装飾芸術美術館その2装身具・食器・アニマル


暗いので画像もよくないし、説明もなくすいません。

 


日本や中国から伝えられた扇はヨーロッパで欠せない流行品、ぜいたく品になりました。扇の骨は象牙やべっこう、螺鈿。
扇に描かれた名画のコピー、羽の扇、さまざまな扇があります。
結婚式の扇は綺麗なケースに入れられて飾られました。

神戸ファッション美術館の扇展、膨大な扇のコレクションでした。
あれほどの扇をどこから調達したのでしょうか。
ロンドンの扇美術館からも借りたのでしょうか。

当時図録がなくて後から知人にCDロムを買ってきてもらいました。やはり図録がいいですね。
ポーラ美術館が扇の本を出してくれました。
友人が貸してくれた扇美術館の図録が素晴らしい。

扇はマルモッタン美術館でも観ましたが2点ぐらいだったと思います。







ルイ14世の有名な肖像画みるとハイヒール履いてますね。
たびのような、動物の足のような靴。中国の纏足も思い出します。
流行とあらば何でもやってしまう人間。






この様なレッドやブルー&ホワイトの食器にひかれます。あまりに豪華なキンピカは縁がありません。
















この時は動物がテーマでしたので絵の中にも犬や猫が登場してます。
元の絵より現代の飾りの猫の方がメインになってしまいました。




少女と犬の絵

追記 靴の歴史を調べていますがネット上ではなかなかわかりません。図書館行かないとダメかもしれません。

こちらのサイトに写真が出ています。靴工場の社長さん
元の資料を観たいものです。

特に王様のサンダルには武器や外国の人が金箔で描かれ、それを履く事で
'''「相手を踏みつける!」'''
すなわち勝利を意味し、王様の偉さを称える物だったんだそうです。

ドラマ15歳の志願兵と加害の罪



地元の女性が身体はって破壊から守った校舎です!

アメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の校舎と講堂
昨年のヴォーリズ展 in 近江八幡でその他の建築も見学できました。

さうがに旧制中学の話なのでウサギと亀のブロンズは写しませんでしたが全体像とあの階段派一度見たら忘れません。

この話はあいち平和のための戦争展にも出ていました。

 太平洋戦争中の一九四三年七月。名古屋市の旧制愛知県第一中学校(現・旭丘高校)で、校長や教師らが講演会で国の危機を強調し生徒の愛国心をたきつけて、呼応した三年以上の生徒全員が旧海軍の甲種飛行予科練習生(甲飛)への志願を決める、という事件が起きた。「愛知一中予科練総決起事件」と呼ばれる。

校長、教師らが「愛国心」たきつけ 今に通じる教育の危うさ

国から割り当てられた「志願」という名の強制、満蒙開拓義勇軍の少年も朝鮮の少女たちの名古屋三菱の軍事工場への勤労動員もそうです。後者は学校に行きながら働けると騙して連れてこられてただ労働させられました。訴訟になっています。

校長や教師が
航空兵として死地に突撃することだけがただ一つの道
 「増援を願う前線の叫びに、諸君は注意を払わない。残念だ」などと口々に叱吃(しった)。その直後に開いたクラス会や生徒大会。「上級学校の進学しか考えないのは利己主義だ」「おれは勉強をやめる、火の玉になって太平洋を飛ぶ。皆も続け」などの殉国論が大勢を占め、「戦場へ出ることだけが唯一の報国の道か」という疑問の少数意見はかき消された。生徒大会は異常な興奮に包まれ、最後に「行く者は立て」の叫びに全員が立ち上がる。父母らの一部からは疑念の声が出たが、当時の新聞はこの事件を「快挙」と賛美した。

そんな中、
南洋で特攻・戦死した愛知一中出身の成瀬謙冶さんは、海軍兵学校時代に母校の事件を新聞で知り、「「一中全校生徒を予科練へ志願させることは、無意味であります。生徒ひとりひとりの能力は、それぞれ異なります。能力に応じた道へ進ませてください。それでこそ本当に国に報いることとなります。この戦争で死ぬのは、わたしたちだけで十分なのです。」
という手紙を校長あてに出した。

ドラマではこの成瀬さんは出てきませんでした。

主役で生き残った少年役の池松壮亮はトーク番組に友人役の俳優と出演しましたが役そのままの沈痛な面持ちでした。

生き残った人は罪悪感を感じてしまうのです。ほかにもっと責任取るべき人たちが入るのに痛ましい。こういうことは井上ひさしの「父と暮らせば」にも出てきます。
井上さんは事実を徹底的に調べ上げてお芝居にする型でした。

むのたけじはこのように戦争をあおり、敗北しているのに勝ってるような記事を描いていた朝日新聞の社員でしたが敗戦を機に戦争責任を感じて退社した立派な方です。

他にも桐生 悠々のような反権力・反軍的な言論をされた方がいます。

今日の朝刊に二つの戦場を語る元日本兵 加害の罪包み隠さずと言う記事があります。

三度目の正直パリ装飾芸術美術館


もうこの入り口からお洒落でわくわくしました。

パリ装飾芸術美術館はルーブルの一角にあるのに、10年におよぶ内装工事と作品の修復をしていて三度めの正直でやっと入れました。
パリを東西に貫く大通り、美術館に面したリヴォリ通りの開通と軌を一つにしています。1897年に装飾美術組合がこの建物の使用を許され、1904年に付属の図書館、1905年に装飾美術館が開館しました。約1世紀の間に寄付などによって15万点もの所蔵品が集めている。2006年再オープン
 

前回はモード美術館のみ鑑賞しました。

自然光が取り入れられている美術館。ガラガラなのでほとんど独り占め。
アニマル展をやっていて子供たちが帰っていくところに入館しました。

二番目の写真、ブルーのカバさんがいます。

中世から現代まで、人々の生活の中で慈しまれながら使われていたものが展示されています。
多くのデザイナー、クリエーター達もインスピレーションを受けに訪れるという美術館です。
 



アールヌーヴォの家具や女性の装飾品など私の好きな物が一杯です。

 
  



















ここまでのキンピカはそれほど好きではありませんがまだまだ写真ありますので続きます。

ドラマ歸國・15歳の志願兵とあいち平和のための戦争展

 

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今年はようやくやりきれない断腸の思いを証言する方が多くなったように思えます。
もちろん日本は加害の歴史を忘れてはいけません。

徹子さんもスルメの足一本貰いたいために兵隊さんを日の丸振って送りだしたことが心の痛みになっているようです。
軍国の母とか、軍神の妻とか、美化され送りだした兵隊たちがアジア大陸で何をしたか。


あいち平和のための戦争展のご紹介です。許可貰って撮影しました。奈良の国立美術館でも許可貰えば出来るようでした。





慰安婦のコーナーで中曽根元総理が「私が慰安所を作ってやった、イモのような兵隊のために」
兵隊、「恋人のために慰安所に行くのはやめようと思ったがやはり行ってしまった。」

「慰安所は金がいるが強姦はタダだから」

昨夜のTBS系ドラマ、「歸國」ご覧になられた方はいかがでしたか。
*8月15日の深夜に戦死した兵士たちがよみがえる所から物語始まる。
脚本 倉本聰、出演はビートたけし
大ベテラン八千草薫と小栗旬のシーンは泣かせますが後は戦争展見た後は兵士たちの服装が綺麗過ぎたり演技力のない俳優?や現代で殺されたのに殴られて嬉しいと言うのは理解出来ませんでした。
これは石坂浩二 の役で、戦後苦労して育ててくれた母を病院へ入れっぱなしで死んでもないがしろにしたという設定です。お偉いさんなので病院で五年も面倒見てもらえたのでしょうか。一般人は病院たらいまわしでは?

ARATAは「ピンポン」 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(2008年、若松孝二監督作品) - 坂口弘 役「キャタピラー」土曜ドラマ「リミット -刑事の現場2-」「チェイス〜国税査察官〜」などで別人の顔見せてくれます。上手いですね。

一枚目の画像は今晩のNHK総合(後9:00)「終戦特集ドラマ 15歳の志願兵」のモデル
舞台版
*舞台は、旧制愛知一中(現旭丘高校)「軍国少年」がつくられていく経過をドラマ化。
皆も続け!学園の"狂気"
以下は引用です。

全員が志願「愛知一中予科練総決起事件」

昭和18年、『朝日新聞』が大見出しで
「愛知一中の快挙、全四、五年生 空へ志願」
と報じた。
成瀬の母校の愛知一中の四、五年生全員が予科練を志願するというものだった。
海軍兵学校に在学中だった成瀬は、一中出身者代表として校長に手紙を送った。

「一中全校生徒を予科練へ志願させることは、無意味であります。生徒ひとりひとりの能力は、それぞれ異なります。能力に応じた道へ進ませてください。それでこそ本当に国に報いることとなります。この戦争で死ぬのは、わたしたちだけで十分なのです。」

国中が時流に流され異常な感覚になってしまう戦時下で、時の風潮に反対することは真に勇気のいることであった。

 太平洋戦争中の一九四三年七月。名古屋市の旧制愛知県第一中学校(現・旭丘高校)で、校長や教師らが講演会で国の危機を強調し生徒の愛国心をたきつけて、呼応した三年以上の生徒全員が旧海軍の甲種飛行予科練習生(甲飛)への志願を決める、という事件が起きた。「愛知一中予科練総決起事件」と呼ばれる。

校長、教師らが「愛国心」たきつけ 今に通じる教育の危うさ

 当時は戦況が悪化し、空襲も始まっていた。軍当局は戦力増強のため、全国の中学校に甲飛の志願者数を割り当てた。上級学校への進学率が高い愛知一中生は、軍では下積みコースの甲飛に魅力を感じないためか、なかなか定員に達しない。学校側が考えたのが、講演会での説得だった。
 当時の模様を、当時十四歳で三年生だった故・江藤千秋さんが著書「積乱雲の彼方(かなた)に」で書き残している。
 七月五日午前。蒸し暑い柔道場に約七百人の生徒が集められ、まず校長が「諸君が戦時下に赴くべき道は、平和な時代に歩みうる道とは異なるはずだ」と説いた。国のために身をささげることを最高の美徳とした戦時教育の時代。子どもたちも「殉国の行為」「大義のための死」という言葉を聞かされてはいた。
 だが、江藤さんは「軍務に服したい、医学で社会に奉仕を、文学一筋でなどと、当時も自らの未来像を皆、考えていた。航空兵として死地に突撃することだけがただ一つの道、と学校の最高責任者から言われ、戸惑った」と書いている。
 教師も次々に登壇し、「増援を願う前線の叫びに、諸君は注意を払わない。残念だ」などと口々に叱吃(しった)。その直後に開いたクラス会や生徒大会。「上級学校の進学しか考えないのは利己主義だ」「おれは勉強をやめる、火の玉になって太平洋を飛ぶ。皆も続け」などの殉国論が大勢を占め、「戦場へ出ることだけが唯一の報国の道か」という疑問の少数意見はかき消された。生徒大会は異常な興奮に包まれ、最後に「行く者は立て」の叫びに全員が立ち上がる。父母らの一部からは疑念の声が出たが、当時の新聞はこの事件を「快挙」と賛美した。
 同様のことは他校でもあった。予科練出身で航空特攻要員だった画家高塚篤さん(78)=東京都世田谷区=は「母校の旧制米子中学で全員志願の決議があった」と指摘。「当時の教師たちは、国からの指示でより多くの生徒の予科練志願を競った」と証言する。
 南洋で特攻・戦死した愛知一中出身の成瀬謙冶さんは、海軍兵学校時代に母校の事件を新聞で知り、「全校生徒の予科練志願は無意味だ。生徒の能力に応じた道に進ませることが、本当に国に報いること」という手紙を校長あてに出した。「校長は当時、権威の象徴。真に勇気のある発言だった」と、同級生たちの語りぐさになっている。
 戦後六十年の取材で当時を知る人に話を聞き、今も国からの指示で一斉に動く傾向のある教育現場を考える。この事件を戦時の学園の"狂気"だった、と言うのはたやすい。「時代が違う。あり得ない」と一蹴(いっしゅう)できない不安を感じた。




1978年の映画族譜(テレビ鑑賞です)
監督イム・グォンテク(林權澤)原作梶山李之)で初めて知った族譜です。

日本統治時代に強要された「創氏改名(名前を日本風に変えること)」が引き起こした悲劇を描く。水原の両班(ヤンバン)薛鎭英であるは宗家の家長として創氏改名に徹底的に抵抗した。風格があります。
















政府や新聞の好戦的な扇動に流されず戦争に反対した人たちを残酷に弾圧した後は…




被害にあわれた方の絵はプロの画家以上に強く訴えていませんか。
アメリカによる劣化ウラン弾被害のイラクの子供たちの写真ははあまりにも酷く写すことができませんでした。



名古屋も大空襲で予定にはなかった名古屋城はじめ焦土になりましたが
その前に中国重慶爆撃に加担していたのです。



中学校の歴史の教科書はうまくまとめてあると思いますがそれも文部省の検定により書き換えられてしまいます。

日本からの独立運動を目指した万歳運動に参加して軍に逮捕されて、 拷問によって獄死したという16歳の女学生、柳寛順(ユグワンスン)や石川啄木の「地図の上 朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつゝ秋風を聴く (1990年)」は消されてしまった。

昨日の新聞に日本が殺害した朝鮮王妃の墓を漱石が訪れているが、それ以上の記述がないとありました。



 

モンソー公園のバラ

 

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岸恵子さんもお気に入りというモンソー公園、行きたい公園と言うことで壁紙にしていました。
高級住宅街らしく、岸さんもこの辺りに住んでいたみたいです。

モンソー公園入り口、アールヌーヴォの飾りのメトロのすぐ上にあります。入り口の建物が向こうに見えます。

前にもヴォーリズの軽井沢旧朝吹邸 の癒される画像をみつけ気なしに壁紙にしていたら行くことがかないました。




こういう古代の廃虚雰囲気いかがですか。

先日、テレビのコッツウォルズの町歩きでも紹介していた、チューダー王朝ゆかりのスードリーカースルガーデンズ もクロムウェルにより破壊された城を復興させた名園です。 









フランス人は華やかなバラがお好きなのでしょうか。




何かロケしていました。わかりにくいのですがベンチに座ってる男性を写していました。
鹿の角のようなかぶり物(爆)

お天気がよくなり大勢の方がくつろいでいました。




ピラミッド


前にも載せたのですがあんまり可愛くて。



築山のような所にもばら、女性作業員さんが手入れしていました。




花の向こうに寝転がっている人たちがいます。貴重な日光なのでしょう。








あいち平和のための戦争展:日韓併合などパネル展示

 

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あいち平和のための戦争展:日韓併合などパネル展示 /愛知
戦争展の展示物を見る人たち


 名古屋市昭和区の市公会堂で12日、「’10あいち平和のための戦争展」(同展実行委員会主催)が始まった。今年は日韓併合100年と日米安保改定50年で、両問題の歴史や問題点を示したパネルなどを展示している。

 今年で19回目で、平和活動を行っている県内36団体がブースなどを作った。戦争を知り、平和の尊さを学ぶのが目的で、空襲の記録や当時の生活ぶり、朝鮮人の強制連行など戦争に関するさまざまな物やパネルを展示する。

 事務局の矢野想さん(37)は「実際に使われた焼夷(しょうい)弾や、鉄かぶとなど、手にとって当時を実感してほしい」と話している。

 14日午後1時から韓国・光州市と県内の中高生たちの対談、同午後3時から世界一危険!「普天間基地の早期閉鎖、返還に向けて」沖縄県宜野湾沖縄県宜野湾市の山内繁雄・市基地政策部長の講演がある。15日まで。入場料500円(高校生以下無料)。【黒尾透】
【関連記事】

  • 余録:「日韓併合」首相談話
  • 新駐韓国大使:「日韓新時代の最初の大使」…武藤氏が会見
  • 社説:併合100年談話 未来へ向け日韓の礎に
  • 日韓併合100年:菅首相「反省すべきはきちんと反省」
  • 日韓併合100年:韓国外交通商省「首相談話を受け入れ」

毎日新聞より

族譜や韓国の美しい伝統工芸ポジャギの展示もあります。

ジャックマール=アンドレ美術館

 

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モンソー公園のバラを堪能した後、その近くのジャックマール=アンドレ美術館 を訪れました。

人気の美術館で観光バスが来て長蛇の列になることもあるそうです。
ブテックも充実していますが何も買わず、さみしいことです。





中庭









ここはゴージャスなサロンがあります。とっくにランチタイムは終わっているのでコーヒーでも注文しようとしたら、親子連れが美味しそうなアデザートを取っていたので珍しく私もアイスクリームを+しました。

ここは豪華なタピスリーが飾られているのですが撮影禁止。
建物正面のポストカード貰いました。




ルーブルと連絡取り合ってオークションなどで美術品を収集。
ルーブルより予算があった時も!

何とお幸せなご夫婦。






私には外観より内装が素敵にみえます。吹き抜けやらせん階段…
グレコ~ダリ展を八月まで開催。






きりんさんのサイトより
邸宅の建築は、オペラ座の建築家を決めるコンペでガルニエに負けた、パラン。
家具を見るとき、ルイ15世時代のものは、曲線・ワンポイントが特徴。
ルイ16世になると、直線・連続模様に変わり、一部曲線、一部直線とか交じってるものは過渡期のものなんだって。
そして、どうしてこの変化が起きたかといえば、ポンペイの発掘が関係あるそうです。
ポンペイの発掘で、古代の神殿を発見したことで、
直線や、草木や波の連続模様をまねるようになったと。


公式サイトより
一歩足を踏み入れれば 、そこは19世紀ブルジョワの空間そのままの、ジャックマール=アンドレ美術館。ここに暮らしたエドゥアール・アンドレとネリー・ジャックマール夫妻の集めたコレクションと、それらを邸宅の隅々まで生活空間に溶け込ませた、
裕福で子供に恵まれなかった一夫妻が、後世の人々にその財産を残そうとした意思を伝えているかのようです。エドゥアール・アンドレは銀行家一族の相続人、ネリー・ジャックマールは有名なアーティストで、ジャックマールがアンドレの肖像画を制作した際に2人は出会いました。美術はこのコレクター夫妻にとって生きがいであり、数十年間に渡り、世界から約5,000点に及ぶ作品を収集しました。その多くが質の高い際立った作品であり、NYのフリック・コレクションと並んで、世界有数の個人コレクションといわれています。エドゥアール・アンドレが亡くなった後もネリー・ジャックマールは夫の意志を受け継ぎ、コレクションを増やしていきました。現在、財産の受遺者となったフランス学士院は、ジャックマールの意志を尊重し、夫妻が情熱を込めて収集したコレクションをできるだけ多く知らしめることに尽力し、美術館として邸宅も含めて公開されることとなりました。

ジャックマール=アンドレ美術館では、この夫妻の豊かな生活空間から恩恵を受けることができます。まずはイタリア・ルネッサンス美術への関心が高かったエドゥアール・アンドレが1階につくった“イタリア美術館”。ここでは、ドナテルロをはじめとする彫刻の部屋、そしてボッティチェルリ、ベリーニ、マンテーニャ、ウッチェロの作品など、100点以上の傑作が際立ちます。一方絵画ギャルリーでは、ブーシェ、ナティエ、シャルダンなど、18世紀フランス絵画が並び、美しい画廊空間を形成しています。また、夫妻が図書館として使っていた部屋はファン・ダイクやレンブラントに割り当てられ、厳格な雰囲気を醸し出しています。ルイ14世の家具をはじめとする調度品の置かれたタペスリーの間、舞踏会も行われた音楽室、総面積およそ1000m2にも及ぶ円形の大広間など、豪華な部屋が続きます。2階から1階をつなぐ手摺の美しい『冬の庭園』(温室)も、忘れてはならない見どころのひとつ。まさに、生活のなかの芸術を堪能できる、邸宅美術館です。

さらに・・・
当時ダイニングとして使われた部屋は、ティエポロの手になる天井画と17世紀タピスリーの飾られた注目すべき間のひとつ。現在はミュゼ内ティーサロンとして公開されているため、館内を一通り鑑賞した後は、評判のサロンで、“ジャックマール-アンドレ邸の主人”になりきってみるのもおすすめです。(サロン利用時間:11:45-18:00)

野村 沙知代がザ・ニュース・ペーパー と共演?!

 

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昨夜ザ・ニュース・ペーパーの公演を観ました。
最初はオペラ座の怪人のテーマソングでいつも総理が出ます。
今回は勿論カン総理。
出て来た途端笑えます。カツラは新調!、
次々変わる総理で大変ですね。

松下アキラのレパートリーは菅直人、東国原英夫知事、舛添要一、オバマ米大統領、最大のヒットは小泉、7年も演じています。
今回検索したら、4月に観た後、過労で倒れてニュースになっていたのですね!

ハマコー逮捕、消えた高齢者、相撲界の野球賭博、そのニュースをすぐコントに!

福本ヒデの鳩山、磨きかかってました。イシバシゲル、アベ、ハシモトトオル、ラストニュース、早口で上手いです。饒舌家だそうです。

山本天心の鳩山幸、もう見られないのは残念ですが今回は柔道のタムラ(政治家とは!)蓮舫!さる高貴なご主人様や田原総一朗、お相撲さんと同一人物とは、脱帽です。

渡部又兵衛 、糖尿病で足を切断しているのですが大丈夫でしょうか。今回も福島瑞穂で福本の辻元清美と対談、さる高貴な大奥様、最近は観られない。

コイズミと野村 沙知代が出てくると皆さん、あんなに湧くのでしょうか。

野村 沙知代はたった15分ぐらいの対談だけでしたがどうして彼女なのでしょうか。

いっこく堂とは渡部さんが同じ民芸出身だからわかるのですが。
ザ・ニュース・ペーパー

8月29日 阿佐ヶ谷で番外編トークライブ 開催!! 

 ザ・ニュースペーパーのチャレンジャー・福本ヒデが、今年は初めてのトークライブに挑む!!


渡部又兵衛(わたべ またべえ)
小樽市出身。桐朋学園大学短期大学演劇専攻科卒業。
結成メンバー(元キャラバン所属)。リーダー。糖尿病を患っており、闘病記『お笑い芸人糖尿病と二人連れ』を執筆した。主な役は福田康夫、渡部恒三、鈴木宗男、立松和平、福島瑞穂など。

松下アキラ(まつした あきら)
福岡県北九州市出身。北九州デザイナー学院卒業。
中心メンバー。福本ヒデとのコンビでの出演が多い。胸の筋肉を自由に動かせるという特技を持ち、これを使ったネタもある。
主な役は小泉純一郎、東国原英夫、バラク・オバマ、菅直人、舛添要一など。

福本ヒデ(ふくもと ひで)
広島県神石郡神石高原町出身。九州国際大学卒業。
中心メンバー。MCを得意とする。松下アキラとのコンビでの出演が多い。
主な役は鳩山由紀夫、麻生太郎、安倍晋三、橋下徹、金正日、石破茂など。ヒラリー・クリントン、小池百合子など女性役も演じる。

竹内康明(たけうち やすあき)
東京都出身。駒澤大学高等学校卒業。
新劇出身。主な役は、亀井静香、小沢一郎、森喜朗、胡錦涛など。

山本天心(やまもと てんしん、旧名:蘭丸陽一)
愛媛県出身。宝田芸術学園卒業。
結成メンバー(元ジョージボーイズ所属)。2004年に浜田と共に独立し、MYMYとして活動。 2009年に改名して復帰。主な役は田原総一朗、鳩山幸など。

浜田太一(はまだ たいち、旧名:濱田マ助)
東京都出身。東京映像芸術学院中退。
結成メンバー(元ジョージボーイズ所属)。2004年に山本と共に独立し、MYMYとして活動。 2009年に改名して復帰。主な役は田中真紀子、ミシェル・オバマなど。

石坂タケシ(いしざか たけし、旧名:石坂岳史)
神奈川県出身。神奈川大学卒業。
主な役は石原慎太郎、岡田克也、ペ・ヨンジュンなど。

土谷ひろし(つちや ひろし、旧名:土谷洋志)
神奈川県出身。國學院大學中退。
主な役は前原誠司、森田健作、谷垣禎一など。

谷本賢一郎(たにもと けんいちろう)
兵庫県出身。信州大学卒業。
歌手。社保庁の年金問題と絡めた『千の風になって』の替え歌を歌うこともある。

自分で替え歌作る谷本賢一郎さんの歌、大好きです。
先回CD買って写真撮らせてもらいました。


昨夜は山本天心の田原が新幹線で東京へ帰るからと慌ただしかったです。

真夏のバラと猫




ロダン美術館のバラ



仲好親子その2




なぜか猫も好きなオークションでゲットしたカリモクの椅子。
この二匹は姉妹です。シンクロしてる?

2脚で1,000円だったか、2000円だったか。
凄く座り心地の良い椅子で友人にねだられたのですが。




まだ咲いているピエールドゥロンサール、(春のピエールとは大違いです。一季咲きですが返り咲ています。)とグリーンアイス

元ちとせ・寺島しのぶ・長崎原爆忌

 

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 長崎原爆忌の9日、米政府代表が広島市の平和式典には出席したものの、長崎市の式典には欠席したことについて、長崎の被爆者からは怒りと落胆の声が相次いだ。 写真は長崎のものでなくすいません。

長崎原爆忌 この場所に来ると震えが止まらないと言う女性、65年たっても到底忘れられない酷い思い出ですね。




元さんのこの歌、今週末公開の映画「キャタピラー」の主題歌 でもあります。

わたしは死んだあのヒロシマで  あのときも七つ  今でも七つ
この歌はトルコの詩人の詩に日本人が曲をつけ60~70年に一世を風靡した。
「元ちとせの声は涙で出来ている」と所属事務所の森川社長。

この歌をデビュー前に勧められたが、恐怖心で拒絶。03年、広島の平和記念資料館に立ち寄り、食事ものどを通らず、考え、歌うことに。



今日の徹子の部屋は映画「キャタピラー」の寺島しのぶ です。

、若松孝二監督の映画『キャタピラー』で、1964年の左幸子、1975年の田中絹代に次ぎ日本人として35年ぶりにベルリン国際映画祭(世界三大映画祭の1つ)の最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞


元ちとせの記事の下に「普天間飛行場は世界一危険」 の記事があります。

住宅密集地にあるから!







昨年見た映画です。ヒロシマ・ピョンヤンチェック:第二次大戦下の広島で被爆し、現在は北朝鮮に暮らす女性が、被爆者健康手帳の取得を求める姿を追うドキュメンタリー。フォトジャーナリストとして精力的に活動をしている伊藤孝司がカメラを回し、映画史上初めて在朝被爆者を取り上げ、被爆の後遺症で苦しむ被爆者の姿、日本政府から見放された在朝被爆者たちの怒りや悲しみを記録する。激動の時代を生き抜いた在日朝鮮人の歴史や、隣国ながら国交がない現在の日朝関係をも映し出す。




ストーリー:朝鮮民主主義人民共和国の首都・平壌で暮らすリ・ゲソンさんは、1945年当時、アメリカ軍による原爆投下から12日目の広島市内で残留放射能に被爆した。そして、日本が敗戦して65年を迎えた2010年、同じように被爆した人々が被爆者健康手帳を取得しているのに、なぜ自分は対象にならないのかリ・ゲソンさんは日本政府に問う。





イラクで繰り返されている悲劇

八月の歌

鈴木頼恭  徴兵を拒みておじの逃げし途(みち)を鋭き雉子の声を背に登る


中垣卓子 焼けただれて抱いてもやれず逝きし子を在韓被爆者語る八月
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