続々バガテル薔薇園





バガテル公園第三弾です(笑)ここは2004年の方が観葉植物が豪華でいい感じではないでしょうか。
比べてみてください。続バガテルバラ園

これは2004年に一眼レフで撮った写真を数年前CDにしてもらったものです。それが読み込めなくなり往生しました。


「保存してある情報ファイルの形式が不明なため使用できません」 と出て。

フジカラーのお店に行ったり電話で相談したり。この電話が大変、もう母は電話したくないのがわかります。

人間様が出てくるまでの操作に手間取るので年配者はお手上げです。私もうんざりします。
以前はビデオ録画出来た母も今の新しいテレビは録画はおろか、観ることも出来ません。携帯も勿体ないと解約してしまいました。

またスカパー もデジタルチューナーにかえないと綺麗に写らないということがわかり、面倒でした。こんなことに時間とられています。









バガテルの猫、旅先で猫を見つけると嬉しくて撮りました。まだ猫を飼う前です。
ここにもバガテルの猫や孔雀など










ここでこの時、フィルムがつきました。
薔薇園の奥の風景式庭園のようなこの感じが好きなのに。

ここからは今年のデジカメ写真です。一眼レフデジカメは重くて持っていけませんでした。




庭は同じ六月に行っても当然違いがあります。

二度行くことが出来たのはコッツウォルズのヒドコートマナーガーデンキフツゲートマナーガーデン
続々キフツゲートコートガーデンの案内猫それだけの価値ある名園です。















宇野亜喜良展のライブペインティング~♪





 今日初日の 宇野亜喜良展のライブペインティング 鑑賞出来ました。
こんな体験は初めてです。嬉しい~

76才とは思えないダンディーな方でした!
1934年名古屋市生まれ。出身校も縁がありびっくり。

1950年代からカルピスに勤め広告の仕事を開始、64年横尾忠則らとデザインスタジオを設立。68年からは寺山修司の演劇のポスターや舞台美術を担当。

駆けつけたらすでに二階では80人ぐらいが床にじかに座って待っていました。森村展では午後二時からの対談のために朝十時から二時間も並ばされましたが、今回は30分も待たないで助かりました。

10時半から開始。まだ立って待つ人が少なくて上手くボードがよく見える位置に立つ事が出来ました。その後はどんどん人が増えてきました。

画家とイラストレターはどこが違うのかというお話から、2.7メートル×2.7メートルの白いボードに柳の木炭で左手で描き始められました。

昨夜ホテルで描いたと言われる下書きを取り出されて…

「女の子を描きます。
細い女の子を描いていたが寺山さんのお芝居で太った女性も描いてそれもいいかなと。」

最初にまん中に顔の輪郭、目はあっという間に出来ます。ぼかしが魔法のように決まります。
腕や肩、大きなリボンのついたドレス、次に大きな顔の輪郭かなと思ったら
木や鹿が出現。

でもやはり鹿の上は大きな顔でした。

見せながら書くので仕掛けを作ろうと、工夫してくださったのです。

最後はお花の少女、さすがの薔薇。その後、右上にリクエストで猫を描いてくださいました。尻尾にリボンが付いた薔薇。

形而上学の興味だったか?そんなお話も。







左の「ひとりぼっちのあなたに」 はウン十年前に友人がプレゼントしてくれたもの、意味深な題名だと思いました。

その頃の私は寺山修司 も宇野さんも知らなかったのです。
見開きには几帳面な字でその人の詩が綴られていました。

まん中も古本ですがこの 広瀬隆 の本の表紙も宇野さんだったとは気が付いていませんでした。

右の「さよならの城」 は数年前に古本屋で買いましたが今では三冊セットの復刻版が出ています。。




これが今日描いて下さった作品です。何と後で写真許可にして下さいました!

資生堂に対抗するためにちょっと過激になったというマックスファクターのポスターや雑誌、絵本、アニメ、新聞、少年の頃の自画像と興味深い作品400点が一堂に!

カラヴァッジオやボッティチェリの作品とのコラボや薔薇の扇を持つ女性や少女と猫の絵本の表紙、好みなので目が引き付けられました。




この美術館の隣に茶室があり、展示に合わせたお菓子が提供されます。
お抹茶とこの宇野さんの薔薇の和菓子で300円とはお安いでしょう。










まん中はチケットです。インスタントコーヒーで古色を出した作品。




絵本「ぼくはへいたろう」のガマに驚く猫の動きが可愛いですね。

地球ゴージャスX day





九月の初めに、地球ゴージャスX dayを観ました。久しぶりに生の森公美子さん、中川晃教君の舞台を観たかったから。

地球ゴージャスの公演は初めて見ました。「クラウディア」だけはテレビで見たことがあります。

それぞれに深い悩みや秘密を抱える5人、主婦の夏子(陽月)、高校教師の本宮(寺脇)、精神科医の登志子(森)、カリスマ美容師の聖児(中川)、中国人の趙さん(藤林)。ひとりずつが主人公となる5つのストーリーが続いていく。そして、その5人がマスター(岸谷)の店に偶然のように集まった。果たしてそれは偶然だったのか。そう、Xday…。

冒頭は大音響でこれは困ったと思いましたが後はそうでもなく助かりました(笑)

キャストが裏方もやり舞台上で着替えたり。中々凝ったつくりです。

ACT.2熱血高校教師・本宮のクラスでは、上京を決めたRB(藤林)を心配して生徒達が大騒ぎ。そんな中、悲しい知らせがもたらされた。立ちすくむ本宮と生徒達。地球ゴージャスお得意のコメディ要素が盛り沢山に詰め込まれ、笑いっぱなしの場面だ。それだけにラストシーンが重く残る。また、岸谷、中川、森の高校生ぶりが最高に面白く、見どころだ。

 ACT.3 登志子の場合。カウンセリングルームには様々な患者がやってくる。そのなかでも深刻な患者、一見優秀なサラリーマンの松本(岸谷)は妻の裏切りを告白。逆上して登志子の首を絞める。あらがわず全てを包み込む登志子。時間がくると何事もなかったかのように松本は去って行く。救われることのない松本に思いを馳せる登志子。闇のなかを彷徨い続け、どこか違う場所にいざなわれてしまいそうな森の歌声に、吸い込まれていくような感覚になる。

中川君はもうウィーンミュージカルモーツアルト!にも出ないのでしょうか。


森さんもバンバン踊ってます~♪

パワフルでよく出来ていますが九月は今までになく色々観すぎで…すぐアップしないといけないですね。


地球ゴージャス公式サイト岸谷五朗と寺脇康文が1994年に結成。舞台活動をメインとし幅広い活動を行う企画ユニット。

左から藤林美沙、中川晃教、岸谷五朗、寺脇康文、森公美子、元宝塚歌劇団娘役トップの陽月華. 出演だけでなく振付も手掛ける藤林美沙と6人の少数精鋭で送る。初日前日に行われた会見で岸谷が「6人でも大人数と同じパワーが出せる作品を目指した」と語った。



水谷豊の「相棒」は再放送も観ています。時々見逃すのですが社会的な事件を扱うホンが素晴らしいです。

続バガテルバラ園





パリ市内の広大なブローニュの森の一画に位置するバガテル公園。2004年に初めて行った時はメトロとバスを乗り継いで、とんでもなく遠く感じました。誰も歩いてないし、そのうち馬場の感じになってきて…






今回は連日の美術館巡りや列車の旅で疲れてきて、タクシーで。
でもドライバーが薔薇園がわからず!ナビ頼り、フジタのアトリエやジュイ布美術館でもそうでした。

道は違うので遊園地や森の中でジョギングする人、怪しい女性の姿を見ながら到着、まだ開園前でここで30分も雷雨に震えました。
雷に打たれては困ると…
やっと入れてもらえました。(6月6日)、日曜日のせいか無料。
高級そうなレストランが入り口近くにあるのに、今回も早すぎて縁がありませんでした。ちょうどよかったのかも。この後マルモッタン美術館へ。


雨水飲んでる猫ちゃん達に会いました。早朝でまだ人が非常に少ないので会えたのでしょうか。












この子に再会出来て嬉しかった~正面からの写真を前に撮りましたので探します。




首がない!
追記雑誌太陽「イギリス田園物語」にユニークなガーデンオブジェが載っています。これもそういうちょっと不思議なガーデングッズなのでしょうね



ポタジェ、キッチンガーデンもあります。レストランで使うのかな、イギリスのガーデンでもありました。
チャールズ皇太子の園芸の先生のローズマリー・ヴェアリーさんのバーンズリー・ハウス・ガーデンにもありました。今はホテルになっていて見学も限定。お高そうでまれないのでアフタヌーティ頂いてきました。























続きます。

猫の出迎え~


ネコの出迎え
右はじにもう一匹いるのですが見えませんね。
ご飯くれと泣いてるだけです(笑)
 

消えたパパイヤ猫の動画再アップ

宅配が届いて猫が~

宅配の箱が来ると即座に飛び込んでがりがりするのはママ猫です。
ダンボールを噛みちぎるのは何のため?
小さな薔薇苗を折ってしまったこともあります(泣)
 
期間限定のショパエールが届きました。http://www.moku-moku.com/もくもくレストランは前に御紹介しましたが、レストランでは買えないので宅配です。またダンボールが増えて困ります。野菜と豆腐も注文しました。
もくもくのビールはビール酵母入りで30日しか持たないし、要冷蔵。
あまり飲めない私でも美味しいです。
 
アンバーエールはジャパン・アジア・ビアカップ2007金賞受賞。
世界一ビールになった春うららも販売しています。
 
今日は近くの工事の音に気を取られがりがりもしませんでした。
 
写真の猫はそれぞれ違う猫です。

パパイヤを食べる猫


 
 
この猫は飛んできた蚊をパクリ!
甘えん坊でパパっ子のメスですが男の子のような猫です。子供は遠慮なく親のフードを食べようとっするので油断できません(苦笑)

キュウリ、焼き海苔、刺身、おひたし、スイカ大好きです。納豆もちょっと食べます。
刺身や豆腐についてるたれも早く処分しないとなめます。
以前ビニールを飲みこんで大変なことになりました。

餌を早くれと掃除機のホースをがりがりして穴だらけにした犯人です。
交換しました(泣)

続ロダン美術館のゴッホやバラ



 

アイアンの階段、シャンデリア、花のアレンジ、素敵でしょう。


 



ロダン美術館 (Rodin Museum in Paris) は、フランスのパリ7区にある美術館。

オーギュスト・ロダンの自己の作品及びロダンがコレクションした美術品を中心として所蔵する。

ここでゴッホやルノアールに会えるのは嬉しいですね。
オルセーは日本に多数の作品が行っていましたから。
ゴッホのこのタンギーじいさん、浮世絵もあり、明るくてとてもいいですね。


 


 
wikipedia
美術館の建物は1908年から亡くなるまでの10年間、ロダンがアトリエとして使い、そして暮らした「ビロン邸」(Hotel Biron)である。


 


 

1911年にフランス政府がビロン邸を買い取ることとなったときに、この館を気に入っていたロダンが、自己の作品及びコレクションを国家に寄付するので、美術館として残して欲しいと提案した。ロダンの死後の1919年に開館した。














別館として、パリ近郊のムードン(Meudon)に、ロダンがもう一つ、アトリエ兼自宅としていた館が美術館となっている。
 




  



主な所蔵作品 [編集]
ロダン 「地獄の門」(The Gates Of Hell/La Porte de l'Enfer)
ロダン「大聖堂 」
カミーユ・クローデル  
ゴッホ 「タンギー爺さん」


アトリエでのロダンや『バルザック像』の写真がご覧になれます。

現在、ロダン美術館として使用されている建物は、1728年~1730年にかけて造られました。設計を手がけたのはシャンティイの大厩舎の建築で知られるジャン・オーベール。彼はヴェルサイユ宮殿の天井画を描いた宮廷画家フランソワ・ルモワーヌの手を借りて、ロココ芸術の粋を集めた建築を完成させました。この屋敷が「ビロン館」の名を得たのは、幾人かの所有者を経た1753年、フランス衛兵隊の総司令官ビロン将軍が館を手に入れて以降のことです。
将軍は建物にはほとんど手を加えませんでしたが、庭園をパリ有数の美を誇る姿に変貌させました。その後、1820年にこの領地がサクレ=クール修道会の手に渡ると、庭の一角に小さなチャペルが建てられ、屋敷からは華美な装飾がはいされていきました。

私が今朝から住むようになったこの美しい建物を、ぜひ見にいらしてください。……まるで古いタピスリーのようです」。1908年、詩人リルケは敬愛するロダンに手紙を送りました。修道会の手を離れたこの屋敷は、当時、安く貸し出されており、リルケの他、詩人ジャン・コクトー、画家アンリ・マティス、舞踊家イサドラ・ダンカンなど、その野趣溢れる雰囲気に魅了された多くの芸術家が暮らす場となっていたのです。
 リルケの招きに応じてやって来たロダンは、さっそく庭に面した1階の部屋をいくつか借りることにします。わずかな調度品と自らが収集した絵画や古代彫刻のコレクション、そして自作に囲まれて制作に没頭できる空間──。

潤・us醇Pe Rodin
(Photo Eug醇Qne Druet)
ビロン館をことのほか気に入ったロダンは、ほとんどの時間をここで過ごすようになり、その2年後の1911年、国がこの領地を買い取ることになった際にひとつの提案をします。「全作品と美術コレクションを寄贈する代わりに、この館を自らの美術館に」
ロダンの彫刻6600点、デッサン7000点のほか、彼が収集した絵画や古代彫刻のコレクションを収めるロダン美術館には、現在、年間50万人もの人々が訪れます。

追記  写真ばかりアップして何も知らないと痛感、近くの古本屋に探しに行くと、

さあ、連れて行けと言わんばかりに前に探していて入手できなかったボタニカル・アートと花の名画「百合の美術館」 が現れました!

ロダン関係もアール・ヌーヴォ建築の本もないので帰ろうとしたら積んである本の一番上に!

図書館も休みで本屋さんへ
図説「アール・ヌーヴォ建築」「日本のステンドグラス小川三知の世界」
創元社のエレーヌ・ピネ著「ロダン 神の手を持つ男」
ゲット

「フェニミズム&アート」、服飾史、世界のステンドグラスの本もほしいけれど見送りました。

「ロダン 神の手を持つ男」高階秀爾氏の序文によると


日本ではロダンの名前は早くから知られていた。1980年に岡倉天心が東京美術学校での講義でロダン特質は「力」の表現にあると触れている。
地獄の門は完成していなくて評価も賛否両論の時代に。

1908年、天心はパリのパンテオン広場の「考える人」を見た。
萩原守衛や高村浩太郎もパリでロダンの作品に触れた。

1910年に雑誌白樺はロダン特集号を刊行。ロダンに誕生日を問い合わせるなど文通。雑誌の記念に浮世絵30点を送るとロダンからは返礼として「ロダン夫人」「ある小さき影」「ごろつきの首」の三点のブロンズ像が送られてきた。


1864年、20歳のお針子ローズはロダンと出会う。

息子が生まれたが認知も正式な結婚もしなかった!それなのに53年も献身的にロダンに尽くしたローズ。

「花飾りのある帽子をかぶった少女」は長い間ローズとされてきたがそれは違う。とこの本にあります。まあ、びっくり。

ロダンの遺産を大勢の女性が狙っていたので、友人たちがローズとロダンを正式に結婚させることに。結婚式は1917年1月29日
ローズは同年2月16日に、ロダンは11月10日になくなった。

カミーユ・クローデルは元々ロダンと似た作風で力のある人だった。
私が知ったのは映画からです。若い時の可愛いこと。
懸命に制作する姿と晩年の精神病院での悲しい生活の様子が忘れられません。

上野千鶴子× 森村泰昌対談





昨夜間違えて途中アップしてしまいました。
ポチ下さった方、すいませんでした。



有名な絵画や写真の人物に扮(ふん)して自分自身を撮影する「セルフ・ポートレイト」と呼ばれる手法で世界的な評価を受けている美術家・森村泰昌さんの大規模な個展の上野千鶴子× 森村泰昌対談 に参加しました。




7月31日の森村さんの講演は美術館に着いたらもうその入場券がなくがっかり、朝の家事など後回しにするべきでした(泣)

森村さんがセレクトした映画祭や硫黄島の星条旗 に関連するワークショップ「あなたはどんな旗をかかげますか」 もありました。

9月4日の対談には是非と開館と同時に入りました。
まさか12時まで並ぶ羽目になるとは。

対談は二時からなのでお昼はと言うとレストランは満員。駐車場のかなたにあるレストランまで行く羽目になり鑑賞する時間はあまり残されていませんでした。

7月31日に時間かけて見ておいてよかったです。
現代美術は絵や写真だけでなく映像があるので鑑賞に時間がかかります。
4時間かかったと言う女性もいます。それだけ内容が充実していました。

特に三島由紀夫やレーニン、(釜ヶ崎で現地の方々に百数十人も集まってもらい撮影)チャップリン に扮しての演説!
その時の様子はこちらです。
森村泰昌ー「なにものかへのレクイエムその1






「海の幸」はあの硫黄島が舞台です。森村さんのお父さんらしき方がヒマワリなどの花を持って海辺を歩いて行くと、モンローが現れて、あの有名な白いドレスが血ぬられて…それを海で洗って男は白旗にします。

三島由紀夫に扮しての演説、ちょっと可愛らしい三島です。





静聴せよ。
静聴せよ。
静聴せよと言っているんだ。
静聴せよと言っているのがわからんのか。

私は、あなたがたに、このような状況下で話すのはむなしい。
しかしながら私はこの日本の文化というものを、
この日本の文化を頼もしく思っているんだ。
しかし日本の政治は政権争いの謀略、私利私欲に走り、
芸術もまたマスコミに踊らされ、流行現象の片棒をかつぎ、
世界戦略とやらにうつつをぬかし、コマ―シャリズムと売名行為、
経済効果が価値とばかり、精神的にからっぽに陥っている。

静聴せよ。
静聴せよ。
静聴せよと言っているんだ。

日本の根本がゆがんでいるんだ。誰もそれを笑っているだけだ。
それでだ。昭和45年11月25日、なにが起こったかだ。
1970年だ、万博ではないぞ。

東京新宿、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地東部方面総監室、そうだよ、
ここは戦後の戦犯に判決が下された、
あの東京裁判の場でもあったのだが、
そこにひとりの男が自らの死と引き換えに乱入し、
ヤジと罵声のなかで演説した。

おまえら聞けえ。聞けえ、
静かにせえ、話を聞け、
男一匹が、命をかけて諸君らに訴えかけているんだぞ。
いいか、いいか。

それがだ、いま日本がだ、
ここでもって立ち上がらなければ、諸君てものはだね、
永久に外国の文化の奴隷である。外国の軍隊の犬である。
だから、だからだよ。諸君の、諸君の決起を待っているんだよ。

諸君は表現者だろう。
それならば、自分を否定する表現に、どうしてそんなに憧れるんだ。
自分を否定する流行りすたりに、どうしてそんなにペコペコするんだ。
そうしている限り、諸君てものは永久に救われんぞ。

多くの間違った文化現象がこの世に跋扈している。
芸術がめざすものとはなんなんだ、日本的なるものとはなんなんだ。
みんな、みんな間違っている。
あいつもこいつもみんな間違っているんだ。
この間違いに気がついたものはいないのか。

わかった、わかったよ。
諸君は芸術のために立ち上がらないと見極めがついたよ。
これで俺の芸術に対する夢はなくなったんだ。
それでは俺はここで万歳三唱を叫ぶ。

万歳! 万歳! 万歳!
万歳! 万歳! 永遠の芸術万歳
万歳! 万歳! 万歳!

外国の軍隊の犬と言うのは痛いですね。
沖縄や各地の基地付近の人々をを犠牲にして。

この三島の制服、そごうだったか、に頼んでフランス軍の軍服ということです。
中曽根防衛庁長官は、外人記者クラブの会合で「楯の会をどう思う」と聞かれて、
「宝塚少女歌劇を思い出す」 と答えて満場を爆笑させたそうです。


二時間の予定のはずだった演説が五分と続かなかった三島

"よし、諸君は憲法改正のために立ち上がらないという見通しがついた。
 それでは、ここで天皇陛下万歳を三唱して演説を終わる。"
それが最後だった。


前後に並んだ方たちは千葉や北陸からの熱心な森村ファンで画像1.2の高松美術館の森村泰昌モリエンナーレ まねぶ美術史も鑑賞された方がみえました。

対談相手は森村氏が対談相手に希望したのは社会学者の上野千鶴子氏。

私もやっと上野さんに会えました。上野さんは鮮やかでお洒落な赤の袖なしのブラウスに同色のピアス?イヤリングやネックレス(赤い球が中央にあるもの)黒のロングドレスでした。

森村さんはやはりきゃしゃな方なんですね。
上野さんもおしゃっていましたが小沢さんのような風貌ではモンローやドヌーブになるのは難しい(笑)

黒の上下に中のシャツがブルー系の格子柄、靴は上等のスニーカー風でした。

申し合わせたようにお似合いでした。

上野さんのおしゃる事はおこがましいけれど同じ女性として同類項なのか、何度も目があってうんうんと納得。最前列でした。

森村さんはやはり男性なのでタジタジ?

上野さんは私も昔、目が覚まされた 村上信彦=服装の歴史 に言及されました。

キモノやスカート、ズボンとの闘い!
無防備でいつでもOKのキモノやスカート!




引用です。
今、森村さんの新作を集めた展覧会が開催されている。
テーマは「20世紀との対話」。アインシュタインや毛沢東、レーニンといった著名人や、太平洋戦争末期に日米が激突した硫黄島の戦いなど、20世紀を代表するシーンや人物をモチーフにした作品である。中でも森村さんが強く意識しているのは「1945年」。混沌(こんとん)とした現代社会を生み出した出発点は、1945年にあるのではないか。そう考えた森村さんは、1945年と前後の数年間を象徴する歴史的瞬間や人物になりきって時代を追体験することで、20世紀の功罪を確かめつつ、歴史と自分自身がつながり、未来を考える道標を築こうとしている。



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