ユア・マイ・サンシャイン

03 /31 2008


愛する人に辛い過去がありしかもHIV感染者だったら…

本作は実話を元にした映画で内容は深刻なのですがユーモアがあり、さすが主演の二人がいいですね。マスメディアのいやらしさ、世間の偏見もちゃんと描いています。いつ映画館で公開したのか知りませんでした。

終わりの夫の行動は大好きな「オアシス」を想起します。どちらも愛する女性のために思い切った行動をするのが心揺さぶられます。

チョン・ドヨンは小学生から未亡人まで何でもできる人。小学生といっても家庭の事情で18歳ぐらいの設定ですが、イ・ビョンホンと共演した「わが心のオルガン」これも大好きな心温かくなる映画です。いい映画なのにテレビ放送で観た記憶ありません。

「初恋のアルバム  人魚姫のいた島」やぺ・ヨンジュンと共演した「スキャンダル」でも美術や2大女優の演技に感心しました。ヨンさまもなかなかよかったです。

フランスの小説「危険な関係」は何度も映画化されていますが私はこの「スキャンダル」が一番好きです。


本作の主演男優はファン・ジョンミン。さえないおじさんなんて言われているが牛を育てている純朴な青年。いかにも人がよさそうで可愛い青年。

オモニに反対されても彼女と結婚する強い気持ちもあります。

彼女に去られて探し回るときのやつれようは別人です。

反対に女性をお金で買ったり暴力振るう人の台詞ってどうしてこう同じなんでしょうね。他のドキュメントで見たのですがイラクの米兵が自国の女性兵士を乱暴するときも同じ。心が卑しいのがわかりますね。

二人とも各映画賞で主演男優賞・女優賞を受賞

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夜桜

03 /30 2008






昨日は風強く寒かったですね。

近所の桜の名所の夜桜です。素人写真では表せない幻想的で豪華な雰囲気にはいつも魅了されます。こんな近くに桜の名所があるのに出かけるのはもったいないくらいです。ここは河の両側が桜並木になっています。住宅地なので宴会無し。車や店もないので純粋に桜を鑑賞できます。

水辺が好きです。最後の写真はもう少し上流の昼間の桜です。

海峡 2

03 /29 2008




いいドラマでした。辛く悲しいのにさすが脚本がいいですね。見終わったときのカタルシス。

ヒロインの父役中村敦夫がちょっとしか出てなくて残念。

「こんな戦争は勝てるわけはない」と言って列車から引きずりおろされた重病の父。

少しでもでも厭戦的なことを言ったりちょっとした態度でも非国民呼ばわりしすべてを問答無用に断罪。憲兵でも隣組みのおじさんでも。神風が吹いて勝てると信じ込まされていた人たち。

食料も燃料もなしで精神論だけで闘うことを強要された。だから現地調達でアジアの人を苦しめた。

男は国民服、女はもんぺでないと「それでも日本人か」と責められる。パーマをかけていたり振袖など着ていたら大変、袖を切れと迫られる。

美輪明宏が残り毛糸で編んでもらったカラフルなセーターか何かを友人だったか、本人だったか着ていると散々軍人に殴られた話をしていた。  すべてがカーキー色。きれいなものはご法度。それまでの日本は大正ロマンの残り香りがあったが文化どころではなくなった。

戦前も戦後も日本人のアジアの人に対するどうしようもなく醜い差別感を小山明子扮する姑がよく出していました。

親戚をたらいまわしのように放浪、本家分家の差別。本家の怖いお嫁さん役、内田淳子うまいです。

主人公は立派なお嫁さんの鏡のような人で二人の男性に深く愛される。

眞島秀和は憲兵時代の厳しい顔とその後の優の対比がうまく出ていた。

志願という名で日本兵とされた朝鮮人。後にも韓国、日本双方から責められる理不尽。

「美しい夏キリシマ」「フラガール」「ニワトリはハダシだ」にも出演しているそうだが知らなかった。

カササギの話は泣かせますね。織姫と彦星をあわせるためにみんなで並んで橋を作るがあまり長く飛べないカササギだという、全編を貫くモチーフになっている。

時は違うが2人の男性の「あなたを守ります」の言葉があれば耐えることが出来る。

なかなか日本人男性は妻との会話が下手な人が多いので女性はこういうドラマや宝塚、韓国ドラマにしびれてしまうのでしょう。家族でも恋人でも言わなれれば気持ちは伝わりにくい。

戦争すればいつも最初に犠牲になるのは女性、子供です。イラクでも。

このドラマは「サラエボの花」に描かれているような集団的性犯罪は出てきませんが満州から引き上げてくるときにロシア兵の犠牲になった女性もいます。その前にアジア女性が日本兵に蹂躙されました。

久しぶりに美保純の姿を見ました。気のいいおかみさん役。

のだめでハリセン演じた豊原功補はその夫役で主役の二人を助ける。

元大学教授の古着屋に犬塚弘

演出家は大地の子と同じ岡崎栄で上川隆也も出ている。

銀粉蝶は女性ローマ教皇の舞台で拝見

長谷川京子はイ・ビョンホンの映画「美しいよる残酷な朝」で見た。

下はウィキペディアより


2007年6月に行われたカンヌ国際映画祭で、カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリを受賞した映画監督河瀬直美には、次回作『土日風水(仮)』の主演に指名されるとともに「テレビなどで見る演技はまだまだ評価できない。心を入れて形にしているとは思えない。私は生身に鋭く切り込んでいく」と発言された[1]。

2007年11月7日に都内のNHKで行われた同局スペシャルドラマ『海峡』の記者会見にて取材陣から「長谷川さんの演技をどう思いますか」と脚本家ジェームス三木に質問が飛び「まあ決して上手ではなかったけど、今回の作品で演技派になってくれたと思うよ」と答えた[1]。

写真は豊田・水源桜並木公園の枝垂れとさくら亭の活花  しだれ桜はまだ早すぎました。

スペシャルドラマ海峡

03 /28 2008


皆さんはこの評判のドラマ海峡をご覧になりましたか。私はようやく再放送で見ています。今夜は最終回です。DVDにもなったそうです。女性の心をつかみしかも日本の植民地支配の残酷な結果がわかりやすく描かれています。

 敗戦直前からの日韓を舞台に、長谷川京子演じる日本人女性・吉江朋子と、眞島秀和演じる韓国人青年・朴俊仁とが、海峡を隔てて貫いた愛と希望を描いた作品。長谷川さんは、終戦の1945年から30年間の吉江朋子の人生を演じた。

公式HPはhttp://www.nhk.or.jp/drama/kaikyou/html_kky_midokoro.htm

作者はさすが満州からの引き上げ体験を持つジェームス三木です。

憲法に男女平等を盛り込むのに尽力したベアテさんの舞台「真珠の首飾り」

わらび座舞台「つばめ」「ドクトル長英」
も書いている。

大河ドラマでも御活躍。

日本はすでに明治初年から士族の不満をそらせるため西郷隆盛らが征韓論を主張、1875年には朝鮮沿岸で海軍演習や海路測量を行い江華島事件をおこし不平等条約を押し付けた。日本がアメリカにやられたことを隣国にするとは。

日清戦争後の1895年には反日派の韓国王妃ミンビ(明成皇后)を虐殺した。http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/18615462.html

1910年に韓国を併合した日本は韓国の土地や言葉、氏も奪い、天皇の赤子として戦争や強制労働に駆り出した。日本へ行けば働きながら学校に行けるとか、だまして優秀な少女たちも三菱の軍事工場で働かせたりした。
http://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/19677320.html

1919年の3・1独立運動の弾圧や関東大震災の時の虐殺もありました。

戦後にB、C級戦犯として処刑された人たちもいる。

恩給も与えず、差別は続き困難を極めた生活。朝鮮戦争。祖国分断と大変な苦難、茨の道を歩ませてしまった日本。

朴青年の朋子に対する真摯な愛の誓いも涙さそうがそれ以上に

「私たちの祖国を奪い、踏みにじっただけでなく日本人も何百万もさまよう地獄の苦しみを与えたのは誰ですか。みんなの幸せを奪ったのはだれですか。」の言葉が胸に響く。

朴青年の母役は私の贔屓韓国俳優チョン・ドヨンの「初恋のアルバム 人魚姫のいた島」でも母役をやった俳優コ・ドゥシム韓国俳優さんは作品ごとに別人のよう。











作者のことば…ジェームス三木

 ハンカチ王子とかハニカミ王子とか、昨今は王子ばやりである。

 私はナニ王子かと家人に訊ねたら、あなたはオウジではなく、オジイですといわれて意気消沈した。

 演出の岡崎さんは、私よりもっとオジイである。ふたりのオジイが相談して、しびれるようなメロドラマを作ろうと企んだ。まだホルモンが騒いでいるぞと、世に知らしめるためである。

 実在の女性の悲恋物語だが、周辺の人物はデフォルメもしくは創作した。」

演出のことば…岡崎栄

 まず、このドラマはジェームスさんの強靭な意志で実現したと実感しています。なにしろ終戦後30年を73分3本に押し込むのですから、生半可な力技では成立しない。まあ、こういう作家はそうやたらにはいませんね。

 演出はそれに多少の肉づけをし、あとは俳優の演技を最大限に高揚させ昇華させるだけ。主演の京子さん、新人と言っていい眞島君が見事に応えてくれました。さださんの主題歌も素晴らしいし、渡辺さんの音楽はこの上なく美しい旋律でドラマを盛り上げてくれる。

 津川さん、橋爪さん、敦夫さん、小山さん、銀粉蝶さん、そして韓国を代表するお母さん役者さんコ・ドゥシムの演技は見物です。犬塚さん、豊原さん、美保さんの熱演もしかり。上川君とは「大地の子」「少年たち」以来の一緒の仕事でしたが、確実に成長してくれていたのがまた嬉しかった。

玉三郎・昆劇合同公演千穐楽

03 /27 2008




初日と千穐楽を観るなんて初体験で、もうあり得ない事でしょう。しかも懐かしい友人と二人で。いつもは3階席とか天井桟敷でこんないい席も何年ぶりでしょうか。

1階前の方で花道の近くの席。カーテンコールでは何回も花道に俳優、歌手がずらり並んでくれました。友人もすぐ近くに玉三郎が来てくれて何回も目が合ったと喜んでくれました。友人は長身で目が大きくモデル並みの美貌でしかもおっとりやさしい本物の京女。苦難も乗り越えたしっかりもの。

鼓童との合同公演『アマテラス』のカーテンコールで玉三郎がとてもうれしそうだったのでこちらも幸せ感いっぱいになり今回もそうに違いないと思ってました。

大体、私は新しい試みや歌や踊りが好きです。初日の後もしばらくやさしく暖かい夢の中に包まれているようでした。友人も同意見でした。

前回は3階席最前列だったので床のボタンの柄の絨毯が綺麗に見えました。

南座はあまり大きすぎず横幅がなくて3階席が舞台に近くていいですね。

南座の玉三郎のお染七役のチケット半券が残っているので観たはずなのにぜんぜん記憶がない。大昔のことだけど。

劇場に入ると幕にボタンと蝶(昨日の写真)がみえます。

初日の感想はhttp://blogs.yahoo.co.jp/shishi5235/21761906.html

昆劇の最高傑作全55幕の大作「牡丹亭」のうちの5幕を上演。

太守の令嬢杜麗娘を3人の女形が演じる。パンフレットに昆劇俳優の写真はあるものの全く説明がないので残念。

「上演されるのは、絶世の美女・杜麗娘(とれいじょう)と彼女が恋をする若者・柳夢梅(りゅうむばい)の甘美で数奇な物語『牡丹亭』。全55幕という大作で、純粋で強い情と命の輝きを描き、昆劇の最高傑作と称される作品だ。今回は前半の名場面『遊園・驚夢・堆花・写真・離魂』を上演、うち『驚夢』と『離魂』で玉三郎が杜麗娘を演じる。玉三郎は20年ほど前に『牡丹亭』が国立劇場で上演された折に観劇し、『離魂』のシーンで大変感動したという。「杜麗娘が会えない恋人に対してはるかな思いを抱いて死んでいく時に、月がみえない、雨もそぼふっている。このニュアンスは日本でもわかるというよりも、同じものであり、それを違った楽器と違った言葉と違った様式で表現するということに非常に深く感動いたしました。この『牡丹亭』に触れさせていただきたいという思いからすべては始まったこと。まさかこの瞬間(離魂)をわたしが演じさせていただけることになるとは」と感慨深げに語る。

昆劇の特徴として、詩(言葉)、歌(音楽)、舞(演技)が一体となっていることがあげられ、歌いながら舞う演技には高度な技術が要求されるが、柳夢梅役で共演する昆劇の俳優、YU JIU LINは「玉三郎さんは昆曲の節回しもお上手で驚いた」と太鼓判。歌舞伎では観られない玉三郎の新境地が堪能できそうだ。」

22年前、「牡丹亭」を日本初演された張継青さんは初日のアンコールには舞台に姿を見せてくれた。「蘇州でのリハーサルの際、玉三郎の泣訴するかのような物悲しい神韻ともいえる声調で「集賢賓」を歌い上げ見事に演じ見る者すべての心の琴線に触れる演技であった」という。

「楊貴妃」はこれまで長唄演奏家による唄(録画した演奏家の唄がとても気にいって何回も聴いています)と箏・十七弦・胡弓・尺八の合奏であったが今回は方士の役を昆劇の周雪峰が演じ昆劇の歌唱と楽器、中国語で上演。

大きな扇二本もって床すれすれから旋回するように舞う玉三郎はバレエ、新体操の金メダルのようです。お顔も惚れ惚れするような美しさ。

大永寺と森林公園の桜

03 /27 2008






桜、もう満開です。大永寺のしだれは白っぽく、森林公園のしだれはピンクです。

京都

03 /26 2008






懐かしい学生時代の友人と再会しました。しかも二人で南座で玉三郎昆劇合同公演を二人で観劇しました。

南座の前にはバイトしたことがあるレストランが健在。

鴨川をはさんで南座の西にもレトロ建築のレストランがあります。

鴨川の両岸や四条通りは昔からのデートコース。野良猫の募金も?行われています。縞模様のきれいな猫や白猫ちゃんが出迎えています。

ウグイスが木の茂みでさえずっていました。

高瀬川岸にも雰囲気のある喫茶店があったのに改装中。

河原町のイギリス風の重厚なインテリアのインテリアの喫茶店に連れて行ってもらいました。

すいてるのに時間制だと追い出されてしまいました。私のおしゃべりがやかましいから?

住んでいた頃はお寺と庭めぐりに精出しました。

渋谷・ザニーさんと仙波敏郎さん

03 /24 2008


朝刊に目力凛々しい男性の写真が!

お一人は名前からもイケメン俳優かと思いました。

ミャンマー難民出身のデザイナー、渋谷・ザニーさん。

8歳の頃は言葉のわからない日本で何もかも怖く泣いていたという。

お父様はミャンマー(ビルマ)の大学で民主化運動の幹部だった。88年の軍事クーデター後、弾圧を逃れて日本へ。日本語を覚えたが高校時代、バイトはすべて拒否された。モデルとしても活躍したが難民であることを隠さなければ生きられないと思った。

昨年9月ミャンマーで僧侶らのデモが弾圧され転機となる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の日本の小冊子で難民と告白。UNHCRの募金箱の設置を始める。

岸恵子さんが言っていたが日本人は幸運で日本語だけで暮らせる。世界には難民となり自国語だけで暮らせるはずもない人が大勢いると。侵略受けた国の人そうですね。

もうお一方は現職警察官でただ一人内部告発されている仙波敏郎さん。

無報酬で警察の裏金について3年間、全国で講演している。

ニセ領収書作成を拒否し、拳銃を取り上げられ巡査部長試験合格後の昇任は一度もない。針のむしろのような報復人事とも闘う。17回も転勤させられた。

愛媛県随一の名門松山高校卒業。前身は漱石の『坊ちゃん』の舞台の旧制松山中学であり、大江健三郎の母校でもある。

警部補試験の学科は「合格」でも『領収書』を書かないから。

ちょうど借りている雑誌世界にも載っている。

『県警の捜査協力費を試算してみると告発当時は1億3000万円ほどあったものが今は3000万ぐらいに減っている』現職警察官の告発の意義は大きい。

今もホームの一番前には立たない。



並大抵の勇気では出来ないこと。親戚の子が警官になったが警察学校内で泥棒がいてやめたいといっていた。まじめな現場の人が苦しむのはどの世界でもある。

救急者呼ぶのもはばかられ亡くなった奥様、生きるうえでのさまざまな執着を失い『死にたいんじゃない、明日がいらないんです』胸が痛い。



「裏金つくりは犯罪。だから警察幹部は犯罪者、警察は犯罪組織です。…懲戒処分も注意されたこともありません。真実を言っていますから」


「偽造領収書の作成は警察官が昇任する際の『踏み絵』として半ば強制されており、これを書かない限り上級へは昇任できない仕組みだ」

 「私が裏金の件で一番残念に思うのは正しい知識、能力のある者が幹部にいないことです。裏金が横行するとまともな能力のある者が芽をつまれてしまう」

 「志をもって警察学校にはいっても卒業した瞬間に(裏金問題で)グラッと崩れる。現実を見るんです。五十歳をすぎて(ニセ)領収書を書かずにおれるのは愛媛県下で二人しかいないんです」

 仙波氏は裏金問題の一方で、犯罪検挙率が下がってきていることも指摘します。警察が好きで警察をよくしたい、というのが告発の最大の動機なのです。

 県警は告発後、仙波氏の鉄道警察隊から通信指令室主任への配置転換を命令しますが、他方、〇四年度の報償費の執行額も当初予算の半分以下にとどまる見通しであることなども明らかになりました。その影響はしだいに出ています。




北海道新聞 「闘い 警察を愛すればこそ」
http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/housyouhi/document/0503/050319a.html


警察の真実 操作費横領システムの闇http://www.news.janjan.jp/living/0710/0710304804/1.php?action=all&msg_id=30846&msg_article=74806

アクセスありがとう♪

03 /24 2008


昨日、楽天ブログで8万アクセス、ヤフーブログで1万アクセス超えました。

皆様、°・:,。★\(^-^ )♪ありがとう♪( ^-^)/★,。・:・°

バラのことをもっと知りたくてはじめたパソコン生活です。

イギリスの庭めぐりで知り合った女性からブログを勧められていたのですが私には出来そうにないと思っていました。

バラ苗をネットで購入したことからちょっと押したら始まってしまったブログ。

ちょうど猫を飼い始め猫の出産、育児を記録するのも最適でした。

写真の載せ方も今もわかってませんがブログの方にお世話になってきました。教えてもらってもわからないこともありますが。

80001を踏んでくださった方はブログを始めた時からのおなじみなのですがお店のHPでコメントは頂いたことがありません。

これからもどうぞよ(^ー^)ろ(^o^)し(^ ^)く(^▽^)ね(^ー^)ノ

ルイス・C・ティファニー美術館と小川三知

03 /23 2008







先週の日曜美術館は光で描いた和の心
ステンドグラス作家 小川三知(さんち)  2008年3月16日放送
出演

田辺千代さん(日本のステンドグラス史研究家)
山本容子さん(銅版画家)

小川の鳩山会館の五重の塔と雲、鳥の有名なステンドをはじめて知ったのは米良美一の『母の唄」の歌詞カードで。

「教会の装飾としてヨーロッパで発達したステンドグラス。その技法を学び、日本の建築になじむステンドグラスとは何かを追い求めたのが、小川三知である。日本のステンドグラス作家の草分けとして、大正時代に活躍した。
明治22年、東京美術学校に入学した小川は、日本画を学ぶ。その一方で、西洋画にも関心があり、明治33年にアメリカに留学する。そこで出会ったのが、ステンドグラスに新たな領域を切り開いていたジョン・ラファージの作品だった。ラファージは、ジャポニストで、日本的なモチーフを濃い色彩のガラス表現していた。大きな影響を受けた小川は、ステンドグラス作家の道を志すべく、アメリカ各地を転々としがら技術を習得する。帰国後、日本家屋にふさわしステンドグラスでなければならないと考えた小川は、ガラスとガラスをつなぐ鉛線を重視し、日本画のような細く象徴的な線を生み出そうと心血を注いだ。さらに、日本人の暮らしに溶け込むデザインを模索して、デッサンや下絵を繰り返し描いた。その末に、花や鳥など伝統的な日本画のモチーフを落ち着いた色づかいで表わし、余白をたっぷりと使って、ガラス越しの四季の移ろいまで取り入れる作品を生みだした。」

「美の巨人』の小川三知はこちらhttp://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/040925.htm 最後の写真3枚はここからお借りしました。ガラスの向こうの風景も取り入れるいかにも日本風のいい感じです。

誰でもパリやミラノなどの教会のステンドの光の洪水のような美しさには感動するでしょう。

20世紀初頭のアール・ヌーヴォ、アール・デコの時代には個人の豪邸や公共の建物を飾った。私もほしくて小さいのを買ったが重くて飾るべきところもなくて。

以前、ルイス・C・ティファニー美術館が近所に有りあまりにも素敵で何回か通った。




ギリシャ風の女神像が何体も出迎える外観、初期のころはルイスの油絵やグッズ、ブテック、何軒ものレストラン、花屋とにぎやかでお洒落だった。

もちろん一番のお目当てはステンドグラス。鹿がいる風景の大型ステンドは1日の朝から夜までを照明で幻想的に鑑賞できた。テーブルに置くランプ等も極上な作品ばかりであった。

それがまず油絵の展示から姿を消し、繁盛していたおいしいレストランも閉店でおかしいなと思っていたら松江に移転してしまった。

ビル自体も解体され後にはなんとも味気ないコンクリートの建物が出現してがっかりしたものだ。

松江には「イングリッシュ・ガーデン」を併設して01年にオープンした庭園美術館としてオープンしたのにそこもわけありで撤退してしまった。

ルイスはティファニーの創業者の息子。

「銀のスプーンを咥えて生まれてきた」と称されていた。

 パリ万博で見たエミール・ガレのガラス芸術に触発され彼のステンドグラスはアメリカの教会を飾っている。

あの華麗な作品は堀内商会の倉庫に保管されているのでしょうか。

hitomi5235

猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、一人旅にはまっています。