ミュージカルガイズ&ドールズ



  


東宝ミュージカルガイズ&ドールズ を観ました。東宝はいつも生演奏で嬉しい。

お堅い救世軍の女軍曹を落とせるかと賭けるギャンブラーのお話。
14年間婚約しているショーガール、アデレイドとネイサンのカップルが絡みます。

このショー場面が楽しい。
昔の映画でもキヤバレーのショー場面が好きでした。

1993年9月の来日公演を観ているがこの時、アデレイド役として、 ローナ・ロフト(ライザ・ミネリの妹) が、来日していたとは、全く忘れていた。
高い席はがらあきで後方の席が一杯だったのをおぼえているぐらい。

情けない。
私はレ・ミゼラブルやジーザスでミュージカルファンになったので昔のコメディは苦手なのかも。上質の喜劇自体は好きなのに。


宝塚版は未見。

今回も一幕目は眠くて眠くて。ミュージカル誌でもニッキの帽子のかぶり方が気になり、ここでも。

スカイの 内 博貴 君は全然知らなかったのですがハンサムですね。
ポスターでは少年っポイけれど実際の舞台では大人になりスリムでカッコいい。

いつもと違う客層、中でも金髪の大盛りヘアーのピンクのドレスのお姉さんが目立っていました。





サラ 笹本玲奈お母様は宝塚出身。 ミュージカル「ピーターパン」の5代目主演を務める。全149公演は10代主演女優として日本ミュージカル史上最高記録。
2007年、
ミー&マイガールのサリー・スミス、マリー・アントワネットのマルグリット・アルノーの役の演技に対して第32回菊田一夫演劇賞受賞。
2008年、「ウーマン・イン・ホワイト」で第15回読売演劇大賞優秀女優賞および杉村春子賞受賞。

「ウーマン・イン・ホワイト」「ミー&ガール」では感心しました。若いのに演技も歌唱力も高い。

アデレイド 高橋由美子 凄くチャーミング。
大好きなミュージカルモーツアルトの姉ナンネル役も素晴らしい。

ネイサン 錦織一清

ナイスリー・ナイスリー・ジョンソン 金澤博  
カートライト将軍 荒木里佳

金澤さんと荒木さんの歌唱力が素晴らしくて聞き惚れました。





「ガイズ&ドールズ」は 1950 年のブロードウェイ初演と同時に大評判となり
1200 回のロングラン公演を記録。現在も世界中で再演を繰り返している。
お堅い女性・サラを落とす賭けをしたギャンブラー・スカイ、
14 年間も婚約中のギャンブラー・ネイサンとショーダンサー・アデレイド。
ニューヨークを舞台に 2 組のカップルが織り成す騒動を、
洒落た陽気なナンバーで彩ったミュージカル・コメディの王道作品だ。
映画版はマーロン・ブランドとフランク・シナトラ の共演で 1955 年に公開され大ヒット。
翌年には日本でも「野郎どもと女たち」の邦題で公開された。
これまでにトニー賞計 8 部門受賞(主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞、
ミュージカル作品賞、振付賞、装置賞、演出賞、リバイバル作品賞)の栄誉に輝いている
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お悔やみ川本喜八郎さん



  


左はパパ猫やブランに荒らされた後珍しく水飲みに来たママ猫、
右はロダン美術館のバラ。

人形劇三国志などで有名な川本喜八郎さんがお亡くなりになりました。

飯田の川本さんの美術館があると聞き講演に駆けつけたのが唯一のチャンスでした。
あの時はお元気で楽しそうにファンに囲まれ講演されました。さみしいですね。


2007年の記事の一部です。
 飯田は戦後まもなくの大火で昔の町並みを失ったのが残念。お祭りで歩行者天国、楽しい授業や流しそうめん流しも開催。先週は人形劇フェスタで全国から学生、プロ、アマの人形劇が行われた。来年はなんと30周年で世界の人形劇が鑑賞できるそうだ。

 この飯田は300年の歴史を育む人形劇のまち、その中心街に2007年3月25日に美術舘はオープン。川本さんを館長に迎え「三国志」などの人形の寄贈を受けた。川本さんは80歳になられるのにお元気でにこやかにお話された。公演に先立ち、貴重な人形の撮影も許された。皆さん、大喜びだったのはいうまでもない。


2007年アニメの「旅」「道成寺」「死者の書」を観てとても魅入られました。


三国志操演や地元の黒田人形の素晴らしい実演を鑑賞出来ました。




ばらシャワーと猫








ママ猫はいままでばら水飲なかったのに…

6月の旅行中は水やりしてもらっていたので枯れはしなかったのですがベランダのばらには早くもハダニがついていました。

花壇の黄色のイングリシュローズセントオルバン やピンクのウィズリー、バレリーナ は元気いっぱい。

特にセントオルバンはツルばらになり高い所にも花が一杯咲いて花殻始末に追われました。

7月も暑くてベランダのバラたちは弱りました。

でもそこに天の助け、バラ友に教えてもらったフレグランスさんのブログで、夏はバラの頭からシャワーのようにかけたらいいと言うのでやってみたら

アイスバーグやエンジェルキャンプスキー、エマニュエル、グリーンアイスなどが沢山咲さいてくれました。
花は真夏なので小さいのですが葉も沢山あるので咲かせています。

バラシャワーのおかげか、いつも夏は悩まされるハダニはいません。

でも時々、花壇では蕾を食べられています。小さな細長い虫発見!

ベランダが強烈な日差しとエアコンの熱風(可哀想で一人の時はエアコンつけないようにしていますが今年はきつすぎます)、忘れていた傘を三本さして、遮光カーテンもかけました。

テレビで園芸用の寒冷紗を紹介したので一時売り切れになっていました。

夫も自分の大事な蘭に毎日しっかり 寒冷紗をかけています。

写真にするとはえないのですが元々ティシュをくしゃくしゃにしたような華を初冬まで咲かせてくれるエンジェルキャンプスキー、細い枝にも沢山花がつきます。

いつものようにばらをいけるとパパ猫と娘ブランがそのばら水?を飲むためにかき分けたりバラを出してしまいます。

ピエール・ド・ロンサールはつい最近までぽつぽつ咲いていました。






午前中、薔薇水の犯人?の猫は北側の窓で寝ています。



日曜美術館  長谷川りん(さんずいに燐のつくり)二郎の猫
その画家は一枚の絵を完成させるのにひたすら待った。
愛猫が美しい毛並みをみせて心地よさげに丸まる初秋の日々を。
土の色が美しく輝き、緑がもゆる春の日を。
愛猫はひげを描けぬまま6年後に死んでしまったし、土の色には10年以上を要することもあった。



 


この猫、切手になった猫ですか。タッチが似ているのですが。
左は長谷川りん(さんずいに燐のつくり)二郎の絵のモデル猫
右はうちのママ猫、ルンバで掃除する時お店のように椅子を上げるようになりました、ここが彼女のお気に入り。
ちょっと怖い顔は眠いから。


  

この絵の静寂な雰囲気も好きです。




ぱんじいさんに教えてもらったリボンの猫の脳内です。愛が一杯!


ぱんじいさんはキング牧師の記事アップされています。


追記 バラには花がつかない、ブラインドが一杯でがっくりです。

パリ・パッシーのアールヌーヴォ建築





6月6日にバガテル、マルモッタン美術館 のあとにパッシーのアールヌーヴォ建築 を観に行きました。

バガテルの記事はまだ途中です。

98年3月にパリに行った時は、ホテルだけが付いた6or7泊ツアー(15万+一人部屋代金)で今は名前が変わってるニッコードパリに泊まりました

毎日ホテルからセーヌに行きかうバトー・ムッシュを上から見ていたのに乗る時間はありませんでした。今回も(o´_`o)

98年帰国する日にセーヌの対岸のバルザックの家 とその付近のアールヌーヴォ建築を見学しました。

バルザックの家はパリには珍しい庭付き一軒家、銅像の所にベンチもあったのですが座る気にならない鳥の落し物が~

1976年に開業したホテル・ニッコー・ド・パリ開業(764室)は2002年ノボテル・パリ・ツール・エッフェルに改称されています。


ガイドブック片手に、だけれどなかなか探すのは難しい。
98年ホテルから見ていたラジオフランスも様相が変わりでした。工事中。

余談ですがギャラリー・ラファイエットの天井のステンドグラスも素晴らしかった。今回は行けませんでした。

建築としてのアールヌーヴォが初めて登場したのはブリュッセルのオルタのタッセル邸(1892)
それを見学して感銘を受けたギマールが帰国後設計変更を加えて完成させたのが、このカステル・ベランジェ。パリで最初のアールヌーヴォ建築になった。

私がここで写真撮っていた時、東洋人ではない女性二人も外から見学していました。
ほかでは見学する人はいなかったです。


  


36戸からなるアパート。プランが全部異なる。外観は砂岩、レンガ、タイル、鉄と様々。ベランダや換気口などに奇怪な生物のような鋳鉄さ行くまで付けられた。そうした統一感のない賑わしい外観や薄気味の悪い内装・パネルから、アパートの名をもじって「おかしな館カステル・デランジェ」と当初冷たい批評を浴びた。今そのおかしな館は16区のラ・フォンティーヌ街にはなくてはならない存在に。下村純一「アールヌーヴォの邸宅より」


以前、ウィーンのシェーンブルン宮殿に住んでる人たちがテレビに出ました。


ギマールが手掛けた地下鉄の入り口はパリ市内に凡そ170もあったといわれています!その多くは、20世紀の前半には取り壊されてしまい世界中の美術館に引き取られたそうです。


  



このカステル・ベランジェに引っ越して来た女性が、一週間寝込んでしまったという言い伝えさえあります。そんな評判に対するギマールの答えは。「慣れてしまえば、なかなかいいものですよ」エクトル・ギマールは、1867年リヨン生まれ。

ギマールも名前とメトロ入り口の有名な装飾ぐらいしか知らないのです。
ブログにアップして見ていただかないと調べることすら忘れてしまいますから。
モンソー公園のメトロ入り口




オテル・メザラ
1910-1911 三階建ての戸建て住宅はパリには珍しい。ナンシーでも似たような建物がありました。
ここの一階の半分ほどは施主のタペストリーの店舗で天窓や扉では優雅な曲線のステンドグラスが輝いてるそうです。が公開されていない。

家具はオルセー美術館にもありました。ギマールは建物だけでなく家具やステンド,証明器具階段などすべてのものを設計。



このマンションの手すりにもメトロの装飾と同じようなものが。



最上階のベランダは沢山の花たちが植えられています。



高級住宅街ですが安いスーパーもありました。












アール・ヌーヴォーという国際的な運動の中にあって、ギマールは孤立した狙撃手のようであった。彼はまったく弟子をとらず、学派もつくらなかったが、そのために彼は長らくこのアール・ヌーヴォー運動の脇役と見なされがちだった――この建築家は、著しく旺盛な創作活動を行ったわずか15年ほどのあいだに、彼自身渾身の、形式的にも文字どおり夥しい数の建築・装飾作品を製作したにもかかわらず、それらは後世には伝えられなかったのである。



しかし、こうした目覚ましい発明の数々やあらゆる方面へのデモンストレーションにもかかわらず、新聞や人々の目は急速にギマールから(その作品というよりも、いらだつこの男から)離れていった。そして彼自身こそが、アール・ヌーヴォーの代表者にふさわしい人物として、この運動の理想の抱える本質的な矛盾の犠牲者となったのであった。すなわち、彼の最も完成された製作物が、大多数の人々にとって金銭的な意味でアクセスできないものであったし、そしてその逆に、彼の規格化への試みは、彼自身の語彙にそぐわないものだった。戦争を恐れて亡命したニューヨークで(彼の妻はユダヤ人だった)1942年に没したとき、ついに彼は完全に忘れ去られたのだった。




地図で見るとマルモッタン美術館からパッシーまであんまり遠くもないと思っても中々見つけるのは難しく土地の方に聞いてみると…バスを教えてくれたり運転手さんに降りる場所を頼んでくれたりします。ありがたいことです。

いったん見つけるとわくわくで夢中で歩きます。

ビルの隙間からエッフェル塔がちらり見えたのですが。

ラジオフランス付近のカフェのサラダ、下にハンバーグがありましたがあんまり美味しくはありませんでした。

マキシムのアールヌーヴォー美術館も行きたかったのですが時間はありませんでした。

バガテルバラ園の動物たち



バガテルとはフランス語で「小さくて愛らしいもの」という意味。
パリ市内ブローニュの森の一画に位置するバガテル公園には、幾何学模様の庭園や菖蒲園、池などがあり、季節の様々な花を楽しむことができる、パリ市民にこよなく愛される公園です。
なかでも20世紀初頭の天才造園家フォレスティエがモネたち印象派の画家にインスピレーションを得て設計したとされるローズガーデンは、毎年6月に「国 際バラコンクール」が開かれるなど、世界で最も権威あるローズガーデンとして知られています。約1万本のバラが植えられている。

河津バガテルにはマリーアントワネットの田舎屋のコピーがありレストランになっています。やはり規模が違いすぎます。

バガテルばら園はちょっと遠いし広いのでやめようかと思いましたが2004年に行った時、奥の風景式庭園?の所でフィルムが尽きて写真が撮れず気になっていましたのです。
その映像はネットを探しても出てこなくて。と言うことでやっぱり行きました。無料でした。




定番の孔雀、空を観ておわかりのように、開園前、30分以上も雷雨で早く着きすぎた私は震えあがりました。
寒いし、ここで雷で死んだら…






この猫はたまった雨水を飲んでいました。



















メスはひっそりと木の陰に







まん中に小さく茶色のネコ。ギリシャ・ローマ風の像の間にモノクロの古い動物写真、ここもアニマル展?




バガテルのバラの御紹介は、これからです。

あいちトリエンナーレ開幕と動物の椅子追加



寒い時に久屋公園で宣伝の小さなテントがありました。
中には可愛いお嬢さんが!

この猛暑の中に、また違う可愛い小屋のようなものが出来ていましたが写真はありません。

これは名古屋駅高島屋に展示されている草間さんの作品。幸い誰もいませんでした。これが






公式サイトより

昨日のオープニングレセプションにいらっしゃっていた草間彌生さん。名古屋駅に到着後、実はスペシャルなことが起こっていたのですがご覧になった方、いらっしゃいますか?!
現在、ジェイアール名古屋タカシマヤ1階ではあいちトリエンナーレ応援企画として、あいちトリエンナーレ2010出展作家の作品が展示してあります。1階の総合案内付近には草間彌生氏による水玉かぼちゃのアート作品、「カボチャの自己消滅」が展示してあるのですが、今回その展示を見に行った草間彌生さん、作品名にちなんでご自身もカボチャの一部になってしまったのです!!!



草間さんやヨーコさんの平和を願う気持ちに共感しています。




これは全然関係ないのですが先日のオオキツネノカミソリと温泉の帰りに通りかかった橋。

車の中から見た風景です。緑の橋のように見えました。

橋の上に小さな花が咲いていました。もう渡れない古い橋です。




オオキツネノカミソリ




パリ装飾美術館の追加写真です。テーマがアニマルだったのでこんな長椅子が展示されていました。コンセントにもクマさんが~座るための椅子ではなさそう。
昔、松坂屋にあった岡本太郎さんの手の形の椅子は皆がすわれました。

そこでラジオ放送をしていました。

装飾美術館の椅子と家具

 

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先回の装飾美術館の扇と靴についてこんなサイトがあります。
アンティークやさんのサイトですが扇の説明があります。

ネットで検索した後、図書館二軒廻りましたがあの動物の足のような靴は出てきませんでした。

ギリシャ・ローマ時代には女性および高位の男性はサンダル、一般の男性は労働に適する靴を使用。

ルネサンス時代、背を高く見せるため、あるいは汚物の多かった道路を歩くため、乗馬のためか高下駄のようなチョピンが現れる。



靴も椅子も日本で普及し始めるのは明治以降ですね。

坂本龍馬が初めて靴を履いたと言われます。

靴は労働するものでサンダルとは違う。
特に王様のサンダルには武器や外国の人が金箔で描かれ、それを履く事で
'''「相手を踏みつける!」'''
すなわち勝利を意味し、王様の偉さを称える物。

椅子もそうですね。王の椅子、絵や舞台に登場する椅子を思い浮かべるとわかります。権威の象徴でした。

椅子日本は、椅子に座るという文化がまったくといっていいほど発達しませんでした。
椅子が日本国内に普及し始めるのは明治以降です。
さらに、私たち一般の家庭に浸透するのは、第二次大戦後です。
日本における椅子の歴史は、ほんの数10年しかないのです。



アールヌーボの家具。日本の骨董屋さんでもよく見かけます。






富士のように見えるベッドヘッド、ガレっぽい?


 




エジプト、ローマにあこがれての家具?



テーマがアニマルだったのでこんな長椅子が展示されていました。
コンセントにもクマさんが~座るための椅子ではなさそう。
昔、松坂屋にあった岡本太郎さんの手の形の椅子は皆がすわれました。

そこでお昼にラジオ放送をしていました。







最後は載せそこなったオルセー美術館の椅子です。
説明が後手後手になっていてすいません。
家具も好きなだけで勉強が不十分です。

オオキツネノカミソリにあってきました~

 

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東海の花の名所オオキツネノカミソリ群生地に行ってきました。こういうのを見つけるのは連れ合いです。花のマクロ写真は夫担当

名前が可愛いでしょう。道から600メートルとありましたが結構急な坂道で濡れていますのでちょっときつかったです。

到着して止まると汗が~

愛知県豊田市稲府町 大栗山オオキツネノカミソリ群生地 稲武町から国道257号を豊橋方面、大井平公園からしばらくで主要地方道東栄-稲武壱線を面ノ木原生林方面(名古屋市稲武野外教育センター)へ、けやきの森登山口に案内板があります。

もう最盛期は過ぎていますがひんやりした空気、緑と穏やかなオレンジに癒されました。




オオキツネノカミソリはヒガンバナ科、このサイトに綺麗な写真があります。

葉は花が出る前に枯れてしまいます。
 現在このオオキツネノカミソリは、県内では雲仙岳、国見山などで、また県外でも分布が確認されていますが、なんといっても一番多く見られるのは、多良山系の上部斜面です。  多良岳ほどの大群落は、ほかでは見あたりません。
  また、この花の名前は、多良岳の標本をもとに、我が国における植物学の礎を築いた牧野富太郎によって名付けられました。









茶臼山にちょっと寄って…
帰りはどんぐりの湯でひざをケア。この温泉は二回目ですが新しいお店が出来大繁盛していました。行きは広い駐車場が満車。
おそばも安くて手打ちです。

奥の温泉側はすいていていて団扇をもらいました。
赤目四十八滝全部廻るった時はもっと痛くてやっぱり温泉のお世話になりました。連れ合いは温泉が大好きです。

ミュージカル春のめざめ

 

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今日は久しぶりに劇団四季のミュージカル春のめざめを観ました。

この公式サイトに動画もあります。

終演後小さなうちわをもらいました。
表裏に今名古屋で上演してる春のめざめとオぺラ座の怪人が!


劇団四季の舞台はなんと解ってたまるか!以来、1年7ヵ月ぶりです。


  

劇場に入ると何やら教室のような雰囲気、ステージシートというのが舞台上の左右にあり、観客が座っています。後から俳優も座りました。


嬉しいことに生演奏!ロックミュージカルというのですがクラシックのような美しい音楽から始まりました。チェロやヴァイオリンの響き、大好きです。

春のめざめはちょっと昨日アップした映画キャタピラー と重なる面もありましたし、以前テレビで観た映画も思い出しました。題名知ってる方は教えてください。
こんな驚きの映画です。

ある少女がレイプされたのに男を惑わしたという罪を着せられて修道院に監禁され過酷な労働をさせられた実話 の映画です。

とても封建的な考え方です。
この舞台も19世紀に書かれたドイツのヴェデキントの戯曲が原作です。

ミュージカル版台本・歌詞の S・セイター さんは校舎の火災が原因で何カ月も病床に伏した経験があります。
そしてマイケル・ムーア も映画に取り上げたコロンバイン高校での銃乱射事件 (生徒二人が校内で銃を乱射し、多数の生徒、教師が死傷)が転機になり早く世に出したいと強く思うようになったのです。

若者の心を大人が聞いてあげなかったことで文化から阻害され、フラストレーションをため込んでしまった。そのはけ口を知らずああいう事件になった。
劇場とは、エンターテインメントというだけだなくカタルシス的な心を清める場である。この作品を世に出すことで行き場のない思いを抱く若者たちの手助けが出来るのではないかと。

四季の機関誌ラ・アルプのインタビューから引用しました。

良い舞台や映画はこのカタルシス的な心を清める作用があります。

性の悩み、友人同士の葛藤、いじめ、親の虐待、教師の無理解などが描かれます。誰でも関係ないとは言えない普遍的なテーマがいいですね。

初めて見たような若い俳優さんばかりですがいつも感じていた型にはまった演技でなく大変よかったです。
きっと通り過ぎて間もない俳優さんたちだと言うこともあるでしょうね。

どうしたら赤ちゃんが生まれるのと母親に聞くベンドラ、自分が妊娠したわけもわからなかった。小松加奈さん、少女の無垢な感じ、よく出ています。
彼女のライオンキングのヤングナラを観たかもしれません。
その頃はそんな重要な役をやっているとはわからなかったそうです。子供ってそういうことなんですね。

モリッツ三雲肇どうして彼が退学させられなければならないのか、痛々しい。

メルヒオール上川一哉、マルタ撫佐仁美忘れません。


  
大人の男性役はレ・ミゼラブル初演から忘れられないインパクトのある 田代隆秀 さん、教師や親、次々と違う役を演じます。大人の女性も同様。

ショッキングな場面もありますがとても真摯な舞台です。若い人に観てもらうためか昼間の公演が多いです。
私も観劇をお勧めします。

親になると誰でも子供から性の事を聞かれます。私は幼い子には絵本しろいうさぎとくろいうさぎが良いと聞いたことがあり買いました。

『100万回生きたねこ』もいいですね。一生懸命生きること愛することを教えてくれるのではないでしょうか。

今は性教育の科学的な良作もあるので参考にしたらどうでしょうか。
子供の質問には真摯に向かわないともうそのあとは聞いてくれなくなってしまうんですね。

愛された記憶があれば昨日の海老蔵の番組でも親戚の子の場合もそうでしたが、親を悲しませることはできないと道に外れそうになっても戻れるのではないでしょうか。

歌のシーンになると突然、俳優がマイクを取りだす演出にびっくりですがこれも意味があるようです。

傑作キャタピラー!

 

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今日は久しぶりに劇団四季のミュージカル春のめざめを観ました。この話は又別の機会に。

春のめざめはちょっとキャタピラーと重なる面もありましたし、以前テレビで観た映画も思い出しました。題名知ってる方は教えてください。
こんな驚きの映画です。

ある少女がレイプされたのに男を惑わしたという罪を着せられて修道院に入れられ過酷な労働をさせられた実話の映画です。

キャタピラーは戦車の事かと思っていましたが芋虫の事なんですね。

農村の二男が村の歓呼の声に送られて戦場へ、

戻ってきた時は、手足もがれ言葉もろくに話せない、
ただ食べることと寝ること。

反戦川柳家鶴彬
手と足をもいだ丸太にしてかえし
 万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
そのものです。
鶴彬ーこころの軌跡

鶴彬にズバリ詠まれた国は彼を治安維持法で逮捕し殺しました。

今、人気の番組ゲゲゲの女房は今、水木さんの戦争体験放送中ですね。


  
 

この映画は中国人女性が炎の中で日本兵に犯され刺殺される場面から始まります。

抵抗する女たちに九蔵(大西信満)が「黙れ!黙れ!チャンコロが!」

日本人は明治になるとアジアの人たちを蔑視することを教え込まれました。

こういうダルマのような身体で帰ってきた人たちは他にもいたそうです。
私も何かで読みましたが寺島しのぶさんも年配女性から聞いたそうです。

彼らは新聞に軍神様と書き立てられ勲章をもらう。



九蔵は戦地に行く前は妻に子供を産めないうまずめとののしり毎日殴っていました。

こんな身体で帰ってきて妻に全部世話になりながらも食事も彼女の分まで食べてしまうしセックスを要求する。

その時には飾られている、彼を軍神として讃える新聞と3つの勲章、天皇皇后の御真影が映し出される。

その後の彼女の機織りは夫に対する怒りを感じる。
彼女は実によく働く。夫の介護、畑仕事、機織り、実に美しい。

シゲ子が夫に自分の分まで食べさせて「お・し・ま・い」という所なども、心に残る。

そのうち、二人の立場は逆転する。

夫にまたがる妻の顔と強姦し虐殺した中国女性の顔と重なり苦しむようになる久蔵。

新聞、ラジオは敗戦まで日本の勝利を伝える、みなウソなのに。

こんな中一人だけ不思議な人物がいる。戦争中は赤い襦袢を着て、へらへらし
女たちの消火訓練や刺殺訓練も観ているクマさん。

空襲には全然役に立たないことを大真面目にやらされていたのです。

このクマさんは戦争が敗戦に終わると喜んで普通の服装で働いていた。
こんな人が本当にいたらしいです。
戦場に行けば人殺しをさせられ自分もみじめに死なければならないから。
よほどの意思がなければできない。非国民という言葉が一番、怖い時代。

最後には14歳以下から40歳台、病弱なシゲ子の弟まで出兵した。

BC級戦犯の処刑の様子。
朝鮮人BC級戦犯はチャンギ刑務所でも非常に過酷な扱いを受けていたのです。日本人でもないのに、差別されながら日本兵として駆り出されて処刑されるなんて。あんまりの事に申し訳なく思います。


  


アジアにおける死者 2000万人

第二次世界大戦による全世界の死者 6000万人}}}

元ちとせ「死んだ女の子」

甘い飴玉もしゃぶれないの
紙きれみたいに燃えた私は

平和な世界にしてちょうだい
炎が子供を焼かないように
飴玉がしゃぶれるように


若松監督ありがとう!私は監督の映画は実録・連合赤軍あさま山荘への道程ぐらいしかみていませんが2本とも真面目な良い作品です。
ずっと泣いているような映画です。

映画館のまえでは観客が一杯。
監督の映画館は大きくないので時間より早めに行かれることをお勧めします。

私は千円の前売りを買って置きました。
パンフレットも千円ですが脚本も付いているし、読みでがありますので、これもお薦めです。

隣席の女性と意気投合してしまいました。



この映画レビューもいいですよ。
キャタピラー
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猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。

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