感涙に近い、「女たちのテロル」と「知ってはいけない隠された日本の支配の構造」

最近読んだ本はウーマンリブの「この星は、私の星じゃない」
同名の映画があいち国際映画祭で上映されて今月下旬から映画界公開。
 知ってはいけない 隠された日本支配の構造 講談社現代新書 2439 矢部宏治/著 講談社
上も読みました。前から聞いていたとおり
米軍!の未亡人製造機オスプレイが我が物顔で飛び回ってるのはなぜか。
憲法の上に米軍がいる、どこの国に、いつまでも外国の軍隊が居座っている国がほかにあるのか。
米軍家族の上は飛ばない。
日本の民間機は危険空く雨域しか飛べない。
政府が抗議も市内からそのまま、
アメリカの政治家さえおかしいというのに。
全く自分だけの日本の政権。




最近観た金子文子の映画や獄中手書や寂聴著「余白の春」に感嘆しました。

1910年代のイギリスで参政権を求めた女性たちの映画未来花束にして」も鑑賞。

ここまで過激に活動しなければ獲得できなかった女性参政権

今週号の週刊金曜日の雨宮 処凛さんのの記事を見て仰天

中絶認めてるのに、掻爬させる中絶!

女性をなんだと思っているのか。

何という遅れた国でしょう、
政権の妾のような議員や首長しかいない国ですから。

「女たちの」で
金子文子の朴烈は自分の事を「犬ころ」と形容したが、これは自分のに対する誇りがなければはける言葉ではない
お上のいうなりになって番犬のように尻尾を振り
 下のものたちを小突き回しているおまえらは何なんだ!

これは情けないことに今も同じ。
警察も裁判所も天皇制国家のいうがままに操られていたから。

アナキストより国家のほうが無法!

不平等を呪った文子に共感します。

莫大な税金で公開以下はアマゾンレビューより宗教的な即位の儀式!



過激な行動で死刑になりそうになった金子文子、女性参政権の為なら自殺も辞さないエイミー・デイビソン、アイルランド蜂起で破壊活動を行ったマーガレット・スキニダーという三人のアナーキストの生涯を絡めて描いた評伝。

この評伝を読むまでこの三人の事は全く知らなかったのですが、こういう人が嘗ていたという事実に驚きました。
金子文子は20歳そこそこで皇太子に爆弾を投げようとしたとか、エイミー・デイビソンは女性参政権の為に競馬場に侵入して馬と衝突して死に、マーガレット・スキニダーはアイルランド蜂起でスナイパーとして闘いぬき、それぞれ女性の権利を獲得する為に死を賭して行動したという事実はなかなか衝撃的でした。

テロやクーデターは良くないと思っておりますが(日本でも無差別大量殺戮が増えて職質が多くなった)、上記の三人の場合は社会や政府が良くなかったので、言論だけでは変わらないので、仕方なく武装闘争を選び、その流れで今民主的な選挙で社会を変えられる様になったということで、この三人に限らず基本的人権の為に戦った方々には感謝したいです。

ただ、選挙でもあまりいい結果が出ていない部分もあり、今現在(2019年くらい)も色々ありますが、確実に良くなっている部分もあると思うので、あまり悲観しない様にしております。
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玉三郎二人静



6時間の動物園歩きにこの幽玄

衣装がなんとお似合いで。

能衣装も素晴らしいのですが

白拍子姿↓



続きはこちらhttps://ameblo.jp/moris5235/entry-12536451764.html

ピューマとブラックジャガーの女の子、チンパンジーの子供遊びまくる!



2月に生まれているのでもうこんなに成長してました。

高い擬岩からジャンプ!

めまぐるしく訓練してました。
ママも優秀、
午後はさすがに疲れたのか、親子d絵よりそう寝てしまいました。

そのほかにゾウのトレーニング【お辞儀したり、足上げたり、飼育員さんを背中に乗せたり】

や赤パンダやペンギンの餌やりを観ていて、6時間も動物園にいました。

この星は、私の星じゃない 田中美津

同名の映画があいち国際女性映画祭で上映されましたが、26日から映画館で上映されます。

 


 

ウーマンリブは聞いてはいましたが、田中美津さんのことは全く知らなかったとはうかつなことでした。

メモなのでスルーしてください。

 

一緒に借りた「女たちのテロル」が素晴らしかった。

 

「永田洋子はあたしだ」の発言

田中は一九七〇年六月に、「便所からの解放」(2)という長文ビラを、「ある日突然、しかも一気に書き上げた」。それは同じような想いをもっていた女性たちにたちまち流通してゆく。田中がその後書いたビラには、この文章からの転用が多い。この、いわば田中の第一作において、すでに「とり乱し」論が展開されている。それをまず見てみたい。

 田中は言う。男にとって、女とは、「母性のやさしさ=母か、性欲処理機=便所か」のどちらかである(3)。男は、女を、この二面に抽象化し、分割する。そして、母性の面を結婚相手の女に当てはめ、便所の面を遊びの女に当てはめる。女は、男のこのような二分法に自分を合わせようとして、「やさしさと性欲を一体として持つ自らを裏切り抑圧してゆく」。女は、部分として生きることを強要される。しかし、逆説的ではあるが、「女を部分としてしか生かさない男は又、そうすることによって、自らも部分としてしか生きることができず自らの性を抑圧しているのだ」(4)。

 このように分断された性によって、全体的な性のふれあいが消滅し、人間は不完全燃焼状態に陥る。そして、「権威に依存した意識構造」が作り上げられる。こうやって、男も女も惨めな生を送らなければならない。

  そのことに気付いた女は、「性」の管理を手がかりにして女と男を支配しようとするシステムに対して、闘いを挑んでゆくのである。

 田中は言う。「われわれは、女の解放を、性の解放として提起する」と(5)。「性」の解放から出発する田中のリブ論がここではっきりと提唱される。

 さて、ここから田中独特の論理展開がはじまる。

  こういうふうに、支配権力のやり方に気づき、それに立ち向かってゆこうと決意した女が、しかしいったん好きな男ができて子どもを持ったりすると、どうして自分が批判していた家庭や家事などの日常性へと簡単に埋没してしまうのか。田中はこの点に執拗に注目する。そこには、「単に惰性に負けたとか、経済的に自立できなかったという理由だけでは片づかない何かがある」。それは、頭では女の闘いの論理を分かっていても、情念の世界では、好きな男が現われればその男のために尽くしたいとつい思ってしまうという、女の歴史性に刻印された「マゾヒズム的傾向」のせいなのだ。そしてやっかいなことに、女が主体的に男に尽くそうとして自らを抑圧するとき、そこには「陰湿な喜び」「嗜虐的な生きがい」が生じてしまう。そしてそのような陰湿な喜びを感じてしまう自分自身に対して、女は、「どうしようもない自分に対するいらだち」「やり場のない哀しみ」「言葉にならない怨念」を抱いてしまう。こういった、複雑な女の内面が、〈女のうらみ、つらみ〉という表現にあらわれている(6)。

 ここから目をそらしてはならない、と田中は言う。

わかります。

 

自分が汚れたと思うのも性暴力を受けたからなのですね。

 

田中さんは鍼灸師だから、女性はズボンの下に、足首まであるスパッツはきなさいとか、

フラフープ、あの要領で朝晩お尻を左右に振って

50回ずつまわしていると血のめぐりがよくなる。

 

これは昔エアロビで教えてもらった体操と同じ⁉

 

鍼灸師は早死、治療して疲労困憊

 

アーユルヴェーダーの呼吸法推薦


冷えはいったん体に入ると容易にはとれない


やがて万病をもたらす邪気となる。


中でも、腎臓、消化器、子宮、卵巣、胃なら何かとくよくしがちになる

 


あいちトリエンナーレ展、最後の抽選

www.youtube.com

昨日最終日、最後の抽選へ、

木曜3回【1回で2回選ぶから6回外れ】とも抽選に外れ、最終回のこんな大勢集まってるのに、当たるはずがありません。

木曜は倍率10倍ぐらいの時もありましたが。

昨日は最終日、最後の抽選へ、100倍⁉


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