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泣けます伯山の中村仲蔵


探していたんです、この演目ラブ

やはり素晴らしい、うまい、仲蔵と伯山が重なる。泣ける。
彼は立ち役、子供役、年増も年配女性もめちゃうまい。

CD買おうと思っても「中村仲蔵」なかったんです、他のCDを買いました。
生で松之丞時代の講談観たのは昨年1回だけ、その後はチケット買えません(T-T)

中村仲蔵の芝居の工夫は昔何かで読んだのか、知ってはいました。
御曹司でもない役者がのし上がるには、血のにじむような努力、工夫、頭が居る。

日本一の役者笑い泣き
説明は皆さんのレビューにあります。

橋蔵没後20年の写真集に橋蔵が中村仲蔵を演じた映画の写真があったラブ
知らなかった!
橋蔵も後ろ盾の養父六代目菊五郎を早く亡くして映画界に飛び込んだから
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中川晃教のラジオドラマ ハプスブルクの宝剣♪ミュージカル俳優出演

出演者の写真

FM放送の青春アドベンチャー20回終わりました。私はほとんど見逃し配信で聴いてました。

入院中にラジオ深夜便の各界の著名人や知らなかった方のお話や音楽、内容に感心し聴いています。
途中で寝てしまいますが配信があるので助かります、
金曜日、と土曜日(再放送)の歌舞伎チューンも昔からおなじみ。
 
差別のむごさでユダヤ人の立場を捨てようとした主人公ですが
ある少女が昔自分がドイツ語に翻訳したユダヤ聖書を熱心に読んでいて、心が動かされます。
 
原作も読まず、宝塚版も観ていません。
宝塚ファンの友人は暗いからと不評ですが、今回聴いているとなかなか、良いではありませんか。
 
子のママミュージカルにしてほしい。
 
宝塚版の結末は原作と違い甘ちゃんらしい。
でもラジオは違います。
考えさせられる終わり方。
配役が豪華
好きな方ばかり
毬谷友子、野々すみ花 田代万里生 加藤和樹栗原英雄
 

 

【中川晃教さんのメッセージ】ノンフィクションの物語に、フィクションの人物を登場させた脚本。二人の男の友情、そして絆。一人の女を愛し求める情熱。 オーディオドラマとして最高の舞台を与えていただきました。芝居を声と、そして音と、存在させることのできる個性豊かな皆さんと共に挑んだオーディオドラマです。ぜひ、お聞きください。

 

『ハプスブルクの宝剣』には、ヨーロッパ史上の実在の人物が続々と登場します。史上に“女帝マリア・テレジア”として名を残すハプスブルク家の後継者の姫君テレーゼ(野々すみ花さん)、その許嫁の心優しき貴公子フランツ・シュテファン(田代万里生さん)、オーストリアを脅かす新興国プロイセンの野心的な指導者フリードリヒ(加藤和樹さん)、さらに対トルコ戦争の英雄で帝国軍の最高司令官の老将オイゲン(磯部勉さん)、帝国の絶体絶命の危機に辣腕を振るう軍略家ケーフェンヒラー将軍(栗原英雄さん)。

マリア・テレジアやフリードリヒは世界史の教科書にも載るようなビッグ・ネームですので、物語で描かれる時間より後の功績もご存知の方が多いわけですが、彼らと深く関わることになる主人公は架空の存在です。もしかしたら激動の時代の陰に、こんな人物がいたかもしれない、あるいは無数の彼のような人々こそが、実は大きく歴史を動かしていったのではないか……? そんな想念に駆られつつ、藤本ひとみさんの原作小説を夢中で耽読しました。

18世紀ヨーロッパ。やがてフランス革命に至る少し前、科学技術や近代的な思想が世の中の秩序を大きく変えていこうとしていた時代。国民国家という(新しい)単位が勃興、確率していく時代に起こったプロセスをドラマティックに描いた、いわば近代国家の“創世神話”のようなフィクションと言えると思います。21世紀、国家という枠組みそのものの歴史に問い直しの視線が注がれる現在、この物語がまた趣きを増して感じられることと思います。

(なお、あえて申し上げるまでもないかと思いますが、予め史実を調べることは時に物語の展開の予測につながります。じっくり原作小説や歴史を踏まえてお聴きになるもよし、予備知識を入れないで登場人物たちと出会っていかれるのもよし、どうぞご随意にお楽しみ下さい)

 

【出演者】

中川晃教 野々すみ花 田代万里生 加藤和樹
磯部勉 大山真志 栗原英雄 毬谷友子
伶美うらら 西原誠吾 林次樹 水野ゆふ
今泉舞 たかお鷹 豊田茂 山賀教弘
亀田佳明 渋谷はるか 坂川慶成 春名風花
玲央バルトナー 山﨑秀樹 中村彰男 櫻井優輝

【原作】

藤本ひとみ

【脚色】

並木陽

【音楽】

日高哲英

【スタッフ】

演出:藤井靖
技術:大友美有紀 林晃広
音響効果:林幸夫

【あらすじ】

18世紀前半の欧州、フランクフルトのユダヤ人街。イタリア留学から戻ってきたエリヤーフー(中川晃教)は、同朋たちに苛烈な差別を超克する道を説こうと試みる。だが、思いもよらなかった苦難の選択を強いられていく。数奇な運命に導かれ、やがて舞台はオーストリアの都ウィーンへ。史上に“女帝マリア・テレジア”として名を残すハプスブルク家の後継者の姫君テレーゼ(野々すみ花)、その許嫁の心優しき貴公子フランツ・シュテファン(田代万里生)、オーストリアを脅かす新興国プロイセンの野心的な指導者フリードリヒ(加藤和樹)……。さまざまな出会いが織りなす疾風怒濤の渦の中、戦乱の欧州を駆け抜ける青年の魂の彷徨を描く。

 

【スタッフブログ】

『ハプスブルクの宝剣』収録リポート その1

『ハプスブルクの宝剣』収録リポート その2

『ハプスブルクの宝剣』収録リポート その3

『ハプスブルクの宝剣』収録リポート その4

シネマ歌舞伎風の谷のナウシカ前編を観る

テーマ:

『風の谷のナウシカ』ディレイビューイングのお知らせ

 

前編を鑑賞、シネマですが通常のシネマ歌舞伎の2倍もします。高い。

 

シネマでもカタルシス、精神の浄化感じられます。

 

けなげで優しいナウシカに菊之助、クシャナに七之助が扮しています。

 

マハーバーラタでも七之助は敵役で大活躍。

 

https://www.akiko-no-blog.com/kabuki-nausicaa-cast/

 

他にも本水の立ち回りの松也、右近は見せ場一杯。

 

歌舞伎は本来男性が主役なのです。

 

歌舞伎座公演、やっと中日に休演するそうで松竹は役者を酷使しすぎです。

 

新作歌舞伎、ナウシカ、ワンピースと主演俳優が怪我したのは、無理があったのでは。

オームの精は子役

遠見, 歌舞伎では遠くに居るのを表現するために子役を使います。 方角の素晴らしさ。生演奏ですから。

トルメキアの皇女クシャナは、女性であるからこそ耐えざるをえなかった辛い過去や、優れた人格やカリスマ性から将軍として性別に関係なく慕われるさまの描かれ方が秀逸で、むしろ主人公はクシャナでいいのではなかったのかという印象も……。 これは脚本の問題が大きいのですが、歌舞伎の特性も大いに影響しているように思います。←この通りです!

 

 

 

 

 

 

新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」。世界的に評価されハリウッドからのオファーも蹴ったという、スタジオジブリの同名映画の原作漫画を初めて歌舞伎化するということで大きな話題になったが、幕が開いて早々の8日昼の部で、主演のナウシカ役を務める尾上菊之助が本番中の事故で左ひじを亀裂骨折し、その後の公演は中止。同日の夜の部も休演となったが、翌9日から公演は再開した。同作の歌舞伎化を熱望したという菊之助の熱意ゆえの美談として扱われているが、その陰にある主催の松竹の対応は、役者や観客を置き去りにしているとしか思えない。当日の事故の詳細を振り返るとともに、その問題点を考えてみたい。 アニメ映画「風の谷のナウシカ」は、監督の宮崎駿自身が描いた同名の長編漫画が原作だが、映画の製作時点ではまだ連載途中であり、漫画の序盤を再構成して作られている。歌舞伎は一般的に1日に2回昼の部と夜の部の公演が行われ、演目も別のものだが、今回のナウシカ歌舞伎版では、原作全編が舞台化された通し狂言で、昼の部と夜の部の両方を観て、ひとつの物語になる。

 

2017年、同じくアニメをもとにしたスーパー歌舞伎「ワンピース歌舞伎」で主演の市川猿之助が公演中に左腕を骨折して休演し、若手の尾上右近が代役になった。同公演ではもともと猿之助が主演を務めるほかに、右近が主演し若手俳優を中心にした配役のバージョンも予定されており、あらかじめ稽古も済んでいたために可能だった異例の事態だった。猿之助と右近ではチケット代金に差があったため、松竹は差額を返金する、それは特別な対応であると大々的にアピールしたが、あくまでも差額のみ。あらかじめ両パターンを観るつもりで複数日程のチケットを購入していた観客の、同じ配役になってしまうなら……という払い戻しには一切応じなかった。

 

 

夜の部は「四幕」「五幕」「六幕」「大詰め」に分かれ、再度メーヴェに乗った宙乗り、腐海に寄り添おうとするナウシカの心を表す歌舞伎舞踊、覚醒した巨神兵による立廻りなどがある。映画で使用された音楽が和楽器で演奏され、歌舞伎らしい演出をすべて盛り込んだと菊之助自身も自負しており、歌舞伎の新しい観客層の開拓も期待されていた。 事故があった公演を、筆者は上手(かみて)の2階席で観劇していた。三幕の終盤、トリウマに乗ったナウシカは花道から現れ、舞台上で複数の仲間とともに戦闘場面になった。歌舞伎は通常、劇中で馬などが出てくる場合、前足役と後ろ足役の2人の人間が馬の着ぐるみの中に入り、その上に役者が乗る。しかしトリウマの中に入っていた黒子役はひとりだけで、肩車のような状態だった。 舞台上での戦闘場面では、菊之助を筆頭に、トリウマの上に乗った俳優たちには舞台上空からの命綱が張られているのが確認できた。戦い終わったナウシカは命綱を外し、トリウマに乗ったまま花道を駆け抜けて退場しようとしたが、終点直前でトリウマごと転倒した。劇場中に響き渡るような大きな音だったが、花道をかける勢いが非常に迫力があったため、一部の観客はそれも演出の一部だと思ったのだろうか、笑いが起きたほどだった。

 その後しばらくして、劇場内には「舞台機構の不具合により、一度中断する」というアナウンスが流れた。幕の内側からのスタッフのものと思しき怒声も漏れ聞こえ、数分が経過したあと、クシャナ役である中村七之助が、メークを落とし楽屋着であろう浴衣姿で幕前に登場。この後はナウシカがメーヴェで飛び立つ予定で「想像して」と笑いを交えつつも、公演が続行できないと説明、謝罪した。

 

 



「私たちは何も知らない」永井愛



二兎社公式サイト/二兎社公演43「私たちは何も知らない」の公演サイトです。 ... 平塚らいてうを中心とする「新しい女たち」の手で編集・執筆され、女性の覚醒を目指した『 青鞜』は、創刊当初は世の中から歓迎され、らいてうは「スター」のような ...


衣装は現代

舞台は斜めの大きな壁のような物が分断、弾圧の象徴か。

最後に恐ろしい軍靴の音,
今も狂った様な日本政府や日本会議などに恐怖覚えます。

平塚は同士の伊藤野枝が関東大震災のどさくさに国により大杉栄、甥の橘少年と虐殺されたこと、

侵略戦争で日本が瓦解したことを知る。

平塚らいてうは女性の権利獲得に奔走した大スター

やはり永井愛氏は才能がありますね。名古屋で公演してくださり有難うございます。

俳優さん達も新鮮です。


寂聴さんの「青踏」など読んで改めて雷鳥の偉大さを強く感じます。

愛した年下の男性とは籍も入れず、うんだ子供も、自分の籍に入れる。

なかなか出来ない事。

未だに夫のことを「主人主人」と呼ぶ女性たち。
あなたは主人の使用人、奴隷?

あれから100年!も過ぎたのに、日本女性の地位は…情けない。
命かけて闘った伊藤野枝、菅野須賀子、金子文子、市川房枝


瀬戸内寂聴「青踏」👈

やすらぎの刻」と「余白の春」、下重暁子👈


平塚 らいてう(ひらつか らいちょう、本名:平塚 明(ひらつか はる)、1886年(明治19年)2月10日 - 1971年(昭和46年)5月24日)は、日本の思想家、評論家、作家、フェミニスト、戦前と戦後にわたって活動した女性解放運動家。戦後は主に反戦・平和運動に参加した。日本女子大学校(現:日本女子大学)家政学部卒[1]、2005年に同大学は平塚らいてう賞を創設した[2]。
平塚は、特に、大正から昭和にかけ、婦人参政権等、女性の権利獲得に奔走した活動家の一人として知られる。

「犀」久しぶりの人形劇

「犀(さい)」

■「犀(さい)」
愛知人形劇センター・ひまわりホール30周年記念制作~犀になれない僕こそが怪物なのか、人間なのか~ウジェーヌ・イヨネスコ『犀(さい)』を世界初、人形劇化。不条理演劇の旗手・イヨネスコの傑作に、若手演出家と俳優が挑戦。犀(さい)に変貌する人々を、段ボールの人形~オブジェクトで表出する。

動画あり

ネットでこの音楽を聴いたら観たくなってしまいました。

松本まで川本喜八郎の実演鑑賞に行き、地域の人形劇も、平常の舞台にも惹かれたのに、

その後、人形劇をなかなか観る機会ありませんでした。

土曜日の夜行ったら暗くて会場がわからず、人に聞いても「知らないな」どと答えてくれたのは同年配の人だけ、カップルも知らん顔でした。数人に全く無視されるのは初めて。

地下鉄の駅からすぐのはずが時間迫りタクシーに頼んでしまいました。

不条理劇など苦手なのですが、「犀」は豊橋で普通の演劇として上演もされています.

私は全く知らなかったていたらく。

 

アル中の頼りない青年だけが最後までサイにはならず考えさせられます。

ファシズム批判。ほとんど満席で頼もしいです。

流されない人。それも怪しいかもしれないが、一人でも頑張る人がいて、そこから社会は変わる。

 

段ボールがいくつも飛び交い、人形も段ボール。

 

 

 

 

 ウージェーヌ・イヨネスコの『犀』は、1959年11月のドイツ初演後、1960年1月にフランスで上演され、センセーションを巻き起こした。フランス公演で演出と主演を務めたのはジャン=ルイ・バローである。1950年に『禿の女歌手』でデビューし、『授業』『椅子』で注目されていた不条理演劇の旗手イヨネスコは、この『犀』によって名声を確立した。

イヨネスコの言語観は悲観的である。重ねれば重ねるほど意味を失い、関節がはずれて、空疎になっていく言語。噛み合わず、ぶつけ合うだけで、やがて無意味な叫びや暴力へと傾斜していく会話。その悲劇性は、デビュー作『禿の女歌手』からはっきりと打ち出されている。イヨネスコは自作を「言語の悲劇」と呼んだが、それは、言語を扱う人の悲劇であると同時に、言語自身が言語に意味がないことに気付いてしまう悲劇でもある。言語自体を否定する言語が、劇中に散乱している。

 犀は政治の世界だけでなく、どこにでもいる。犀は「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉など知らない。狡猾なメディア戦略、執拗な情報操作と印象操作、偽善の裏にある支配欲と排他主義。あの手この手で私たちの視界を覆い尽くそうとする犀をはねのけるのは、返り討ちにされないレベルの高邁かつ強靭な批評精神を有する人か、孤独になるのも厭わないほど己の審美眼を磨いている人か、もしくは、梃子でも動かないような鋼鉄の無関心を保っている人のみである。むやみに的外れな攻撃をしても、相手の想定内にとどまるような批判を繰り返しても、「話題性」に収斂されるのがオチだ。団体を作って対抗しても、綻びが生じれば、その団体ごとファシズムにくみこまれる可能性もある。同志だと思っていた人間が変節し、裏切られた側が戦意を失って変節せざるを得なくなるという例は、世にいくらでもあるだろう。

 全員が犀になって騒いでいるのに、自分だけ無関心を貫くのは容易なことではない

Ionescu_a1

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猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、動物園巡礼にはまっています。

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