絵本とライレローズその2



 

先日ご紹介した友人がグループで翻訳した絵本が全頁ご覧になれます!




 


 


 


 
 


 


 


 

追記



 


 


 


 

今回は写真ばかりです。スルーして下さっていいですよ。

追記
イングリシュガーデンもいいですよ。猫好き,バラ好きな方に~o(´▽`*)/♪Thanks♪





海外庭巡りにイングリシュガーデンなどの写真があります。

絵本訳した友人がフジタのアトリエの赤いベンチの写真に癒されたといってくれました。

また以前別の友人がヒドコートマナーガーデンの白いベンチに藤の花が降り注ぐ写真を気にいってくれました。

よろしかったら覗いてくださいませ。
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パリ郊外のフジタのアトリエ2



 

興味深々の猫の目でしょう、ネコの闘争の絵も人間の闘争の絵も描いた藤田嗣治。特に女性の肌の乳白色は有名ですね。

これはフジタが使用した洋裁道具。

昨日、マイケル・ジャクソンゴースト観て、 ショーン・ペン主演のミルクと同じく、差別や偏見と闘う優れた映画だと感心して、このフジタの記事と二つ下書きしていました。

また楽天にも親友翻訳の記事をアップしなければなどとやってるうちに非公開にするのを忘れてしまいました。


納屋だった建物を改装したのでこじんまりとしていて天井も低く、とてもつつましい感じなのです。
ロダン美術館などとは大違い、日本に棄てられたと言っていたフジタ。
どんなに日本が恋しかったでしょう、フランス人になってしまったけれど。
美空ひばりのレコード!


 

これは最上階のアトリエ、妻も入れなかったそうです。
説明が懇切丁寧。ここでは日本語のテープを回してくれます。
日本の美術展で沢山の筆や日本手ぬぐいを見てうるっときたぐらいです。

歌舞伎のかつらやミシン、手書きのラベルの付いた瓶いくつかあります。

ビストロ用アラビアゴム、もち粉、ぬか、豆汁素、セメント、紅柄、染塩など。

先日はパリ南郊外のフジタのアトリエ、道路側からの写真と受付の建物、庭の薔薇をアップしました。



内部は撮影禁止です。ランスのフジタのフレスコ画のある礼拝堂にもバラが植えられていましたが内部はやっぱり撮影は出来ません。

ランスの有名な大聖堂の脇のインフォメーションにはフジタのパレットなどの展示がありましたのでランス編で載せますね。

ちょうどランス美術館でフジタの特別展があったのです!

以前は欧州の美術館は撮影OKでしたがオルセーでもOKな所とNGの場とあり、あわてているとその表示を見逃しそう。

時にトワルドジュイ美術館などほとんど一人見学だったのですがひょっとしたら禁止の場もあったかもしれない。

藤田嗣治は色々誤解されていた方です。あのトレードマークのおかっぱ頭も批判されたのだそうです。
パリで脚光浴びるまで貧しくて自分の髪もセルフカット、ミシンも木工なども出来てこのアトリエにある愛らしい箱や、半纏、妻の服、うちわ、衝立、家や礼拝堂の模型、額、なども自作なのです。


 

ピカソやモディリアーニなどと交流があり、華やかに見えます。
フランス文学翻訳者の朝吹さんの本にも写真が載っています。
きっとやっかみですね。あの絵は一目でフジタとわかりますから。

人間にはうぬぼれがないと生きていけないそうですし、成功した人をねたむ気持ちもあります。




藤田のドキュメント番組で、藤田一人に戦争画の責任を取れと迫った画家がいたことを知り憤りました。藤田はそれを受け入れて日本を去りました。
藤田嗣治ある異邦人の生涯読むとそのあたりが詳しくわかります。

この本の口絵、「アッツ島玉砕」を観れば、戦意高揚なんかでなく、戦争の悲惨さが一目でわかります。中央の花が写真ではわからないので確かめたいです。
戦争画の展覧会でさい銭箱が置かれたというのでまたしても天皇のために喜んで命を捧げよというように利用されたのだと思います。

友人の前衛画家によると、画家は嫉妬深いそうです。
同じ事をしていないと評価されないとか!

フジタは初めてヨーロッパで評価された現代の画家でした。


 
キッチンには日本の電気釜や骨董市で買った台所用品などがあります。
居間の戸棚はスペインのアンティーク。

御自分で家の中描いていますがその絵と実物は雰囲気が違います。



 

オランダのタイル、かけている部分はご自分で色塗り。シニカルな天使の衝立などもあります。

庭側から写した写真は借り物です。説明の方が張り付いていて(笑)

 
事務所からちょっとだけ歩いてアトリエに行くのですがそのたびにアトリエは施錠。

ここの若い男女の学芸員には大変お世話になりました。

土曜日、日曜は予約なしで無料で見学できますが交通の便が悪くて土・日はバスもないかもしれません。


 
御自分のズボンのミニチュアまで作ってあるのです。
日本の美術展で観たステンドグラス付き礼拝堂の模型には大感動しました。その時の記事はこちらレオナール・フジタ展

藤田嗣治手しごとの家からも写真御借りました
 
これは東京での制作風景、こういう姿も私にはぐっときます。

追記


昨年5月くらいから最寄駅からの路線バスが廃止!?
『パリ市内からタクシー利用を勧めます。公共の交通機関で来るならその勇気をたたえるが、あまり利口な選択とは思えない。無事を祈る。』とメールが来たそうです。

ここ数年で作家の城山三郎の書斎、杉本健吉、いわさきちひろ、三岸節子などのアトリエをみました。フジタの場合はフランスにあるということもあるのか、松坂屋美術館での再現もふくめて一番感激しました。

親友翻訳の絵本が出版されました!


追記です。この絵本は7.10発売です。ありがとうございます!
皆さまのお力で発売数が増えると思います。親友が喜んでいます。

昨日、親友からこの絵本が届きました!
長年、努力された成果です。
随分前からうかがってはいたのですがついに実現しました!
表紙の絵と題名からだけでもユーモアがただよってきませんか。


 

石風社、1300円です。
このファイファーの作品がミュージカル化されるようです!
トニー賞ノミネート、ヴェネチア映画祭最優秀脚本賞受賞もしている作家です。

友人は私と違い語学に優れ今も大学で中国のお勉強、社交ダンスやジムに通い、登山もされます。やりたいことが一杯で時間が足らない!




「なんでもなくす、」って私みたいです(苦笑)
しかも私は粗忽者で壊すこともしばしば。

お子さんたちだけでなく大人もクスッと笑える楽しい絵本です。
皆さんも応援してくださるとうれしいです。
よろしくお願いします~(^人^)

バラも咲くフジタのパリ郊外のアトリエ訪問




(フジタのアトリエ、道側からみた様子)

今まで一番夢のようだった旅はレンタカーで巡ったイギリス、コッウォルズの名園巡りです。

今回は車がないのでに地下鉄、郊外高速電車、トラム、タクシー、日本の新幹線のような特急電車、車に乗せてもらう、など何でもありでした。

モンサンミッシェルやロワールの古城巡り
モネの庭などは観光バスで行くことができましたがパリ郊外のフジタのアトリエ、ランス(シャンパンワイナリーのツアーはあります)の礼拝堂、ナンシーなどは自力で行くしかありませんでした。

このアトリエはトワルドジュィ美術館からタクシーで行きました。

ライレローズからバス、トラムに乗ってベルサイユへ、そこからの地下鉄の乗り換えに失敗しトワルドジュイ美術館に行くためにタクシーで。

このままでは時間なくなると思い、同じタクシーに待ってもらいました。
だからトワルドジュイ美術館は短時間で切り上げなければなりませんでした(泣)

フジタのアトリエは土・日は予約なしで無料で見学できますが、土曜日は午後二時から。

海外の美術館、名園は時間がまちまち、

ウィリアム・モリスのマナーハウスは週一日水曜日だけ公開でした。

秋から早春はお休みの名園、礼拝堂などもありますから要注意です。




子供の時は絵を描くのが好きで、油絵習ったり、講談社の日本近代絵画全集を買ってもらいっていました。
今思えば、少年少女世界文学全集(挿絵は原爆の図でも有名な丸木俊など)やこの画集は高かったので両親には負担だったと思います。本好きになったのも感謝しています。





その中に藤田嗣治の画集もありました。
今まで何回もフジタの事はアップしてきました。
彼しか描けない絵がインパクトあり子供の時から好きでした。




昨年、日本でフジタ展がありアトリエやランスのフレスコ画の再現があり、鳥肌立つぐらいで行くのが夢になりました。

2004年にオランダのフェルメール、イギリスのミュージカルとコッウォルズ、ホワイトガーデンで有名なシシングハーストの名園巡りの後にパリに行ったのでモネの庭、マルメゾン、ルーブルのフェルメール鑑賞で疲労困憊、でナンシーに行く余裕はありませんでした。

(この建物内に受付、ビデオ鑑賞などの部屋があります。つめたいお水も頂けて甘露でした)




後から植えたものだと思いますがフランス生まれの薔薇、ピエールドゥロンサールも咲いていました。私も植えています。

アトリエ内撮影禁止。とてもこじんまりした感じでフジタ手作りの箱、洋服、骨董などが一杯。

ロダン美術館などは立派な貴族の邸宅のようですが、これはつつましい、暮らしやすそうな、アトリエでやっぱり日本人だなと思いました。

フジタ一人戦争画の責任取らされたようになりフランス人になってしまいましたが 美空ひばり のレコードもあり、(涙)

この建物はフランスに寄贈されました。

ここでは若い学芸員の熱のこもった長いガイドツアーがあります。
日本人には日本語のテープを回してくれます。

その他にも大変親切にしていただきました。

ランスのフジタのフレスコ画のある礼拝堂も同じく予想よりこじんまりとしていました。
長くなりましたので次回美術展カタログの写真で内部ご覧ください。

以下は引用です。レオナール・フジタ展エコール・ド・パリの寵児として20世紀のフランスで才能を開花させた藤田嗣治(1886~1968)は、「素晴らしき乳白色の地」による裸婦像でその名声を確立しました。一時帰国した戦時中は日本洋画壇の中心的役割を果たしますが、戦後は再び日本を離れ、フランスに帰化。

キリスト教の洗礼を受けてレオナールと名を改めたフジタは、故国日本に戻ることなくこの世を去りました。

1992年、フランス・オルリー空港近くの倉庫で、縦横3メートルの大作4点が発見されました。「構図」「争闘」と呼ばれるこれらの連作群は、一部が日本で公開されたものの、その後所在が不明になっていたフジタの「幻の作品」でした。

これらの作品は、藤田が最晩年を過ごしたアトリエとともにエソンヌ県の所有、ひいてはフランスの国家財産となり、このたび6年に及ぶ大掛かりな修復作業を経て、往年の輝きを取り戻しました。

本展は大きな話題を呼んだ大作4点を軸に、日本で手掛けた大作、ランスの「平和の聖母礼拝堂」建設のための資料、そして、晩年フジタが手作りした日常小物、食器など、120点余りの作品で天才画家の人間像に迫ります。





フジタの猫と名画の中の猫猫好きな方はぜひご覧ください。




サッカーと沖縄





サッカー,対デンマーク戦よかったですね!
怖くて最後の方しか観られませんでした。うるうるしそうです。
もちろん、いつも猫に起こされているような時間に家族全員起きていました。



19日夜対オランダ戦の時間にNHKスペシャルで秘使若泉敬沖縄返還の代償を放送していました。
14年前に自死した若泉氏。犠牲になるのはいつもこのような方。

沖縄の方は江戸時代から本土の犠牲になってることが心苦しいです。
基地があるために事故や性暴力の危険にさらされて…

写真はなんとあの牛島満のお孫さん、こういう実話好きです。




軍隊は住民を守らない!




この菅沼さんも素晴らしい。
「不浄な事をすると、山頂の湧水が枯れるのです」
自分のものは自分で持ち帰るのが当然、登山者がABC携帯トイレABCを使えば「担ぎ下ろしは」19年目でおわりになります。

沖縄慰霊の日の一面に女子学生の写真付き記事があったので載せようと思って分けておいたのに行方不明!

こうやってすぐ物をなくす、私にピッタリの絵本を親友が送ってくれたので次はその話。フランス紀行もまだ所の口ですが。




白い花をつける稀少植物は女神が守ってきたと遠野物語は伝える。

ドキュメンタリー映画「弁護士・布施辰治」に期待!

生きべくんば民衆とともに、死すべくんば民衆のために

これは、この映画の主人公・民衆の弁護士・布施辰治の言葉です。
5月の完成を目指して、製作が急ピッチで進められていると聞きます。

今年は「韓国併合」100年です。また、布施辰治生誕130年です。この130年間の日韓の歴史について子どもたちに教えることができる日本人がどのくらいいるのでしょうか。

アジアが日本、韓国、中国がこれからも平和で繁栄できるように、現・近代の歴史を正しく知ることは重要なことだと思います。ここ百数十年間の日韓の歴史を知る上でこの映画は、良い教材になるものと思い完成に期待しています。

今の日本には弱者を弁護する弁護士は沢山いますが、布施弁護士は日本と韓国の弱者の為に闘った弁護士です。2001年には韓国政府から「建国勲章」を授与されています。布施弁護士らの活動によって日本の自由法曹団も発足しました。労働弁護団など弱者の味方をする弁護士の大先輩にあたる弁護士ということになります。

詳しいことは、製作委員会のホームページをご覧ください。

製作委員会の公式HP→http://www.fuse-tatsuji.com/index.html


転載元: 労働相談 奮闘記(旧「風太郎の労働相談奮闘記」)

山宣生誕121周年 宇治山宣会

平和・民主主義

2010年6月 7日 12:36
京都民報Web

山宣生誕121周年 宇治山宣会


 宇治山宣会は5月30日、宇治市内で山宣が暮らした料理旅館「花やしき浮舟園」で、山本宣治生誕121年記念行事を開催、70人が参加しました。第一部の記念講演会、第二部の宇治山宣会総会、第三部は懇親会を開きました。記念行事には山宣の三男・繁治さんのご家族5人(繁治さん、長男夫妻、二男とその娘)、山宣の二女・美代さん、山宣の孫で民医連九条診療所長の勇治さん夫妻が参加しました。
 第一部では庄司捷彦弁護士(国民救援会宮城県本部会長、布施辰治顕彰会)が、「山宣と弁護士 布施辰治~辰治を語って、山宣に及ぶ~」と題して講演。今年は軍国主義日本による韓国併合100年の節目の年。布施辰治は、2004年に韓国政府から朝鮮独立運動に寄与した愛国の士に贈られる「建国勲章」を日本人で初めて授与された人物で、生誕130年を迎えた昨年、映画「弁護士布施辰治」の製作がスタート、現在上映運動が始まるなど顕彰運動が広がっています。
 記念講演で庄司氏は、明治から昭和への戦争が相次ぐ時代に、弁護士資格の剥奪や二度の受刑者生活など厳しい弾圧に屈せず、人権と平和のために献身的にたたかい、弁護士資格が回復された戦後も、占領下の弾圧事件―三鷹事件(弁護団長)や松川事件、メーデー事件などの弁護活動を精力的に務めた布施辰治の生涯を、布施自身が発行した『法律戦線』などの貴重な資料をもとに話し、布施のことばである「生きべくんば民衆のために、死すべくんば民衆のために」を大書した顕彰碑が石巻市の公園に建っていることを紹介しました。そして「憲法擁護の運動を一層広げるためにも映画『弁護士布施辰治』の普及を進めたい、また各地の山宣会に学んで顕彰運動に取り組んでいきたい」と抱負を述べました。
 宇治山宣会総会では、2009年度活動報告と決算報告、2010年度活動計画と予算、会計監査報告、役員選出などが提案され何れも承認・採択されました。(小松正明)
 


転載元: おばあちゃんの鐘馗(しょうき)さま

うしちこ母様にうちのパパ猫を紹介していただきました~♪






うちのパパ猫を紹介してくださいました。ありがとうございます!
うしちこ母様の父の日特集パパ猫さん追加写真

台詞入りの写真は雑誌に掲載されたものです。写真は私が撮りましたが台詞は編集部作です。リボンは何回も載りましたがリュウは板東寛司さん撮影カレンダーにも載らず、雑誌も後ろ姿が多いのです。
http://www.furoneko.com/ 板東寛司風呂猫スタジオ

母がペットショップでリュウを抱いたら一時間以上、おとなしくしていました。ブラウスのボタンもお母さんのおっぱいに思えたのかも。
一度降りようとしました、おしっこのためで又そのあとで抱かれたので母も気に入ってしまいました。

その後は抱っこは大嫌いなので信じられない事で、ショップから脱出したかったとしか思えません。


結局私にプレゼントしてくれることになったのでラッキーでした。

先日のパリでも「連れて行って」としか思えないほど伸びあがって鳴いていた子猫がいて忘れられません。

五嶋龍さんが脚光浴び始めた頃で勝手にお名前頂戴してしまいました。\(*´▽`)o

りゅうが来て頼んでもいないのに、しかも猫と暮らしたことがなかった夫がすぐ猫タワー作ってくれたり二男は愚痴が二カ月ぐらい消えました!
恐るべき猫パワーですね。



その後50日ほどしてメスのリボンに私が一目ぼれして連れてきました。
この目と、激しくぬいぐるみで遊ぶ姿に!

まだ私が猫の知識もなくすぐ逢せてしまったらたらこのように取っ組み合いしたのです。でもすぐリュウはリボンにお気に入りの椅子を譲っていました!
そして冬の間は二枚目の写真のようにラブラブ、今はこの姿はありません。

もし先にリボンが来ていたらペアにはならなかったかも。ある記事でそういう話を聞きました。メスはしっかりしてるから弟扱いかも。




ここからはプロの写真、カレンダーやブックカバー、かるたになり市販されました。
出演料は三種類のカレンダー、ブックカバー、かるた一つずつなので配るためにいくつか買って赤字です(苦笑)







ここからはプロの写真、カレンダーやブックカバー、かるたになり市販されました。
出演料は三種類のカレンダー、ブックカバー、かるた一つずつなので配るためにいくつか買って赤字です(苦笑)沢山買えば少しは値引きもあります。


   


アシスタントの方上手に子猫をあやして撮影に協力。いい体験でした。
本当はアップしてはいけないのかも。


   


追記 子猫四匹(全員メス、リボン自身も姉妹で生まれているので女系かな)が我が家で生まれたあと、板東さんがネットで「お宅のネコちゃん写します」の募集があることを知り、応募しました。ラッキーでした。私が毎日のように写していたので子猫も慣れていたのでよかったです。

それでも人見知りが一匹いて母娘の写真にはおりません、隠れていました。
その子は貰い手が来た時だけ出てきたのです。
パパにべったりのダブル、まだおっぱい飲んでいたブラン、黄色の首輪の子は友人の家に行くことが決まってそれぞれの行き先が自然とうまく行ったのが不思議なぐらいでした。

拙写真載せてしてくれた雑誌は猫グッズをくれました。その景品は前にもアップしたことがあります。
年間の写真家賞もらった時も賞金は二位までで猫グッズでした。
すでにご存じの方、すいません。

元々猫は大好きで出会う猫には話かけずにはおられません。
子供の時は親戚の猫を従兄弟と取り合いしました。五右衛門風呂で温まっていた猫を思い出します。

三毛猫を飼っていたことがあります。
私の胸の上で寝たり本を読むとそこに乗り邪魔してくれました。
お産の時、母は一人で産ませようとしたのですが、高い欄間乗り越えて、母に手伝えと迫りました。
引っ越しの時、このチロはパニックになり永遠の別れとなりました。
私が認識不足で引き起こし痛恨の出来ごとです。
テレビの上で両足揃え、尻尾巻きつけお行儀よく座っていた姿、忘れられません。
まだ避妊・去勢の事は一般的ではありませんでした。

心残りのトワルドジュイ美術館見学




ライレローズの写真もまだありますが又それは次回です。
今回、10の美術館を訪れました、その中で一番心残りはこのトワルドジュイ美術館。地球の歩き方などのガイドブックにも載っていない美術館です。



マリー・アントワネットもお気にいりだったトワルドジュイ。

貴族や庶民の男女や天使、風景画の柄です。
この美術館、トイレの便座もジュイ柄でした。

更紗物語
 
初期のフランス更紗は、モチーフや捺染法をインドに求め、実際に職人のユエをインドに派遣している。ジュイ更紗として知られているフランス更紗の製作は、パリ市より20キロ東南の所にあるジュイの街で、ドイツ人C・オーベルカンプにより創業された。
捺染の諸作業を示す、ジュイ更紗前ページのイラストの人物はクリストフ・オーベルカンプと職人たちであった。ご覧の風景模様の亜麻布のプリントは銅板を使ったジュイ更紗で中央の右端の子供連れの人物はオーベルカンプとその息子であり、更紗の用途はインテリア用である。
18世紀フランス更紗(ジュイ)
 18世紀のフランスの上・中流家庭では、1年間に2回室内装飾布を取り替える習慣があった。また、その施行は、家のステータスを示したので、特に異国趣味の布地には活発な需要があり、創業したジュイの工場にも大量の注文があった。。




昔は日本でもヨーロッパでも身分により布も制限されていました。
長い間庶民はごわごわした麻や楮(こうぞ)、藤(ふじ)などの植物繊維でつくる布を着ていました。色の制限もありました。昔から紫は高貴な色と、言いましたよね。中国では黄色でしたか。

中国から朝鮮半島経由で、養蚕技術と製糸技術が伝えられ、日本でも絹織物が
作られたけれどがこれは支配階級のものでした。

室町時代に朝鮮から綿栽培が伝えられ木綿が作られるようになりました。どこかで綿を頂いて育てたことがあります。

安くて肌さわりが良い木綿をがどんなにか喜ばれたでしょうか。

又、要らぬ方向へ。なぜかこのジュィ布に魅かれてしまいました。

もともとはインド更紗の影響を受けた布。
ヨーロッパの人も更紗に夢中になったようです。
私も知らずにティーカップなども使用していました。
ネットでバックや廃番カーテン生地を有名な安売り生地屋さんで購入。


ネットで検索するうちに
パリ郊外にトワルドジュィ美術館があることがわかり
ライレローズやフジタのアトリエとも遠くない事がわかりました。

上のサイトでは地下鉄からRERに乗り継いでまずはヴェルサイユシャンティまで、そこで再度乗り換えて一つ目のプティジュイレロッジで降りるとあります。
ヨーロッパの美術館には昼休みがあったり、土日はとまらない地下鉄の駅もあったりでロンドンでも苦労したこともあります。

フジタのアトリエは土、日は予約しなくていいし無料公開ですが土曜日は昼2時からでしたのでライレローズ見学の後、この美術館に先に行こうと思いました。
バスでポルトディタリまで戻り、トラムやメトロにのりかえてヴェルサイユシャンティへ、ここで又乗り換え、ところが又そこには遠いバス停まで行かねばならぬと聞いていったんは歩き始めたのですが、わからず、ヴェルサイユからタクシーで。
一日に一軒だけなら、簡単だったかもしれません。



ヴェルサイユ駅前のカフェでのランチ、オレンジとカレー味のチキンが美味しかったです。

このままではフジタのアトリエに間に合わないと思いいタクシーのドライバーに待ってもらいました。
そのためこの美術館に充てられた時間は非常に少なくなってしまいました。
前回のようにレンタカーだったら楽だったでしょうが。




この美術館、トイレの便座も赤いジュイ柄でした。





















ショップには可愛いものが一杯でした。
生地は売っていないので近くのお店で買うそうです。タクシーから見かけましいた。



そのお店も昼休みがあるそうですからご注意を。

パリのレ・ミゼは新演出!





シャトレ座公式サイトで動画が見られます。

又偶然なのですが、今日は朝はゲゲゲの向井理が、昼にはジャンバルジャン役の別所哲也が登場!
向井さんは期待された科学者だったのですね!大学時代の専攻は遺伝子工学、第29回国際動物遺伝学会議のベストポスター賞受賞。

レ・ミゼラブルは子供の時、「ああ無情」と言う名前で子供版を読まれた方も多いと思います。

この舞台はパン一切れを姉の子供のために盗んで20年近く牢につながれたジャンバルジャンだけが主役ではないのです。
真摯に生きた人々を素晴らしい脚本と音楽で感動させます。

最初に観た時はわけがわからないぐらい舞台はあっという間に進んで、最初にわあ、いい曲だと思わせるのが最近有名になったスーザン・ボイルがテレビで歌った「夢破れて」ですね。

彼女はレ・ミゼ出演者やエレンページと共演してましたね。

彼女の歌う「夢破れて」はコゼットの母ファンティーヌの歌。
男に裏切られて苦労してコゼットを育てる薄倖の女性、
日本初演では私は岩崎宏美や伊東弘美で観ました。

別所さんはレ・ミゼ初演を見て(私もです)ミュージカルなんてチャラチャラしてると思っていたが実は衝撃的でこんなに人を感動させるものかと再認識

世間ではまだ誤解があるようなミュージカル。
でも半端な精進ではミュージカルは出来ません。
演技・歌・ダンス、と俳優としての技術を駆使してお客様と感動を共有出来ると別所さんも言っています。

実は別所さんのジャンバルジャンは未見。
「オペラ・ド・マランドロ」(三文オペラ)ではアフタートークまであり凄く楽しかったです。

最初の写真はパリシャトレ座の天井、シャンデリアです。
ロビーはあっさりしているのですが、内部は華麗なオペラ劇場。

パリに着いた翌日、オルセー美術館、ルーブル近くの装飾美術館鑑賞後シャトレ座に歩いて行き、ちょっとだけ並んでレ・ミゼラブルのチケット買いました。(2010.6.1)結構良い席がありましたがロンドンに比べると二倍のような感じです。
初めてロンドンに行ったのは95年、私のミュージカル観劇人生
四季の半額の値段でオリジナルが観られると感動したものです。
旅行会社に頼んだりすると二倍ぐらいになってしまいます。

この日はパレロワイヤルの中庭やパッサージュ、コメディーフランセーズなどの建物も見学。




直行便でウィーンやロンドンに行った時はその夜に劇場へ駆けつけオペラやミュージカル観たこともあります。

予約しなくてもほとんどチケットはあります。

ウィーンではすぐメトロに乗って(これが初めての海外一人旅でした。冬の事でもう暗くなっていたのに自分でもよくメトロに乗れたと思います。

帰りは深夜、同じような建物ばかりで迷いつつ帰りました。この時はホテル付き、オペラに凝っていたときなのでドイツのノイシュバンシュタイン城に行きたいと相談したらある旅行会社にはドイツ語も出来ないのにと馬鹿にされたのですが近畿日本ツーリストはミュンヘン行の列車の時刻も教えてくれて、後でお一人なのに良くやられましたとほめてくれました。
ミュンヘンの駅のホテルにチェックイン。駅で右往左往したのですがホテルに観光バスが迎えに来てくれることがわかりリンダーホフ城ノイシュバンシュタイン城に行くことが出来ました。ノイシュバンシュタイン城の美しさ!
帰りのバスの中から冬でも青々した芝生やアルプスに山並みにも感動しました。
ウィーン歌劇場では何とか天井桟敷のチケットゲット、サロメ150円!ぐらいでした。
別の日に魔笛をまともな席で見ました。イタリアではウィーンと違い毎日公演がなかったりして完売、用心しすぎてお金をちょっとしか持ってなくでダフ屋のチケットも買えなかった。

ロンドンでは「スターライトエクスプレス」「オリバー」を到着いた晩に観ました。

オリバーはのちにマドンナとミュージカル映画エビータで競演した有名なジョナサン プライスが出ていて喝采を浴びていました。

「CATS」は劇場でチケット買ったら四季では絶対買えなかったムービングシートが買えたり猫(俳優)に触られた思い出があります。

今回は直行便がなくホテルに着いたらもう8時近くであきらめました。
開演は8時と、日本では信じられない遅さでしょう、これならお勤めの方も観られますね。




さて本題ですが、普通、見慣れたリトルコゼットの顔がない舞台、

あれっと思っているとしぶきがあがりました。

ジャンバルジャンの最初の登場は海の上、他の囚人と船を漕がされていました。
そう言えば原作でも船の場面ありました。原作は文庫本では五冊、このミュージカルのおかげで全部読んだのですが脱獄、脱獄の場面と地下水道などのユゴーのウンチクが長いこと。
前にユゴーの浮世絵や染付一杯のパリのお宅を訪問しました。




エポニーヌは黒人系のスリムな俳優。私は日本初演の島田歌穂のファンです。
彼女はエリザベス女王の前でもレ・ミゼの歌を披露。




一番驚いたのがバリケードが小さくて、アンジョルラス、ガブローシュの見せ方が小さかったことです。

今まで観た舞台は二幕にエポニーヌの感動的な歌の後、舞台両側から巨大なバリケードが出てきて度肝を抜くのですが。

少年ガブローシュ(大活躍の山本耕史が子役でした!)がバリケード~出て球を拾いながら死ぬ場面やアンジョルラスが派手に英雄的に死ぬのでなく割とあっさりでした。

ロンドンでは大人の女性で観ましたが今回は子役でした。
娼婦たちのメイク、衣装もどぎつくなかったです。
そう言えばバガテルでそういう女性たちを観ました。ジョギングする人が通るぐらい。




一幕の終わりもあんなに大掛かりではありませんでした。感動が薄れるような演出でした。

テナルディ夫人は日本初演は鳳蘭、日本初のオーディションと言っていましたが彼女なんかは始めから決まっていたでしょう。

今回のテナルディエ夫人はとてもチャーミングでテナルディエとともに観客を沸かせていました。
大浦みずきのテナルディエ夫人や記念の時のアンジョルラスが観られなかったのは痛恨でした。



アンジョルラスやジャベールを演じている岡幸二郎さんも観たかったそうですか、岡幸二郎ブログ
今月末からパリで上演される『レ・ミゼラブル』のポスターを見ながら後ろ髪を引かれる思いで帰ってきました。とあります。
岡さんも凄く長身でかっこよくよく歌唱力があるので大好きです。

ロンドンではカーテンコールは撮影OKだったのでパリでもと待っていたらあっさり終わってしまいました(苦笑)
日本では最近やり過ぎじゃないかな、俳優さんを早く休ませてあげたいと思うほど、延々とカーテンコールが続くことがあります。

追記
一幕の終わり「ワンディモア~♪」kiyolove様ご指摘通り拍子抜けするほど感動が薄まる演出でした。
ジャベールの死も前の方がよかったです!
橋のほうがさっと上がって入水したのがよくわかる画期的な演出だったのに。ジャンバルジャン役はじめ俳優さんたちはさすがですね。
レ・ミゼでミュージカルにはまった私が特に観たいともおもわなかったこのパリの25周年記念舞台に導いてくれたり、様々な失敗をクリア出来たのも神様?仏様?のおかげとしか思えません。
読んでくださり応援してくださる皆様、ありがとうございます!幸せ者です。
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