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図書館はどうしていつまでも閉館、考えて

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図書館は今回突然すぐ閉まり予約本も進まない。

 

図書館が何ヵ月も閉じてるとは、あの人達には必要ないけど。

 

人数制限とか考えるべき、上の言う通りのお馬鹿。

 

三越などでは入り口で体温がすぐわかる装置つけています。

 

図書館あかないので仕方く3冊ゲット。

 


「女達のテロル」で感心した作者の本屋大賞など受賞

坊ちゃんもやはり賢い。

菊地凛子の息子役で映画にも出演  菊地凛子主演のイタリア映画『ラスト・サマー』

 

 

今年の「本屋大賞ノンフィクション本大賞」「毎日出版文化賞特別賞」「八重洲本大賞」「ブグログ大賞エッセイ・ノンフィクション部門」の4つの賞を受賞した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。イギリスに住む息子の日常を母親目線でつづった著者のブレイディみかこさん(54)。これまでテレビ出演を一切断ってきましたが、受賞を機に初めてインタビューに応じ、作品に込めた思いを語りました。

 

EU離脱の投票直前直後に、すごくレイシズムみたいなケースが増えたという統計も出ていて、そのときにそういうのが出る理由としてよく言われたのが、「人の無知」で、知らない人のことは怖いじゃないですか。だから無知を恐怖心で煽られるようなことを誰かに言われると、それがヘイトになる。日本語に訳すと憎悪ですね。どこの大元を絶てばいいのかというと、煽られたとき憎悪に変わらないようにするためには無知の部分を変えていかなければいけないじゃないですか。頭が悪いことと、無知ということは違うんだよと、この本のなかで私と息子もしゃべっているのですが、無知を恐怖心で焚き付けられると、差別的になったりするかもしれないけど、もし誰かがそういう煽るようなことを言っても、いや、それは違う、なぜなら僕はこういう人を知っていて、彼らはそんな人たちじゃないからという知識があれば、別に煽るような政治勢力が出てきたところで反応しないし、憎悪に変わらないじゃないですか。今は知らない人は、知るときが来たら知るわけだから、無知は直るというか、改善されるから、一人でも多くの人が無知ではなくなることが大事だよねと息子と話したりしています。単に差別的なことを言う友だちがいたとして、人種差別者だからと言うのではなくて、それは彼が知らないからそういうことを言っていて、単に周りにそういうことを言う大人がいたりして、それが悪いことだと知らないかもしれないし、どうしてそれが悪いかも知らないかもしれないから、それは知っている人が知らせてあげたらいい。その知っている人も、別のところでは、きっと知らないことがあるわけだし、教え合っていったりしたほうが、うまくいくよねということを息子に言っているんですね。

 

この本、予約順位が200番台!イラッ

 



マヌ子ママでマツコさん連想してしまいます。

やはりもっと野菜食べようとか、真面目に漢方に通うとか、思います。

 

甘い物や冷える果物は今やめています。いつまでかわかりませんが。アセアセ

コーヒーや乳製品も、ずっと取っていません。

 

乳製品冬は腹痛になるから。

 

 

漢方薬局では嗜好品だからとやめなさいと言うわけではありません。

 

この本では肉も卵も駄目?

 

先日テレビでの牛の初乳まで道の駅で販売とか、そこまで牛の赤ちゃんから奪うのガーン


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蜷川幸雄と橋蔵、大川真理子著「ふたりひとつ」

 

私は全然、「ふたりひとつ」はあり得ませんが苦笑

 

当時購入した本、図書館も閉館していて、又再読していたら最近友人の友人が重い病で。

 

橋蔵さんががんとわかったときは本人には内緒が多く家族もつらい、本人もわかってくるし、

今はバーンとがん宣告突きつけられます。

 

 

橋蔵さんは有名名日本画家の娘の俳優と結婚しようとしたら、真理子さんに子供まであると発覚し、たたきにたたかれました。

 

歌舞伎俳優が芸妓と遊ぶのはお決まり、今でも子供があっても認知しない、結婚しないは当たり前、

 

親がいたら簡単に相手は潰され、マスゴミも手出ししない。

 

橋蔵の養父六代目菊五郎はすでに故人、守ってくれる人はなかったのです。

 

私はこういう不公平が大嫌い。

 

でも最後に橋蔵は妻に「おまえは僕のたった一つの宝だった」といってくれたほど。

 

猛烈サラーリーマンのようなのに、家庭的で自転車で買い物に行ったり、

スーツケースに衣類を入れるときは菊五郎仕込みでしわ一つない、

これからは自分がみんなやってあげると。

 

結婚式が終わるとすぐ全財産を妻に託すなど、几帳面で真摯な生き方がうかがえます。

 

又この本は

 

蜷川幸雄、森茉莉、両氏の寄稿文が素晴らしく橋蔵を描き出しています。

 

蜷川

「大川橋蔵さんは不思議な俳優であった。その演技は平易に見えるけど実は強度の意志とゆるがぬ技術にささえられていて

 

歌舞伎的な伝統というのはこんなにも近代的な演技をも生み出すのだという驚きさえ僕らに抱かせるほど、

 

無駄のない明晰さに満ちていた

 

橋蔵さんの舞台を客席のてっぺんから観たとき、まるで谷底を眺めるような遠い舞台の中の橋蔵さんが、

 

そこだけが日だまりであるかのように暖かく明るかったことを覚えている。(私もスーパー歌舞伎八犬伝でそういう体験あります)

 

橋蔵さんがつけていた仮面はほとんど空気のように透明な明るさであった。

 

その透明な明るさは、日常の貧しさをと屈辱を生きる観客によって、自在な色彩をつけられていく。(うまいなあ)

 

あるいは自分の心の中の何かを仮託させていく。

 

そのとき橋蔵さんのつけている仮面は一挙に実体になってしまう。これこそある演技の極北である。

 

 

あの曇りのない微笑みとそれ以外にはあり得ないと思わせる声の質と、トーンの選び方。

 

つまり肉体をあやつる俳優の内面の取り方の見事さ。これらはすべて完璧であった。


あの凝った着物、羽織に茶の博多帯などを締め、浅黄の股引で一種独特のある歩き方で..

 

全文を読んでいただきたいです。

 

きりりとした銭形平次親分の大川橋蔵は、私生活でも役者としての節制を貫き通し、女性に対しても、「すっぽかす」ことのないこまめな気配りのできる苦労人だった。それが、若手人気芸者の第一人者側からも、初恋として実り、888回ギネス物として続いた銭形平次を陰から支える原動力になっていた。二人の結婚生活と同時に、銭形平次はスタートし、18年続いた。最期は入退院を繰り返す撮影の中で、最終回に、視聴者に感謝の挨拶までして締めている。「おまえはぼくのたったひとつの宝だった」と最期のことばを残して55歳で逝く男は、昭和の熱い奇跡的な高度経済そのものだった。舟木一夫のテレビ主題歌「男だったら一つに賭ける」という台詞そのものだったんだということが、読んでわかり、自分の昭和のサラリーマン時代を思い出すとともに、ここまで幸せに添い遂げられた、一種の羨望の念を禁じえない。芸人同士でも、ここまで純粋に思い思われる仲というものは、涙なしには読み通せなかった。ぜひ、どこかの文庫本に採録され、こんな猛烈サラリーマン以上の役者がいて、それを妻が支えたんだという、昭和の良き記録を残してほしいと切望する。


京都駅、好きですか。犬と鬼


どこでこの本を知ったのか。

ああ、コッツウォルズのかやぶき屋根と夢のような庭を思い出します。

レンタカーも用意しないと旅人は途方に暮れるするほどの今も交通不便のようなまま、醜いお土産屋などない


普段から私が思ってることを、グサリ、グサリ詳しく書いています。

度分厚い本ですがどんどん読めます。読んでいてつらいのですがおしゃる通り!

今日も日曜美術館で日本の昔の絵の授業はお手本を見て絵その通りに描くことだったと。母の時代がそうでhした。

日本の教育は型にはめ羊の群れを作り自分で考えさせない、おとなしく労働者にすること。これからは兵士!


今の京都駅を初めて見た時の絶望感。


調べてみると山を作りその中に駅舎を作る案があったのに、巨大な軍艦のような駅が居座っています。

います東大教授の作!

冬は吹き抜けで寒くてたまらない。


昔の2階建ての駅舎も風情なかったが、こんな威圧感はない。

新幹線で京都につくとすぐ街並みが消えてコンクリートの塊しか見えない。

京都タワーも攻撃されたけど。それどころではない。

新幹線の駅のトイレに石鹸もない、今はあるのか。

京都タワーも攻撃されたけど。それどころではない。

神経を疑う。

美しい大事な京都はもうない。

有名な寺や離宮に入り、ビルを見ないように。


町家も次々破壊。

フィレンツェを思い出してほしい。

パリやローマ、どこでも古都は壁をうまく剥がし湿気予防などして元通りにするのに。


空襲をほとんど受けず生き残ったのに、その後日本人自らが破壊している。


京都でさえこれだから東京やその他も、コケ踊りの巨大建築や安普請、。どぎつい下品な建物が林立。


普請が以外から帰国してがっくり来る日本のこの状況。

シンガポールだったかビルの上に看板がある、「日立」

ほかの国の企業はそんなことしない。


今もほとんどの庶民が狭く不便な住居に暮らしている。


国の方針、規制で。


この本を読んでほしい。


巨大美術館を造るだけ作り、展示されてるのは建築家の妻の作品!


維持費に四苦八苦。


土建国家、官僚、ゆでがえる

著者アレックス・カー

留学中にヒッチハイクで日本中を旅し、旅の途中で訪れた徳島県祖谷に感銘を受け約300年前の藁葺き屋根の古民家篪庵を購入し修復し居住する。

ローズ奨学生としてオックスフォード大学ベリオール・カレッジへ留学し中国学学士号修士号を取得(1974年 - 1977年)。

宗教法人大本国際部基金により再来日し日本の古典美術研究を始める(1977年 - 1997年)。

1989年より、篪庵での生活や歌舞伎、美術コレクションなどに関する自身の経験に沿って、変わりゆく日本の様子を執筆し、「新潮45」にて連載する。1993年にそれらを1冊にまとめた「美しき日本の残像」を出版し、96年には、英訳版「LOST JAPAN」を出版した。 同著書が日本での執筆家活動のはじまりとなり、以降数々の著書を出版している。 2001年には日本の景観、自然環境、公共事業のダメージに伴う観光の低迷など、日本が抱える諸問題について研究したものを、「犬と鬼(DOGS & DEMONS)」にまとめ、出版する。


パンダファミリーヒストリ、サーバル写真集で楽しみ、パンダ、ゴリラの本で教えられる。

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上はネットで注文したカレンダーやサーバルの写真集。

のんほいに行ってサーバルのステルちゃんに再開したい。

夏以来会えていない。

 


浅田次郎、高畑勲、ヒガアロハほか、各界のパンダファン&歴代の飼育担当者が勢揃い!日本初のパンダ・エッセイ集。シャンシャン出産秘話も収録!ジャイアントパンダのカンカン、ランランの来日から45年目の2017年、上野動物園でシャンシャンが誕生した。本書ではいち早くシャンシャンをめぐる黒柳徹子×土居利光×廣田敦司(上野動物園パンダ班班長)の座談会を特別収録! 現役飼育担当者が初めて明かす、出産と成長秘話、驚きの母子の絆とは。不思議がいっぱいの生態からパンダの未来まで、熱く語り合う。パンダの何が私たちを魅了するのか?

 

テレビのファミリィーヒストリーも彩浜の生命力の強さのルーツを知り、わくわくでした。

 

なんとアドベンで生まれた16頭目のパンダ彩浜♪

 

75グラム?の小さなパンダを成長させた母パンダ、スタッフの偉大さ、

 

それにガラス面にぴったりきてくれる愛らしさ、上野とは違いますね。

 

彩浜とその姉の赤ちゃん時代に会いに行きました。


岩合さんはパンダを抱かない!プロの自制心でしょうか。

 

 

 

上の本の対談でも「サピエンス全史」で言うように、人間は採集生活からなぜ、苦労する農耕生活に変えたのかが出てきました。

 

後ろ姿を見せたり首を出し自分は強いとアピールして無駄な戦いはしない。

 

 

 

岩合さんの津軽の猫は大好き。

もうこの表紙を見たらたまりません。

コトラの娘ハナ、コトラはオッドアイ

 


しらなかった「危険なジェーン」とよばれても

「危険なジェーン」とよばれても



こんな有名な女性を知りませんでした。

図書館で偶然見つけた絵本、題名から女性参政権運動の人と思ったら違いました。

 

 

 

身体が弱かったジェーンは、社会的弱者のためにハルハウスを開設。女性の救援や平和運動に生涯を捧げノーベル平和賞を受賞

 

ジェーン・アダムス(アメリカ、1860- 1935年)は、アメリカ合衆国の社会事業家・平和運動家・女性運動家であり、ソーシャルワークの先駆者。幼少時から身体が弱く、神経症を患っていたが、ロンドンで見たセツルメント運動の先駆けであるトインビーホールを見学し、アメリカでのセツルメント開設を決意。シカゴのスラム街に、当時世界最大規模の貧困者のための社会福祉センターともいえるハルハウスを設立しました。その後、女性の救援や平和主義の運動でも強力なリーダーシップを発揮。1931年には米国人女性として初めてノーベル平和賞を受賞。今まで大きく取り上げられることがなかった、しかし確かに大きな功績を残していた女性たちを取り上げた、新しい伝記絵本のシリーズ。

 

日本で生協を作った賀川豊彦と交流がありました。

賀川の映画を見たのは何年も前です。

 

ジェーンは幼いときに貧しい人を見て胸が苦しくなり、助けたいと思いました。

「大人になったら、大きな家を買って困っている人たちと暮らそう」と心に誓いました。

 

結婚するのが当たり前の時代に彼女は大学を出てイギリスやフランスに行きました。

 

ロンドンのトインビーホールを知りました。

そこは貧しい人々が助け合って暮らす施設でした。

 

ハルハウスを作り毎日18時間働きました。

 

保育園、英語教室を作り仕事の紹介もしました。

一番大切にしたのは一人一人と友達となりそれぞれの夢がもてるように、はげますことでした。

 

第一次世界大戦が起きたときは「平和を願う女性の会」を作り戦争を止める方法を探し始めました。

「国際女性会議」には勇気あるリーダーが必要となり彼女が選ばれました。

 

12ヵ国1500人の女性と出会いました。

 

「平和への20の決意」をまとめ各国の首相や大統領、ローマ法王に伝えました。

 

戦争で荒れ果てた国に行き病院へ子供たちを訪ねおなかをすかせた家族には食べ物を配りました。

これが敵国の奴らを助けるなんてと非難されることになりました。

 

FBIはなんとジェーンを

「アメリカで一番危険な女性」とよんだのです。

いったいどうしたら良いのでしょうか。

 

続きは読んでください。

偉業を成し遂げたのにあまり知られていない人物は少なくないでしょう。

 

 

 

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猫と暮らしバラ栽培、ミュージカル、玉三郎観劇、動物園巡礼にはまっています。

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