政権交代!





こんなに長く一党独裁が続いた国ってあるのでしょうか。

敗戦後もトップが責任取らずそのままずるずるの日本でした。

だから心ない発言をして諸外国に呆れられてきました。

人の痛みがわかる政治家は必ずいるはずです。





小泉ジュニアが当選するとは…イケメン風な顔に騙されないでほしかった、

代々何をしてきた家なのか。殿様、おぼっちゃまにはうんざりしませんか。

イソップさんのおしゃるように地道に行きましょう。
民主主義って与えられるものでなく国民が動いて実践しなければ勝ち取れないですから。せっかくの憲法も盗まれないようにみんなで権力側を監視しましょう。
スポンサーサイト



豊田市美術館のジュゼッペ・ペノーネ展など






初めて豊田市美術館訪れスケールの大きな美術館にびっくりしました。

設計:谷口吉生

左は一階の前庭。駐車場から遠い!
右は三階部分、ここにも大きなプール




メインはジュゼッペ・ペノーネ展。
有名な前衛作家なのですが知りませんでした。でも凄くよかったです。
ペノーネはアルテ・ポーヴェラの作家。和訳『貧しい芸術』
ウィキペディア(Wikipedia)より
イタリア人の美術評論家、キュレーターであるジェルマーノ・チェラントにより1967年に命名された、1960年代後半のイタリアの先端的な美術運動。

絵具やキャンバス、粘土やブロンズなどの、伝統的な美術の画材を放棄して、生の工業的な素材や自然の石や木などを、あまり加工せずに用いる傾向がみられる。こうした傾向は、同時代のアメリカ合衆国のカール・アンドレや、ロバート・モリスなどのミニマルアートや、ポスト・ミニマルのアーティストたち、ブルース・ナウマン、エヴァ・ヘス、さらにはヨゼフ・ボイスなどとも共通する当時の先端的アートの特徴でもあった。

この展覧会について又次回(なんちゃって記憶はうすれる、トホホ)




レストランもあります。





ジュゼッペ・ペノーネ展の他、山田弘和のヘンカデン」「常設高橋節郎館」フジタやクリムトの絵,宮脇綾子のアップリケ作品、常設の藤田やクリムト、見どころいっぱいです。
どれも面白くて。ライオン一家の絵も。

茶券付きチケットがお得。見晴らしもよく、レストランもあります。
クリムトのキッキーなど販売。
フジタのお手製の額がめちゃ可愛い、写真が欲しいのですが。





松本美術館の階段部分と似ています。

宮脇さんから母はアップリケを習ったことがあり懐かしい。
夫君宮脇晴氏とのは画家、息子さんは建築家宮脇檀氏。
エッセーなど読みましたが早くお亡くなりになりました。

今年生誕100周年を記念して、
「アプリケ作家 宮脇綾子の世界」が開催されるそうです。
4月大丸ミュージアム神戸を皮切りに豊田市美術館、埼玉県立近代美術館など巡回。

鶴彬ーこころの軌跡ー上映案内






右側の写真よく見てください。

先日、文芸批評に戦場でたこ壺に入ってるときは水につかり拷問のようだとありましたが、この鶴彬は水風呂の拷問受けていました。
冷え症の私は考えただけでもつらく悲しい。
他にも心に残るシーンがありましたが観てから時間たってしまい思い出しては追記しています。
当地方の上映は終わりましたが各地の上映会があります。
一番下にあります。


非常に感銘受けた映画「鶴彬(つるあきら)」


公式サイト再び開けたらぴあで7月4日公開映画満足度2位になっていることが分かりました。
6.7の天声人語でも紹介されました。


鶴彬生誕100周記念作品ドキュメンタリードラマです。

小林多喜二や治安維持法改悪に反対して右翼に暗殺された山本宣治も写真で登場します。

睡眠不足もあり、ドキュメンタリー映画では寝てしまうことがある情けない私は超低予算なのにこの緊張感のあるドラマにして下さった監督(郡上一揆・草の乱の神山征二郎)始め、スタッフ、ボランティアの方々、澤地久枝さん、一叩人さん達研究された方すべてに感謝します。
監督の師新藤兼人の2003年『ふくろう』大竹しのぶ 主演- モスクワ映画祭功労賞
と同じく舞台をみるようで今も問題となっている国による棄民政策を鋭くついています。

パンフレットは脚本や鶴彬演じた池上リョヲマ(映画の中の清々しさと御本人の素顔の屈託のなさにさすが役者と感服)
樫山文枝(女流川柳作家の先駆者井上信子役)のインタビュー、澤地さん、深井一郎、勿論川柳も載っていて充実しています。

鶴彬の理解者井上信子の存在を知ることもできたのがうれしい。




映画の冒頭、石川啄木の「一握の砂」を読んでいる少年が妹とともに登場。妹思いの優しい兄本名,喜多一ニ(かつじ)

彼は一才の時、子供のいない叔父の養子となる。
八才の時、実父がなくなり母は再婚のためと東京へと去る。

「可憐なる母は私を産みました」

鶴彬は優秀だったのに師範学校に進学する希望はかなえられず、養父が経営する織物工場で働きました。学歴のないことが彼を苦しめることになります。

「暴風と海の恋を見ましたか」
こんな可愛い句を読んでいたのに

手と足をもいだ丸太にしてかえし
 万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
みな肺で死ぬる女工の募集札

優しい人は本当は強い。女工さんに対してもこんな句を読んでいる。

そのころのほとんどの日本人は弱者、貧乏人、アジアの人々に優越感、差別観を持ち、台湾・朝鮮を植民地にし、さらに無謀にも中国、東南アジアに侵略。
それに対し、鶴は…

半島の生まれと題された連作より
「ヨボと辱められて怒りこみ上げる朝鮮語となる」

「母国掠め盗った国の歴史を復讐する大声」

傲慢で差別する政治家、軍人は嫌です。

多喜二や山宣、鶴のような人たちを残酷に殺した後は侵略戦争まっしぐら。
国家や特別高等警察(特高)は彼らを恐れ憎んだ。

最後の句です。
「胎内の動き知るころ骨がつき」
身ごもった赤ちゃんの胎動がわかった頃には父親は戦死しその遺骨が届く。戦争が酷くなると遺骨の代わりに紙切れなども入っていたそうです。

以下引用です。
 1937(昭和12)年12月3日朝、出勤を待ち伏せていた特高警察によって、治安維持法違反で検挙され、中野区野方署に留置された。権力の恣意によって延々と留置された。野蛮なとりあつかいと粗末な食事は体力を消耗させた。翌年8月後半、赤痢にかかった。警察は治療をせず、肉親を呼びつけ、自費治療を命じなからも釈放はしないという不当な仕打ちをした。豊多摩病院に移されたが、重篤となり、9月14日死亡した。お通夜に野方署の人間がきて型どおりのくやみをのべたのに対して、母は「殺しておいて今さら何を言うか」と詰め寄った。まさに、警察権力によって殺されたのだ。
 赤痢菌は食物や水により伝染する病気だ。鶴は差し入れもとだえ、警察の食事ではやせ衰える一方だった。だから差し入れの食事に赤痢菌が入っていたとは考えにくい。とすれば、警察の食事か水が原因となる。だが、他の留置者も含めて集団感染したということではない。だとすると疑念は深まる。鶴彬は、頑として屈しない男だった。激しく抵抗する人だった。特高は鶴を人一倍憎んだだろう。私は以前から、鶴彬は特高によって、赤痢菌を盛られたのではないかと思っていた。日中戦争が激しくなった1938年9月14日に死亡。



シネマトゥディ
監督・脚本・製作: 神山征二郎
製作: 平野寛
脚本: 加藤伸代
ナレーター: 日色ともゑ
キャスト
池上リョヲマ 樫山文枝 高橋長英


チェック:日本が軍国主義へと突入していった昭和初期に、反戦・反権力を貫いた川柳作家として知られる鶴彬の足跡を追ったドキュメンタリー・ドラマ。戦争の悲惨さを読んだ作品が反戦的として逮捕され、29歳で獄死した彼の生きざまを『ラストゲーム最後の早慶戦』の神山征二郎監督が描き出す。信念を貫き平和のために生き抜いた鶴彬を、映画やドラマ、舞台などで活躍中の新鋭・池上リョヲマが熱演。共演には樫山文枝、高橋長英らベテランが名を連ねる。

ストーリー:1909年、石川県に生まれた鶴彬、本名喜多一二は15歳頃から川柳を作り始める。21歳で金沢歩兵第7連隊に入営した彼は4年間の軍隊生活を送る中、反戦活動をした罪で2年間服役、1937年に治安維持法違反で逮捕され翌年 29歳で獄死。時代が戦争へと突き進んでいく中、弱き者を見捨てるなと叫び続け、反戦を貫き通した鶴彬の生きざまに迫る。

■ 2009年9月5日(土)
場所:中津川市・東美濃ふれあいセンター 岐阜県中津川市茄子川1683-797
問合せ先:0573-62-0480 中津川映画祭実行委員会

■ 2009年9月5日(土)
場所:富山県・小矢部市総合会館 富山県小矢部市城山町1-1
上映:午前11時/午後2時/午後7時
問合せ先:090-8266-0308(堀内)

■ 2009年9月6日(日)
場所:金沢勤労者プラザ 石川県金沢市北安江3-2-20
上映:午後1時30分
問合せ先:076-223-8415

■ 2009年9月12日(土)
場所:新潟県・新発田市生涯学習センター 新潟県新発田市中央町5丁目8の47
上映:午後1時
問合せ先:0254-22-3372(斉藤)

■ 2009年9月12日(土)
場所:神戸市・兵庫県中央労働センター 兵庫県神戸市中央区下山手通6丁目3-28
上映:午後2時
問合せ先:turuakirakobe@yahoo.co.jp

■ 2009年9月13日(日)
場所:石川県・高松産業文化センター かほく市高松ク41番地
上映:午後4時
「第11回 鶴彬をたたえる集い&「鶴彬」没後71年・生誕100年記念行事」内の上映会
問合せ先:076-281-1201(小山)

■ 2009年10月2日(金)
場所:神奈川県・鎌倉市・建長寺講堂 神奈川県鎌倉市山ノ内8
上映:午前9時
川柳シンポジュームの一環として(要事前予約)
http://www.doctor-senryu.com/turu_akira/turu_index.html

■ 2009年11月20日(金)21日(土)
場所:富山県・富山市・明治安田生命ビル地下ホール 富山県富山市宝町1丁目3-10
上映:午後1時30分/午後3時30分/午後6時30分
問合せ先:0764-25-1583(松浦)

プラ包装紙を食べてしまったお騒がせ猫!


映画や美術展、イングリシュガーデンの記事もアップしたいのですが たあちゃん、美海さんにご心配かけてしまいましたので、甘ったれダブルの嘔吐騒動です。Rコメ、訪問も遅れてm(_ _)m



動画はママに甘えるブランです。

猫はよく嘔吐する話は聞きます。
特にうちのママ猫は人間から子猫、たまにはパパ猫をなめます。
彼女だけ猫草食べて?かじって?吐くことがあります。

なめるのは愛情?挨拶?人間をなめるのは「あなたをお世話します」という意味があると猫の本にありました。



子猫の時のダブル。誰でも男の子っぽいと思います。

姉妹猫のツンデレブランに比べお人よしの面もあります。

恐がりでベランダの手すりにも一度ぐらいしか歩いたことないし、
避妊手術の時も一番、痛そうでした。
死んでるように大人しい ヘ(´o`)ヘ


 

この写真は今朝のダブルです。

おバカなダブルは一昨日プラ包装材を食べて何回も吐きました。
他の猫はプラなんて食べないのに。
カリカリ音がするのが面白いのでしょうか。
早くご飯よこせとデモンストレーション、あっという間のことで止められませんでした。
掃除機のホースをこれ見よがしに爪とぎにしてダメにしたのもこの子です。

避妊前は御飯の時、いつも椅子の上から下にいるパパ猫の尻尾にじゃれたのに手術後は全くしなくなりました。

翌日、聞いたことのない鳴き声あげてようやく、プラを吐き出しました。
幅はないのに、長さは6センチもありました。
これで大丈夫かと思い食べさせたら又嘔吐。
やっぱり絶食がいいのでしょうか。もうそれほど悪くなさそうですが。彼女には今夜は刺身だけにしました。

今朝カットしたバラ。手前のバラは偶然成功した挿し木のバラ。
大きくなってきました。


又、筧忠治の猫と風景画



 


         筧忠治の絵が皆様に好評だったので

もう少しごらんください

今は街になってしまった風景もあります。
この画家に興味を持って下さりありがとうございます。
皆さまのコメントに触発されます!
まろんさんは風景画がお好きだけど
花の絵が気にいってくださり、
たあちゃんがレンブラントと言って下さったので
前に市美で買った「異端画家の命脈」という小冊子を
思い出しました。参考にさせてもらいました。
なにしろ今から100年近く前に生まれた方なので
レンブラント、ゴッホなどの絵の影響受けていると思います。

画家として輝いたのはわずかな期間でしたけれど
ゴッホなど、生前に全く絵が売れませんでしたから。

ほとんど独学。
この頃は裕福な家なら
東京の美大にでも行かせてもらえたのでしょうが、
こちらにはまだ美大もなく13才で父が亡くなったため
14才から働きながら二年ほど画塾に通った。
彼が尊敬していた画家の一人はデューラー。


    

左が有名なデューラー28才の時の自画像です。

「たいした画家じゃない」「異端の画家で特殊な人」
という批判もありますが私は初めて新聞で観た時にひかれました。

ゴッホやマチスに影響受けた絵や、岸田劉生風の絵も描いたが
「真似は真似だ、こんな絵を残したら恥だ」と
燃やして、燃やしつくしてたどりついたのが
ペン画の自画像だった

自画像が500点越えた頃
あの眼光の鋭い仁王のような自画像が生まれた。
「僕は絵を描きながら、自分を引き上げ、引き上げした」
と語る通り求道的。
給料の一カ月分の洋書を買ったり画材につぎ込むので
いつまでも貧乏だったそうです。

「怠けたらいかん」が口癖。
80才で名作の猫連作。芸術新潮の取材も受けたそうである。

10年の歳月をかけた母(養母)の像は
母の交通事故死という悲しい事件で制作は終わった。

コメ返し、訪問はいまからです。お待ちくださいませ~
生涯絵を売らなかった筧の絵は今では販売されています。
販売しているギャラリーも検索すれば出ます。



アドレス入れたら画像がアップされました。

続々、猫の絵




いかがですか、この「ノラ」
昨日、ご紹介した玉三郎のお気に入りの画家筧忠治さんの絵です。
面構えがいいですね。




前にもアップしたので観た方はごめんなさい。
楽天ブログ友鉛筆画のくろひげ屋さんに描いてもらったリボンママの絵です。
2007年8月5日にアップされました。
アクセスはヤフーより何倍も多いけれどコメントが寂しい拙楽天ブログです。
鉛筆画のくろひげ屋さん




隠れてるのは誰?姉妹で追いかけっこして遊びます。


晩年の画家。 筧さんは生涯、絵を売らなかったが、後に、板東玉三郎にどうしても自画像(1935)を欲しいと申し出られ、譲っている。(玉三郎の父にそっくりであったという。玉三郎は、この絵を見て精神的安定を得たという)


150号の「母の像」
10年もの間描き続けられたため、絵具の層は盛り上がり、所によっては厚みが数センチにも及ぶレリーフ状の作品となり、大きさも150号の巨大な作品となった。



この花の絵にも惹かれましたが、勿論買えません。

以下は引用です。
橦木倶楽部通信第5輯
 筧忠治は、明治41年(1908)愛知県中島郡萩原町東宮重(現一宮市)に生まれた。8歳で名古屋に転居して以来、平成16年(2004)96歳で亡くなるまで名古屋で生活し続けた。
 8歳の時、現在の中区上前津に転居し、起尋常高等小学校から前津尋常小学校に転校した。大正9年(1920)東川端町(現中区栄4丁目)に転居。名古屋市立第3高等小学校に入学。翌年、父が急死した。
 大正11年(1922)高等小学校を卒業し、武平町にあった愛知県測候所(現名古屋地方気象台)に勤務した。暮れにもらったボーナスで油絵具一式を購入し、独学で油彩画を始める。休みの日毎に鶴舞公園や覚王山に写生に行っているうちに、松下春雄に出会い、その誘いで「サンサシオン」の洋画研究所に通い始めた。
 参考「松下春雄」*http://gold.ap.teacup.com/syumoku/35.html
 しかし、「サンサシオン」の研究所には勤務時間の関係で通い続けることができず辞し、栄町通りにあった鈴木不知の「名古屋洋画研究所」に通うようになった。
 昭和2年(1927)田代町西畑(現千種区西坂町)に転居。鈴木不知の研究所を辞め、この頃から、自画像の制作を始める。以後、600点に及ぶ自画像を作成する。レンブラントの影響を受けつつ、独自の境域に達し、極度の精神集中の中で、すべての気合いを込めて描くため、その像は「仁王像」のような迫力を持つ作品群となった。
 昭和5年(1930)からは、油彩画の「母の像」の制作を開始し、10年後の昭和15年(1940)母(継母)ひさが交通事故で死去するまで、一つのキャンバスの上に修正を加えていった。母の死とともに「母の像」の制作は終了する。10年もの間描き続けられたため、絵具の層は盛り上がり、所によっては厚みが数センチにも及ぶレリーフ状の作品となり、大きさも150号の巨大な作品となった。この作品は、戦後の昭和24年(1949)『虫眼鏡を持てる老母』(「母の像」)として「第3回中部日本美術展」に出品され、驚愕を持って注目を浴びることとなった。しかし、その後、ほとんど展覧会には出品せず、孤高のうちに自分の創作活動に邁進していった。
 昭和43年(1968))名古屋気象台を定年退職する。昭和45年(1970)初めての個展を名古屋丸善ギャラリーで開催した。昭和49年(1974) 頃から、エッチングを始め、猫を素材にした「ノラ」シリーズ、「ポニー」シリーズを始める。また、風景画や静物画も描き、西洋画の技術の上に、独特の東洋的価値観により、極めて精緻に、質感豊かに描いた作品を数多く残した。

玉三郎舞踊公演と映画・美術のことなど



 
昨日の玉三郎公演の記事にお藤さん総てが繋がってる不思議にポチポチ☆ とコメント入れて下さったので色々なことを思い出しました。

私が新聞で観た筧忠治さんの絵が見たくて美術館に行くと、玉三郎からの蘭が飾ってあった!(お父様に似ているということで筧さんの自画像もお買い上げ)


友人がプレゼントしてくれて一緒に観て、その幻想的でもあるショーに感動したコルテオのことが玉三郎HPに載ってるではありませんか。


玉三郎HP
先日機会がありまして猿之助兄さんを「シルクドソレイユ・コルテオ」にお誘いしましたら『行きます』と言うお返事を頂けまして、久し振りに一緒に出かけることができしました。なかなか「コルテオ」をご覧になられる機会がなかったようですけれども、兄さんにも大変喜んで頂けまして楽しい時を過ごしました。
 この7月も現在の歌舞伎座で過ごすのは最後となりました。寂しいと言うよりは『本当に一生懸命過ごしてきたな』(でなければこれほどの舞台は出来ません)という思いがございますし、考えてみますとかれこれ50年歌舞伎座へ通っておりますが、自分としましては『ああ…もうこんなに経ってしまったのだなあ…』
 今年1月から「歌舞伎座さよなら公演」が始まりまして沢山の大役を頂いております。毎月毎月中頃になりますと「今月も無事に終われるのかな」 (毎月歌舞伎座公演が続いていて夏痩せなさってる様な気がしました。どうぞ,お体、御自愛くださいませ)と考える日が続きますが…

写真は南座公演のちらしではありませんが内容は同じです。
玉三郎の全くの一人舞台です。

例により、3階席ですが友人も全体がよく見えて前の人の頭も気にならなくていいと喜んでくれました。

長唄舞踊  三弦 富山 清琴 箏 富山 清仁
  
世俗を離れ仏門に帰依した女が、冬の夜長、恋人の訪れを待ちわびた夜を思い出しつつ、 過去を今なお捨てきれずにいる心境を語る。

上方舞の至宝・武原はんの「雪」は有名ですがテレビでちらりしか観たことがありません。
牡丹灯籠の杉村春子や夕鶴の山本安英、武原はんの「雪」 を継承発展させる玉三郎、映画監督や演劇の演出、衣装はこだわりの自前。かんざしや扇も目が離せません。

鷺娘でも感じたのですが傘の扱いもまるで新体操の金メダリストを連想してしまいます。バレエもお好きですね。

後ろ姿で浮かび上がり立派な帯に目が引きつけられる、髷も今まで見たことがないほど大ぶり。

非常にゆっくりと抑えた動きなのに滑らかに動き続けるって難しいでしょうね。
葵の上 
亡き東宮の妃の六条御息所は、華やかな日々を振り返る一方で、恋人・光源氏の正妻葵の上への嫉妬に苦しみ、ついには葵の上の枕元に生霊となって現れる。

昨年末の顔見世では海老蔵が光源氏に扮していました。
花道から出てくる六条御息所、怖かったです。
でも今回は舞台中央の暗闇から突然出現!
この衣装も能からなのでしょうか。重厚です。
さすが身分の高い女性にお似合いです。

鐘ヶ岬 
恋の恨みから清姫は、妄執の果てに釣鐘ごと安珍を焼きつくしてしまう。釣鐘再興の日、亡霊となって現れた清姫は…

この作品だけが明るくて歌舞伎らしい華やかさ。
風知草のおとみ様によると
能の道成寺→京鹿子娘道成寺→鐘ヶ岬
抽象的な能から華やかな京鹿子娘道成寺になり、もう一度抽象化したのが鐘ヶ岬だ。若く美しく清らかな清姫であられる。本当の清姫の怨霊が結晶して玉三郎丈の舞姿になったというか、高い精神性が投射した映像のような錯覚を覚える。


  



この3本を生で観たのは初めてです。特に雪は全くの初見です。
ですから、阿呆なこと書いていてもお許しください。

玉三郎は肖像画や、浮世絵を身近に置いて役作りされる。
玉三郎のお市御寮人観たとき、あまりにも肖像画そっくりで又感動したものです。。

朝4時起きで、夏は水やりが欠かせないので京都についたのは8時。
京都のバスは混むので困るのですがさすが早いので助かりました。
朝日がカンカン、京都のバスは昔から日よけカーテンもなかったでしょうか。外が見たい観光客の為?

玉三郎・舞台の夢
監督のほうの関心からいえばヴィスコンティが好きです。ヴィスコンティの演技のつけ方というのは独特だと思うんです。「魂まで抜きとってしまう」というか…

玉三郎の好きな絵

 
ツォツィ
以下は楽天で2007/08/30 に書いたブログです。
玉三郎がHPでこの映画を褒めていたし評判になっているので鑑賞し

 以前アパルトヘイトを描いた映画「遠い夜明け」を観てから20年!この作品は原作がアソル・フガード。アフリカーナの母とイギリス人の父の間に生まれたが反アパルトヘイト活動でパスポートを没収されたこともある、劇作家、舞台、映画俳優、演出家。日本でも文学座や劇団昴により「谷間の歌」「血の絆」「ハロー・アンド・グッバイ」が上演されている。

 監督のフッドが「どんな人生にも救済とセカンドチャンスがあることを描きたかった」「人を許し、罪を償い、融合しようとしている」と言うとおり希望がみえる。15歳以下不可というのは惜しい。
 残酷名非道なアパルトヘイト廃止から10余年だが今も差別と経済格差に苦しむ南アフリカの人々。主人公は本名捨てて、ツォツィ=不良と呼ばれている少年。裕福な夫妻から車を盗んでしまうが、そこに赤ちゃんが残されていて、彼の心に幼い日を呼び戻す。新聞紙をオムツ代りにしたり(やるね)可愛い少女のような未亡人におっぱいを強引に頼んだり彼なりに奮闘する。誰でも授乳のシーンにはやられてしまうだろう。彼女も始めは胸を開けないようにするのだが…そして白いシャツに着替えた彼はやるべき事をする。赤ん坊を奪われた父の行動、知的な俳優の顔がいい。

 その土地の人々の切実な問題を提示する映画、演劇が作られ皆がそれを観て感じたり行動できたら…今の日本の青年も生き難い問題を抱えている。皆が貧しかった戦後の子供や不幸なはずの戦地の子供の表情が明るかったりする。違いを責め立てたり、追い詰めたりばかりしない、寛容の気持ちを持ちたいものだ。

玉三郎丈とフェルメールに再会・長楽館


京都市美術館のルーブル展と玉三郎舞踊公演 をハシゴしました。
生の玉三郎は昨年末の顔見世以来です。
疲れと睡眠不足でも全く居眠りなんかしない夢の舞踊公演です。(;_;)

しかも玉三郎公演がなければこの美術展には行かなかったです。
玉三郎丈が呼んでくれました。ぷぷ

ルーブル美術館では小さく見えたこの絵が京都では大きくみえました。
額の美しさ!詳しくは又。

朝四時に眼が覚めたので9時前につき、一目散に少女の前に。
おかげで誰もいない。皆さん、真面目に最初からご覧になるので。
お子さんも一杯。中には半分寝ている子も。




鍵善のくずきりです。鍵善良房HP




前に一度泊まった長楽館で友人とお茶しました。

その時はレディースホテルで5000円!

今ではとても私には無理無理の高嶺の花です(泣)








 



 長楽館は、明治時代の実業家「煙草王」と称された村井吉兵衛の京都別邸・ガーディナー作品。
アンティークの雑誌に載っていたのです。
 

縞模様のパジャマの少年・李香蘭・アウシュヴィッツの音楽隊





写真は借りた本や今から読む本です。

「アウシュヴィッツの音楽隊」を読んでいて、ある映画にその状況がちらっと出てきたのですが、何という映画だったか、

ドイツ人は音楽なしではいられない優雅な面があるのに。

この本お勧めです。

昨日は縞模様のパジャマの少年を観ました。この公式サイトで動画も観ることができます。

レイさんがすでにアップされていらしゃいます。

衝撃的ではありますが、昔読んだ、裏切り者の幼い息子を射殺した父の話、思い出します。映画もお勧めします。

働けない弱者や子供は即ガス室送りになったはずですが。
原作は読んでいません。
この映画はフィクションの部分もあるようですが、ヒトラーが来た部分はカットしたそうです。

ベルリンの家の優雅なこと、ステンドグラスやたくさんのお人形。
転居した家の地下室にもたくさん出てきます。
強制収容所にカフェや娯楽設備がある!?というプロパガンダ映画、
日本でも同様な事やっていました。

「ライフイズビューティフル」「ソフィーの選択」も子供が出てくる強制収容所の話です。






今日放送された李香蘭 、ご覧になった方はありますか。

私は初演の舞台を観て、その後、テレビ放送を繰り返して観たほどの李香蘭ファンだったので当時のキャストの歌声が頭から離れません。

保坂さんの川島芳子は絶品でした。恋人役の芥川(今は鈴木)さん、アンサンブルの岡幸二郎!(録画を観て発見)
姉妹のような役の志村さんはなくなってしまい、野村さんも今は声の調子が…北京語で歌う場面が増えました。

以下は初演の感想も含まれています。
中国大陸への悲惨な加害の歴史が美しい音楽で展開する。野村玲子の香蘭や保坂知寿の川島芳子…宝塚の男装のようでかっこいい!
この二人の歌!

 戦時中、敵国日本に協力した漢奸=祖国反逆罪に問われた李香蘭を許す中国の裁判長のオペラの歌唱はこの劇にぴったり。

この舞台のビデオを何回か観ているうちに今はスターの岡幸二郎 の姿を発見した時はうれしかった。

 満州事変、日本が作った偽りの満州国建国、抗日ゲリラが逃げ込んだ平頂山の村の3000人の住民を銃殺、国際連盟脱退、日本の貧しい農民を満蒙開拓団として送り込む、敗戦時には彼らは見殺しになる。盧溝橋事件などが描かれる。


 李香蘭=山口淑子は戦後アメリカでも活躍し有名な芸術家イサム・ノグチ と結婚、のち司会者、政治家にもなった。その彼女の戦前の姿を知り原作も読み、BS「心の旅」 で彼女の命の恩人のロシア人女性も知ることが出来た。香蘭は忙しさもあり自分の愛する中国を侮辱する映画に出でいたことも分からなかったという。

 中国で捕虜になった日本兵は食事もちゃんと与えられ許されて帰国することが出来た。シベリアでの過酷な強制労働の挙句亡くなった日本兵や東南アジアで捕虜虐待の罪で死刑に処せられた韓国兵・日本兵との違いはあまりに大きすぎる。

明日、明後日はシベリアでの悲劇を描いた「異国の丘」、BC級戦犯描いた「南十字星」 が放送されます。

戦争を知らない若い方には必見の舞台。特に「李香蘭」はスピーディに日本の侵略の様子が理解できる。

 「李香蘭」は中国でも上演。四季の俳優は「何か投げられてもしかたない」と覚悟したらしいがさすが大人の国、歓迎してくれたそうである。劇中の印象的な歌、「松花江上」の「9.18」チュイパ。満州事件の引き金となった柳条湖事件。 この日を境に故郷を追われた人々の望郷の歌。確か、北京語で歌われたはず.

子猫の思い出写真


たあちゃん命名かたつむり猫のブラン





このころは誰が誰やらわかりませんでした。


姉妹で枕に。


 父ちゃんが娘を枕に!?

いまでも娘の方から甘えに行きます




こんなに小さかったのに


友人宅に行ったリンゴ、カレンダーでも一番人気でした。
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

acaluliaのブログ

鳥待ちdiary

『男の隠家』 Bohken-Dankichi 天邪鬼&極楽蜻蛉

アマルフィに憧れて

しあわせの青い鳥

東京にしがわ散歩

心の隙間

リベラルブログ・生活保護者の色々な記事
プロフィール

hitomi5235

Author:hitomi5235
猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR