弾などで起こります。
今、福島原発事故で、ヨウ素、セシウム、プルトニウム、ストロン
チウムなどが、大気中、海洋、土壌へ放出されています。被曝の
心配はないのでしょうか。
「内部被曝がゆっくり人を殺す」と肥田舜太郎医師は言います。
今、福島で起こっていることが、これから後にどのような影響が出
るのでしょうか。「ただちに身体に影響はない」との政府の言葉は
何を意味しているのでしょうか。
今、ぜひ 観ていただきたい映画です。

  
(2)  【 14日 講演会 】

講 演  『 アフガン最新報告とバーレーン緊急取材
       ~米軍の誤爆と劣化ウラン弾でアフガンの子どもたちの命が・・
・』

日 時: 5月14日(土)午後1時30分~4時30分  

会 場: 伏見ライフプラザ 12階 第1研修室

講 師:  ジャーナリスト  西谷文和さん

参加費: 800円
主 催: 国民保護法制を考える会

  
革命前夜のバーレーン、「王政打倒」と立ち上がった民衆、独裁国王の
  非人道的な弾圧にも屈せず闘いぬいた人びとの貴重な映像を観ること
  ができます。
  また、「国境なき芸能団」が、泥沼化したイラクで公演し、ガン病棟の子
  どもたちが笑顔を見せた映像も見ることができます。
  西谷さんは、イラクやアフガンへ毛布や医薬品を運び続けておられます。


 (3) 【 28日 講演会 】 


 講 演  『 原発崩壊~福島原発事故は想定されていた!
           東海・東南海・南海地震で浜岡はどうなる!

日 時: 5月28日(土) 午後1時30分~4時30分

会 場:  名古屋市 女性会館 ホール  ←注意 伏見ではありません
      (名城線「東別院」駅  ①番出口 東へ3分)

講 師: 
ルポライター  明石昇二郎さん
      ルポルタージュ研究所代表
      福島原発の現地を取材、ヒロシマ・ナガサキに次ぐ3発目の
      「原爆」を日本人自らの手で落としたと言います。
      新刊 『原発崩壊 増補版 想定されていた福島原発事故』

主 催:  原発震災の講演実行委員会 (問合せ 西英子)
参加費: 1000円

明石さんは、4月8日の東京新聞で『「原発震災」は想定内』との論文を書いて
います。その中から一部を紹介します。

 
『大震災と原発の大事故が同時に発生する破局的「原発震災」の危険は
少なくとも10年以上も前から警告され続けてきた。しかし、その警告は無視
され続け、実際の対策に生かされることのないまま、現実の話となった。

 現時点で気になるのは、フクシマから放出され続けている放射性物質の
うちのストロンチュウムが公表されていないことだ。被曝した人の骨にたまる
やっかいな元素である。強い放射線(ベータ線)を長期間出し続ける。半減期
は28年、環境内に拡散しつつあると見てまず間違いない。

今や、原発の存在自体が日本社会の一大リスクとなった。
今、声をあげなければ、日本が地震国であり津波国である限り、「原発震災」
は何度でも繰り返される。』

hitomi5235

猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。