世界ふれあい街歩きイギリス コッツウォルズ





先日よりブログのお友達お二人がこの番組について教えて下さっていました。今、ちょうど観ることが出来ました。これは二回目の分です。
自分が歩いてるような感じに出来ていますね。

私も小道で馬に乗ってる人に出会いました。細い道で初め犬が二匹来て、轢かなくて安心と思ったら次に馬上の人が来たのです。

見通し悪いし、ウサギも顔出すし、犠牲動物は転がってるし、神経使いました。

廃墟の感じを残したスードリー城、懐かしい!

ここに行く前にウィンチコムの街中に迷い込んでしまいました。

ダンスする人や蒸気機関はその前に湖水地方に行くときに観たり乗ったりしました。
列車内で可愛い女の子の写真撮りました。
スペイン行った時も列車内で少女に気に入られました?
顔が平ペったい東洋人が珍しいのかも(笑)

チッピング・カムデンは近くにキフツゲートコートガーデンヒドコートマナーガーゲンがあるので二回行きました。

最初は苦労してバス乗り継いで行ったため時間が勿体なくて懲りて二回目は思い切ってレンタカーにしました。

番組に出てきた茅葺屋根やマーケットホール。

400年もたっているホールのすぐ近くのATMを利用しました。小心者で現金ちょっとしか持っていなくてここでドキドキして引き出しました。

無事にお金が出てきてよかった。B&Bに払うお金が足らなかった(苦笑)
チョッピングカムデンではこのB&Bに二回泊まりました。
大きなベッドによじ登る感じ。
バスルームは共同なのですが他に宿泊者もいないのでバスタブも使えました。

でもどうやって掃除するのと言う代物、同じ部屋にシャワーもあるのですがー離れているのです。

最初の年は男性の宿主だけでちょっとビビりましたが朝食も美味しくて。よく年は奥さんがいました。

サンルームのような所で朝食。グレープフルーツも綺麗にカットしてくれました。ほかの農場B&Bはまずかった!


番組最後の景色抜群の場所は、二回目の時、スードリー城に迎えのタクシーが来なくて困っていた女性に同乗してもらい、教えてもらいました。

そこから見た景色はテレビよりずっと素晴らしかったのです。
写真が撮れなかったのです(泣)


ヒドコートの白藤の仕立て方にノックアウトされました。



ヒドコートマナーガーデン 夢のような庭がいくつもあります。



チッピングカムデン  B&Bの隣家、このような家々が続いています。


以下は引用です。
世界ふれあい街歩きイギリス コッツウォルズ
■コッツウォルズII
コッツウォルズ地方の小さな街を歩く旅の後編。
北部の2つの街、ウィンチコムとチッピング・カムデンを訪ねました。

蒸気機関車が走るウィンチコムには、ゴチック様式の教会や庭園がみごとなスードリー城が。 お肉屋さんによると、ここは人々が働き、生活するワーキングタウンだとか。 一方チッピング・カムデンには、わらぶき屋根やこの地方特有の岩でできたハチミツ色の石壁が美しい、絵本から抜け出したような家並みが続いていました。 2つは異なる雰囲気を楽しみながらの街歩きです。
語り:牧瀬里穂
撮影:2009年5月
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バラのマクロ写真リベンジ(笑)





イエローブレンドのスヴェニール・ドゥ・ピエール・ノッタンです。
又雨でしたが時々かっと晴れる変な天気です。

今日はぶれないように三脚で(笑)最初の三枚が夫の写真です。









マドモワゼル・フランチェスカ・クリューガーサ



ERセントオルバン



一番先に咲いたエンジェルズ・キャンプ・ティー、細い枝にも一杯花がつくので強い剪定は出来ません。




同じ花壇に昔からあるHT、昨年、せっかく出てきたシュートも持ち主によりカットされて御機嫌が悪い気の毒な薔薇です。
多分、名花HTリンカーン、バラらしいいい香りがします。1964年作出

薔薇の花弁を食べている~




散歩して帰宅すると…玄関に出迎えた娘猫ダブルが

落ちた薔薇の花びら食べて始めました!初めて見ました。
ママ猫とダブルは薔薇水飲まないのに。






この猫は納豆、焼き海苔、パパイヤ、キュウリも食べますが。




黄色のセントオルバン、蕾が割れてくるときはこんな色です。

ここからは素敵なお家や街路の花です。









薔薇水飲む猫の動画とお疲れ様薔薇





Tea Rose スヴェニール・ドゥ・ピエール・ノッタンが咲きました。1902作出 別名:イエロー・ママン・コシェ。
両親はママン・コシェとマーシャル・ニール。
エトワール・ドゥ・リヨンの花と似ていますが
バターイエローの花弁の上に時としてほんのりと
紅が射すのが特徴。
樹は半横張性で上にも良く伸び、枝に棘は
疎らです。 香りはマイルドなフルーツ香。
ローズアンティークさんHPより

薔薇を花器に入れると早速パパ猫がいつも同様きます。
娘のリンゴやブランは爪で薔薇を引っ掛けて出して水を飲みますがパパはまだおとなしいです。
いつものようにスワンの花器に投げ込んだだけで失礼します(^0^)
もうお疲れ様の薔薇たちがほとんどです。








マドモアゼルが咲きました~


雨の中,サフランピンクのマドモワゼル・フランチェスカ・クリューガーサが咲きました。昨年のよりいまいちですが。
昨年のマドモワゼル




我が家の薔薇図鑑には時間かかりそうです。(´A`。)出来るんだか。



虫にやられたのか半分だけ(T-T )





咬み癖のあるブラン、スリスリ甘えてるかと思うと突然ガブリ。
パパ猫の噛む癖はリボンが来たらぴたりと治ったのですが。
ママ猫も姉妹のダブルも爪出したり噛んだりしないのに、ブランだけ、困ったものです。二男はよく叱っているのですが。

「冬萌の朝 新・白磁の人 」








仲村さんから送って頂いた本の感想です。
どこかで聞いたことがあるような浅川巧 を主人公とする江宮隆之著「冬萌の朝 新・白磁の人 」

山田洋次監督が映画化公式サイト映画、楽しみです。

日韓併合後、韓国に住み韓国人を愛し、韓国の文化を愛し、そして
韓国人に愛され韓国で40歳の生涯を閉じた実在の人物「浅川巧」の生涯を描いた感動小説。
朝鮮白磁を通して交流を深めた日本人「浅川巧」と、ソウルの青年安舜臣。
しかしやがて舜臣は巧と決別し、朝鮮独立運動に身を投じる。
憎しみの果てに舜臣が見たものは・・・。
「暴力では何も生まれない」「憎しみからは何も生まれない」(本分よリ)
病死するクライマックスでは涙なしで読めませんでした。
魂を揺さぶる感動の物語です。
2006年 柏艪舎刊

ほとんど病院の待ち時間に読むことが出来ました。
日本による朝鮮王妃の殺害、関東大震災時の韓国人虐殺、3.1独立運動弾圧、韓国のジャンヌ・ダルク柳 寛順 ユ ガンスン虐殺(昔大橋巨泉の11PMで初めて彼女の事を知った時は思わず手をあわせた)韓国併合、名前や韓国語、族譜を奪った ことなど、日本人には償いきれない事実の連続。



そんな時代に帝展に朝鮮男性の彫刻で受賞した浅川伯教(のりたか 朝鮮古陶磁の神様と称される。)

弟、巧(たくみ)は、明治時代半ばに今の北杜市高根町に生まれました。日本の植民地統治下の朝鮮半島に渡り朝鮮工芸の美に魅せられ研究した人です。兄の浅川伯教は、朝鮮陶磁史の研究にその生涯を捧げ、弟の巧は朝鮮の山と工芸、そして朝鮮の人々を愛しました。
 兄の伯教は、朝鮮の美術に魅了され、1913(大正2)年朝鮮に渡り、700箇所にも及ぶ朝鮮王朝陶磁の窯跡を調査し研究しました。陶磁器の時代的変遷を明らかにした研究成果は、朝鮮陶磁史の基本文献としてまとめられ今日に至っています。
 弟の浅川巧は、1914(大正3)年、兄の伯教を慕って朝鮮半島に渡り、林業技師として荒廃した山々の緑化に奔走するかたわら、兄とともに「朝鮮白磁」をはじめとした朝鮮陶磁の研究に心酔し、名著『朝鮮陶磁名考』を書き残しました。巧はまた、木工芸品の中に民衆芸術の美を見出し、優れた文化として日本に紹介しました。 巧は、日本の植民地支配の時代にあって、現地の人々に同じ人間として接し、朝鮮語を話し、その地の風俗や文化を愛し、まわりの人々に敬愛され、 1931(昭和6)年に40歳の若さで朝鮮の土となりました。今も、ソウル市忘憂里(マンウリ)にある墓は、彼を慕う韓国の人々によって守らている




巧は韓国語をマスターし韓服を着ていたので韓国人とみられたり日本人からは苦々しく思われていた。野菜売りの韓国女性から買いたたく日本人の後にその分を支払ったり、山に緑植えたり、韓国人に教育受けさせたり、韓国の名もない職人が作り上げた白磁の美を見出し朝鮮民族美術館作ることに奔走したり人。

その最後の描写も涙。

韓国映画 「スキャンダル」ペ・ヨンジュン主演でも韓国美術の素晴らしさに感心したのでしたが前から韓国の青磁、白磁、民画、ポシャギ(女性手作りの風呂敷のような物)などの魅力派知っていて柳宗悦の日本民芸館も見学しました。
韓国の骨董は勿論手が出ませんが。

柳さんの妻兼子さんのドキュメント映画には驚きました。「声楽の神様」とまで称され、数々のドイツ・リートを歌った方。ヨーロッパで活躍することもできたのに。息子さんたちも園芸家や文化人。



以下も引用です。

柳宗悦  嘉納治五郎は母勝子の弟であり招かれる様に、現在の千葉・我孫子(現:我孫子市)に住んだ。さらに志賀直哉らを呼び、我孫子に文人らが集結するきっかけをつくった

  • 1914 年中島兼子と結婚。柳兼子は近代日本を代表する、アルトの女性声楽家だった。
  • 長男にインダストリアルデザイナーの柳宗理、次男に美術史家 の柳宗玄、三男に園芸家の柳宗民。甥に染織家の柳悦孝、美術史家の石丸重治がいる。

朝鮮とのゆかり [編集]

  • 1919 年3月1日に朝鮮半島で勃発した三・一独立運動に対する朝鮮総督府の弾圧に対し、「反抗する彼らよりも一層愚かなのは、圧迫する我々である。」と批判した。当時、ほとんどの日本の文化人が、朝鮮文化に興味を示さない中、朝鮮美術(とりわけ陶磁器など)に注目し、当時ほとんど顧みられることのなかった朝鮮の陶磁器や古美術を収集し、1924年には京城(現:ソウル)に朝鮮民族美術館を設立した。
  • 1922年には私家版で和装本『朝鮮の美術』や『朝鮮とその藝術』(叢文閣)を出した。また限定版の編著『今も続く朝鮮の工藝』(日本民藝協会、1947年)がある。春秋社で『選集第4巻 朝鮮とその藝術』、集大成で『全集第6巻 朝鮮とその藝術 ほか57篇』がある。
  • 朝鮮民画など朝鮮半島の美術文化にも深い理解を寄せ、京城において道路拡張のため李氏朝鮮時代の旧王宮である景福宮光化門が取り壊されそうになると、これに反対する評論『失はれんとする一朝鮮建築のために』を雑誌<改造>に寄稿した。これが大きな反響を呼び、光化門は移築保存された。

交流、著述活動 [編集]

  • バーナード・リーチとの交友も知られる。『バーナード・リーチ日本絵日記』を訳している。(毎日新聞社 1955年、新版講談社学術文庫、2002年、補訂解説水尾比呂志)。またバーナード・リーチ・河井寛次郎・濱田庄司述、柳宗悦編の『焼物の本』(共同通信社 1985年、解説は水尾)が、日本民藝館創立50周年記念で復刻出版された。
  • 仏教学者・禅者の鈴木大拙は、柳の学習院高等部時代の英語教師で生涯交流した。弔辞「柳君を憶ふ」がある。
  • 沖縄文化を生涯にわたり紹介し、1938~40年にかけ4度沖縄県に、滞在調査した。詳しくは『選集.第5巻 沖縄の人文』、集大成『全集. 第15巻 沖縄の伝統ほか』、また編書『琉球の文化』、『琉球の陶器』(1995年に榕樹社で復刻、榕樹書林に1997年改名)や、『沖縄と柳宗悦』(沖縄タイムス社編、1989年)を参照。
  • 江戸時代に全国各地を廻国し造仏活動を行い独特の「微笑仏」を残した木喰行道や妙好人の研究を行った。特に木喰研究は柳宗悦の木食仏発見が契機となったことで知られる。『選集.第9巻 木食上人』を参照。また円空仏に関する論考もあり、全集『第7巻 木食五行上人ほか』に所収。

「声楽の神様」とまで称され、数々のドイツ・リートを歌った。1927年にはグスタフ・マーラーの歌曲集「亡き子をしのぶ歌」「リュッケルトの詩による5つの歌」及び「子どもの魔法の角笛」の中の“死せる鼓手”“少年鼓手”を日本初演している(近衛秀麿指揮、新交響楽団(NHK交響楽団の前身)の定期演奏会)。1928年ドイツ留学、ベルリンでのリサイタルではドイツ人を驚愕させるほどの日本最高のリート歌手であったが、軍歌を歌うことを頑なに拒否。1930年自由学園講師、1933年東京に帰り毎日音楽コンクール審査員。1939年帝国音楽学校講師。1946年皇居において御前演奏、1950年毎日音楽賞特別賞受賞、1954年国立音楽大学教授、1961年紫綬褒章受章、1965年日本芸術院賞恩賜賞受賞、1966年皇后還暦記念御前演奏、1972年日本芸術院会員。

85歳まで公式のリサイタルを続け、その後も数年間は私的な集まりで歌い続けていた。また92歳で亡くなる死の2ヶ月前まで後進の指導にあたっている。これは肉体を自身の楽器とする声楽家では普通はあり得ないことであり、世界的に見ても87歳まで演奏活動を続けた声楽家というのは彼女以外存在しないであろう。

2001 年、柳兼子再評価の機運が高まり、オーディオ・ラボのレーベルで長らく廃盤になっていたいくつかの音源が復刻された。また他にもアートユニオン、グリーンドアのレーベルからもCDが出されている。「現代日本歌曲選集2 日本の心を唄う」(オーディオ・ラボ OVCA00003)に収められた「荒城の月」「九十九里浜」「平城山」「小諸なる古城のほとり」「早春譜」「浜辺の歌」等の演奏は、当時83歳の演奏。

2003 年には佐藤隆司企画・原案、渋谷昶子脚本・演出によるドキュメンタリー映画「兼子 -Kaneko」 (全農映)が制作され、その後、日本各地で上映される。また英語版も翌年に制作され、すでに海外でも上映がされている。その歌唱法には長唄の要素がとり込まれていることが指摘されている(渋谷昶子脚本・ドキュメンタリー映画『兼子-Kaneko』2003年)。

「兼子 -Kaneko」は小さな映画館で公開。脚本・演出の渋谷昶子が来演された。私は講演があるとも知らず時間に遅れ聞き逃してしまった。残念。

劔岳 点の記








ヤフー映画より
険しい山を舞台に、測量に携わる人たちの情熱と尊厳を描いた新田次郎の同名小説を『八甲田山』『火宅の人』などの名カメラマン、木村大作が初メガホンを取った作品。本物の大自然を撮影することにこだわり、危険を冒しながら圧巻の雪山シーンにも挑んだ。日本地図を完成させるために、未踏峰の劔岳山頂を目指す測量手と山の案内人をそれぞれ浅野忠信と香川照之が演じるほか名だたる俳優たちが集結。根底にはかつての日本人に共通する精神がつづられ、実話だからこその感動が胸に迫る

この批評が面白い辛口批評

テレビで登山は非常に女性の美容にいいという話がありました。
現実に知人友人にヒマラヤトレッキングまでなさる方がいて感心します。皆さん大きなリュック担いで若々しい!

私は登山は出来ないけれど滝を観るために何回か山道登りました。
毎日ウォーキングしていると楽です。

本作は映画館では見逃しテレビ鑑賞です。
紅葉や雪の場面は立体観が素晴らしくテレビを新しくして良かったと心底思えます。

神々しい険しい山々の映像やまたしても香川照之のなりきりぶりに感心。
浅野さんや軍隊のお偉方もそうそうたるメンバーなのにちょっとインパクトがないような気がします。

ヘアースタイルやしゃべり方が現代的でこれでいいのかな、前にも戦時中なのに茶髪の女優さんがいました。監督さんは年配なのに気ずかないのかな。

『八甲田山』は悲惨な犠牲者が出けどあんなに落ちてもたいして怪我もしていないことや山岳会の人たちのコート姿に?、この様な服装だったのでしょうか。

又雪が多く一体本当はいつ登ったのか?危険回避のため夏山登山ではないの?

昔から修験道の方たちは登山していましたね。昔の方は偉い物です。

こんな所にアルハンブラの獅子が!?







まだイングリシュガーデンや薔薇にはまる前、スペインのアルハンブラへ行きました。池やライオンなどの噴水はやはり素敵でした。

これはあのライオンではありませんか、ちゃんとお尻と口に水の出入り口がついています。

友人の旦那様が海外出張で購入されたのです。ところが

息子さんやごみ収集車に邪魔にされ壊されてしまったというのです。

友人はそんな由緒あるものとは知らなかったのです。

旦那様も説明されなかったのでしょうか。
私だったら狂喜したのに、何とも惜しいです。2頭います。
コピーでも重いし送料だけでも高かったでしょうね。
今はタイヤに突っ込まれてよその車が駐車するのを防いでいます(笑)






散歩中に見かけた豪華な牡丹、黄色の牡丹も同じお宅です。



白のモッコウバラは又別のお宅です。





びっくりダブルです。

薔薇のマクロ写真




やっと連れ合いが薔薇を撮影してくれました。上はエンジェルズ・キャンプ・ティー
肥料効きすぎたのかも。



レインボー





ここからは私の写真です。





ERセントオルバン、開花しました。

庭植えにしたら別人のごとくつるになりました。ERは鉢では可哀想なのかしら。










友人お手製のスコーンとパン





今までにもお手製ケーキや漬物をプレゼントしてくれた友人が今度はチョコチップ入り抹茶のスコーンと胚芽パンを作ってくれました。
何も付けなくても抹茶味が染みていて美味しい~♪
ハロッズのマグ、この色が好きで買いました。

スコーンってなかなか美味しいところはありません。
イギリスのコッウォルズのバスコットパークのスコーンなんて大きくて味も大味(笑)

前回のパンのプレゼント友人お手製のブルーベリーパン

バスコットパークは素晴らしい広大な名園でしたが。

パンは砂糖やバターの入ってないヘルシーなパン。

友人はパン教室に多額な月謝払っています、パンの代金は薔薇で(笑)




このお皿は友人が好きなコーヒーカップの受け皿です。
お好きなカップでコーヒーを出します。
今は6客なんて揃えられません。

猫は触るとニャ~と言います。温度計やカレンダーになっています。



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