親子猫





母さん猫リボンの定番の座り場所に娘猫のダブルンもきました。

ダブルンはなぜか男の子のような雰囲気の猫でいつもは父さん猫とベタベタしています。
リボンは私がキッチンに立つとここか、テレビの上に飛び乗って何かくれないのかと催促します。貰えないのに。今日は夫の撮影です。



お母さんらしく一番なめるのもリボン。
でも子育て終わったので、眠い時は私にまとわりつきます。




以下は私の撮影。



子猫の時のリボン、いたずらっぽい目がいいと猫写真家新見敬子賞をいただきました。もうその雑誌も休刊です。その年の3位でした。
賞金は2位まで。記念品だけです(;^_^)





なぜか、この時だけ猫トイレに座りました。









きゅうり、焼き海苔(私が食べる暇ないくらい欲しがります)、刺身が好物です。
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東鮨本店と湯之島館







お馴染みの伏見ミリオン映画館の向いにある寿司屋さんの建物がいいなと携帯で写真撮っておいたら昨日の新聞でその設計家が解りました。うれしいです。

ここは御園座にも近いので歌舞伎役者さんも見えるようです。
いつぞやはホテルからも見えるようにと屋根に「SUSHI]と大書きしてあると新聞に載りました。

街中にあるのに緑の中庭もあり、ある時は猫の姿も見ました。
やはり東鮨本店なので美味しい。

ここの磯松前は昔から好物です。
http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/23311149.html

新聞に載ったのは下呂の湯之島館、

丹羽英二さんが独立し最初に手掛けたのが湯之島館
丹羽英二建築事務所HPにも載っています。
http://www.niwa-ae.com/ourworks/index.htm

1931年世界恐慌のさなかに開業した湯之島館は鉄筋コンクリート作りなのに外観は木造にみえて奥にアールデコの洋館があるとは信じがたいそうだ。

読書室にあるマントルピースが古代ギリシャの神殿を縮小したようらしい。

「照明や手すり、一つまで原寸の設計図を書き、現地でミリ単位まで確認するのが丹羽さんのやり方」と、丹羽事務所顧問の宮野さん。

前を通ったこともあるらしいのだが。

ダンスホールやテラスルーム窓の感じが私の好きな雰囲気です。
やはりアールデコです。




特に洋館を彩る装飾は、アールデコの影響を色濃く反映したもので、現在の建築史家からも高い評価を得ている。戦後増築を重ね、現在の姿があるが、独立後第1作ということもあり、この旅館に対する丹羽英二の思い入れはとりわけ強いものがあり、晩年に至るまで頻繁に宿泊に訪れた。
昭和33年には昭和天皇・皇后両陛下が、昭和51年には、皇太子殿下・皇太子妃殿下(今上天皇・皇后両陛下)が宿泊された。また、「街道をゆく」の取材で春慶荘に宿泊した司馬遼太郎は「さすがに飛騨の匠のふるさとらしい見事な普請だった。(中略)日本文化ですなあ。」と記している。

御園座近くのからくり時計、動いてる時に行ったら動画とりたいです。

Beautyうつくしいもの





Beautyうつくしいものを観た。公式サイトhttp://beautyweb.jp/

監督: 後藤俊夫脚本: 小野竜之助 振付:藤間勘十郎
出演 片岡孝太郎 片岡愛之助  麻生久美子 井川比佐志 石浜朗
嘉島典俊  片岡秀太郎 片岡仁左衛門(Beautyの題字も) 北村和夫(お亡くなりになってしまいました) 
星美智子(往年の時代劇で懐かしい名前、どこに出られていたのか、おばあちゃん役?どなたか教えて下さい)

シネマ歌舞伎以来、映画館で観る歌舞伎もいいものです。
この映画も歌舞伎の名場面が出て字幕もちょっとあります。
村歌舞伎でしか上演されない珍しい演目もあります。

長野の美しい伊那谷に200年以上も受け継がれた村歌舞伎。
おひねりや酒盛り、ヤジも飛び交うお祭りの舞台。
その村の少年少女の絆を中心に戦争をはさんで展開する物語。

まるで「覇王別記」のような少年二人の友情。
木地師の祖父と二人暮らしだった半次(子役が可愛い)は雪男に誘われて、「新口村」を演じ二人は村の看板役者になっていく。

二人が大自然バックに稽古する場面は最初に迫ってくるところ。

はしかで役を取られても優しい少女。
大人になってからは 麻生久美子が演じている。舞台化粧も綺麗。
「夕凪の街桜の国」
http://plaza.rakuten.co.jp/ribon5235/diary/200708030000/
こういう映画はもっと海外で観てもらうとよいのですが。


二人は青年となり召集され満州やシベリアで理不尽な運命をたどる。

皆さん泣きます。

長野県は満蒙開拓団にも多くの人が送りこまれた。そこは中国の農民の土地だったのに。そんな場面は出てこないけれど。

雪男役の愛之助、長髪でメガネ姿がヨン様みたい。ハンサムですね。

半次役は青年から老人まで、引退公演の演技、あぶなかっしいのでハラハラしてやがて引き込まれます。

NHKのローカル番組に出演された孝太郎さんは村芝居なのでうますぎてもいけないので苦労された話をされていました。

ロケ地も公式サイトにあります。御神木や自然と共に生きた時代。

大鹿村には青いケシを観に行ったことがあるが歌舞伎は実際には観ていない。

三国志などで有名な川本喜八郎 さんのイベントに行ったとき
黒田人形浄瑠璃 を地元の女性とお父様に見せていただき感激した。
http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/18430629.html
 
昭和10年、長野県伊那路(いなじ)村。村歌舞伎を初めて見た少年・半次は、村に伝わる舞踊「天竜恋飛沫{てんりゅうこいしぶき}」を舞う雪夫に心を奪われる。雪夫に誘われ歌舞伎を始めた半次は、ふたりで「新口村」を演じ、初舞台で大成功を収める。そしていつしか、半次と雪夫は村の看板役者となっていく。
 時は過ぎ、19歳になった半次と雪夫のもとにも召集令状が届く。終戦を迎え、シベリアの強制収容所に送られた半次を待っていたのは過酷な労働の日々と、雪夫との死別であった……。


ひまじんさろんさんのブログに監督のインタビューあります。http://plaza.rakuten.co.jp/msk222/diary/200712020000/




テレビドラマおシャシャのシャン!も村芝居を描いた傑作。http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/20494103.html

最後は今の仁左衛門と玉三郎


「誰よりもあなたに見せたい!十三代目片岡仁左衛門」

http://movie.blogmura.com/


      


「おくりびと」試写会で本木さんの熱の入れようを感じましたが映画も着目点が素晴らしかったですね。二男の代わりに行って後ろから登場したもっくんのお洒落なスタイルを間近に拝見出来てラッキーでした。
http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/folder/897111.html

アカデミー賞受賞おめでとうございます。賞にはいろんな力が働いてるので「あれ」と思うこともありますがこれは素直にいい映画です。

演劇ブログで絶賛されているドキュメント映画「誰よりもあなたに見せたい!歌舞伎役者伝承のダンディズム十三代目片岡仁左衛門」がようやく当地方に来てくれました。東京より1年近く遅れてるとは!

1903年に生まれ2歳で初舞台を踏んだ仁左衛門さんは94年に90歳で亡くなったが最後まで現役。

演出の羽田澄子さんは(記録映画作家) 先日も新日曜美術館岩佐又兵衛 驚異の極彩色絵巻http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2009/0215/index.htmlにご出演。この羽田さんの映画はあいち国際女性映画祭で観ました。

十三代目片岡仁左衛門丈は母がファンだった大川橋蔵(六代目菊五郎の芸養子でしたが六代目がなくなり映画に転身、後ろ盾がないから歌舞伎では難しいと思われたのでしょう。彼の歌舞伎の舞台を観た方は非常に美しい女形で六代目の薫陶を受けそれが芸によく出ていたとおしゃいます。テレビで銭形平次親分888回)の映画にもご出演でそれは後から不遇の時代だった事を知りました。

私は何より玉三郎と今の仁左衛門さんとのコンビがたまりません。
その十三代目の三男さんが今の仁左衛門丈です。

映画は何と6本、これは「人間の條件」
http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/18607637.html
6本、リバイバルを徹夜で観たのとほとんど同じですね。「人間の條件」は2回も観てしまいました。

今回は朝10.10から2本ずつ3週間でかかって全部観ることになります。

ドキュメントは苦手なのですがビデオ、DVDにしないというので。

目が御不自由なられても舞台に立たれ気品に満ちた姿は有名ですがそのころは生で観たことがありません。幼い時に御園座に連れて行かれたので見たかも知れません。親は招待券なので祖母や私を連れて行っただけです。当時まだ高かったソフトクリームは覚えてます(笑)というか、母が二人だけにあげ手自分の分はなかったと言うので。


「若鮎の巻」は自主公演をする若手役者グループに演技指導された時の記録。
最初にいい女形の声が聞こえてきました。そのはずで上村吉弥さん。

子役だった愛之助さんも出ている。
松島まり乃「歌舞伎修業片岡愛之助の青春」を読み直したい。

最初の出し物は「一条大蔵譚」
以下はぴかちゅうさんのレポの一部です。
http://blog.goo.ne.jp/pika1214/e/332dcac4bfdd93f997d0db0c8e7387f9
義太夫が身体にしっかり入っている丈は若手に口三味線をしながら義太夫にのった台詞回しを指導。一条大蔵卿役の若手は公家言葉に不可欠の‘が’の鼻濁音を直され、「いなしゃませ」(去れということを“いね”と言い、その公家言葉)の音使いとリズムを何度も直されるが、ちっともできないので客席からも笑いがもれるほどだった。公家言葉の難しさ、義太夫狂言のためには浄瑠璃を勉強しないといけないということを何度も繰り返している。

おとくは千次郎時代の吉弥と確信を持った(公式サイトでも確認)が、吃又役がわからず、家でネットの歌舞伎俳優名鑑を検索して照合すると片岡當十郎とわかった(この人が最晩年の仁左衛門丈にずっと付いていることが後の巻でわかる)。この二人のコンビはまずまずの感じ。
板敷きの広縁には部屋子の千代丸時代の愛之助がしっかりと13代目の指導を見つめていた。
劇場の稽古場で稽古をつける様子。前日の稽古の指摘どうりに直っていないという丈の指摘に長男の我當が出てきて、前日の稽古の後に自分がみた稽古でどうしてもできないので今のやり方にしたと説明にきている。大先生と小先生みたいだなぁと思った。我當が父の指導をきちっと補佐しているのに感心してしまった。その補佐のタイミングのよさ。まさに息が合っている。

仁左衛門丈は三味線の弾き方、義太夫の語り方にも自分で語って合わさせている。上方歌舞伎専属の大夫三味線がもういなくなっていて、東京から来てもらっているので昔ながらの上方歌舞伎の演奏が継承されていないという。三味線も江戸弁風に訛ってしまっているという。

公演本番は最前列でジッと見守る様子を舞台とともにカメラがしっかりとらえている。問題の箇所は本番でもできていなかった。丈も挨拶にたち、「お目まだるい舞台でございましたが・・・・・・」という出来。それでも若手に乞われて稽古をつけてきた経過や、年に一度こういう大きなお役で舞台にたてるこういう機会を大事に支えていただきたいというようなことをお話していた。

教えても教えても出来ない、理解できないってありますね。悲しいことに。聴いてるだけでわかる方もいるでしょう。同じ所で笑いが起きました。

関西の方は厳しいので歌舞伎の御曹司の芝居でも下手だとはっきり批判するせいか衰退してしまったとも聞いた。その中で仁左衛門丈は頑張ってこられた。

後ろ盾がないとこの世界は難しい。お腹の中から義太夫でも聞いてないと身につくのが大変でしょう。台詞もろくにない並び腰元だけの舞台ではいかに辛いことでしょう。またそういう若手を指導される方は立派です。

OSKの「大津皇子」を指導されているのを写真で観たことがあります。「大津皇子」を演じていたのは贔屓の東雲あきら

2本目は「傾城反魂香」難しい舞台を選んでとおしゃってました。

「人と芸の巻(上)」は大阪・中座での「伊賀越道中双六」
13代目がもういいお爺さんでかつぐ荷物が本当に重そうでハラハラしてしまう、泣けますね。

秀太郎のお米、孝夫(15代仁左衛門)が初役の重兵衛。綺麗です。
本当の親子さんの配役でこれをご覧になった方は幸せですね。

2002年3月31日 教育テレビで 片岡仁左衛門 · 中村勘九郎 · 坂東玉三郎 のこの舞台が放送されました。

「紙子仕立両面鑑」大文字屋の助右衛門。途中で睡魔に襲われてしまった
實川延若の御顔は好きでなぜか昔から知っている。

1南座での「寿曽我対面」の工藤祐経は座頭役。五郎を富十郎、十郎を扇雀。この時13代目は京都南座顔見世連続35年出演で表彰され、涙が光ってるようでした。私が今あるのもご贔屓の皆さんが私を可愛がっていただいているからで有難いと。松竹の故永山会長の姿も。
21日には歌舞伎界の最長老の中村又五郎さんが老衰のために亡くなった。お正月の歌舞伎役者がずらり並んだ手打ち式にも出ておられたのに。


右の写真はお孫さんの孝太郎と部屋子だった愛之助さんの映画「うつくしいもの」のチラシ。同じ映画館で上映中。

京都での学生時代、南座の前のレストランでバイトしていたら仁左衛門さんお一人で食事にいらしゃいました!

川端康成コレクション展と田淵俊夫展


川端康成生誕110年川端康成コレクション展を鑑賞した。

 

生原稿や自画像、文房具、親しかった画家たちの作品や書斎の再現がご覧になれます。

ノーベル賞の千羽鶴の箱の立派なこと。

以前、芸術新潮の特集で川端康成は骨董屋泣かせだったという話ばかりが頭に焼きついてしまった。

骨董を持ってこさせてだんまりだったか、ファンの方、ごめんなさい。

これだけの美術品集めるにはそんなことまでしないとできないかも。

土偶、アフガニスタンの仏陀頭部、聖徳太子立像、池大雅、加藤唐九郎、黒田辰秋、永井荷風、李朝民画まで続々。急須やガラスの氷カップも。

ロダンの「女の手」は写真で観るよりずっと華奢。

渡辺崋山の孔雀は画面斜めの孔雀に動きがありその目が鋭い。

古賀春江の「果物」がセザンヌのようだと思ったら「海」で有名なシュルレアリズムの画家、検索してようやく思い出しました。


思いがけなかったのは若き草間彌生の2作品。


その映画「≒草間彌生~わたし大好き~ 」も観ました。

http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/21419285.html
その作品、観たことがないと思ったら半世紀ほど蔵されていたもの。康成の慧眼でしょう。

高井貞二(戦前は超現実主義に始まり堅実な写実画へ、そして戦後は幻想的具象画から抽象表現主義へ、さらに抽象表現主義から象徴主義へと移り変わる展開は、具象から抽象までと幅広く、この時期の日本人作家としては実に多様な展開)の叙情画。

東山魁夷はフレデリック城などの外国風景が珍しい。



 


は大変な混雑と思ったらそのはず、ギャラリートークをされていました。終わりの方で残念。

NHKの昼前のローカル番組にもご出演されていた。

永平寺・鶴岡八幡宮への奉納ふすま絵や「時の証人」などの現代的な作品まで。

「時の証人」はもっと詳しく知りたい。

美しい緑色の植物画はポストカードでは全然その良さが出ていません。


飛行機から覗いたような雲海の富士山や紅葉に包まれた「清水寺」も印象的。

『海女のリャンさん』


http://movie.blogmura.com/

『海女のリャンさん』公式サイトhttp://www.sakuraeiga.com/ama.html

第2回文化庁映画賞文化記録映画大賞受賞
2004年キネマ旬報文化映画ベストテン1位


文化映画は観たいのになかなか上映に出会えなく残念に思っています。キネマ旬報文化映画ベストテン1位なので期待します。
以下は転載です。

映画紹介 『海女のリャンさん』を見て(監督・脚本 原村政樹)90分     
                            西光之輔(記)
朝鮮半島の悲しい歴史に翻弄されながら、日本、韓国、北朝鮮に離散した家族の
絆を守り抜いた母の物語に感動しました。近年、まれにみるドキュメンタリー映画
の傑作です。 

リャン・イーホン(梁義憲)さんは済州島の海女の村で1916年に生まれました。
1941年に夫と共に大阪の生野区に移り住みました。44年の大阪の空襲で済州島
に戻り、45年、祖国の解放を迎えました。
48年、済州島4.3事件で身の危険を感じて、密航船で再び大阪へ。夫は民族教育
活動に専念しており、リャンさんは7人の子どもを育てるために仕事にはげみました。
1年のうち3月から10月までの8ヶ月は大阪に家族を残し、日本各地で海女として
働きました。11月から2月までは正月も休まず餅屋などで働きました。
その間、1959年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に3人の息子を帰国させ、
済州島事件で生き別れとなった次女は韓国の孤児院で育ち韓国に住んでいます。「食
ってもいけないのになぜ大学へ行かせるにか」と言われながら、子どもの教育のため
に朝から晩まで年がら年中働きつづけました。
86歳になったリャンさんは、2002年、半世紀ぶりに故郷済州島に帰郷し、4・3
事件で生き別れとなった娘と再会しました。また、2003年には、北朝鮮の3人の息
子に最後の面会に行きました。リャンさんが生活の苦労の影も見せず、陽気にたくましく
生きていく姿は観る者を感動させます。

「在日」をテーマにした映画となると、差別とか日本社会の歪を描くのが常ですが、この
映画は違います。リャンさん一家の人間としての魅力、母親の思い、家族の絆という普
遍的なテーマが描かれています。国家の対立がもたらした悲劇、それにめげず生きた在
日一世の記録として、多くの人びとに観てもらいたい映画です。
この映画がキネマ旬報 文化映画ベストテン 1位に選ばれた理由がわかります。
山本晋也氏(映画監督)は言います。
『偉大な母の持つ包容力に圧倒された とにかく観てほしい!感動してほしい。
近ごろ稀有な傑作映画だ』と。

(上映日時のご案内)
同時上映『悲劇の島 チェジュ』4.3事件のドキュメンタリー
     NHK番組 (08年4月27日放送)  90分
   1948年4月3日に済州島で起きた大規模な武装蜂起と、それに参加
   した人々のその後を描く。はじめて歴史の闇に光をあてました。
 
場所:伏見ライフプラザ 12F 第1研修室
日時:2月28日(土) 2回上映
         海女のリャンさん        悲劇の島
   第1回  13時30分~15時    15時15分~16時45分
   第2回  17時30分~19時    19時10分~20時40分
資料代:海女のリャンさん 700円、 悲劇の島 200円、 (学生無料)

以下もコリアン子育てサークル「トトリの森」さんからの転載です。
http://blogs.yahoo.co.jp/totorinomori/19459046.html#19459046
南北朝鮮と日本を舞台に、祖国の分断によって引き裂かれた家族の愛と統一への願いを描く「海女のリャンさん」。この映画が朝鮮舞踊化され、近々、大阪で公演されます!

■題名 「ねがい」
■日時 2006年1月28日(土)18時半、
         1月29日(日)16時半開演
■会場 大阪国際交流センター(天王寺区上本町8-2-6)
■主催 舞・朝鮮舞踊研究所
■問い合わせ先: 06-6787-1825
         080-3808-2039

<「海女のリャンさん」の映画監督 原村さんからのコメント>
リャンさんの5男であられる朝鮮大学校教授の金世正先生から、
この映画が朝鮮舞踊化され、近々、大阪で公演されることを知り、
大変嬉しく、皆様にもお伝えしたいと、書いております。
主催者の任秀香という方とは直接面識がないのですが、
素敵な心の舞踊家と想像しております
(無断でこれを書いていることを任さん、お許しください)。
朝鮮舞踊は、本当に美しく、いつ観ても心にじーんとくる私としては、
映画が舞踊化されて、この上ない喜びでいっぱいです。
特に、在日4世、5世といった人たちが日本で祖国の文化を継承していることが
とても感動的です。ひとりひとりは微力ですが、文化の力を信じて、
政治やイデオロギーを越えて友好の輪を広げていきたいと、微力ながら、
私も進んでいこうと思っております。

鷺娘と歌舞伎座建て替え



玉三郎HPに、「現在の歌舞伎座で「鷺娘」を上演致しますことは、この度が最後だと思っております。予測ではございますが、約5年先の新歌舞伎座が予想通り完成しましたときには「鷺娘」をひと月努めることは出来ないと考えております。」とあり、こういう日がくることはわかっていてもやはりショックだった。

映画や歌舞伎の演出も後身の指導もよくされる玉三郎丈。

御自分に厳しくいつ、やめてしまうかもわからないので出来る限り生で観劇したいのですが。



 

彼が登場しただけでどよめく観客。
あれだけのこの世のものとは思われない独自の美の世界を長時間作り出すことは大変な事なのでしょう。

長谷川一夫がベルばらで指導したように客席から綺麗に見えるためには無理な姿勢もあります。

瀕死の白鳥のような幻想的、悲劇的な玉三郎の「鷺娘」です。




歌舞伎座建て替えのためのさよなら公演で玉三郎丈も「京鹿子娘二人道成寺」「三人吉三巴白浪」「鰯賣戀曳網」など次々といい芝居を演じておられるようだが、京都顔見世で散財した私は上京することが出来ない。

昆劇のような新作なら我慢できないのだが一度生で見たものはなんとか、ねじふせてしまう。

去年11月八千代座で上演した「鏡獅子」は観たことがないので無理してでも行きたかったけれどあまりに遠い。

歌舞伎座建て替えには反対意見もあるそうだが新しい歌舞伎座がどんな姿で出現するのか興味がある。

もうあの天井桟敷までの急な階段登ることもないでしょう。

宝塚大劇場も3階席は落っこちそうな感じだった。
もう震災前に新しい劇場になっている。


大阪松竹座はレトロで立派なフォサードを残していて中は新しい、そういうように歌舞伎座もなればと思う。




クリスマスローズとガーデンシクラメン


お隣の方が植えてくださったクリスマスローズが咲きました。

なかなか大きくならず去年は咲かなかったので心配でした。




ミニシクラメン(ガーデンシクラメン)はうちが植えました。







今日、桜並木の雪柳も咲き始めているのを見ました。




このシクラメンだけ私が購入して植えました。後は夫が会社から不要になったシクラメンをもらってきて植えました。

「クリスマスローズ」の名前の由来

前にテレビで聞いたのは、日本ではクリスマスよりもっと後に咲くけれどこういう名前の方が売れるなんて。ローズといってももちろん、バラとは関係ないのです。冬の花が少ない時期に咲く花は貴重です。うつむいて咲くので好きでない方もいますが日本では人気があります。
以下は引用です。ClayStreetさん
http://clay.way-nifty.com/riod/2008/05/post_66d5.html
1.ヨーロッパで花の少ない冬の12月末、
クリスマスの頃白い花を咲かせるので、
「クリスマスの頃に咲くバラ」という意味で
「クリスマスローズ」という。

2.イエスの誕生したとき、
 祝福にきた貧しい羊飼いの少女が、
 何かイエスにささげものをしようと思いましたが、
 季節は冬で1輪の花も見つかりませんでした。
 少女が悲しくて泣いていると、
 その涙が種となって、
 芽が出てバラと同じ美しい花を咲かせました。
 少女は喜び、この花をイエスにささげました。


大高緑地公園の梅が見頃です。
ここには桜の園や、若草山?!もあります。


















クリスマスローズ・ミニシクラメンは次回に。

びっくり、バラの挿木





バラの挿木は失敗ばかりの私。水挿しも土でも成功した試しがありません。
去年もやっと1本植え替えるところまで行ったのにその後の寒波であえなくなりました。

この、フォエバーローズ、枯れてドライフラワー状態になってるのにも構わず花瓶にさしたままにしていました。怠慢でしょう。


今朝、白く長い物がついてると発見。

泡のようなカルスと共に白い根が水の中で伸びています。

ぬか喜びかもしれませんがうれしいです。




又ボケてます。
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